第56話 塩湖の四つ目の顔
まるで蛍の様に湖面の上を舞う光の粒を見ていると、辺りの闇が深まるにつれてその量が増していくのが解る。
竜郎は直ぐにそれに危険がないかカルディナが今現在も警戒の為に使っている探査魔法の一部を借りて解析してみると、それは魔力の塊であり触れても害がないことが解った。
「ああ、すごいなこれは……」
「うん……」
そんなことをしている間にも光の粒はドンドン湖面から溢れ出し、湖一面を光の粒子が埋め尽くしていく。
やがて飽和状態になると空に向かっていき、10メートルほどの高さまで上り詰めると消えていった。
しかし消えた端からまた光の粒が湧きだして追加され、まるで蛍が大量に飛び交っているような不思議な光景を作り出していた。
「月がないのに、ここだけこんなに明るいね」
「なあ、ちょっと上からも見てみないか?」
「さんせー!」
そうしてボードを取り出して、二人は空へと浮上する。
カルディナは、テントで異常がないか見ていてもらうために残ってもらう。
「「うわっ」」
二人してそんな声が上がるほど上からの景色も壮観で、広い湖全面から立ち昇る光の粒子の全てを目に移すことができた。
その光景を見た竜郎は、唐突にアレがしたくて心がざわついた。なので、まずはその準備の為に愛衣をより強く抱きしめた。
「たつろー?」
「い──」
「い?」
「いいいいっ───やっほぉおおおおーーーーーー」
「変なスイッチ入っちゃったあああああーーーー」
竜郎はその叫び声を響かせながら、光の粒子に向かって急降下を始めた。
それは遊園地の絶叫マシーン、フリーフォールの様に下に落ちながら湖面上4メートル付近で緩やかなL字軌道を取って、ジェットコースターのような螺旋の軌道を描いて、光舞う中をかき分けてすっとんでいく。
「ひゃっはぁあああーーーー!」
「たつろーがこわれたああああーーーー」
実はこの少年、大の絶叫マシンフリークなのであった。
今まで空を飛んでいる時は愛衣も乗っているので抑えていたのだが、ふわふわ舞う光の中に飛び込んでみたらどんな光景が広がっているのかと思った瞬間、その我慢が決壊してしまったらしい。
愛衣もさして絶叫マシンが苦手ではないのだが、デートの際に何度も付き合わされて、その手の乗り物に嫌気がさしていたことを今更ながら思い出す。
そんな子供っぽいところも可愛くて好きなのだが、如何せんはしゃぎ過ぎである。
なので愛衣は諌めようかとも思ったが、よくよく考えてみれば最近のデートは落ち着いた所ばかりだったせいもあるのかもしれない。
そう思い直して、どうせならと自分も楽しむことにした。
なんだかんだ言っても光の粒子をかき分けて高速で飛んで行くというのは、どこに行ってもここでしか味わえない飛び切りのアトラクションなのだから。
それから湖の隅まで来ると竜郎はまた上に昇っていき、またボードの先端を真下に向けて落ちていく。
すると綺麗な光の粒子がグングンと眼前に迫ってくる。
そしてその中にズボッと入って、またジェットコースター軌道に変えた。
竜郎は叫びながら、愛衣も声を上げてはしゃぎながら、光の粒たちに手を伸ばしかき回していく。
すると愛衣の腕の軌道をなぞる様にその場を回って光り輝く。
その景色もあっという間に後ろに流され、別の光の粒たちに迎えられる。
そんな光景をたっぷりと味わいながら、二人はテントの中へと戻っていった。
「はあ、すっきりしたああ……」
竜郎はテントに入るなり、下にうつ伏せで寝転がった。魔力の使い過ぎと、魔力制御による精神の疲れのせいでヘトヘトになっていたからだ。
「たつろー、次やる時はちゃんと言ってからやってね!」
「ああ……、正直すまんかった。自分を抑えきれんかったんや……」
「このエセ関西人めっ」
「ぐふっ」
反省の色が薄いと、竜郎の背中の上に愛衣が座り込んだ。そしてさらに、そのままお尻でぐりぐりと背中を押していった。
「ああ、何か素敵な柔らかいものが背中に……」
「や、柔らかくないもん! かっちかちやぞ!」
「ほう。どれどれ……」
そう言いながら背中側に手を伸ばし、ぺろんと愛衣のお尻を撫でた。疲れているせいで、今の竜郎は馬鹿になっているのだ。
「きゃー、たつろーさんのえっち! このこのっ」
「なぜ、しずかちゃん風なのだ……って痛い痛い、悪かったって」
背中を抓りながら抗議する愛衣に白旗を揚げながら、竜郎は上に人を乗せたままうつ伏せからごろりと仰向けになった。
「うひゃっ。こらー急に向きを変えるなー!」
