第584話 彩の成長
クラスチェンジと同時に蒼太に新たなスキルが付与された。
それは《海天自在》という、水と天候を自由自在に操るスキル。
魔法とは少しばかり違うらしく、どちらかと言えばイシュタルの銀砂に近い理で、竜力の消費などもほとんどなく息をするように使うことが出来るようだ。
試しに海を操ってもらったり、雨を降らしたり雪を降らせたり、雷雨を呼び込んだりと、実に容易くやってのけた。
──と、そんな風に蒼太がスキルを試していると、異変を感じ取ったのか遠くから純白の竜が飛んできた。
「ぎょえぇぇぇ~~!? 何でござるかタツロウ殿! この龍はっ」
「ぎょえ~~って……。とりあえず、おはよう。スッピーさん」
「挨拶を欠くとは某としたことが。おはようでござる、タツロウ殿…………──って、そうじゃないでござるよ!」
「なんだもなにも、スッピーさんがしょっちゅう戦いに来てた蒼太じゃないか。忘れたのか?」
「いやいやいや、ソータ殿はもっと小さかったござるよ! こんな頭だけで数十メートルある龍じゃなかったでござる!」
「成長期なんだよ、蒼太は」
「成長しすぎでござろう!?」
何となく《侵食の理》についてはぐらかしたかったので適当に答えたのだが、ちゃんと説明しないと納得してくれそうになく、もしこれだけの成長が出来るのなら自分も──などと言い始める始末。
だが結局、蒼太がそういう種族だった。ということで強引に納得してもらった。
「しかし……手が届く前に、また随分と高みにいってしまったでござるなぁ、ソータ殿は。これでは一生追いつける気がしないでござる」
「ナニヲイッテイル。オレハ、モットツヨクナル。スッピーモ、ガンバレ」
「しゃべったでござる!? 人間にも至れたのでござるかっ!」
「成長期だからなぁ」
「便利な言葉でござるなぁ! 成長期!」
おそらく竜郎が何かしたのだろうと察しながらも、相手が隠したい事を根掘り葉掘り聞くほど恥知らずでもないスッピーは、何とも言えない顔をしながらもそれ以上の追及は止めた。
「ま、まあ、いいでござる。某、目の前の壁が高ければ高いほど燃えるタイプでござるからなっ。
ハハハハ……どーやったらここまでいけるでござるかなぁ…………」
やけっぱちになったスッピーは、死んだ魚の様な目で目の前の蒼太を見つめた。
「まあ、そういうわけだから。成長した蒼太も体を動かしたいだろうしスッピーさん、ちょっと模擬戦でもしてあげてくれ」
「え”!? それは少し早い気がするぞ、タツロウ殿──」
「オレモ、ハヤク、カラダヲウゴカシタイ。タノム、スッピー。ワガトモヨ」
「──友。うぅ……嬉しい事を言ってくれるでござる……。まさか、そのように某のことを思ってくれていたとは……。
解ったでござるぅ! このスッピー。友から頼まれては否とは言えぬ。どんとこいでござるー!」
「キィロゥゥーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
蒼太は巨大な頭を天高く持ち上げ空へと昇る。それを追うように聖竜スプレオール──スッピーも、空へと舞い上がり去っていった。
「ねーたつろー、今さらだけどさぁ。体を動かすならスッピーさんじゃなくて、ニーナちゃんとかの方が良かったんじゃ……」
「ぎゃ~~~~~~!! やっぱり、無理でござる~~~~」
「あー……みたいだな。ニーナ。フォローを頼めるか?」
「ギャゥッ!」
空高い場所から蒼太に弾かれ遠くに飛ばされるスッピーに視線を一瞬送りながら、竜郎はそっと目を逸らしたのだった。
「さてっ! 蒼太も無事半神龍となった事だし、今度は彩の場所に向かおう。
あの子のポテンシャルなら、きっと半神級の天魔になれるはずだ」
今日は《侵食の理》を使うから遊びに行かずにカルディナ城の近くにいてくれと言ってあったので、カルディナが直ぐに居場所を解魔法で突き止めてくれた。
