第586話 槍と剣の性能チェック
ヘスティアが槍を片手に砂浜に立つのを竜郎達は静かに見守り、リアは仕様説明のために一歩前にでる。
「まずはその槍に竜力を流してみてください」
「──ん」
無表情のまま、されど楽しみなのか背中の翼をパタパタ動かし頷くと、ヘスティアはその槍に自分の竜力を流し込んでいく。
すると槍の内部に埋め込まれている新型魔力頭脳が起動して、槍の黒銀色で彩られた模様が鈍く輝き始めた。
「それで起動は完了です。魔力頭脳を止めたい時は竜力を流すのを止めればいいだけです」
「──ん。とっても簡単。それでこれは何が出来るの?」
「では説明していきましょう。初めに大前提として、それは基本形が槍ですが、他に斧と弓に変形させることが出来ます」
「変形だって、たつろー。なんか天装みたいだね」
「これは姉さんの天装を解析したおかげで出来た技術と言っても過言ではないですから、限りなく天装に近い人工武器とも言えるでしょう」
「遂にその段階まで行けるようになったのか」
天装そのものを作れずとも、リアの魔力頭脳によってそれに近い事が出来るようになって来た。
そしてその技術の粋を尽くして作り上げたのが、エクスカリバーとこの槍でもある。
「とはいえ、これで満足はしてませんけどね。それじゃあ説明に戻ります。
ヘスティアさん。その槍にもっと竜力を注いでみてください」
「──ん」
ヘスティアはリアに言われるがままに竜力を注ぎ込んでいくと、邪力に満ちた黒い粒子が槍から湧きだし、それが巻き付くように周囲に漂い始める。
それを見たヘスティアは何となく、これをどうすればいいのか理解したようだ。
その粒子の形を変えるように念じると、魔力頭脳がヘスティアの願いどおりになるように制御していき、やがて黒の粒子は螺旋の渦を巻き始める。
そうして最終的に、槍──と言うよりドリルのような見た目になった。
「──ふっ。はぁっ!!」
その黒粒子の渦を巻きつけたままヘスティアは3メートル程ジャンプすると、その邪の渦を斜め下の海に向かって射出した。
すると尖った円錐形の渦が海に着弾し、海底にいた珊瑚型の魔物を木っ端みじんに破壊した。
魔物の残骸が衝撃で方々へと海流にのって流され散っていく。
「──ん。それじゃあ。こういうのは──できた」
今度は螺旋の渦ではなく邪力の棘を槍から生やしたり、邪力の粒子を増やして槍の長さを伸ばしたり──などなど色々な形状を試していた。
「あれって、どれくらい自由に変えられるんすか?」
「自分の中で『槍』だと認識できる範囲でなら、自分の力が続く限り変えられます」
「じゃあ、槍じゃない形にするのは無理なんだね」
「ですね。──では、ヘスティアさんも慣れてきたようですし、次の形状にいってみましょうか」
「ん。お願い」
次に試してみるのは『斧』の状態。
リアが斧になるよう念じてくれと言うので、ヘスティアはその通りにした。
すると円錐形の槍がピッタリ真ん中で竹を割ったかのように半分に分かれ、2分割された槍がヘスティアの左右の手に握られた。
断面を見てみると、持ち手の付け根の直ぐ上辺りに魔力頭脳らしきものが嵌っているのが見える。
「あの装備品には2つも新型魔力頭脳を積んでるの?」
「いいえ。右手に持っている方はそうですが、左手に持っている方に嵌っているのは受信機です」
「受信機? どいうことだ?」
「右手の方の魔力頭脳とワイヤレスで通信し合って、どちらも同じパフォーマンスが出せるようになっているんですの」
「2つに分割しても、両方の演算を一個の魔力頭脳で出来るようにするための受信機というわけか」
一つの魔力頭脳で十分事足りるのに、わざわざ2つも魔力頭脳を搭載するのはリア的に納得できなかったが故に編みだされた技術である。
