第58話 武器購入
道中散々竜郎に甘やかされた愛衣は、町に着く頃にはすっかりご満悦な表情になっていた。
そんな愛衣と竜郎は手を繋いだまま、目立つカルディナをしまいこんでから冒険者ギルドに入ると、すぐにお目当ての人物を発見した。
「レーラさん、こんにちは」
「こんにちはー」
「はい、お二人ともこんにちは。今日来たのは、例の件ですか?」
まさかカルネイとの会話など知っているわけはないのだろうから、十中八九お金の受け渡しの事だろう。
そう思い至った二人は、先に受け取っておくことにした。
「はい。あと昨日受けた依頼書の引き渡しと、以前頼まれていた依頼の事について話したいのですが」
「ああ、そうなんですね。解りました。
では、念のため奥の部屋に行きましょうか」
「わかりました」「はーい」
そうして何度か足を運んだことのある部屋にたどり着くと、早速お金の引き渡しが行われた。
レーラは手に持った二枚のコインの内、一枚を竜郎に渡してきた。
「えーと、まずこちらが、昨日受けられた依頼の報酬です」
「はい」
竜郎がそれを受け取とると今度は借用書を出してほしいとレーラに言われたので、すぐにそれをシステムから具現化した。
するとレーラは、その上にコインを合わせ「返済」と言うと、竜郎のシステム画面が開いて入金の可否を問われた。
竜郎は借用書に書かれていた額、445,697,052シスを確認してから、はいを押した。
その瞬間、コインと共に借用書も消えてなくなった。
「これで、全額支払いが完了しました」
「はい、確かに受けとりました」
そうして竜郎が自分のシステムを見れば、所持金の欄が446,303,952シスと表示されていた。
それを愛衣にも視線で知らせると、ニコッと笑ってサムズアップしてきた。
レーラは一通りそれを見守ってから一拍おいて、もう一つの本題に入った。
「先ほど以前頼まれていた依頼の事について話したいと仰られていましたが、受けるかどうか決めた──という事でよろしいでしょうか」
「はい。今日カルネイという人と話をしたんですが、そこで色々考えた結果、受けてみることに決めました」
「そうですかっ」
思っていた以上にレーラが喜んでいるようで、人員不足で困ってたんだなと、改めて二人は受けて良かったと思った。
「さっそく、依頼書を渡してもよろしいでしょうか?」
「はい」「うん」
「では、少々お待ちください」
それに二人が頷くやいなや、レーラは自分のシステムを起動して何やら操作するような仕草をしだした。
そうした後。透明なスマホくらいの大きさの板を懐から取り出して、その表面をスッスッとなぞる。すると依頼書が二枚出てきた。
それをレーラは差し出してきたので、二人は依頼書を受け取った。
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依頼主:リャダス領主、オブスル町長、冒険者ギルド
依頼内容:オブスル周辺の森から、アムネリ大森林の境までの道の魔物の調査、及び駆除
報酬:2,000,000 シス
許諾 / 拒否
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「この依頼って、二百万ももらえるんだね。
これなら受けたい人が殺到しそうだけど?」
「いえ。この依頼に関しましては危険度が未知数なので、公表せずに我々が適していると判断した方だけにお願いしているんです。
それと今回は一人頭百万シスとなっているので、お二人で二百万なんです」
「そうなんだ。なんにしても、受けるからには頑張るよ! ね、たつろー」
「もちろんだ。これで安全が確保できたら、ゼンドーさんも安心して働けるだろうしな」
そうして二人は一緒に許諾を押して、正式に依頼を引き受けた。
それからレーラに日付と集合時刻など細かな情報の説明を受けて、解散の運びとなった。
「説明はこれくらいですね。他に、何かご質問はありますか?」」
「大丈夫です」「ないよー」
「そうですか。では、当日はよろしくお願いします!