「痛い痛い、お腹を抓るなって──ふはっ、はははっって擽りもやめてくれっ」
「だーめ! 反省するまでやめたげない! こちょこちょこちょー」
「はははっははははははっ──ごめんなさい、ははっ反省しましたっはははっ」
「うむ、よろしい」
笑い疲れて仰向けのまま息を切らす竜郎のお腹の上で、愛衣は腕を組んでふんぞり返った。
それから竜郎と目が合うと、いたずらっ子のように笑って愛衣がそのまま倒れ込んできた。
「むぎゅー。たつろー♪たつろー♪」
「なんだー重──」
「──ん?」
「くわないなー♪ 羽根のように軽いなー♪」
「でしょー。ふふん、たつろー♪」
一瞬殺気のようなものを竜郎は感じたのだが、今その人物は猫のように人様の胸を頭ですりすりして甘えていた。
正直可愛すぎて今すぐにでも最高画質でムービー撮影したいところなのだが、今の竜郎の手元にそんな機材はなかった。
なので血の涙を流しつつそれは諦めることにして、今はこの宇宙一可愛い生物と戯れようと決めた。
「よっと」
「わわっ──んっ」
竜郎は両手で愛衣が落ちないように抱きしめながら腹筋を使って座った状態まで起き上がると、その勢いのまま愛衣の唇を塞いだ。
「──んっ……んぅ……。たつろー──んっ、んくっ……」
とろんとした目をした愛衣と顔を赤くした竜郎は、そのまま飽きることなく抱きしめあいながら、お互いの唇を貪りあった。
それからしばらくして竜郎の理性が振り切れそうになった時、さりげなく愛衣が距離をとったので冷静な頭に戻っていった。
「……そろそろ寝る支度をしよっか」
「……だな。そういえば今はせっかく外にいるんだから、風呂でも作るか!」
「お風呂!」
「期待してるとこ悪いが、小っちゃいのだからな」
そう言って期待のハードルを下げてから、竜郎は愛衣と共に外に出る。
そうしてテントの横まで歩いてくると、ボードを作る時に余った鉄を取り出した。
「鉄で造るんだ」
「ああ。土魔法と闇魔法で、軽くて頑丈な持ち運びできる風呂を作ろうと思ってな」
「それは旅のお供に最適だね!」
「今思いついたんだが。風呂を中に置く用の、もう少し小さいテントも買っておいた方がいいかもしれない。目隠しになるし」
「それ採用!」
そうして新たな用事ができたところで、竜郎はさっそく風呂製作に取り掛かる。
竜郎は愛衣と手を繋ぎながら地面に置いた鉄を、先ほどキスをしている間に回復していた魔力をふんだんに使って一気に成形していく。
すると二人の目の前には人一人が膝を曲げて入れるくらいの大きさで、縁の部分が丸く加工されて厚さ1センチ、そこから下にいくにつれて薄くなっていき、側面の厚さは5ミリ程度しかない風呂が完成した。
「すごく薄いけど、割れたりしない?」
「一応後で解魔法を使って亀裂ができてないか確認しておくけど、ボードと同じくらい頑丈なはずだ」
「それなら安心だね」
「それに、見た目以上に軽い」
そう言って竜郎は、両手で枠を掴んでひょいと持ち上げてみせた。その出来に、竜郎もご満悦な様子であった。
それから風呂をそっと地面に置きなおすと、解魔法で隅々まで検査をして大丈夫そうなのを確認してからパパッとお湯を入れて完成である。
「今日は、たつろーから入りなよ」
「俺から? 別に俺はどっちでもいいんだが、それでいいのか?」
「うん。やっぱりこういうのは、苦労した方が先に入らないとね」
竜郎からしたら別段苦労らしい苦労でもないのだが、それで気持ちよく愛衣が風呂に入られるのなら、こちらとて異存はなかった。
「わかった。じゃあ俺から先に入るな」
「どーぞ。私はテントの中にいるから、なんかあったら声かけて」
「りょーかい」
そうして竜郎から入り次に愛衣が、と順番に今も衰えることなく光の粒が湧いている湖を眺めながら、小さな露天風呂を味わった。
そしてさて寝るぞ。という時になって、二人の腹の虫がぐうと鳴いた。
「そういえば、晩飯のことをすっかり忘れてた……」
「せっかく買ったのに、別の物をお互い食べ合ってたから忘れてたね」
愛衣は、自分の唇をそっと触れながら顔を赤くした。それを見た竜郎は、毅然とした表情になった。
「──愛衣」
「ん? なに?」
「その言い方は、オヤジ臭くないか?」
「なにおー!」
そんなことを喧喧と喚きあいながら、遅い夜食を食べ終わり、一服がてらまた湖を目に焼き付けた。
それから二人はテントの中で寝袋を布団のように敷いて、抱きしめあったまま眠りについたのであった。




