第564話 墓掘り
そもそも何故。ニカノロフ一族は、自分たちにピッタリ合う相性のいい魔物の繁殖に失敗してしまったのか。
それは、その魔物の性格と性質に起因していた。
性格は非常に穏やか。争い事をとにかく拒み、森で傷ついている存在があれば治そうとする魔物らしからぬ性質を持つ。
さらにこの魔物。とにかくメスが産まれにくい種でもある。
そして争いごとを嫌うが故に、オスたちは繁殖の為の競合相手に気を使ってしまい、魔卵を作ろうとなかなかしない変わった魔物でもあった。
それ故に自然界では助けた魔物に殺される。繁殖できずに個体数が減っていく。餌場も他の魔物やら動物に譲ってしまい餓死する。
などという、子孫を残そう生きようと言う気概がほとんど無い、生物としてどうなのかという不思議な存在だった。
だがそれでも従魔にしてしまえば、番を人間が決めてしまえば争う事も無くあっさりと魔卵を生んでくれていたので、人工的な繁殖はそれなりに上手くいっていた。
けれど一昔前のとある日、この魔物に亜種が産まれたことで、その歯車がずれ始めた。
その亜種は非常に力も強く再生力にも長け、他者を癒す力も通常種と比べ優れていた。
さらに繁殖にも意欲的で、ほかのオスたちを押しのけて数少ないメスを独占した。
通常種のオスたちは亜種に遠慮して自ら明け渡すし、より優れた魔物が残る事をよしとしたニカノロフの当主は、むしろそれを推奨していった。
けれどその亜種にも悪い点がある事が後に判明していく。
ただでさえメスが生まれにくい種だったのに、この亜種ときたら、それに輪をかけてメスの出生率が低かった。
さらに一度手を付けたメスは何が何でも独占しようとして、それが叶わないのならメスを殺そうとする始末。
もともと同族意識が特に強い魔物だったので、仲間同士で喧嘩をするな攻撃するな──などという当たり前のことは言っていなかったからだ。
これは不味いとニカノロフの一族が、通常種のオスに繁殖させる様に言った時は怒り狂って実際に何体かメスを殺されてしまい、そこでもメスの数を減らしてしまった。
必要以上に魔物を縛らず、のびのびとさせていた弊害がここにきたようだ。
それからは、どんどんと個体数を減らしていく。
メスも老いて魔卵をオスと一緒に作るだけの体力も無くなり拍車がかかる。
そして現在。メスは全滅。オスばかりになってしまい、つい昨日には最後の一個も大人しくジュースを飲んで当主ヴァルラムの横に座っているカールル君に渡してしまったそうな。
「その……こういうと失礼かもしれませんが、また変な性質を持つ魔物と相性が良かったんですね」
「はははっ。自分たちでもそう思うよ……。最近、最後のメスも老衰で死んでしまって埋めた時は絶望しか──」
「待ってください! 今、なんと?」
「え? 絶望した?」
「いえ、その少し前」
「メスも死んでしまって埋めた?」
「そこです。亡くなったのは最近のことなんですか? それに火葬では無く土葬ですか?」
「あ、ああ、そうだね。従魔用の墓地があるからそこへ3か月ほど前に土葬したところだよ」
「3か月──ならいけるか……」
「いけると言うのはどういう?」
火葬されていたら無理だし、腐敗の早い風葬でも無く土に埋めるだけの土葬。
であるのなら、環境や魔物の性質にもよるだろうが、今もまだ原形をとどめている可能性は高い。
そうなれば多少腐り落ちていても、竜郎の《復元魔法》を使えば脳と心臓を回収できる。
竜郎は失礼は承知でクエスチョンマークを頭の周りに飛ばしているヴァルラムに、思い切って提案してみることにした。
「ヴァルラムさん。その死体、掘り返していいですか?」
「…………はい?」
なんのこっちゃとポカンと口を開けるヴァルラム。
竜郎はそうする事で魔卵が作れるかもしれないと理解してもらうのに、少々時間がかかったと言う。
説得を終え、ニカノロフ家が自分たちの従魔を埋葬している墓地にまでやって来た。
他にも埋葬されたメスと同世代のオスの魔物の死骸も、まだ朽ちていなそうなのが3体ほどあると言うので、そちらの死骸も確保させて貰う事は確約済みだ。
死者を掘りおこす事などやっていい事だとは思っていないが、それでもこれでまたあの魔物が増えると言うのなら──という思いからの快諾だ。
あまり乱暴にならない様に注意しながら、竜郎は土と解魔法で探査して死骸の大きさや位置、腐敗状況などに至るまで細かく調べていき、掘り出した時に修復が可能かどうか確かめていく。
「これなら大丈夫そうですね。他の個体も調べていってもいいですか?」
「あ、ああ。かまわないよ。あそこと、あそこ。それに──あそこに埋まっている子が、埋葬してから比較的時間の経っていない子だよ」
「解りました」
ヴァルラムが指し示した3体の埋葬地も調べていくと、こちらも一番古いものはギリギリだが復元できない事はなさそうだ。
まず初めは、やはり最重要のメスの死骸から掘り起こしていく。
若干腐っていたが、それでもまだまだ原型は解るくらいに残っているレベルなので臭いもひどくない。
一度《無限アイテムフィールド》に収納。複製。元の死体は何も手を加えずに埋め直した。
他のオス三体の死体も丁寧に掘り起こしては、収納し複製が終わり次第、もとあるべき場所へ埋め直していった。
念のため、一言断ってからそれ以外の死体も確かめてみたが、掘り起こした4体以外の魔物は腐敗を通り越してほぼ骨と化していたので、それ以外は無理そうだ。
「それじゃあ、複製した方の死体を修復していきます。見ていかれますか?」
「いや……。私は良いよ……。すまないね、あの4体は私もよく知る子達だったから、ちょっと気持ち的に死んだときのことを思い出してしまうんだ」
「お気持ち察します。顔色も良くない様ですし、先に本宅に戻っていてもいいですよ?
