第580話 人へ至れるもの
次の管理者はハーピーの亜種で大きさ3メートルもある巨大ハーピーで、通常種達を従える群れの女王でもあるハピ子。
そんな彼女の元へと着くと、歓迎の印とばかりに魚をお土産に持ってきてくれた。
それを受け取りながら竜郎が今回の目的について説明していくと、今度は普通にOKが貰えた。
女王と言う立場柄嫌がられるか、もしくは周りが反対するかなとも思っていたので少々意外だったが、通常種のハーピー達もそれを祝福するかのように一斉に翼をバサバサと羽ばたかせているのを見ると誰も反対者はいない様だ。
というのも、このハーピーという種は自分たちを御せるくらい強い男の元にいる事に安心感を覚えると言う習性があり、それはより強い種を残していく野生の理がそうさせている。
別に竜郎との間に魔卵を作る事は出来ないので種の強化という点では間違っているのだが、それでも群を抜いて強い男の眷属になるというのは、種の繁栄に繋がる事だと判断し今回の件を了承したとの事。
「まあ、そう言う事ならいいのかな?」
「いいんじゃない?」
どこか通常種のハーピーたちに羨望の眼差しを向けられながら、ハーピーの女王は鼻が高いとばかりに胸を張って竜郎の眷属となっていった。
眷属化した後に劇的な変化があったわけでもないのに、ハピ子に従属するハーピー達は一斉にまた翼をバサバサと鳴らし、まるで戴冠した女王に拍手を送っているかのようにも見えた。
それから軽く近況を聞いた後は、次の領地管理者であるプニ太のもとへ。
プニ太は8本脚でヒヅメから頭の天頂部まで五メートル以上ある巨馬の魔物。
かなりプライドが高く気性が荒い。だが自分よりも強い相手には従い、背に乗せてくれるという性格の持ち主でもある。
竜郎的にはスレイプニルという神話に出てくる馬にフォルムが似ているので気に入っているのだが、やはりプニ太は眷属化の件を断って来た。
話を持ちかけると、考える間もなく首を横に振られたのだ。
眷属は主が死してもなお従う存在。だがプニ太的には死ぬような軟弱者の下には付く気は無いと思っているようだ。
「まーこの子は予想通りだったから特に驚きも無いね」
「ああ、むしろ眷属になりたい! なんて言った日には変なもんでも食ったんじゃないかと心配になる所だ」
「ヒヒン!」
気位が本当に高いプニ太は、当然だとばかりに鼻を鳴らし「自分を必要とするのなら、誰にも負けるんじゃないぞ」とでも言っているようにも感じた。
「生意気だなぁ。まあ、ツンデレみたいなものだと思えばかわいいもんか」
「そーかな?」
首をかしげる愛衣の頭を撫でて笑っていると、今度はプニ太の方から問いかけがあった。
「ん? ああ、お前の嫁さんの件か。なんだ、興味ないフリして意外と気になってたのか」
「ヒヒーーン!!」
違う! とばかりに前足をドスドスと地面に叩きつけて抗議してくる。
それじゃあ、何で聞いてくるんだと問いかけてみれば、その子なら眷属でも何でもするがいいという感情が伝わってきた。
どうやら少し残念そうにしていた竜郎を気遣ってくれたようだ。
だが竜郎はその伝わってくる感情の中に、ほんの少し本人すら気づかない程であったが、自分の番を気にする気持ちがある事にも気が付く。
だがそこを突いてもからかうような感じになってしまうので、自分の胸の内に秘めるだけにしておいた。
「そりゃ、失礼を。そうだな。今いる馬系の魔物の中じゃ、合成して等級を上げたペガサスならいけるかもしれない」
「確かペガサスの等級は4だったよね。
なら最高6まで上げられそうだし、そこから強化した子ならプニ太でも気に入ってくれるかも」
「だろう。それにレベルも今なら簡単に上げられるし、雌雄も選びたい放題だ。
時間が出来たらプニ太のお嫁さん候補を連れてきてみよう」
「ヒヒーーン」
そうか。と言った感じのつれない返事をすると、プニ太は地面に寝そべり目を閉じた。
竜郎と愛衣は最後に鼻先を撫でてから別れを告げて、次の従魔の所へ向かった。
「キィーーー!」
「キー太。いつもご苦労さん。悪いな、あんまり来れなくて」
「キィキィ」
そんな事ないよ。とでもいうように首を横に振った。
相変わらず人間臭い動作をするこの魔物は、カルディナ城にいる赤ちゃん──ルシアンの父ベルケルプと母ルーシーが眠る墓地を守ってくれている番人。風妖精のキー太である。
