第570話 新型魔力頭脳
目を開けると、自分の大好きな女性の胸が目の前にあった。
そして後頭部には適度に筋肉のついた、大好きな女性の柔らかな太ももの感触もする。
竜郎はその女性──愛衣のお腹に顔をくっ付けるように彼女の膝の上の頭を横向きにし、手を相手の腰に回して寝転がったままギュッと抱きしめた。
「ここは天国じゃー」
「もー何言ってるの? たつろー」
愛衣がそんな竜郎にコロコロ笑いながら頭を撫でてくれる。
竜郎はそれが気持ち良くて、周囲の視線を後頭部に感じながらも愛衣に抱きついたまま幸せを噛みしめた。
だが、敵はすぐに現れる。
はやく自分の作った物のお披露目もしたいのに、竜郎の話も聞かなければいけない。
そんな状況に焦れたリアが竜郎を引っ張って、「兄さん! はやく説明を!」と言われてしまったのだ。
妹に嫌われてしまっては堪らないと最後に強く愛衣を抱きしめて、軽く唇にキスをしてから、ようやく離れ立ち上がり皆のいる方向へと向き直った。
「急に倒れて悪かったな。ちょっと等級神に呼ばれてたんだ」
「それは私も物質神様から聞きましたよ。姉さんは武神様、レーラさんは氷神様、イシュタルさんは全竜神様から、等級神様が呼んだだけだから心配しなくていいと聞いたそうです」
「そうなのか。それじゃあ何で呼ばれたかは?」
「聞いてないわ。タツロウ君から聞いてと言われたから」
「そう言う事か。じゃあ、まずリアの作ったものを見る前に軽く説明だけしておこうか」
そうして竜郎はジャンヌ城の真ん前、芝生の上に皆で腰を下ろしながら、等級神に呼ばれた先で何があったのかを要点を纏めて説明していった。
「侵食の理……。そんなモノがあったのか。
戦闘では使いにくそうだが、内容を聞く限りでは恐ろしいスキルだな」
魂すら侵し変えてしまう力にイシュタルは心から畏怖の念を抱いた。
固有属性構成さえ解ってしまえば自分はおろか、世界最強の存在の母親──エーゲリアでさえ眷属に出来てしまうと言うのだから。
「だからこそ、俺も変な事には使わない様に気を付けて使っていこうと思う」
「ああ、そうしてほしい」
「それじゃあ、この話はとりあえずここまでとして、さっそくリアの作った新型魔力頭脳のお披露目といこうか」
「ですねっ! 今回のは特に自信作なんですよ、兄さん!」
「それは楽しみだな。天照や月読も喜んでる」
ライフル杖とスライム型魔道具に搭載されている魔力頭脳がピカピカと光って、喜びを皆にも解りやすいよう伝えていた。
天照と月読も早く自分の新しい体を見たいようだ。
「それじゃあ待たせても悪いですし、さっそく見せますね──これです!」
「おぉ~。すっごい色だね……」
「まあ、大部分は心臓でしたしね……」
色は時間が経った血のような暗い朱──朱殷色。
大きさは非常に小型化されており、成人男性の手の平サイズ。厚みは7センチ程。
形は指輪などについているダイヤにありがちなラウンドブリリアントカットされた状態。
重さはちょっと手に持つとずっしりと重みを感じるくらいだろうか。
──と、そんな血を固めて作って放置していたような物体だった。
色が旧型魔力頭脳のように綺麗な半透明で薄青色のブルートパーズのようなものだったのなら、さぞ美しい見た目だったことだろう。
だがこれはニーリナの心臓をそのまま使うのではなく、そのエネルギー循環能力などの元々ある高機能な部分をそのままに、小さく物質化させるだけでもひと苦労だったのだ。
さらにそこから色を変えようと思ったら、リアと妖精郷、竜大陸の研究者たちの力を集結させても最低十数ヶ月、最高で数年の期間を必要としただろう。
「たかがこの色を変える為だけに、それだけ待てないですよね?
