第577話 奇妙な構成
翌日。竜郎はカルディナ城で朝食を取った後、今日は誰を最初に眷属化しようかと考えながら愛衣と共に外に一歩踏み出した。
すると大きな何かに進行方向を塞がれた。
「どうしたんだ? ニーナ」
「ギャゥッ!」
大きな何かの正体は、ニーナの頭だった。
その頭をよしよしと撫でまわしながら、一体急にどうしたのかと問いかける。
するとやや遠い所にいる蒼太を尻尾で指し示し、不満そうな感情をテイム契約のパスを通して伝えてきた。
それに、はてどういう事だろうと思考を巡らせていると、昨日眷属になったばかりの蒼太がこちらに気が付いて近くにやって来た。
「キィィロロロゥゥ……」
「ギャ~~ウ!」
そこで2体のやり取りを観察しながら、訴えてくる感情を当てはめていき、だいたいのことが理解できた。
つまり──。
「ニーナは蒼太だけが眷属になってずるいって思っているわけか」
「ギャウ」
うんうんと大きな頭を上下に振って意志を伝えてくる。
この子は本当に頭がいい。眷属と言うものの意味を、ろくに説明されなくてもかなり正確に理解しているようだ。
「もしかするとこの子も幼竜ちゃん達みたいに、その内、喋ったりできるようになるかもしんないね」
「かもしれないな。しかしそうか、ニーナも眷属になってくれるのか」
「ギャ~ウ」
甘えるように尻尾を竜郎に絡ませ頭を擦り付けてくる。
愛衣も微笑ましそうに、そんなニーナの頭を撫でている。
どうやら幼竜達は眷属で、さらに蒼太まで眷属になったとなると、自分だけが竜郎に仲間外れにされたようで寂しかったらしい。
竜郎ものちのちニーナにも眷属化について聞きにいくつもりではあったのだが、まさか本人の方から直談判しに来るとは思ってもみなかった。
ただこの子の場合、少々他の魔物や竜達と比べても特殊な存在ではあるので、もう少し固有属性構成のパターンを蓄えてからやるつもりでもあった。
なので眷属化するのならば、最後の方でやる予定だったのだ。
「けどこんだけラブコールを送られちゃったら、断れないよねぇ」
「ギャ~ゥ~~」
お預けされたら泣いてしまいそうな、ウルウルとした目で見つめられてしまうと竜郎も弱い。
それに属性構成を解析するだけなら何の問題も無いので、イレギュラーな変わった発見をしたら、そこで改めて考えればいいだろう。
そう言うわけでさっそく竜郎は天照の入った小型ライフル杖を手に取り、《侵食の理》による解析を始めた。
ニーナはそれを静かに受け入れ、カルディナ城の玄関前で寝そべった。
(────)
(ああ、そうだな。天照)
もはや《侵食の理》実行時の助手と化している天照と一緒に、ニーナの属性構成を見ながら難しい顔をする。
というのも、彼女の属性構成はやはり特殊だったのだ。
イメージで説明するのなら、普通の人の属性構成はある程度の法則があり、例えるならば『1、2、3、4、5、----』と順番に並んでいるのが普通だ。
これは竜郎もそうだし、天照や月読、フレイヤや蒼太だって例外なくそうだった。
だがニーナの場合は法則がちぐはぐで、『9、1、6、3、7、----』のようにあるべき場所にあるべきものが無く、本来そこにないはずのものがそこにあると言った不思議で、どこか歪な構成になっているのだ。
やはり格が違いすぎる相手の心臓を入れてしまった事で、普通ではありえない状態になったのは間違いないだろう。
(さてどうしようか)
ここでの選択肢は2つある。
1つは、このまま見て見ぬふりをしてとりあえず眷属化だけして終わらせるというもの。
そしてもう1つは、この歪んだ構成を普通の人達のように綺麗に整頓し並べ直すというもの。
前者は現状維持。おそらくこのまま放っておいても、ニーナの体に害がある訳ではない。
なので特にリスクも無く眷属として迎え入れられる。
一方、後者はと言えば、上手くいけば更なるニーナの強化に繋がるだろう。
今の状態だと他と比べて異常に属性構成量が多い心臓のパワーが十全に生かし切れておらず、無駄になってしまっている部分が非常に多い。
なのでもし正しい形に修正することが出来れば、その無駄に散ってしまっているパワーも全て生かす事が出来るようになるだろう。