お二人はまだ新人ですし将来も有望ですので、当冒険者ギルド・オブスル支部も精一杯サポートさせていただきます。
ですから安心して依頼に臨んで下さいね」
「は…い?」「うん?」
冒険者ギルド・オブスル支部のサポートという部分に首を傾げながらも、あまりに任せておけと自信に満ちた表情にそれ以上言及できず、二人はレーラに別れの挨拶を告げてその場を去った。
「サポートって、何をしてくれるんだろうね?」
「さあ? 物資の支援とかか?」
「そんな感じじゃあ、なかった気もするけど……まあいっか」
「ああ。当日になれば解る事だしな」
サポートと言うからにはマイナスにはなるまいと、二人はこの件を保留にすることにした。
となると、次に向かうべきはおっさんの鍛冶屋である。
正直このままお金を渡してしまうと、おっさんの人生がおかしな運命を辿ることになるのではないかと不安はある。
しかし、これから先に進んでいくにあたって自分たちの装備品を揃えるのは重要な事だ。
おっさんもいい年なんだから、どうなるかを出会ったばかりの子供が心配するのも妙な話である。
そう自分たちに言い聞かせて、二人は鍛冶屋の扉を開けた。
「おっちゃーん、昨日言ってたや──」
「いらっしゃい! 二人とも!!」
そこには髪を整え髭の一本も生えていない、高級だと一目で解るが何とも趣味の悪い服を纏ったおっさんが、最高の笑顔で迎えてくれた。
その瞬間、二人の背筋に寒気が走った。
この数日間、色々と気味の悪い魔物に出くわしたものだが、これはその中でも特に怖気をさそうものだったからだ。
「……おっさん、その格好──どうした?」
「どうしただって? そんなものは決まっている。
今日から俺は生まれ変わるんだ。だからこそ、それに相応しい格好をしなくちゃならないんだ」
「おっちゃん。ハッキリ言って、全然似合ってないよ」
「それはそうだ。まだ俺は、生まれ変わってないからな」
「「─────」」
そういう話ではないのだが、(本人の中では)ニヒルに笑って、(本人の中では)格好よくウインクをしてきたおっさんに、二人は言葉も出なかった。
「おいおい、急に立派になってしまった俺に驚いてしまうのは解る。
でもな、早いとこ頼むよ~」
「……ああ、もう好きにしてくれ」
「だね……。それで、昨日買うって言ってたのはど──」
「ここに用意してある!」
やる気に満ちたおっさんは、いつもより一味違った。
普段なら自分で取りに行けと言いだしてもおかしくない性格をしていたのに、すでに全部をキッチリ磨き上げた上で、隅に設けたスペースに揃えて置いてあった。
「昨日より綺麗になってる!」
「ほんとだ。酷いものなんか、埃が被ってたのに……」
「まあな。それくらいはサービスよ」
二人は相変わらずおっさんらしくはない行動だとは思うが、腐っても鍛冶師である。その全てが見事に整備されている様は、流石と言うほかなかった。
例えそれが欲にくらんだおっさんが、やったものだとしても……だ。
このやる気を見せていたら、もう少しこの店も違った未来があったのではないかと憂いつつ、望みの品が念のためちゃんと全部あるか確かめたうえで、いよいよ支払いの時間となった。
おっさんは二人が品を確認している時からずっとソワソワしていたが、こと今に至ると微動だにせずに竜郎の目を見ていた。
それに二人は一歩後ろに下がるが、おっさんが一歩前に出て距離は変わらなかった。
「解ってるよ。ちゃんと払うから、せめて普通にしててくれよ」
「フツウダヨ? ナニヲイッテルノ?」
「何処が普通なの……?」
緊張からか片言で喋るおっさんに愛衣がそんな事を言っている間に、竜郎は今日貰った大金の中から一億三千三百万シスを指定してコインに変えた。
「確認してくれ」
「──オ、オウヨ」
竜郎がコインを渡すと、おっさんは唾を飲み込み震える手でそれを受け取った。
そしてシステムに表示された金額の数字を、一つずつ指でなぞっていった。
「一、十、百、千、万、一億………………」
「それでいいんだよな?」
「ああ……問題ねえ……」
「じゃあ、あれ持ってくよ?」
「ああ……問題ねえ……」
一人時間に取り残されるように同じ言葉を繰り替えすおっさんに、もうダメだと諦めた二人はさっさと武器を回収した。
それから別れの挨拶をしたが相変わらずだったので、二人は「問題ねえ……」と返された挨拶を耳に鍛冶屋の扉を閉じた。
その瞬間店の中から、はしゃぐおっさんの声が響き渡り、通行人がこちらに目を向けてくるが、二人はここの住人とは関係ないといった風に、そそくさとその場から逃げて行った。
「ありゃ駄目だね」
「ああ。もうそれはいいとしても、毛皮の事を忘れてなきゃいいが……」
「そうだねえ……」
一抹の不安を抱えながら、二人は高級宿の方に足を向けたのだった。
そうしてしばらく歩いて行くと、以前見た立派な宿が見えてきた。
二人はそこまで歩いて行くと、受付のある建物に入り2と書かれた鍵を二人分受け取って門の前に取って返した。
「鍵を見せて頂けますか?」
「はい」「これだよね?」
「確かに、それではお通り下さい。
お二方の宿は、真ん中の赤い屋敷でございます」
二人の門番に鍵を見せると、敷地内に三軒並ぶ屋敷の内、中央の赤いものを示して恭しくお辞儀をしてから門を開けてくれた。
それに礼を言って通り、鍵のかかってない大きな屋内の中に入っていった。
「うわー」「ほえー」
そんな声が思わず出てしまうほど豪華な内装に立ち止まっていると、こちらに頭を下げている執事服の男と、その後ろで同じく頭を下げるメイド服を着た女性二人が目に入り、開いた口を直ぐに閉じた。
すると頭の後ろに目でもあるのかと言うほど、タイミングよく頭を上げた執事服の男が、こちらに向かって口を開いた。
「お待ちしておりました。ハサミ様、ヤシキ様。
私の名はジョーイ・ハックマンと申します。そしてこれらが───」
「ジャニス・レイノルズと申します」
「ドリス・ルーサムと申します」
「これ以降、当宿に滞在している間は私共がお世話をさせていただきます。
以後、何なりとお申し付けください」
「「は、はあ」」
生粋の一般人の二人にとって、あまりにも現実離れしたその光景に、その言葉に、ただただそんな事しか口にすることが出来なかったのであった。




