第596話 ご褒美再び
各々の戦い方が上手く回り始め、満足しながら休憩のために愛衣を連れて竜郎が《強化改造牧場》内から一旦出ると、怪神からの連絡が入ってきた。
『やっとつながった~。もーこっちから連絡しようとすると、いっつも《強化改造牧場》の中にいるんだから~』
(あれ? あっちにいると話しかけられないのか? 怪神の管轄のスキルだよな?)
『たっつんが世界創造で作った場所だから、アタシたちでも介入し辛いんだよね~。一種の異世界みたいなさ~』
(ああ、そういう。それで話しかけてきてくれたって事は──)
『ヒポ子ちゃんが魔王種化したんでしょ~。ちょっと《強化改造牧場》内から出して見せてよ~。
そしたらまた新しいご褒美あげるからさ~』
(そう言えばヒポ子は魔王種化してからは、ずっとトレーニング空間で過ごしてたっけか。
それじゃあ、ちょっと連れて来る)
『よろ~』
怪神から連絡が途切れたのを見計らって、愛衣が話しかけてくる。
「何だって?」
「ほら、ちょっと前にヒポ子が魔王種化したら、またご褒美が貰えるって話があっただろ?
でも最近はずっと俺の作った《強化改造牧場》の空間に入りびたりだったから、なかなか向こうから連絡が付かなかったらしい。
んで《強化改造牧場》内に入ったままだと確かめ辛いから、一旦こっちにちゃんと連れてきて見せてくれってさ」
「あーそういえば、そんなこと言ってた気がするね」
実は竜郎もやる事が沢山あって失念していたが、思い出したからにはご褒美とやらを貰っておこうと、さっそくヒポ子を《強化改造牧場》のトレーニング空間から呼び出した。
「ズモモモ~~ン」
『おー。かわいいね~』
自分の姿に似ている魔王種を見てその言葉はどうなんだろうかと一瞬思うものの、竜郎は口には出さずに怪神がヒポ子の姿を堪能し終わるのを黙って待った。
『うん。ばっちりだね~。ありがとね、たっつん~』
(どういたしまして。と言っても、そこまで大変だったわけじゃないんだけどな)
『じゃあ、ご褒美いらな~い?』
(欲しい! 下さい!)
『あはは~わかってるよ~。それじゃあ、この時の為に用意しておいたアレをたっつんに授けよ~。きっと、たっつんなら気に入ってくれると思うよ~。
──────ほいっ。これでいいかな~。追加しておいたから、好きな時に取っておいて~。んじゃ~ね~』
そうして怪神との交信が途絶えた。竜郎はヒポ子にもお礼を言って再び《強化改造牧場》内に送還した。
さて、どうやら今回のご褒美スキルは、竜郎に渡すためにわざわざ作ったスキルの様だ。
期待に胸を膨らませてどんなスキルが追加されたのかと、システムを立ち上げスキル取得一覧を覗いて確かめていく。
「《魔物大辞典》? なんだこれは?」
「言葉だけ聞くと、魔物の情報が乗った本か何かって事じゃない?
