第576話 気になる事
さりげなくお気に入りの枕を持って帰ろうとするフレイヤに、ここで作ったものは外に持っていくと消えるぞと言って元の場所に戻させた。
どんな物もここでは思い通りに作れるが、外に持ち出した途端に元の世界の圧力によって消え去ってしまう。
なのでうっかりこっちの物を持ち出してしまわないよう、他の皆にも注意をしておかなくてはと竜郎は改めて思った。
それからかまぼこ型の入り口を作り《強化改造牧場》の中から出てくると、夕日に染まった真っ赤な海が目に飛び込んできた。
そしてついでとばかりに貝殻に足が生えたような魔物が、大勢の神格者の気配におびえて逃げる姿も一緒に。
「あの貝は食べられる貝かな?」
「毒があるみたいですよ、姉さん」
「俺と愛衣は毒ぐらいじゃ死なないが、皆も使う調理器具で料理するのもなんだし──あ」
「ソータ君が食べちゃったわね」
竜郎が毒物をわざわざ食べる事もないだろうと貝を見逃す事にした矢先に、蒼太が真っ赤な海から顔を出して貝殻ごと噛み砕いて食べてしまった。
けれどそんなに美味しくも無かったのか、口をへの字にしている。
「毒は大丈夫だよな?」
「ソータも上級竜だ。あの程度の魔物の毒で腹を壊す事もないだろう。
なんなら毒に対しての抵抗が強まるかもしれないぞ」
「それもそうか」
同じ竜種のイシュタルがそう言うのであれば一安心だ。
竜郎は蒼太に軽く手を振り、そのまま別れてカルディナ城に戻ろうとした──のだが、ふとフレイヤが視界に入り足を止めた。
「私に何か御用ですの? ご主人様」
「ああ、いや。そうじゃないんだ。そーたーーー! ちょっとこっちに来てくれー」
「キイィゥゥー?」
なんだろう? と言った風に首を傾げつつ、蒼太は海から体を完全に出して体をグルンと横回転。
そうして体についた水を全部払うと、空を泳ぐようにして竜郎たちのいる場所まで来てくれた。
「突然呼んでごめんな。ちょっと蒼太に聞いておきたい事があったんだ」
「キユルルゥー」
別にいいよ、という感情を従魔のパスを通じて竜郎へと伝えてくれる。
それに竜郎はお礼を言いながら本題を切り出す事にした。
「なあ、蒼太。お前、俺の眷属になってくれないか?」
「キゥゥ?」
頭がいいと言っても、フレイヤのようにシステムがインストールされるほどではなく、竜郎の言った意味を今一理解しきれてない様子。
そこで竜郎は丁寧にそうするためにどんな事をするのか、どんな風になるのか。
そう言った事を出来るだけ伝わるように思いを込めて説明を続けていくと、なんとか理解をしめしてくれたようだ。
「キィィロロロゥゥー」
「そうか! ありがとう、蒼太!」
答えはイエス。従魔の契約で縛られているからだとか、そんな事ではなく、ちゃんと自分の意志で竜郎の眷属になってくれることを了承してくれた。
となればさっそくとばかりに竜郎は天照の杖を構えて、蒼太の固有属性構成を解析していく。
魔物──厳密には龍だが、とにかくそういった存在の眷属化はフレイヤに続いて二度目の事。
スムーズに解析結果を元に眷属化をしようとすると、気になる構成部分を発見した。
(これは……神力か?)
竜郎や天照に月読、さらにはフレイヤにもあった神力を司っている構成部分が、神力を持たないはずの蒼太の属性構成に混じっているのを発見した。
(神系や半神系でもないのになんで──って、もしかしなくても俺のせいか?)