(ただ……それをニーナの体がちゃんと受け止められるかってのが心配だ)
今の状態でもエーゲリアから全力を出さない様に言われている。
にもかかわらず、ここでさらにその出力を上げてしまうのは果たして正解なのだろうか。
そんな思いが竜郎の心中を渦巻いていた。
自分だけでは答えが出せそうになかったので、竜郎の隣で寝そべるニーナの体を撫でていた愛衣にも意見を求めてみた。
「うーん。確かエーゲリアさんが言うには今の段階だと7割が限界で、レベル200で8割、300で9割、500で10割だしてもOKって感じだったんだよね」
「ああ、それであってる」
「ならとりあえず《強化改造牧場》内で沢山強くなって貰って、10割の力が──とまではいかなくても、9割くらいまで出せるようになったら、やってみるって方がいいんじゃない?」
「それもそうだな。むしろ今の状態から変えると、簡単に10割の力が出せるようになるから、かえって危険かもしれない。
ならストッパーとして今はそのままにしておくのがいい気がしてきた」
「そーそー。安全第一でいこーよ。ニーナちゃんもそれでいーよねぇ?」
「ギャ~~~ゥ」
ニーナも今の話の流れが何となく解ったのか、自分にとってもその方がいいと判断したようだ。
愛衣の小さな手で撫でられて、気持ちよさそうに甘えている姿は今一緊張感に欠けているのだが……。
「ニーナも納得したのなら、それでいいか。
よし、それじゃあ今日は眷属化だけやっていくぞ」
「ギャゥ!」
元気のいい挨拶に微笑みながら、竜郎は一気に眷属化へと向けて変質させていった。
特に問題も無く終わったので調子を聞いてみれば、やはりこちらも蒼太の時同様、前以上に調子が良くなったようだ。
大きな竜翼を広げて空を元気よく縦横無尽に飛び回り始めた。
「眷属化すると俺から何らかの影響が出てるのかもしれないな」
「でも別にすっごく強くなった~って、わけじゃあないんだよね?」
「ああ。俺達の感覚で言うと筋肉痛が治った──もしくは肩こりが治ったくらいの感じだと思う」
「び、びみょ~~~」
確かに微妙だが、無いよりはましだ。それにニーナも嬉しそうにしているし、前向きにとらえた方がいいだろう。
それからニーナは今は妖精郷のジャンヌ城の前で、ちびっ子妖精たちと遊んでいるであろう幼竜達に自慢すべく、ルナのいる妖精樹まで飛んで行った。
慌ただしいなあと苦笑していると、少しさびしそうな顔で蒼太がその後ろ姿を見守っているのに気が付いた。
「一緒に行ってきてもいいぞ。今日は別の子に番を頼んでおくから」
「キュィロロロゥゥ!」
感謝! という感情を伝えると共に一声鳴くと、蒼太もその後を追って去っていった。未だに蒼太はニーナに夢中なようだ。
その一生懸命な様子に竜郎と愛衣は微笑ましげに、2人顔を見合わせ笑いあった。
「あんな頃が俺達にもあったけか」
「どーだろね。気付いたら、たつろーのこと好きになってたし」
「俺もそんな感じだなぁ」
どちらからともなく好きになって付き合った2人なので、相手を一方的に恋い焦がれる──などという経験はない。
だがこれが自分たちにとって一番自然な形でもあったのだと自信を持って言える。
なので気にする様子も無く、どちらからともなく手を伸ばし握り合うと、優しいキスをしてから顔を近づけたままの状態で唇を離した。
「ふふっ、好きだよ。たつろー」
「ああ、俺も好きだよ、愛衣」
またキスをして抱擁を──などと飽きることなく続け、それは蒼太といういるだけで牽制が出来る存在がいなくなった事で増えた魔物達を、せわしくなく狩り続ける破目になったワニワニ隊の存在に気が付くまで続いた。
「おっと。そうだ。蒼太の代わりの人員を用意しないとな」
「やっぱり空を飛べないと全体をカバーするのは難しそうだね」
「だな。となると空を飛べる魔物がいいか。よしっ、君に決めた!」
「ポ○モン!?」
愛衣に突っ込みを入れられながら呼びだしたのは、魔王種候補でもあるシュベ太と清子さん。
ちょうどこの2体に話を聞こうと思っていたし、翅と翼を持っているので空も自由に飛び回れる。
空を飛べないワニワニ隊とタッグを組めば、鬼に金棒だろう。