これについてはベルケルプの研究資料がかなり役だったんだとか。
「けどこれじゃあ、斧じゃなくて槍って言った方がいいっすよね。
こっからどうするんすか?」
「この状態でまた竜力を注いでもらいます。ではヘスティアさん」
「──ん」
円錐形を割ったような槍を両手に持った状態で、ヘスティアが竜力を流し込んでいくと、今度は槍全体からではなく、さっきまでくっ付いていた平らな断面から邪力の黒い粒子が溢れ始めた。
「これで斧になるってことは──こう、かな? ん。できた」
「おー、確かにこれなら斧っすね」
円錐の分かたれた断面から出る邪力を操作し、その断面全体から伸びる様な分厚く長い漆黒の刃が張り付いた。
やや持ち手が短く感じるが、それでも刃渡り1.2メートル以上はある巨大な斧2本に変わりはない。
これなら近接戦で猛威を振るう事だろう。
「ちなみにこちらも、自身が『斧』だと認識できる範囲内なら大きさや形も変えられますので、色々と試してみてください」
「──ん。解った。それじゃあ、今度は弓?」
「ええ。さっきと同じ感じで弓になるよう念じてみてください」
「──ん」
弓になるように念じてみれば、邪力で出来た黒い斧刃が消え去り、磁石のように別れた断面同士がくっつき元の槍へと戻った──かと思えば、今度は断面を滑るように片方が半回転し、持ち手の先端同士でくっ付いた。
見た目的には半円錐形の先端部分が反対方向を向いた、双頭槍のようになった。
「これはこのまま振り回して戦う事も出来ますが、弓をイメージしながらさらに竜力を注いでいくと──」
リアの言葉を聞きながらヘスティアが弓をイメージしながらその双頭槍へと竜力を注いでいくと、両先端の方から黒く太いワイヤーのような邪力の弦が伸びてきて、持ち手の辺りでそのワイヤーが互いに結びついた。
ヘスティアは何も言われずとも本能的にその邪力の弦を右手の指で抓み、左手でしっかりと持ち手を握った。
すると愛衣の天装の弓──軍荼利明王のように、ヘスティアの竜力を消費して漆黒の弓矢がつがえられた。
そのまま弓矢を持って更に弦を引いていき、遠い海の向こうに向かって矢を放つ。
すると綺麗な流線型を描きながら、はるか彼方の海面に着水した。
「これで正確に離れた相手を狙撃する事も出来ますし、弓矢は途中で散弾にして雨の様に降らす事も出来るので使いどころもあるかと」
「槍での近~中距離に、両手に持った2本の大斧での近距離、からの弓の遠距離か。
これ一つで苦手な距離が一つもないってのが魅力的だな」
「まさにそれをコンセプトに考えた装備品ですしね。
せっかくヘスティアさんには《武技の冴え》なんていう、あらゆる武術系スキルに対して有用なスキルがあるんですから、色々出来た方がいいでしょうし」
「──ん。私はこういうの欲しかった。ありがと、リアちゃん」
「わぷ──」
ぎゅ~っとヘスティアがその豊満な胸に、小さなリアの頭を押し付けるようにして抱きしめた。
これがヘスティアなりの最上級のお礼なのだろう。
だが抱きしめられたリアは息できずに背中をタップし、ようやく解放された。
「──ぷはっ。ど、どういたしまして、ヘスティアさん」
「──ん。あとで私のパフェを一口あげる」
「ふふっ。ありがたく頂きますね」
「ウルトラ甘党のヘスティアちゃんが自分のパフェを……?」
「しかもその中でも一番好きなパフェを……だと……?」
「たった一口で大げさですの。おとーさま、おかーさま……」
雷に打たれたかのような衝撃を受ける竜郎と愛衣に、奈々は少し呆れたような顔をした。
だが2人は知っていた。冷蔵庫に「へすてぃあ」とラップに書いてしまってあったフローラの手作りプリンを、普段甘いものなど食べもしない癖に勝手に食べてしまったガウェインの末路を……。