蒼太を生みだす際に竜郎は神力も使って孵化させた。
その影響で蒼太は竜から龍へと変化したわけなのだが、まさかこのような形で混ざっているとは予想していなかった。
イメージで説明をするならば、体のあちこちに神力の点がまだらについているといった感じで、これがもっと多く綺麗に繋がっていると神格者の属性構成といった感じになる。
(うーん。今すぐいじってみたい気もするが、その前に半神格者たちの属性構成や、他の神力を注いで生みだされた魔物達の情報もデータベースに加えてからの方が良さそうだな。
今は諦めて、ただの眷属化だけに留めておこう)
神力の部分はかなり蒼太の根底にある部分だったので、まだ情報の少ない今、無理にやるのは危ない気がした。
なので竜郎は素直に引き下がり、蒼太の魂を眷属化させる事だけに集中していった。
「よし。これでいいはずだ。調子はどうだ? 蒼太」
「キュィロロロゥゥゥーー!」
「おお、元気いっぱいだねぇ」
昇り竜とでも形容したくなるような、上昇からの空での一回転を見せてくれた。
眷属化したことでの体の不調どころか、むしろ調子がいいくらいなんだそうな。
蒼太は空からスーと降りてきて、竜郎の目の前にその大きな顔を近づける。
それに竜郎は微笑みかけながら、優しく鼻先の角の横──鼻の穴の上あたりを撫でつけた。
以前よりも深く蒼太と魂が結びついた影響か、より鮮明に嬉しいといった感情が流れ込んでくる。
「頼りにしてるからな」
「キィゥゥウ!」
任せろ! とでも言うように、竜郎の耳に負担のない程度の音量で一声鳴いた。
「明日は他のテイムしている魔物達にも眷属になるかどうか聞いていくとするかな」
「一杯なってくれるといいね」
先ほどの蒼太の神力についても気になるし、もっと天照の中にある固有属性構成に関するデータベースの充実化も図っていきたい。
そう言った意味でも、明日はまた忙しくなりそうだ。
「それじゃあ、蒼太。今日はありがとう。また近いうちに他の頼み事があるかもしれないから、気が向いたらでいいから聞いてくれ」
「クィロゥゥ」
そうして竜郎たちは再び海へ狩りに出かけた蒼太と別れ、今度こそ本当にカルディナ城へと戻っていった。
その日の夕ご飯はかなり豪勢で、眷属たちのほとんどを呼んで一緒に食べた。
お酒は無いのでジュースだが、宴会のように盛り上がって中々に楽しいひと時だった。
けれど竜郎は、そんな中でまた気になる事を見つけてしまった。
それはカルディナ達の事である。
彼女たちは食べる必要も無ければ、味も無味と感じるようなので食事を口にすることは無い。
眷属たちもみんな食べていると言うのに、カルディナたちは雰囲気を楽しむだけで食べる事を楽しむことはできないのだ。
「なあ。カルディナたちは、料理の味が解らないんだよな?」
「解らないと言うよりも、味として認識しないと言う方が正しい気がしますの」
「どゆこと?」
そう言う愛衣と同じように、竜郎も疑問顔で首をかしげる。
すると奈々がより詳しく説明を付け足してくれる。
それによれば、味を味と認識できないだけで、口にした時に甘いものなのか苦い物なのか、酸っぱい物なのか──そういった情報だけは解るらしい。
なので口にして味が解らなくても、これは辛い食べ物だ、しょっぱい食べ物だと言い当てる事は出来る。
だが味として美味しいだの、不味いだのとは感じない。
例えるのならそれは数値化されたデータだけを渡されているようなものであり、竜郎たちにとって料理の写真を見せられて外見的にはどんなものか理解できても、味が解らないといった感覚に近いのかもしれない。
「なあ、もし美味しいとか不味いとか感じられるようになったら嬉しいか?」
「うーん……。嬉しいっちゃあ嬉しいと思うのも確かなんすけど、戦闘ではそれが足を引っ張るケースもあるっすよね」
「あー……それは確かにありそうだね」