どうやら今はダンジョンの入り口がある妖精樹の周辺で、豆太と一緒にかけっこをして遊んでいるらしい。
空を飛んでカルディナ城の上を通りショートカットしつつ、走り回る豆太の尻尾に飛びついてキャッキャと無邪気にはしゃいでいる彩人と彩花の元へと降り立った。
「楽しんでるところ悪いな」
「「ううん、だいじょーぶ」」
「キャンキャン!」
「豆太はちょっとあっちで遊んでてくれな」
「おいで~」
「キャウ~~ン」
ドスドスと大地を蹴りながら豆太は手招きする愛衣に飛びついて、それを愛衣は片手で受け止め高い高ーいとあやし始めた。
それを自分たちもやってほしそうな目で見つめている彩人と彩花に苦笑しつつ、一旦1人の状態──彩に戻って貰った。
「それじゃあ、やっていこうか」
「はーい」
地面にシートとマットを敷いて、その上に彩に寝そべって貰ってから、竜郎は心静かに天照の杖を取り出し《侵食の理》を発動させた。
蒼太の時同様に事前に変質のシミュレーションをして設計図のようなものは作ってあったので、それほど頭を悩ませることなくウリエル達のようにちゃんと馴染むことなく散ってしまっている神力を、彩の体に適した形に変質し定着させていく。
そうすることで彩の固有属性構成が半神格者のそれへと変わっていく。
これでシステムが半神格者相当の人間だと判断してくれれば、晴れて彩もウリエル達の仲間入りである。
さらにこの子はまだレベル49で停滞していたので、ついでにその壁も竜郎が破壊し50レベルまで押し上げ、これにて終了だ。
「たつにぃ~。もう大丈夫?」
「ああ、立ち上がっていいぞ」
「よっと──」
下半身をお腹側に持ち上げ、反動をつけてばねのように跳ね上がって地面に立ち上がった彩がゆっくりとその目を開いた。
すると見た目や服装がまるで変わっていなかったのだが、その瞼の奥の目の色が変わっている事に竜郎は直ぐに気が付き指摘した。
「え~そうなの?」
「フレイヤと同じオッドアイになってますの」
「ちなみに左が黒銀で右が金になってるっすね」
「ほらほら見てみ」
「ほんとだ~かっこいー」
愛衣が《アイテムボックス》から出した手鏡を彩に渡すと、目を丸くしながら左右の瞳の色を確かめていた。
「それで彩。ステータスの方はどうなっている? ちゃんと半神格者になってるか?」
「え? んーとねぇ………………なってるよ。それにレベルも50になってる」
「彩君は天衣無縫の称号は覚えられたっけ?」
「ボクはだいじょーぶ」
竜郎の眷属は優秀な者が多いせいで、新スキルを覚えようとしなくても、ふとした瞬間に覚えてしまう場合がある。
とくに竜であるアーサーやミネルヴァ、ヘスティアなんかは覚えやすく、既に《天衣無縫》の条件は満たせなくなってしまっているし、ランスロットやガウェインも戦闘に夢中になりすぎで別のスキルを覚えてしまったので取得できない。
ウリエルとフローラは、ちゃっかりしているのか慎重なのか。問題なく条件を満たしていた。
また他にも鬼武者幽霊の武蔵や奈々の眷属ダーインスレイヴも、天衣無縫の取得条件を満たした状態だったりする。
「絶対に取得しておいた方がいいとまでは言いませんが、クラスを選べるのも強みですからね。
天衣無縫を覚えたからこそ出てくる特殊クラスもあるでしょうし」
それでいうと蒼太の天龍系統は、実は天衣無縫取得によるクラス選択を出したからこそ出てきた選択肢だったりするので、もし違う方法でクラスチェンジしていたら今のクラスになることは無かっただろう。
「けれど選択肢の幅が増えるだけで、クラス選択できなければ弱くなるわけでもありませんの」
「まあ、そういうこったな。でもとりあえず彩は覚えたみたいだし、どんなクラスになれるか見てみよう。いいか? 彩」
「いーよー」
ということで『無冠の半神級天魔』となっている横に表示されている記号を見ていく。すると、そこには☆☆★★★と5つ表示されていた。
その内訳は『半神級大天族』『半神級大魔族』。『魔戦系半神級天魔』『速技系半神級天魔』『守護系半神級天魔』である。