機能は変わらないっていうのに」
「それなら、その時間で更なる高機能化を目指した方が効率的ですの」
「そりゃそうだ」
大事なのは見た目ではなく能力。天照や月読も、ちゃんと全力の自分が出せるのなら、色なんて何でもいいと思っているようなので問題は無い。
「それではさっそく、この中に──そうですね、まずはアマテラスさんを入れてみてください」
「解った。天照、こっちへおいで」
「────!」
生まれた時間は1日しか変わらないが、一応お姉ちゃんの天照から。
呼びかけに応えて空飛ぶ杖が、グローブをはめている竜郎の手に吸い付くようにして収まった。
そして一度、天照だけを竜郎の中に戻してただの杖状態にする。
リアが手に持っていた朱殷色の新型魔力頭脳を受け取り、それを竜郎は自分の手の平に乗せ、その中に天照を収納するようなイメージを固めていく。
「いくぞ──」
「────────わぁ! 色が変わって綺麗になったよ!」
「ふふっ。驚きましたか、姉さん」
「うんっ」
赤黒い朱色をしていた新型魔力頭脳の中に天照が入った途端、色が薄くなりルビーのような真っ赤で美しい輝きを放ち始める。
どうやら起動状態になると、全体的に色味が薄く美しいものに変わる様だ。
さらに先ほどまで見えなかった中身が透けて見え始める。
中心部には3重螺旋の平たい紐のようなものが芯のように収まっており、その3本の紐がキラキラと星のまたたきのように様々な光を小さく放ちながら回転し始める。
そうすると今度はその3重螺旋の周囲を大きく囲む様に、内部の外周部に近い辺りに存在する大きな2重螺旋が星が瞬くように輝きながら回転を始めた。
その3重螺旋と大きな2重螺旋の輝きが宝石の様にカッティングされた本体に乱反射して、より絢爛な美しさを演出していく。
「ちなみに、中心の3重螺旋には世界力を取り込み直接魔力に変換する機能が備わっていて、外周部の2重螺旋がその力を贅沢に使って旧来の魔力頭脳を大幅に超える演算能力を叩きだします」
「こんな細い紐みたいなもので!?」
レーラには信じられない事だったのか、声を上げて驚いていた。
「これは星天鏡石のおかげですね。このサイズに機能を詰め込める素材は、星天鏡石を使わなければ他に何が使えたのか解らない程です」
「いや、その素材を使ったからって普通は出来ないわよ? リアちゃん」
「ですね。私一人だけでは、この形に収めるという発想は出なかったかもしれませんし」
リアのこれまで蓄えてきた知識や能力。元、解神のクリアエルフ──ベルケルプの残した知識の遺産。
妖精郷の研究者たちが考えていた、世界力を応用したエネルギー装置開発の為に開発していた全ての技術。
竜大陸の研究者たちが持っていた、竜素材の効率的な扱い方についての膨大な研究資料。
これらが上手くかみ合ったおかげで、これだけ小さく高機能な魔力頭脳が完成したと言ってもいいだろう。
なので今回ばかりは、リアだけの功績ではなかった。
けれどそれを悔しいと思う気持ちはあれど、皆でああでもない、こうでもないと喧々諤々意見を交わし合うという初めての体験を経て、それが楽しかったという気持ちも確かにあったらしく、リア自身、後悔はしていないようだ。
「これはうちの──竜大陸の研究者達でも作れるのか?」
「妖精郷の方々も、竜大陸の方々も、まだ理論を固める所で精一杯な様でして、これを私ぬきで完成させるのはまだ不可能でしょう」
「やはりそうか」
リアはそこに行き着くまでの理論をすっ飛ばして答えを知ることが出来るので、一から作り上げることが出来た。
だが本来はその間にあるはずの理論もしっかりと解き明かさなければ、この新型魔力頭脳はこの世に生まれているはずのない物と言ってもいいだろう。
イシュタルも一縷の期待を込めて聞いただけだったようで、そこまでショックは受けてはいない様だ。
たとえ作る事は出来ずとも、新しい技術の一歩を間違いなく自分の国の研究者たちが進んだのは間違いないのだから。
──と。ここまで天照がこの魔力頭脳に慣れるまで待っていたのだが、どうやら確認は終わったようだ。
ピカピカと新たな魔力頭脳を光らせて、それを竜郎へと伝えてくれる。
「それで天照。実際に入ってみてどうだった?」
