第57話 冒険者達との邂逅
辺りの暗闇が薄まっていく頃。
それに比例して湖から浮き出る光の粒たちもその姿を少しずつ減らしていき、太陽が頭を出す頃には完全にいつもの風景に戻っていた。
それから数時間後。竜郎はテントの中で目を覚まし、隣にいる愛衣がまだ眠っていることを確認してから寝たまま伸びをした。
「──起きますかっ」
そうして愛衣を起こして支度を済ませてから外に出ると、カルディナがやって来た。
どうやら魔力を補充してほしいらしい。なので竜郎は昨晩の見張りの件を愛衣と労らいながら、たっぷりと魔力を補充していった。
それから喜ぶカルディナと暫く遊ぶと、二人は後片付けして町に帰ろうという話になった。
──のだが。唐突にやって来た見知らぬグループがこちらに向かってやって来るのが見えたので、竜郎はとりあえず飛び回るカルディナを二人の間に待機させた。
「明らかに、こっちに用がありそうな感じだね」
「ああ。格好からして冒険者の様だが……。
──そうか、ゼンドーさん達の護衛をしてきた人達かも知れない」
「そういえば、もうおじいちゃん達は来てる時間だったね」
「けど可能性が高いってだけだから、警戒はしておこうな」
「はーい」「ピューイ」
愛衣とカルディナの返事を聞きながら待っていると男が五人、女が三人の冒険者風の格好をしたグループが竜郎達の目の前までやって来た。
「君達は何故こんな所にいるんだ?
今、この周辺は魔物の分布が狂っているせいで危ないぞ」
そのグループの中で一番背が高く、黒茶色の髪をした三十代前半くらいで、耳の上部が少し尖っている中々に顔立ちの整った男がそう話しかけてきた。
「僕らは朔の日の湖を見るために、ここに来たんです」
「朔の日の湖……、という事はあれを見に来たのか。
この辺の者ではないようだが、朔の日のことまで良く知っていたな」
「ゼンドーさんに聞いたんだよ」
本気で驚いているようなので、愛衣がすかさずそう注釈を加えた。すると男は一瞬だけ、考え込むような素振りをみせた。
「ゼンドーさん……。──という事はまさか君達か!?
ベドスライムの大軍を、たった二人で全滅させたと言うのは!」
「最近の事だというのなら、僕らの事でしょうね」
「そうか……君たちが……」
男が驚いているのと同じくして、その仲間達もざわつきだした。
その空気がなんとなく居心地悪くなってきたので、竜郎は早く切り上げることにした。
「えーと……僕らは今から帰る所なので、そろそろお暇させてもらいますね」
「ああ、すまない。けど少し待ってくれ」
「待つって、私達に何か御用かな?」
別段悪意と言うものは感じなかったので、愛衣は普段通りのスタイルで問いかけると、男が一度首を縦に振った。
「君達はレーラさんに、四日後の町周辺の調査と魔物討伐の依頼について聞かされているよね?」
「はい。ですが即答はしかねたので、現在は保留状態ですけどね」
「わが身が大事! だからね」
「そうだね。冒険者として、その考えは正しい。
けれど今あの町にいる冒険者で、その依頼を受けるつもりでいるのが我々ともう一組しかいないんだ。
さらに検討中のパーティを合わせても、君らとあともう一組のみなんだ」
思った以上に少ない事に驚きつつも、この男が何を言いたいのかが解ってきた。
つまりは、二人に参加してほしいと言いたいのだろう。
そんな竜郎の考えが伝わってしまったのか、男はバツの悪そうな顔をした。
「……もう言いたい事が解ってしまっているようだが、あえて言わせてもらおう。
ぜひ、その依頼を二人に引き受けてほしい」
「えーと、その答えを言う前に少しこちらから質問させてください。
あなた方は、冒険者としてのキャリアは長い方ですか?」
「え? ああ、そうだね。
まだまだ至らない所も多いが、中堅くらいは名乗ってもいいくらいだと自負してる」
「では、そんなあなた方から見て、その依頼はどれくらいの危険性を孕んでいると思われますか?」