まあそれは、「プリンだぁ? んなもん、また作って貰えばいーだろ?」などと反省の色が見られなかった彼にも問題があったのだが。
ちなみにその後、ヘスティアの強さに感銘を受けたガウェインは、たまに模擬戦を挑むようになった。
ただしタダでは受けてくれないので、ダンジョンで稼いだお金などで手に入れた甘味を片手に頼みに行く姿が目撃されるようにもなったんだとか。
「まあ、それだけ嬉しかったってことか。よかったな、ヘスティア」
「ん。よかった」
表情は変わらずとも背中の羽はばっさばっさと羽ばたいているので、そうとうにご機嫌なのだろう。
さてそれでは戻ってヘスティアにはパフェを食べて貰いながら、こちらは話し合いの続きを──とカルディナ城へと足を向けようとすると、ちょうどそこへアーサー、ランスロット、ガウェイン。そして人化状態の竜種の少女ミネルヴァがやって来た。
「あれ? ミネルヴァちゃんも一緒にいたんだ」
「はい。私は森で探索能力の向上に努めていたのですが、そこでアーサーさん達を見つけまして」
「それで合同訓練に誘ったんですよ」
相変わらず爽やかさマックスな笑顔のアーサーが、そう説明を付け加えてくれた。
──そんな時。ランスロットが目ざとくヘスティアの持っている槍を見つけた。
「む? ヘスティアよ。そのカッコいい槍はなんなのだ? 少々禍々しい気もするが」
「──ん。さっき、リアちゃんに貰った。私の専用武器」
「なんと!? リ、リア殿! では我の武器は──」
末妹のヘスティアの武器が出来ているのなら自分のも──と、ランスロットは思ったようだ。だが当然──。
「ご、ごめんなさい。これはアーサーさんの武器を作っている最中に、湧き起った創造的なひらめきがあったので、そのままの勢いで製作したんです……。
なのでランスロットさんの武器は……まだ……」
「うぅ……そうであったか。いや、リア殿も忙しい身。
急かすようなことを言ってすまない。どうか気にしないでほしい」
「そう言っていただけると助かります。こういうのは突発的なひらめきが大事になってくるときもあるので」
「で、あるな。マスターが全幅の信頼を置いているリア殿が、いつか作ってくれると言うのだから気長に持つことにするのだ」
ランスロットはそう言って、少し恥ずかしそうに笑った。
そんな弟の様子を微笑ましく見つめながらも、アーサーは先のリアの言葉をしっかりと聞いていたようだ。
「それでリアさん。私の専用武器も出来たのですか?」
「はい。なのでちょっと使ってみて欲しいと思いまして──これです」
「おおっ! 見ただけで素晴らしい武器だと解りますよ、リアさん!」
「アーサーさんにも喜んでいただけそうで何よりです。ではこれを──」
「ん。まって」
「どうしたんだい? ヘスティア。私も早く自分の武器を手に取ってみたいのだが」
ふいに止められても嫌な顔一つしないで、優しい笑顔で妹ヘスティアに問いかけるアーサー。
「私のパフェが先。もう出来てるはず」
「えーと……なら先に戻っていてくれていいんだよ? ヘスティア」
いつもなら迷わずそうしているだろう? と不思議そうにするアーサーだが、ヘスティアには先に交わした約束がある。
「リアちゃんにお礼にパフェを一口あげるっていった。だから、後にして」
「ああ、そういう。なら、そちらを優先しないとね」
「ん」
ガウェインなどは何言ってんだコイツとアーサーを見つめていたし、竜郎としてもあっさりとそちらを優先したアーサーに少し驚いた。
言ってしまえばパフェなど冷蔵庫にしまっておけばいいのだから、別に後でもいいのだ。
「いいのか? アーサー。結構楽しみにしてただろ?」
「いいんですよ、マスター。この甘味狂いのヘスティアが、自分の一番大好きなパフェをあげてまでお礼がしたいと言っているのです。