「────。────? ────」
「なんて言ってるの?」
「間違いなく前の物よりも力は出せそうだし、これなら《神出力体》も出来そうだ──とは言ってくれてるんだが……」
「だが、なんですか? 兄さん。遠慮なく言ってください」
「ただちょっと、収まりが悪い感じがするそうだ」
「やはりそうなりましたか」
「そう言うってことは、最初から想定していたんすか?」
「まあそうですね。というのも──」
天照は以前の魔力頭脳を、体たれとイメージされながら生みだされた存在だった。
故に解りやすい例えを出すとするのなら、自分の体に合うよう作られたジャストフィットする最高の椅子に座っていた人が、それが古くなったので新しく買った既製品の椅子に座り居心地悪く感じる──といった類の収まりの悪さなのだろう。
だがこればかりは製作者としては申し訳ないが、前のように合う魔力頭脳を用意できるかと言われれば、非常に難しいと言わざるを得ない。
それこそ色を変える以上の難易度を要求されるだろう。
なのでリアからは先の椅子の例で言うのなら、慣れるようになるまで座り続けてくれと言うしかないのだ。
「そう言う事か。………………なあ、リア。少し俺の方で試してみたい事があるんだが、やってみてもいいか?」
「ええ。別にかまいませんけど、一体兄さんは何を──あっ、《侵食の理》ですか?」
「ああ。上手くいけば微調整し直せるかもしれない。天照もやってみてもいいか?
《理の理解者》の称号もあるから、微調整ぐらいで妙な事にはならないはずだし」
「────!」
是非やって欲しいとの感情が返ってきた。
本人もリアもいいと言うのならば、さっそく初めての《侵食の理》をやってみるのもいいだろう。
それに今回は天照の構成を調べて、それに合うようにリアなら量産可能な新型魔力頭脳の方を変質させるだけなので最悪失敗しても誰も傷つかない。
フレイヤの前の予行練習としては最適な実験だろう。
「なら兄さん。とりあえずその状態でも十分使えるようなので、こちらの杖を使って下さい。
新型の魔力頭脳用に作った、新しい兄さんの杖です」
「おおっ、いつの間に」
前の魔力頭脳と形が違うので、単純に収まっていた場所に入れ替えればいいと言うものでない事に今更ながら竜郎は気付かされる。
驚きながらリアが《アイテムボックス》から出した杖を見れば、今手にしているライフル杖よりも随分と小さくなっていた。
大きさはだいたい60センチ程。140センチ程あったライフル杖と比べると大分コンパクトになっていた。
「もうライフル杖というより、アサルトライフル杖だな。まあ、形は同じだからいつも通り呼ぶけど」
形は攻撃のイメージを補助しやすいようにと、以前と同じライフル銃に似せた形状。
さらに後ろ部分に取り付けられていた傘骨の、天照のコアが入っていた部分も大幅にカットされ、杖の最後部に新型魔力頭脳を納めるソケットと、その周囲に小型化されたアンテナの様に突き出した小さな傘骨が広がっているだけ。
この傘骨は伸縮自在な素材でパージすることも出来、竜郎が属性体の竜腕として杖と腕を一体化させる時も、ちゃんと骨格として補助できるように設計されているし、頑丈さならこの小さくなった傘骨のほうが断然上でもあった。
さらにこの傘骨は、いらない時は小型ライフル杖の内部に収納できるようにもなっているとの事。
さっそく竜郎は手に持っている天照の入った新型魔力頭脳を一旦リアに渡す。
リアはそれを受け取ると、丁寧に小型ライフル杖の後部ソケットにガチャンと嵌め込んだ。
「ではこれを使って《侵食の理》を使ってみてください」
「ああ、ありがとうリア」
リアも興味津々な様子で《万象解識眼》を発動させ、紅から空色に文字通り目の色を変えて竜郎をじっと観察し始めた。
愛衣達もリア程ではないが、どんなものなのだろうかと興味深げに視線を送ってきている。
竜郎自身も初めての事なので少し不安もあったが、新型の魔力頭脳に新型の杖。
これだけ揃っていれば、いくら天照が絶好調じゃなくとも酷い事にはならないだろう。
竜郎はそう自分に言い聞かせながら、新たに自分の中に生まれたスキル──《侵食の理》を発動させたのであった。