SPはどれくらいかかるの?」
「ジャスト100だな。今の俺なら余裕で取れるし、せっかくくれたんだから、とりあえず取ってみるか」
怪神も竜郎の性格を理解した上で用意してくれているのだろうし、なにかしら面白いスキルだろうと特に調べる事も無く取得した。
さっそく発動してみると、真っ黒い画面が竜郎の目の前に表示された。
しかし愛衣には見えておらず、竜郎以外には秘匿情報なのか見えるようにすることも出来ないようだ。
「私は見れないんだー。ちょっと残念。
それで辞典って言ってるくらいだし、魔物の情報がみれるんだよね。やってみてよ」
「そうだな。えーと、それじゃあイモムーについて」
「イモムーって私が付けたあだ名みたいなやつだけど、それでいける──」
〈検索いたしました〉
「おっ、ちゃんとした名前じゃなくても、自動で検索してくれるみたいだぞ」
「それは便利だね。魔物の正式な名前なんて知らないし」
「だな。どれどれ──」
真っ黒だった画面にはイモムーについての情報がビッシリと表示されており、竜郎がイモムーの○○が知りたいと考えるだけで、その部分を抜粋して直ぐに表示してくれる親切設計。
そうして色々とこねくり回して解ったのは、この《魔物大辞典》というスキル。
これはあらゆる魔物情報を網羅した辞典であり、竜郎が見た事も聞いた事も無い魔物であっても「こういう感じの魔物はいないか?」と話しかけるだけで、それに近い魔物の情報をスキルが選んで候補を表示してくれる。
そして何より竜郎が嬉しかったのは、その調べた魔物が今現在この世界の何処にいるのかまで表示されていると言う事だ。
これにより今後、欲しい魔物はこのスキルで調べれば何処にいるか丸わかりである。
さらに絶滅して今現在は存在していない魔物であっても、もしその近縁種がいて、竜郎の《強化改造牧場》による近縁種の変換で手に入れられる魔物の表示や、竜郎が所持している創造系スキルをどのように組み合わせ、今現在手に入れられる素材の範囲内でどんな素材を用意すれば、その魔物が生み出せるかなどの情報まで網羅されていた。
「これ魔物収集にめっちゃ便利な奴じゃないか」
例えばこんな魔物が欲しい──と明確なイメージも無く問いかけても、竜郎の意にそって検索し表示してくれる。
そしてその表示された魔物が何処に今現在存在するか分布図を出してくれる。
それもどこかのダンジョン内にしか出てこない様な、マイナーな魔物であったとしてもだ。
さらに今現在どこにも存在していない魔物であっても、竜郎の持つスキル内で作れるのならどうすれば作れるのか道筋を提示してくれる。
まさに魔物コレクター垂涎の攻略本のようなスキルだった。
「たつろーせんせー。竜種は魔物に入りますかー?」
「竜種は厳密には魔物ではないので、はいりませーん」
「えー。竜の居場所がわかれば便利なのにー」
「俺もこんな竜種が欲しいって言って素材を提示してくれたら面白いと思ったんだがな、やってみたけど無理だった。亜竜なら調べる事は出来たけど」
「そっかぁ。まーしょうがないね」
「そうそう。なんでも結果が解っていたら、それはそれでワクワク感もないし、ちょうどいい塩梅かも知れない」
ちょっと惜しい気持ちもあったが、これはこれで満足のいくスキルだ。SP(100)など安い物だっただろう。
そんな風に竜郎が納得していると、不意に愛衣が閃いたとばかりに満面の笑みを浮かべ口を開いた。
「あっ、でもさでもさ! ふわっとした感じでも、たつろーの思ったような感じの魔物を検索してくれるんでしょ?」
「…………あ、ああ、そうだな。それで?」
「おりょ?」
愛衣の満面の笑顔に一瞬やられてしまっていた竜郎は少し反応が遅れつつ、辛抱できなくなり彼女を抱きしめてから続きを促す。
突然の抱擁に愛衣は一瞬不思議そうな顔をするも、こちらも抱きしめ返して続きを話していく。
「えっとね。それで検索してくれるなら、この世界にいる美味しー魔物を教えてーっていったら、全部表示してくれるんじゃない?」
「──!? た、確かにその通りだ。魔王種の事ばっかり考えて失念していた」
「ふふっ。だと思った」
愛衣は微笑みながら竜郎の頬に軽くキスをした。竜郎も続いて逆の頬にキスをし返す。
2人は抱擁したまま互いの耳元で会話を続ける。
「肉に野菜に魚貝類。これで全てを網羅できるかもしれないな。ちょっと軽く調べてみるか」
「そうだね。さすがに狩りに行ったり創造したりっていうのは、全部終わって落ち着いてからになるだろーけど」
今は全員が最終調整中なので、そちらにかまけている時間はない。
竜郎や愛衣とて、現状で満足せずに戦闘技術を日々磨いている最中。
なのでこれはまだ先の話。けれど今、チラ見するくらいなら別にいいだろう。