「大天族とか大魔族とか、こっちを選んだら彩君の性別はハッキリ決まっちゃうのかな?」
「おそらくそうでしょうね。分裂しても選んだ方の種族の2体になるだけで、今覚えている別種のスキルも属性が変更されるはずです」
リアが言うには例えば大天族のクラスを取得した場合、彩花の姿には二度となる事は出来ず、分化しても彩人が2人になるだけ。
また魔族系スキルは強制的に天族系のスキルに変換されるようだ。
けれど天魔と言う特殊な種を捨ててまでなった種であり、ただの天族や魔族ではない大天族と大魔族という特殊な上位種族になれるので、普通の天族や魔族種よりはずっと強い。
「だが俺としては出来れば天魔種のままでいてほしいな。
どちらかの姿に会えないのは寂しいし、天魔であれば《崩壊の理》の一端を扱えるようにもなるかもしれないし」
「ボクも天族魔族は固定したくないなー。だから黒星の中から選ぶー」
「まーそっちのほうが上位クラスぽいっすしね~」
そうして候補として残った3つのクラス。『魔戦系半神級天魔』『速技系半神級天魔』『守護系半神級天魔』を詳しく見ていくと、その特性は実に解りやすかった。
魔戦系は魔法攻撃と物理攻撃といった『攻撃』に重きを置いたクラスであり、純粋な殲滅力が向上する。
速技系は速さと器用さに重きを置いたクラスで、殲滅力よりも速度を生かした攪乱と攻撃の手数が武器となる。
そして守護系。こちらは『守備』に重きを置いたクラスで、とにかく魔法や物理に対してオールマイティに頑丈になりながら、他者を癒したり──なんていうサポートまでこなせるようになる。
「どれも立ち位置がハッキリしたクラスですね。これはもうアヤ君がピンときたものを選ぶのが良いんじゃないでしょうか」
「う~~~ん………………まようー」
ここでの選択で、これからの彩の戦闘の立ち回り方が決まってくる。
ドカンと一発かまして相手を倒すのもかっこいいし、相手の後の先をとって華麗に決めるのもかっこいいし、防御が頼りない仲間の前に立って相手の攻撃を弾き返すのもかっこいい。──と、彩の中ではどれもなってみたいクラスだった。
だがお試しで取る事も出来ないので、どれか一つに絞るしかない。
小さな体を左右に揺らし、あっち、こっち、それとも──と悩み続ける。
すると、不意に愛衣に構って貰っていた豆太が寄ってきて「どーしたの?」というように大きな肉球でぽんぽんと彩の体を軽く叩いた。
「もー今は忙しいのー。後であそぼー」
「はーい。豆太はこっちで私とあそぼーねー。いっくよーそれー!」
「キャーン!」
「いや、愛衣……。普通、そう言う時に投げるのはボールとかフリスビー的な奴だろうに……」
「あはは。でも豆太も楽しそーだよ」
愛衣がぶん投げたのは豆太自身。けれど愛衣が言った様に豆太は宙を舞いながらもご機嫌に吠えつつ、器用にクルクル回りながらドスンと地面に着地した。
そしてもう一回やってとばかりに、その俊足を生かして直ぐに愛衣の元へと戻ってきては、ぶん投げて貰っていた。
「………………」
そんな豆太の様子を彩はじぃっと見つめていると、やがてどのクラスにするか決心がついたようだ。
「速技系半神級天魔にする。いーい?」
「ああ、いいぞ。けど何でか聞いてもいいか?」
「豆太と一緒がいーから」
「豆太と?」
「確かに豆太は攻撃でも守りでもなく、速さを生かしたタイプですの。
一緒がいいと言うのなら、当然そうなりますの」
「あー。そういうことか。にしても本当に豆太が好きだな、彩は」
「うん。とっても可愛いの」
「ははっ、そうか」
そういうお前も可愛いぞとでも言うように、竜郎は弟がいたらこんな感じなのかもなと、無邪気に笑う中性的な顔をした少年の頭をグリグリと撫でた。
そうして彩は速さと技術を得意とするクラス──『速技系半神級天魔』へとクラスチェンジし、《崩壊の咢》というスキルを特典として取得したのであった。