さっそく竜郎は呼び出した理由と、眷属化について出来るだけ伝わるように説明をしていった。
そして何とか理解してくれたうえで、返ってきた返事はどちらもイエスだった。
「あの時のことなら気にしなくてもいいんだぞ。俺がよく確認しなかったせいでもあるんだから」
「────」「キィイイイ」
あの時とは、アムネリ大森林で竜郎とのテイム契約を破って攻撃してきた事だ。
この2体は心の底で今でもまだ信じられないと言う感情と、申し訳ないという感情を持ち続けているようだった。
なのでそれだけが理由であり、本当は眷属になりたくないのならそれで構わないと言う意味で確認を取ったのだが、それでも答えは変わらなかった。
悪いと言う気持ちもあるが、それ以上に魔卵から生み出された存在と言う事もあって竜郎への懐き度合いも高く、さらにやはり魔物は力こそ全てだ。
2重で神格を得たことで更に雰囲気が増した竜郎に対して、まるでアイドルを見るような憧れの眼差しも混ぜるようになっていた。
なのでこの2体からしたら、この人ともっと深く繋がれば、自分もそこへ近づけるのではないかとも思ったようだ。
そしてそれは実際に少しだけ正しくもある。
竜郎は今後の事も考えて、自分たちの眷属でない者は《強化改造牧場》でのパワーレベリングには参加させないつもりでいるからだ。
それはただの嫌がらせでも意地悪でも無く、もし何かの拍子に竜郎が死んでしまったら、テイム契約だけでは世に解き放たれてしまう。
そうなったらきっと竜郎の眷属たちが全力で始末を付けてくれるだろうが、その際に眷属たちが傷ついたり最悪死んでしまう事もあるかもしれない。
だからこそ強くする存在は制限をかけると決めたのだ。
なので魔物の本能に従って本当に強くなりたいと思うのなら、竜郎の眷属になるのが一番の近道なのだ。
そして2体は知らずしてその道を選んだことになる。
「そうかありがとう。そしてこれからも俺を支えてほしい」
竜郎の言葉の意味を理解して、しっかりと頷き返してくれるシュベ太と清子さん。
それに対して竜郎もまた頷き返し、この2体を眷属させていく──のだが。
「またか……」
「どったのたつろー?」
シュベ太にも清子さんの固有属性構成にも、やはり神力の欠片があった。
だが竜郎の言葉はそれをさしているのではない。
「清子さんの方の固有属性構成が、ニーナとも違うが変な風になっている」
「あー。結構無理やり種族を変換させちったかんね」
「だが清子さんの場合、これでバランスが意外ととれてるように感じるんだよな。不思議だ」
「んん? そうなの?」
ニーナの時同様に数字でイメージすると順番通りには並んでいない。
けれどこちらの場合は例えるのなら素数。『2、3、5、7、11、13、----』のように順番ではないのだが、ちゃんと法則を持っているように思えるのだ。
ここで竜郎が変に手を加えると一気に全体が崩れて、意味をなさない属性構成の塊となり清子さんという個は消え去ってしまう可能性が高い。
なので竜郎はニーナの時の様にそれを変質させようとは思わなかった。
「だが、こういうパターンもあるって情報は参考になるな。
順番通りでなくても、ちゃんと型に嵌めれば安定する。
カルディナ達の味覚や臭覚の切り替えや、ニーナの属性構成の整頓に関しても使えるかもしれない」
「なら清子さんを生みだす時にやった事も、結果オーライだったのかもね」
「さすが俺だな!」
「こら、ちょーしにのらないの~」
愛衣がじゃれつくように竜郎に抱きつき、その体を横にぐらぐら揺すった。
それに竜郎は抱きつき返し、愛衣の頬にキスすると満足してくれたのか揺れがストップした。
「すまんすまん。うーん、にしてもこの神力の部分を何とか有効活用してみたいな。
そうすればさらにもう一段階、蒼太やシュベ太達を強くすることも出来るかもしれないし」
「その為にも他の子達も調べて情報収集しないとね」
「だな」
今はまだ情報が出そろっていない。とりあえず全員の情報を集めてからでも遅くはない。
そうして竜郎は眷属化だけをその2体にほどこしてから体調について尋ねると、やはり調子がいいようで、機嫌よくワニワニ隊の手伝いへと加わってくれたのであった。