2人は名残惜しそうにしながら、そっと離れて愛衣は画面が見えないけれど竜郎の横に並んで検索結果を待つ。
竜郎はこの世界にいる美味しい魔物はと、随分ざっくりとした質問をスキルに投げかける。
すると竜郎の目の前にある黒い画面にズラーと魔物の一覧が表示された。
「ねーねー。どんなのがいたの?」
「凄いぞ。食べられる美味しい魔物だけで、めちゃくちゃ揃ってる!」
「まじで!?」
「まじまじ」
肉、野菜、魚介はもちろん、穀物や果物、豆やアーモンドのような種実の食材などなど──この世界には美味しく食べられる魔物で満ちていた。
自分たちが知らなかっただけで、こんなにいたのかと驚くほどに。
というのも、やはり生き物にとって食と言うのは重要で、その欲を煽って世界力を減らそうという神々の目論見もあって、美味しく食べられる魔物が多いのだ。
「それ全部、ララネスト級に美味しいの?」
「いや、いま検索したのは白牛級に美味しいレベルのはずだ」
最初からララネスト級──俗に言われている『美味しい魔物シリーズ』だけに絞ってしまうのも詰まらないだろうと、竜郎は白牛並みに美味しいと思える魔物──という定義で検索を頼んでいた。
故に今出ているのは、ララネスト程の美味しさはないけれど、地球で売られている高級食材にも勝るほどの美味しさを誇る食材たちだ。
「ああ、そうなんだ。でもでも、それでも凄いね! 絶対狩りに行こうね、たつろー」
「ああ。幸い土地は腐るほどあるからな。魔物農園に魔物牧場も何でも出来る。また楽しみが増えたって感じだな。
こんど怪神には改めて、お礼を言っておこう」
「私の分も言っておいてね」
さて。この世界には想定以上に沢山の美味しい魔物がいることが判明したわけだが、本命はララネスト級──『美味しい魔物シリーズ』だ。
今のうちに場所だけでも調べておこうと、竜郎はさっそく《魔物大辞典》に質問をする。
『美味しい魔物シリーズ』の魔物達について。
すると表示されている数はだいぶ減ったが、この世界における過去現在に至るまでの最高に美味しい魔物達が表示された。
その数、実に15種類。肉、魚介、野菜、果物、その他で3種類ずついるようだ。
「けっこう種類がいたんだね。6~7種くらいだと勝手に思ってたよ。
そんで、そのうち今の時代でもいる魔物はどれくらい?」
「肉が1種。魚介が1種──といっても、これはララネストの事だな。
んで野菜が1種、果物が1種、その他が2種の計6種ってとこか」
「そっかあ、半分もいないんだね」
「だがどれも他の魔物の素材をかき集めてくれば創造スキルでいけそうだし、手間はかかるが全部コンプリートするのも無理じゃないはずだ」
「ちょっと大変そうだけど、私たちには時間はたっぷりあるしコツコツやっていこ」
「ああ、そうだな。だが最上級の『美味しい魔物シリーズ』の下には『準美味しい魔物シリーズ』なんていう白牛級の上でララネスト級の下に位置する魔物もいるみたいだし、これをやってるだけで余裕で100年以上飽きることなく、こっちの世界でやってけそうだな」
「この世界は美味しい誘惑ばっかだね。称号効果のおかげで、いくら食べても太らない体質になって良かったよ~」
そんな愛衣の言葉に全くだと頷きながらも、もしこのまま美味しい魔物を次々揃えていき、それらを売りに出していったとする。
そうなった時、もしかしたら自分たちは大勢の太ましい人々を生みだす事になるのではないかと一瞬、嫌な考えがよぎった。
下手したら某肥満大国よりも酷い実情になりかねない──と。
それを愛衣に話すと難しい顔になる。
女性にとってダイエットは永遠のテーマだ。色々と思う所も男の竜郎よりも多いのかもしれない。
「……ダイエットジムも方々に作った方がいいかな?
かわいい魔物と戯れて元気に痩せよう! とかよくない?」
「要検討だな。というか、そんなジムがあるなら俺も行きたい。
でもまぁ俺達がやらなくても、そういうのに敏感な人達が勝手に運動ジムみたいなのは作りそうではあるが……。
先のことを考えてもしょうがないし、そういう事はその時になったら考えよう。
もしかしたらダイエット食材みたいなのも、途中で手に入るかもしれないし」
「このサプリを飲むと太りませんよ! みたいな?」
「なんか……怪しい業者みたいなうたい文句だな……。いや、実際に効くのもあるのかもしれないけどさ」
ともかく、これで竜郎たちの異世界探訪の未来はより明るくなった。
よそ様の事はよそ様に任せ、問題になったら考えればいい。
自分たちは自分たちが一番楽しめる人生を歩んでいけばいいのだと、開き直って2人はまた《強化改造牧場》の中に戻り休憩を終えたのであった。