その言葉に男は顎に折り曲げた人差し指を当てて暫し真剣に考えてから、あくまで自分たちの考えを述べるならと、前置きをしてから答えてくれた。
「そうだな。今回の場合、アムネリ大森林の中層部にいる魔物たちと遭遇する可能性を加味すると、レベル7のダンジョンに相当する危険度だと思ってもいいかもしれない」
「うーんと、ちなみにレベル7のダンジョンってどのくらい危険なの?」
冒険者間ではそれで通じるので、男は当たり前の様にダンジョンレベルで表したのだが、二人は残念ながらダンジョンの情報はまるで持っていない。
なので間を置かずにすっと愛衣が聞くと、男は二人がダンジョンの事を知らないのだとそこで理解し、それでもわかる様に説明を試みた。
「ええーと……。中堅どころの冒険者でも覚悟して挑まなくては、すぐに足元を掬われるレベルと言えばいいかな?」
「つまり、おにーさん達みたいにそこそこ長く冒険者家業に身を置いている人でも、死ぬ可能性があるって思っていい?」
「──そう、だな。そう考えてくれていい」
「そうですか……」
そこで今度は、二人が考える番になる。
今回の依頼は、二人にとっては受ける必要性が低いものである。
そんな状況下で危険を晒すよりも、地道にSPを稼いで元の世界に戻る方が堅実だ。
けれど町の人、というより世話になったゼンドーさんが安心して塩づくりに専念できるようにしてあげたいとは思っている。
そんな双方の間で竜郎が揺れ動いていると、愛衣から念話が発信された。
『今回の依頼、受けようよ』
『危険かもしれないぞ?』
『だけど私達は特別な力を持っているし、二人で行動するなら余程の事がない限り何とかなるんじゃない?』
『まだ見ない──それこそ、あの黄金水晶のやばい奴みたいなのが出てくるかもしれないんだが……』
そこで頭の中で、もう一度あの熊たちと接敵した場合をシミュレーションしてみた。
(今なら空から逃げることも出来るし、他にも俺の手数も増えた。
それにおっさんの所から愛衣の武器を引き取れば、さらに戦力は上がるし、カルディナの斥候としての能力もある……)
そんなことを考える事数秒の内、遂に竜郎は結論を出した。
「この依頼、受けることにします。それでいいか、愛衣?」
「うん。いいよ」
「本当か!? それは助かる!」
「はい。ちょうど今日レーラさんに会う予定があったので、その時に受ける事を伝えておきます」
よほど人数不足に困っていたらしく竜郎達が受けると解って、向こうのパーティ全体からあからさまにホッとした雰囲気が伝わってきた。
「では、その時にまた──と、いけない。自己紹介を忘れていたね。
俺はカルネイ・バルキントンと言う。後は、右から順に───」
そうしてカルネイに指名されたものから順に手を上げて、名前を口にしていった。それが終わると今度は二人が自己紹介し、この場はお開きとなった。
「では、僕らはこれで」
「さよーならー」
「ああ、また。当日はよろしく頼むよ」
そんな挨拶もそこそこに、二人と一匹はその場を去っていった。
「あれが、塩職人の間で話題になってた子達なのね」
「みたいだな」
パーティメンバーの一人、グラマラスな体つきに青い髪をした女性ハンナが、リーダーであるカルネイに語りかけてきた。
それから別の人物、筋肉質な体系にブロンドで中年の男チャーリーも話に加わる。
「しかし、聞いてはいたが本当に子どもだったな。大丈夫なのか?」
「大丈夫であろう。それに話には出ていなかった、あの鳥も気になる」
「ああ、それは私も気になった! アレってたぶん魔物じゃないかな?」
「ええっ。普通の鳥じゃなかったんですか!?」
茶色髪に体が小さくどっしりとした体系の男エイハブと、赤毛の長髪を上で纏めた細身の女性アイダの話を聞いていた、メンバー内で一番年若く小柄な少女グレタが、鳥の正体に誰よりも驚いていた。
「ああ、それにあの少年。そうとう魔法が使えると見た。
俺が解魔法で探ろうと魔力を練り上げた瞬間、こっちに目を向けてきやがった」
「そんなことをしていたのか!?