味覚を得ることで例えば、戦闘中に口の中に耐えがたいほどのマズイ物が入ってしまった、または入れられてしまった時、竜郎たちは調子を崩してしまうが、カルディナ達は平然と戦闘を続けられる。
また味を知るには嗅覚だって必要だ。だがそちらも、異臭のする場所での戦闘が不利になってしまう事だろう。
そう考えると、そうしたことで竜郎や愛衣が傷つくような事があれば、カルディナたちは後悔してもしきれない。
「でも、何で突然そんな事を聞いてくるんですの?」
「いやな、《侵食の理》でその辺の感覚を感じられるように出来るかなと思ってさ。
まったくそういうことが出来ないってのなら無理だが、今聞いた感じだと出来そうだし、どうせならカルディナ達にも食べることの楽しみってのを味わってほしいと思ったんだよ」
竜郎はカルディナ達にも料理を楽しんでほしい。新しい世界を知ってほしい。
だって彼女たちは戦うためだけのマシーンではないのだから。
──と、そういう考えから出た発言だったのだが、カルディナ達は一瞬だけ目を見合わせてから全員で首を横に振った。
「それはとっても嬉しいっすよ。でも、さっき言った事があるっすから、やっぱりあたしらはこのままでいいっすよ」
「けど興味はあるんだろ? だったらこんなのはどうだろうか」
だが竜郎はそう言ってくることは既に予想済みだ。伊達に四六時中一緒にいたわけではない。
なので双方納得のいく答えを提示する。
「普段は今と同じような感じ方だが、食事のときなんかには任意で臭いや味を感じられるってのならいいんじゃないか?」
「えー! そんなことできちゃうの!?」
愛衣のその驚きの声に竜郎は頷き返す。
「さすがに味覚に関する部分が全くのゼロだったら俺も諦めてたが、少なからず俺達で言う味覚にあたる部分があるのなら十分いけると思う。
んでもって、もともとあるものを残しつつ変質するってのも、ない物をある事にするわけではないからいけると思う」
竜郎の言葉を最後まで聞いていたカルディナ達は、思わずそれぞれ顔を見合わせ目を丸くしている。
だが直ぐに、奈々が代表して口を開いた。
「確かにそれならいいかもしれないですの。
……実は、リアの作る料理をちゃんと味わってみたいと思っていたんですの」
少し離れたところでフローラと料理談義をしているリアをチラリとみながら、奈々は後半の言葉は聞こえない様に竜郎と愛衣にだけコッソリ伝えてくれた。
その可愛らしい理由に思わず二人も頬が緩んでしまう。
「なんだ。そうだったのか。それならもっと早く言ってくれれば、俺達もそれができるように何か方法を探したのに」
「そう言ってくれると解っていたからこそ、あたしらも口にしなかったんすよ。
他にも色々やる事があるっすからね」
「そんなに気を使わなくてもいーのにぃ」
愛衣は少し不服そうに頬を膨らませてぶーたれる。愛衣はもっと家族のように遠慮なく接してほしいのだ。
けれどそれに対してカルディナ達は、優しげな雰囲気のまま笑いかけた。
「気を使うのは当たり前のことですの。だって、この世界で一番大事な人達なんですから」
それが総意とばかりにカルディナ、ジャンヌ、奈々、アテナ。属性体の天照、月読もまたうんうんと相槌を打っていた。
その光景に竜郎は、今度は頬ではなく涙腺が緩みそうになりながら、この子達を生みだして本当に良かったと心からそう思った。
愛衣も同じ気持ちだったのか、カルディナたちを順番にぎゅ~~っと抱きしめまわっていた。
「まあ、でも少し技術が必要になりそうだし、もう少し俺の方で回数を重ねてからになるがいいか?
ただ、そんなには待たせるつもりはないが」
「急がなくていいっすよ。あたしらも急いでないっすからね」
そうして竜郎の頭の中の予定表に、カルディナたちがより普通の人間のように料理を楽しめるようにすると書き込んだのであった。
 




