第568話 侵食の理
世界は属性で出来ている。その主たる成分が魔法の基本属性とされる12属性。
あらゆる物質は、この属性をもとにして生成されているといっても過言ではないと等級神はいう。
地球で言う──万物の構成要素とされるのは、地・水・火・空気の四つの元素。という『四元素』という昔ヨーロッパで支持されていた説に考え方は近いかもしれない。
「それで、それが何か今回のスキルに関係しているのか?」
「うむ。まあ言ってしまえば、そのスキルを渡す最低条件が基本12属性を全て使える事なのじゃよ」
「なら、真竜も使おうと思えば?」
「エーゲリアならギリギリ自力で出来るかもしれんのう」
「へー……。それで、結局俺にどんなスキルをくれるっていうんだ?」
「ふむ、そうじゃな。まずはその理の名を先に言った方がよかったかもしれぬのう。
儂らがお主に渡そうとしているスキルの名は──《侵食の理》。
それは基本属性を全て使い、あらゆるモノを侵食し変質させる理じゃ」
邪と聖を両方上手く混ぜ合わせれば、あらゆるものを崩壊させる《崩壊の理》が生まれる。
そしてその対象に寸分の違いもなく適合する絶妙に調整された12属性の魔力を
あてると、その対象に対し《侵食の理》が生まれる。
その適合する12属性の魔力は、この世界に存在する全てに存在し一つとして同じものは無く、それは物質は勿論、人間に対しても、魂に対しても、そしてシステムに対しても……。
「ちょっと待ってくれ。ということは、その侵食の理を使うと魂を変えてしまったり、システムを自分で弄る事も出来るって事なのか?」
「まあ、そうじゃのう。じゃが無いものを有るように見せかける事は出来るが、実際に作り上げる事は出来ん。
あくまで侵食する理じゃからのう」
「えーと、それじゃあ例えば石があったとして、その石を侵食して形を変える事は?」
「物質の形を変える程度なら造作もないのじゃ」
「金に変える事は?」
「その石が金とはまるで違う物質であったのなら不可能じゃ。
あくまで侵し変質させる力だからのう」
「凄いんだか凄くないんだか解らなくなってきたな」
「まあ、1つの物質だけで考えた場合は、たいしたことは出来んじゃろう。
じゃが2つ3つを侵食し繋げて混ぜて、さらに変質させることは可能じゃ。
故に金の素なんてものが仮にあったとして、それを用意できれば侵食の理で混ぜて作りだす事は可能じゃ」
「んん? でもそれって鍛冶術でも出来そうだよな?」
「まああれも、《侵食の理》の応用と言えなくもないからのう。
じゃが、お主に与えようとしているのは物質に限った話ではない。
魔法やスキルでも侵す事の出来ない深層まで侵食し、その本来あるべき姿を変質させられる。
じゃからこれを人に──魂のある存在に使えば、その魂の在り方すら変えられる」
「魂の在り方を変えられるってのは一体……」
物騒な事の様だが、今一想像のつかない言葉に竜郎は怪訝そうな顔で眉をひそめる。
「極端な例をだすとするのならじゃ。
魂を侵食して知性ある人間を知性なき獣に落とす事も出来れば、獣の魂を弄って人間に近づけさせることも可能じゃ」
「そんな事も出来るのか」
だがあくまでその対象物がもつ可能性の範囲内での事なので、あるモノ(ここでいう知性)を意味のない形にしてダメにすることはできるが、ないモノを意味のある形にしても限度はある。
なので知性の乏しい存在(そこいらにいる普通の魔物など)に、人間に至れるほどの知性を宿させることはできない。
「他にも他者の魂にインストールされたシステムを侵食して、壊す事も出来る。
そしてこれは世界そのものも侵食することが出来る故、お主が悪意を持って使えば、儂らが苦労して築き上げてきたこの世界を破壊する事すらできてしまう。
だからこそ、あまり人には与えたくは無いのじゃ。
まあ、世界を壊すほどの出力を出せるかどうかと言われれば、人の身では無理じゃろうが、ワシらの知らぬ穴を突いてそこから──なんて事もあり得るくらいには繊細に作っておるからのう」
「…………俺に世界を壊すことは多分無理だろうが、やたらめったらに世界に干渉されると何かの拍子にヒビが入りかねないって所か。
ただでさえ、不安定な世界だって言ってたしな」
ここで言っている世界が壊れると言うのは、竜郎たちの世界のように全てが壊れると言うのではなく、人が暮らしている次元のみをさしており、神のいる次元まではどう頑張っても人の身では届かないので等級神たち自身が直ぐに滅ぶことは無い。
けれどせっかく作った人間の住まう次元での世界力消費による安定化が図れなくなれば、急ぎ1から作り直さなければ、その後に世界丸ごと滅ぶ可能性が高い。
これまで気の遠くなるような時間を掛けて、今の形になるまで作り上げてきた世界。
もう一度最初からなど神達も考えたくないだろう。
だからこそ、竜郎は思う。
何故、よりにもよってそれを自分に渡す必要があるのかと。
「確かにそのスキルは何だか強力そうではあるが、戦闘向きではない気がするんだが?
