第59話 繋がる心
リアル執事とメイド二人に気後れしていると、すぐに執事のジョーイが屋敷の説明をし始めた。
それによると、この屋敷まるまる一軒を滞在中は好きに使っていいらしい。宿というより、短期間の貸家と言った方が近い。それも使用人付きの。
それからどこに何の部屋があるかなど、大まかな情報を教えられて理解した二人は、さっそくリビングに入っていった。
「こちらがリビングでございます。また御用の際は、あちらのテーブルの上にあるベルを鳴らして頂ければいつでも伺います。それではごゆるりとお寛ぎ下さいませ」
「はい」「はーい」
予約を取る時、事前に呼んだ時以外は世話をしなくていいと言っておいたので、別段構う事なく二人がそう返事をした。すると、ジョーイ達は一度頭を下げて屋敷の管理に戻っていった。
竜郎達はそれを見届けてから、改めて自分たちの宿泊する宿の一部にしか値しない、今まで泊まったどの部屋よりも広い一室を見渡した。
部屋はかなり広く、天井には冗談の様な豪奢なシャンデリア。
その下には細かい彫刻が施された大きなテーブルと椅子、その上には見たことも無いフルーツが籠に乗せられていた。
また床にはペルシャ絨毯の様な柄の柔らかな絨毯が敷かれ、他にも高そうなソファなどの家具がこれでもかと置かれていた。
「これは想像以上だな」
「ちょっと豪華すぎなんですけど……」
とはいえ最初はおっかなびっくり過ごしていた二人だが、ソファで寛いだあとに頼んで持ってきてもらった昼食を食べ終わる頃には、すっかり慣れ親しんできていた。
竜郎はソファに座って本を読み、それに寄りそうように愛衣はごろごろと寝そべっていた。
そんなゆっくりとした時間をたっぷりと過ごし、夜にはまたメイドを呼んで豪華な食事を頂いた。
それからまた一服すると、いよいよ夜が深まってきた。
「ねえ、そろそろお風呂を見に行かない?」
「ん? ああ、もうそんな時間か……。えーと、確か風呂は」
竜郎がジョーイに聞いた風呂の位置を思い出している最中に、不意に愛衣が服をつまんで引っ張ってきた。
それに何かと竜郎が愛衣の顔を見ると、真っ赤にした顔で耳元まで口を寄せてきて、内緒話でもするように囁きかけてきた。
「あのね……今日、してもいいよ」
「……えっと、それはその──そういう事と思っていいのか?」
おちゃらけていい雰囲気でもなければ、解らないふりをして誤魔化していいものでもなかった。
だから竜郎は、真剣に彼女の目を見てもう一度真意を問うた。
愛衣はそれに今度は真っ向から見返して、こくりと一度頷いた。
「──わかった。ありがとう」
「うん」
そうして一度抱きしめあった後、二人でリビングを出て風呂場に向かった。
ほどなくして辿り着き風呂場の扉を開けると、まず広い脱衣所があり、さらに進んでいった先には、直径六メートル程の円形浴槽が中央に据えられていた。
「これがお風呂……」
「ちょっとした銭湯じゃないか」
プールの様な浴槽に驚きつつ、二人はどうやって水を張れればいいのかと見渡した。日本の風呂の様に、蛇口が見当たらないのだ。
すると円形浴槽の縁に、四角形を作る様に四隅に設置された三十センチ程のタンクと、その下に管を付けた謎の物体を見つけた。
またそのタンクの上には、左に青、右に赤のボタンがついていた。
「これでお湯が入れられるのか?」
「ボタンがあるし、押してみよっか。えいっ」
一番手近なところにあった謎の物体にあったスイッチの内、右側の赤い方を愛衣が押した。
すると、そのタンクの下についている管からお湯が湯気を上げながら浴槽に入っていった。
「わわっ、お湯が出たよ、たつろー!」
「ほんとだ──っあち。でもちょっと熱いな」
恐る恐る竜郎が浴槽に溜まるお湯に指をつけると、かなり熱めになっていた。そこで試しに竜郎が、別のタンクの青いボタンを押すと、ただの水が出てきた。
「なるほど、これがこの世界の水道なのか」
「でもこの水ってどこから来てるの? 明らかにこのタンクの中には、こんなに水が入らないよね」
「ああ、そうなんだよな。──ん?」
タンクを観察していた竜郎が、その上部に溝を見つけた。
そこをさらによく調べると蓋の様だったので、軽く持ち上げてみると中には水ではない青色の液体がなみなみと入っていた。
「これって懐中時計と一緒に買った……えーと、魔法液って奴に似てない?」
「ああ、俺もそう思う。たぶんこれって、魔道具なんだろうな」