もし気を悪くでもしたら、どうするつもりだったんだっ!」
「いでっ!?」
痩せ形で男メンバーの中では一番若い青年アビーが、そんな衝撃発言をしたところで、カルネイが拳骨を思いきり頭に振り下ろした。
そこに小太りの男マシューが、ため息を吐いた。
「魔物相手ならいざ知らず、人間相手に解魔法を使うなんて信じられないよ。
それも魔法使いだと事前に解っている相手に。
アビー君は、想像以上に礼儀を欠いた行動を取ったことを知るべきだよ」
「だってガキンチョだったから、脇が甘いかなって思ったんだよ!」
「反省しろ!」
「あだっ!?」
言い訳がましく言葉を並びたててくるアビーに、二度目の鉄槌をカルネイが浴びせた。
そして他の全員が呆れた視線で、それを見つめていた。
「次にあったら謝らないとな……。たく、余計な事をしてくれたよ全く」
「でもアビーの言ってることが本当なら、相当手練れよね。
こいつ、相手の隙を突くのが異様に上手いのに」
そのハンナの言葉に、アビー以外の全員が頷いた。
そして頼もしいメンバーが調査隊に加わったことを喜びつつ、底知れない相手に恐れと憧憬を抱いた。
「そういえば、あのアイって女の子は槍やら剣を振り回していたんですよね?
という事は武術系のスキルを取っているとして、あの鳥さんはどうやって取り込んだんでしょう?
確か魔物のテイムって、《テイマー Lv.6》以上ですよね?
魔法系でも武術系でもないスキルでやれる事を一体どうやって……」
「そんなものは知らないさ。いっそ次に会った時にでも聞いてみたらどうだ、グレタ」
「無理ですよぉ……」
「そうそう。冒険者が自分の手の内を明かしてくれるわけないっしょ」
「解ってる。冗談だ」
グレタの質問にカルネイが適当に答えると、アイダに窘められてしまった。
しかしカルネイは特に気にもせず、どこか上の空で愛衣の事を思いだしていた。
(皆はタツロウの方を手練れと言うが、あの子も相当だろうな……)
職業病とでもいうべきか、どうしてもカルネイは目の前に立った人物の隙を探す悪癖を持っていた。
しかしその悪癖が発揮されても隙は見当たらず、もし手をだしたら返り討ちにあうイメージしか抱けなかった。
(俺も、まだまだという事か……)
「よしっ、お前ら! まだ帰りの時間までは時間がある。今から修行だ!!」
「「「「「「「えー……」」」」」」」
そうして湖の傍でやる気に満ちた一人と、面倒臭そうにしている七人が、その場でトレーニングを始めたのだった。
その頃竜郎一行は、誰も見えなくなったところで空を飛んで町へと帰っていく途中だった。
「冒険者って名前からして荒っぽい人ばかりなのかと思ってたけど、意外と人の良さそうな人たちだったね」
「……あ~そうだな」
「なんか、含みがある言い方だね」
竜郎もカルネイだけならそう思えたのだが、後ろにいたアビーと名乗った男が何かしらの魔法をこちらに仕掛けようとしたのが引っかかっていた。
幸いカルディナがアンテナを張り続けてくれたので気付けたが、あそこで竜郎だけであったのなら、むざむざ魔法を使わせてしまっていたはずだ。
そのことを愛衣に話すと、かなり怒ってしまった。
「そんなことしてたのっ!? 信じらんない!」
「まあ確かにな。たとえ攻撃性のあるものでなくても、軽率な行動としか言いようがない。
やっぱり、他の冒険者は信用しても六割ぐらいに留めておいた方がいいかもな」
「だね。特にそのアビーとか言う奴はもう信用しない! 顔も覚えてないけど!」
「そこは、覚えとこうな……」
愛衣は基本的に竜郎以外の男に興味がない。
なので少し話したぐらいでは、男の顔は刹那で忘れてしまうのだ。女性メンバーとカルネイくらいは解るが、他はもう輪郭さえ定かではなかった。
そんな愛衣の将来に若干の不安を残しつつ、それでも可愛いと思えてしまう彼氏馬鹿な竜郎は、帰りの道中ずっと怒れる愛衣を抱きしめながら宥めていったのであった。