そんなリスクを冒してまで、そのスキルを俺に渡すより、手っ取り早く強くなるスキルが他にもあるんじゃないのか?」
「確かにこれは戦闘中に使うには不向きなスキルではあるのう。
天と地ほどもの差がある格下相手ならまだしも、格上相手なら特にのう」
まず《侵食の理》をやるに当たって必要なものは、侵食対象の固有属性構成を理解しなければならない。
それは解魔法でも解らない特殊な項目だが、《侵食の理》のスキルを得ることが出来れば、後はスキルの方で勝手に解析してくれるようになっているらしい。
なのでそこは問題ない──のだが、対象者の所持力量数が高いほど固有属性構成は膨大になっていく。
そうなると例えば現在レベル1784の竜郎の固有属性構成をスキャンしようとすると、それを調べるだけで自力だと数十日かかる。
リアの新型魔力頭脳による演算を用いて、ようやく十数分くらいまでに落とせるレベルだ。
しかもそれをやっている間、竜郎はなにも出来なくなるほど集中せざるを得ないらしく、演算をフルに使っても十数分かかる相手を前にして棒立ちすると言う自殺行為をしなければならないと言う事になる。
確かに強敵相手に侵食できればあっさりと殺せるようになるだろうが、その前にこっちがあっさり殺されてしまう。
「やっぱり戦闘に向いてないじゃないか。くれると言うのなら正直欲しいが、それを強敵との戦闘で使うのは無理そうだ」
「確かにそうさのう。じゃが、タツロウよ」
「なんだ? 等級神」
「いつ儂が最終決戦でそれを使えと言うたのじゃ?」
「は?」
最終決戦に向けての最終兵器的なスキルを貰えると話の流れから勝手に思っていたのだが、なにやらそうでない様子に竜郎は口をポカンとあけて首を傾げた。
「えっと、そうじゃないのなら何で神にとってもリスクのあるスキルを渡す必要があるんだよ」
「それは、お主達の戦力を底上げする為じゃよ」
「んん? それで俺達の戦力が上がるのか?」
「もちろん上がる。タツロウよ、戦力と言うのは一個人に力が集中するだけでも、もちろん上がるじゃろう。
じゃが他にも上げる方法はある──それは即ち数じゃ」
「数……もしかして俺の眷属たちのことか?