妹のその気持ちを優先したいと思ったまでです」
「お前はいい兄ちゃんだな」
「お褒めに預かり光栄です、マスター。ではまずは戻りましょうか」
「ん。そうする」
ヘスティアを筆頭に一度リビングに竜郎達は戻っていった。
そしてリアはヘスティアに衆人環視の中で「あーん」と食べさせられ顔を紅くすると言うイベントも有りながら、和気あいあいとしばし和やかに時を過ごした。
そうして皆で軽くお菓子などを食べた後に、やっとアーサーの武器のお披露目だ。
先と同じく大所帯で砂浜までやってくると、アーサーは改めてリアから金ぴかの剣──エクスカリバーを受けとり、まずは両手で持って正眼に構えた。
そして剣舞の様な事を少ししてから、笑顔でこちらに振り返った。
「重すぎず軽すぎず、それでいて私の手に吸い付くように設計されていますね。
これはたとえ魔力頭脳が無くとも最高の武器といえますよ。素晴らしいです」
まだ魔力頭脳を起動していない状態でも、非常に扱いやすく使っていて気持ちがいいと感じるほどだったらしく、アーサーはいつになく嬉しそうな表情をしていた。
「剣自体には問題も無いようですし、次は魔力頭脳を起動していきましょうか」
「そーいえば、こっちのエクスカリバーは変形したりとかするの?」
ヘスティアの武器は色々とガチャガチャ変形していたので、愛衣はそこのところが気になったようだ。
けれどリアは首を横に振った。
「いいえ。こちらは本当に純粋に剣だけです。ただそれだけを追及して作ってみましたので」
「それはそれで凄そうっすね」
むしろここで剣だけの能力を最大限まで突き詰めていったからこそ、ヘスティアの武器は多岐に渡った役割を持った武器になったともいえる。
そうこう話している間に、アーサーは自身の竜力を流してエクスカリバーの柄に嵌っている魔力頭脳を起動した。
すると魔力頭脳の露出部分がどす黒い色から美しい色に変化していき、剣全体に伸びた葉脈のような蒼いラインが淡く輝き始める。
そしてエクスカリバーは聖なる光に包まれながら黄金に煌めき始め、さらに剣の腹辺りが、赤、青、黄色、緑、白などなど星のまたたきのように様々な小さな光をキラキラと放ち始めた。
「キレーだねぇ。プラネタリウムみたいにピカピカしてる」
「極上の聖金に星天鏡石も混ぜたらあんなふうに光るようになったんです。
かなり目立ちますし使用者も選ぶ剣になってしまいましたが、その分、使いこなせれば最高の武器となります」
「──では行きます。はあああっ!」
極限まで力を溜めこみ、それを海に向けてアーサーは思い切りたたきつけた。
するとスキルも何も使っていないと言うのに、聖なる刃が一瞬だけ海を切り裂き割って見せた。
「これはいい。力が湧いてくるようだ」
「ん。私の時もそうだった」
他にもヘスティアの時のように聖力の粒子を纏わせ、刃の形を変えたり大きくしたり──などという小技も使えるとリアは説明していく。
「剣限定ではありますが、戦闘中にコロコロと刃の形状を変えられるのは良いかもしれません」
「とはいえ、それが本当に力を発揮するのは本物の刀身の部分です。
小手先の力が通じない時は、しっかりとそちらを当ててください。
そうすれば、ほぼ全てを切り裂いて見せるはずですよ」
「それは心強い……。リアさん。私の為にこのような武器を作って下さり、本当にありがとうございました」
「いえいえ。持ち主を限定しすぎた剣なので万人受けしない極端な性能ですが、その分、色々と詰め込む事も出来たので作っていて楽しかったです。
これからそれを使って頑張ってください」
「ええ。もちろんです。その期待、全力で応えてみせましょう」
そう言ってアーサーは自分の専用の武器を改めて強く握りしめ、意志の籠った瞳でリアを真っすぐ見ると、大きく頷いたのであった。