さっそく労いの言葉と美味しい食材をキー太の家となっている水晶の教会にある冷蔵庫にしまっていくと、今回の目的を伝えていった。
「キーーー」
ニーナ並みに直ぐ眷属と言う存在の事を理解し、まるで人間のように竜郎に跪き了承の意を示した。
「ありがとう。嬉しいよ、キー太」
「キィーキィーーー!」
竜郎が喜んでくれたと無邪気にはしゃぐキー太にホッコリしながら、さっそく彼の固有属性構成を調べさせてもらう。
「これはまた……」
「どったの?」
「いや、この子の属性構成がちょっと特殊で驚いたんだ」
「清子さん並みに?」
「いや、そこまでじゃないが」
キー太の属性配列のイメージを数字で表すと「1、2、3、6、7、8、9、18----」と言った感じだろうか。
普通の並び順に見せかけて、不意に属性構成が飛ぶところがあるのだ。
これは恐らく、何度も死ぬ寸前まで陥りながらも生き延びて、その度に強くなる様本気で願い死に抗い、妖精種と言う特殊な体を持つが故にそれに応えるように無理やり強者の体に作り変わろうとした結果、このような不思議なパターンの体を持つようになった。
だがこちらも清子さんタイプで、ニーナのようにちぐはぐではなく型に嵌って非常に安定しているものだった。
さらにもう一つ。知能を司る構成部分でも、興味深い発見があった。
前々から頭のいい魔物だと思っていたが、弱かった自分が強くなるためには馬鹿ではいけないと本能的に悟ったのか、こちらも体と同じように成長していき、ここまでの知能を手に入れたようなのだ。
さらにそこから人間のような生活が出来るように竜郎たちにサポートされ、人間に接することが出来る環境で暮らしたこともあり、後ほんの少しで人間に至れるほどの知能を有していたのだ。
けれど何かが邪魔をしているのか、魔物と人間の狭間にある壁の前で停滞している様子もうかがえる。
それが何かまでは解らないが、既に人間に至る種子は完全に出来ていると言えるだろう。
「それじゃあもしかして、たつろーなら魔物と人間の狭間にある壁を壊せる?」
「ああ、ここまでお膳立てされているなら変質させるのは余裕だ。
しかしそうか……魔物から人間の知能を得る過程の構成配列は、こういうのなのか……ふむふむ。
天照。この部分は特に念入りに後で解析してみよう」
「────!」
竜郎が眷属化させていった魔物達の中には、キー太やニーナ程では無くても頭のいい魔物はいた。
そう言った魔物達の知能を更に上げる為の配列のヒントが、ここにあるのだ。調べない手はない。
これは思わぬ収穫を得たぞと思いながらも、本人への確認もしないで勝手に改造するわけにはいかない。
「どうだキー太。たぶんお前なら、俺が少し手を加えるだけでシステムがインストールされるはずだ。
つまり、俺達と同じ人間になれるって事でもある。
だが俺は強制しないし、キー太が魔物のままで生きていきたいと言うのなら強制するつもりは一切ない。
自分の思うとおりに生き方を選択してほしい」
「キィ? キィィーー…………」
ザックリとした説明でもちゃんと理解を示し、その上で顎に手を当てわかりやすい考えるポーズをとって悩み始める。
人間か魔物。そのどちらが、より幅広い生き方が出来るかと言われれば当然人間だ。
スキルだけという原始的な能力だけでなく、システムがインストールされれば自分で成長の仕方をある程度制御できるし、他にも普通では取れないスキルが取得できたりと様々なメリットが得られる。
なので本来なら考えるまでもないと思うのだが、キー太はどうやら未知の自分──人間としての自分になる事へ不安を感じているようだ。
もしかしたらその不安が、無意識的に人間への一歩を押しとどめていたのかもしれない。
そしてそういった不安を抱けるところが、既に人間に近づいている証拠でもある。
竜郎は急かすことなく、キー太がその心の葛藤と折り合いがつくまでジッとその場で待ち続けた。
「キィ!」
「──そうか。キー太は人間になりたいんだな」
選んだ選択肢は停滞ではなく未知の世界。
どちらを選んでもその気持ちを尊重するつもりではあったが、それでも竜郎は少し嬉しかった。
それは勿論、魔物から人間至る過程をちゃんと計測できると言う気持ちもあったが、キー太自身の成長が何より嬉しかったのだ。
「それじゃあ、もう一つ質問だ。人間になったらどうしたい?