「そっか、これも魔法の一種なのかぁ」
水の供給源も特定できたところで、竜郎は手に持った蓋をはめ直し、他の二つのスイッチも入れておいた。
すると、四つの管からどんどんお湯が張られていき、待つこと十数分で丁度いい水嵩になった。
なのでもう一度ボタンを押していき、全ての水を止めた。
「こんなもんかな。というか、今更だけどこういうのも言えばやって貰えたよな」
「あ……忘れてた」
二人は少々別の事に思考が持っていかれていたせいで、そのことに気付けなかった。とはいえこの世界の新しい事を知れたのはいいことなので、今回は結果オーライであった。
「それじゃあ、その……今日は私が先に入っていい?」
「あ、ああ。もちろん」
「じゃあ、入り終わったら呼びに行くから、リビングで待ってて」
「わかった」
こうして竜郎は落ち着かない心持のままリビングに戻り、ソファに腰を沈ませた。
そうしてそんな状況のままあっという間に時は過ぎていき、愛衣が髪を湿らせてリビングに入ってきた。
「でっかいお風呂、最高だったよ!」
「そうか! それは楽しみだ!」
「「あははは……」」
照れ隠し故に、お互い異様に高いテンションで語り合ってしまったことを自覚して、二人して苦笑いをして無言になった。
しかし、それも直ぐに愛衣の言葉で打ち壊された。
「じゃあ、寝室で待ってるからね……」
「───ああ、わかった」
そうしてそそくさと愛衣はリビングを出て行き、二階にある寝室に向かって行った。
その後に続くようにして、竜郎もすぐにリビングを出て風呂場に早足で向かった。
それから竜郎は、元の世界でもなかなか入る事のない大きな浴槽に浸かりながら、忙しなく動いてる心臓を何とか落ち着けようとする。
しかし生魔法を使っても、すぐに元の状態に戻ってしまう。
だがあまり待たせてしまうのも男としてどうなのかと思い直し、体の隅々まで綺麗に洗ってから直ぐにパジャマに着替えて風呂場を後にした。
そして今、竜郎の目の前には寝室の扉が立ちはだかっている。
その取っ手に指を掛けて、深呼吸を一度してから扉を開け放った。
するとそこにはキングサイズで、天蓋付きのやたら煌びやかなベッドの上に、頭頂部だけが出た状態で掛布団に潜っている愛衣を見つけた。
竜郎はもしかして寝てしまっているのかと近づいていくと、恥ずかしそうな顔をした愛衣が掛布団からにょきりと生えてきた。
寝てなかった事に安堵しながらも、心臓はさらに音を上げていく。そんな状況下でも、冷静さを装いながら竜郎は愛衣の横にそっと座った。
そうした瞬間に、愛衣は掛布団を自分から取り去った。するとそこには、一番お気に入りのワンピースドレスを身に纏い、赤い顔をしてはにかんでいる愛衣の姿があった。
「えへへ、驚いた?」
「──綺麗だな」
「そう……かな?」
その姿に竜郎は何の曇りもない、ただ感じたままの感想が口から出ていた。そして、思った以上にストレートに褒められた愛衣は、嬉しそうに微笑んだ。
しかし、そこでふと竜郎は気付いた。愛衣はこんなに着飾ってくれているのに、自分はただのパジャマであることに。
「あー、俺もそういうのに合わせた感じの服を着てくれば良かったな」
「ふふっ、なんかチグハグだね」
「ちょっと着替えてくる」
「別にいいよ? そのままでも」
「けど、せっかくだからな。最初くらいはビシッといこう」
そう言って立ち上がった竜郎に、やれやれと愛衣は肩をすくめた。
「なんだか、締まらないなあ」
「俺たちっぽくていいじゃないか」
「なにそれー」
緊張の糸が少し解れ、お互い顔を突き合わせて笑いあった。それから直ぐに竜郎は高い服に着替え直すべく、一度寝室から出た。
そうしてドアを、コンコンコンッと三回ノックした。すると「どうぞ」と中から聞こえてきたので、竜郎は背筋を伸ばして再び寝室に入っていった。
中に入るとすぐそこに愛衣がいて、竜郎は気取った感じで右手の平を上に向け差し出した。
愛衣はそれに目を丸くしたが、すぐに微笑んでその上に左手を重ね、そのまま手を取り合って二人でベッドに向かった。
「愛衣、俺は世界で一番君を愛してる」
「竜郎、私も世界で一番貴方が大好き」
ベッドの横に立って、お互い誓いの様にその言葉を交わして見つめ合う。
そうして二人は、自然と引き寄せられるように口づけを交わした。
「愛衣」
「たつろ……」
その言葉を最後に、二人はベッドに倒れ込んでゆくのであった。