だがあの子らは俺達の戦いに連れまわせるほどレベルがまだ高くはないし、捨て駒に使うのなんて御免だぞ」
何よりアムネリ大森林は竜郎や愛衣のように特殊な称号所持者か、神格者の称号所持者でないとシステムに多大な負荷がかかって真面に戦う事すらできなくなる凶禍領域と呼ばれる場所。
そこで今の自分たちよりも強い存在と戦うとなると、今の眷属たちではリスクが大きすぎる。
「もちろん儂も捨て駒にせよなどと言うつもりはない。ちゃんと戦力の頭数として入れての事じゃ。
じゃが今のままでは、お主が言うた通り死地に送るだけとなるであろう。
──そこで《侵食の理》じゃ」
「つまりそれで眷属たちに何かすることで、俺達の戦闘に連れて行けるようになると、そういうことか」
「その通りじゃ。お誂え向きに半神格者やそれに至れる可能性のある者達ばかりじゃからのう」
「……詳しく聞かせてくれ」
「うむ」
まず何故、神々は竜郎に与えるスキルに《侵食の理》を選択したのかと言えば、一番の理由は彼が《エンデニエンテ》の称号を持っていたから。
そして2番目に彼には強力な潜在能力を持つ眷属たちが沢山いたからという点。
さらにダメ押しとばかりに、神級天魔[真祖]種──フレイヤを生みだしたことで最終的に全ての神が渡す事に許可を出した。
アムネリ大森林で一番必要な事は、凶禍領域の負荷に抗えるシステム持ちになると言う事。
正直、戦う力がいくらあっても負荷に耐えられなければ邪魔になるだけだろうから、一番重要なポイントと言える。
その為に最適な称号は、あらゆる環境や状態に適応してしまう《エンデニエンテ》という竜郎が元ダンジョンボスを倒した時に手に入れた称号。
次点で《神格者》の称号となるが、これでシステムの質を向上させても大体8~9割程度の力に制限されてしまうので、前者がベストだ。
となるとまず最初の一歩目としてベストなのは、眷属たちにも《エンデニエンテ》の恩恵が受けられるようにすると言う事になる。
「そこでこの《侵食の理》じゃ。
これを利用する事でタツロウのシステムと眷属たちのシステムを繋ぎ、眷属たちの負荷を全てお主が負担する事で凶禍領域の影響をなくすことが可能となるはずじゃ」
「《侵食の理》ってのはそんな事も出来るのか」
「眷属と繋がっているパスを利用し、そこにシステムと繋がるパスを通せばのう。
ただそれをするには最低でも半神格者程度のシステムの質を要求されるのじゃがな」
「ああ、それでさっきお誂え向きに~とか言ってたのか」
神格関係の称号を手に入れると、普通の人間にインストールされているシステムよりもハイスペックな物に変化する。
強いが故に──強くなれるが故に、普通のシステムでは膨大に膨らんでいくであろう魂の器を支えきれなくなるから、といった感じだそうな。
半神格者も神格者には劣るものの、常人よりもその質は高い。
なのでそういった事も本人に支障のない範囲で出来るようになると言うわけだ。
やり方のイメージとしては、まず竜郎は自分のシステムに侵食し、対象者のシステムにも侵食。
両者のシステムを変質させてコードを作り、それを眷属間のパスの中に通し連結させるといった感じか。
そして対象者のシステムにかかる負荷を、そのコードを通して竜郎に送りつける。
竜郎は《エンデニエンテ》の称号で、その多人数分の負荷がかかる状態に適応すれば、全員なんの影響もうけなくなると言った寸法だ。
「確かにその理論が可能であるのなら、あの森で普通に動くことも出来そうだな。
ようは俺に避雷針のような役割になれって事か。連れていく眷属たち分の負荷を全部おれが受け止めるって訳だし」
「そうじゃのう。ただしいきなり全員分の負荷を受けようとするでないぞ。
適応する前に、お主のシステムが魂ごと破損する危険性もあるのでな。
初めは3人くらいを連れて森に行って適応したら、また追加で3人。それにも適応出来たなら、さらに3人──といったように少しずつ慣らすのじゃ。
そうすれば最終的には全員連れて行っても、その負荷に耐えられるようになっておるはずじゃ」
「改めて、《エンデニエンテ》ってとんでもない称号だな」
「その称号ありきの話ではあるが、それにお主の《神格者》の称号でさらに品質を上げているから出来る事じゃ。
それによってありえない程ハイスペックなシステムになっておる」
「前にも似たようなこと言ってた気がするな。──よし、そこは理解した。
だがアムネリ大森林で通常のように行動できるようになったとしてもだ。現状だとレベルが足りない。