俺の眷属になるのは止めるか?」
「──キィッ!?」
今のキー太ならば人並みの知能を得れば、まっとうに生きられるはずだ。
もちろんそれまでのサポートもこちらでしていくつもりではあるが、人間として独り立ちしたいと言うのなら竜郎に止める気はなかった。
だがキー太はぶんぶんと首を横に振って、竜郎に跪いて忠臣となって一生ついていくと誓ってくれた。
それはボロボロだった体の傷を癒してくれた恩義なのか、それともただの強さへの憧れか。あるいはその両方か。
その辺りの心情は良く解らないが、それでも随分と自分のことを慕ってくれるものだと驚いてしまうほどだった。
そしてそれと同時に、これは絶対に本人の希望通りになるようにしなければと、竜郎の気が引き締まる。
「解った。眷属化と同時に、キー太の知能を人間側に引き上げる。キー太、もっと俺の近くに」
「キー!」
びしっと気をつけの姿勢で真っ直ぐ立つキー太に苦笑しながら、もっと楽にするように言ってから《侵食の理》を発動させた。
眷属化はこれまで通りなので、もう大した手間でもない。
それでも気を抜くつもりはないが、変に緊張する事も無く終わっていく。
それが終われば、もう一つ。こちらは今回初めての作業なので、より慎重に行っていく。
キー太の知能を司る場所を変質させていき、魔物側から人間側へと変えていく。
そして──キー太は竜郎の手によって人間へと至る。
世界がキー太を新たな知的生命体だと判断し、システムをインストールし始めた。
その時点で竜郎は《侵食の理》を解除と同時に記録を完了し、キー太の動向を見守った。
「キーキー!」
「終わったみたいだな。どうだ、人間になった感想は」
「キィ?」
「まだ実感はないみたいだね。ねえ、たつろー。この子は人間の言葉は喋れないのかな。
妖精さん達は普通に言葉を話せたし」
「そうだな。多分──」
「じょっど、はだじぇる」
「今、ちょっと話せるって言ったの?」
目を丸くする愛衣のその問いかけに、キー太はコクリと頷いた。
どうやらまだ喉の使い方が良く解っていないようで、発音が随分とおかしかったが、ちゃんと単語の意味を捕えて話すことが出来るようになったようだ。
そして言葉は竜郎や他の誰かが様子を見に来た時に良く話しかけられていたので、そこで言葉の意味などは理解していたようだ。
なので後はより多くの単語や熟語、文字や喉の使い方を把握すれば、今よりももっと人間らしく振る舞うことが出来るようになってくるだろう。
「それじゃあ、住むところはどうする? 人間になったんだから、墓守は辞めて別の事をしてもいいんだが」
「はがもり、ぎーだの、しごど。やりだい」
「キー太がそう言うならこのまま頼むことにするよ。
だがせっかく人間になったんだから、もっと他の人──それこそ同じ眷属たちも沢山いるから話してみるといいんじゃないか?」
「うん。ばだじでみじゃい」
キー太も他の眷属たちと関わりを持ちたいと考え始めてくれたようなので、竜郎は近いうちにここに転移装置でも設置しようかなと考えたのであった。