今のままじゃ危険すぎるし、最低限までレベルを上げるにしても時間がかかるだろう。
まあ、確実性を期すためだと言われたら何年かかろうともやってみせるが……」
出来る事なら早く元の世界に帰りたい。
元の世界が無事になった姿を見て安心したい。それが竜郎と愛衣の総意だ。
2人一緒にいるというのは最低限の欲であって、自分たちの家族にも会いたいし故郷にも帰りたい気持ちも強い。
だからここからさらに修行で数年かける──なんていうのは辛いし、愛衣にはそんな思いをさせたくは無かった。
そんな心配からか表情が曇る竜郎を見て、等級神は不敵に笑った。
「安心せい。お主たちの気持ちはちゃんと心得ておる。儂はこれでも気遣いの権化みたいなところがあるしのう」
「神様が権化とか言うとシャレにならんな……。だが、何かあるって事だな?」
「うむ。そこで、ここでも《侵食の理》の登場じゃ!」
「なんか通販番組見てる気分になってきた……。
えーと、でもそれって有るモノの形を変えるスキルであって、極端な話レベル1の人間のシステムにハッキングしてレベル1000に置き換える──なんて事は出来ないだろう?」
「表示だけを1000にする事は出来るが、実質的に──お主のイメージしやすいように言えば内部データ的には1000には出来んな」
「それじゃあ意味がない」
「うむ。じゃが《侵食の理》を使えば、本来繋がらないはずのモノ同士も繋げることが出来る。
そこを利用し、お主のスキル《強化改造牧場》と《時空魔法》。そして《創造主・急》の称号効果。
これらを侵食し繋ぎ合わせ、過去にお主が戦った魔物の影と何度でも戦わせられるようにできる──と言ったらどうじゃ?」
「つまり魔物しか入れない《強化改造牧場》内に《時空魔法》で入り口を作って、俺達が入れるようにするって感じか」
「あとは創造主の称号が持つ自己世界創造で細かな調整をすれば、完全にお主達でも行き来できる空間を作り上げられると言うわけじゃ」
「──そ、それじゃあ、もしかして……。あの中に作った白牛牧場とか、ララネスト養殖場とかにも実際に行く事も出来るように……?」
「お主がそれを望み、そう言う風に《創造主》の称号で調整すれば可能じゃよ」
《創造主》の称号で出来る自己世界の構築では、深海にいる時のように今いる世界の圧に耐える為に大量のエネルギーを要求されるので長時間は出来ない。
だがそれを自己世界創造で作った空間を、《強化改造牧場》の本来持っている魔物に合わせた環境を作ると言う性質にリンクさせて固定すれば、その空間を現実世界に持ってこない限り自由な環境を無理なく維持できるようになる。
「おー! いきなり広大な土地を手に入れた気分だ。
自分の思い通りに作れる空間で、いつでも出入りできる牧場持ちとか最高だな。
是非、そのスキルをください!」
「いや……お主、そこじゃないじゃろう……」
「あ、そうだった」
《強化改造牧場》には竜郎がこれまで倒してきた相手なら、魔力さえあれば影として変わらぬ強さでいくらでも中の空間に出現させられる。
そしてそれを倒すことが出来れば、その魔物を倒した時にもらえる経験値の8割を得ることが出来る。
ただしその影に負けて殺されてしまうと、その従魔は本当に死んでしまうのだが。
そしてそんな中に入れる従魔たちだけの恩恵を、これからは他のメンバーも受けられるようになる。
さらにだ。
「俺達も入れるって事は、俺や愛衣達で手頃な魔王種をボコボコにして弱らせたところで眷属たちに止めを刺させることも出来るって事だろ?
そうすれば──」
「8割の経験値としても、一気にレベルが上がるじゃろうのう」
例えば魔王鳥。あれでもレベル466もあった。
今の竜郎たちならカウンタースキルにさえ気を付ければ、危なげなく1対1でも勝てる相手だ。
それだけのレベルの持ち主を瀕死に追いやり、ウリエル達に止めを刺させれば、眷属たちはあっという間にレベル1000くらいなら稼ぐことが出来るだろう。
「すげー。しかもそれなら魔王種候補たちも直ぐに魔王種にランクアップさせられそうだ」
「うむ。そうじゃろうのう」
「──ん? そういえば魔王種で思い出したが、俺にそのスキルを渡すかどうかの議題の最後の一押しがフレイヤだって言ってたな。
つまりそこにも今回、俺が貰えるっていう《侵食の理》でするべき事があるって事か?」
「そうじゃ。それは渡すからには絶対にやって貰わなければならん事がある」
少し砕けた感じになってきていた等級神も、ここでは顔を引き締め竜郎にそのやって貰わなければいけない事を話しだしたのであった。