魔卵が出来次第、そちらへお持ちしますから。代わりに僕らも、その種の魔卵を頂きますが」
「いいのかい? それで?」
「ええ。正直、近くでじっと見られているだけというのも、落ち着かないですし」
「そうか。気遣い感謝するよ、タツロウ君」
「御気になさらず」
ヴァルラムは自分たちの一族が大切に育ててきた魔物の死体を無体にも掘り起し、もう一度見ることになったせいで思っていた以上にショックを受けたようだ。
なので先に帰らせて、竜郎と愛衣だけが墓地に残って修復作業に移っていく。
とはいえ、メスはまだ綺麗な方なので大仰な事をする必要も無く、簡単に新鮮な死体に戻すことが出来た。
他の一番腐敗の酷い個体だけは、念を入れて神竜魔力での復元を試みたが、そのどれもが完璧な死んだ直後と変わらない綺麗な死体となった。
それを竜郎は《無限アイテムフィールド》に入れて、複製を繰り返していく。
同じ個体でも素材の使い方で個性が出るか、オス同士の魔卵錬成でも組み合わせ次第でメスが産まれる可能性はあるのか。
そういったことの実験もしながら、オス3体分の素材を使って10個の魔卵を生成。
メスだけで作ったメスの魔卵。メスの素材の比率を多くして、オスを混ぜて作ったメスの魔卵も作製に成功したので、複製によって出来る一卵性双生児のようなメスだけではない形で複数個作成に成功した。
「等級は雌雄ともに4だが、メスの方が等級が0.4高いな。これも生まれにくいっていう原因なのかもしれない」
「へぇ~。そんな魔物もいるんだね」
「ふむふむ。こっちはボス猿と違って、単体回復に優れた猿みたいだな」
さっそく《強化改造牧場》に入れて、その絶滅種の魔物を調べてみた。
外見は体毛が白茶色で大きな鼻が特徴的な猿。地球にいた猿で例えるとすればテングザルというとしっくりくる。
特性としては、テナガボス猿は広く浅く治癒していくと言った感じだったのに対して、こちらは狭く深く治癒していくと言った感じだ。
具体的に言うと、単体にしか使えないが大怪我も直ぐに治してしまうレベルの強力な生魔法系スキルを覚えられる。
これは範囲が広くても単体では直ぐに完治させられないテナガボス猿と大きな違いだろう。
「けど、そうなってくるとその2体の相性は良さそうだよね。
治癒能力を向上させる空間を広げて、応急手当をこなすボス猿でしょ。
んで、テングザルがヤバイ人たちを優先的に完治させてっちゃえば、死んじゃう人も少なく出来そうだし」
「だな。それにテナガボス猿には大量の子分と言う応急手当要員も沢山用意できる。
この3種がいれば、大抵の怪我や病気は何とかなりそうだ。
いっその事、それぞれの拠点に俺達も常駐してもらうのもいいかもしれない」
「たつろーや奈々ちゃんとか、優秀な生魔法使いが近くにいない場合もあるかもしんないしね。それは良いアイディアかもだよ」
「愛衣もそう思うか。なら今度やってみよう。にしても、どちらも等級4か」
「いっちょ合成しとく?」
「してみるか。案外合成したら、お互いの長所だけを伸ばし合ってくれるかもしれないし」
テングザルのメスの魔卵は4.4だが、オスの方はジャスト4。テナガボスザルの方は4.3。少数点以下まで合わせようとすると、このままでは合わせにくい。
なにせ等級が1つ上がるまでは0.2刻みで上がるので、最低でも5までにする必要があるからだ。
ということで、まずはテナガボスザルの魔卵を5.1にする。
「んでもって、オスとメス。どっちにしようか。メスの方が等級が高いしこっちにしてしまおうか」
「ん~、どうせならどっちもくっつけちゃえば?」
「まあ、それでもいいか。──────────ん?」
オスの魔卵を2回合成して4.4まで上げ、メスの方と等級を合わせた所で合成したら魔卵の大きさが変わった。
つまり別種の魔物になった可能性が高い。
「等級も一気に5.4に上がってる。雌雄の差はあれど、同じ魔物同士だぞ?
こんなの初めてだな。これも変異種たる所以か?」
「どんな魔物になったの?」
シミュレーターで確認してみれば、そこにはフォルムはそれほど変わっていないが、純粋に1メートル半ほどだったテングザルの体格が3メートルまで肥大化。
さらに特徴的な大きな鼻が、頭部の比に対して3割ほど大きくなっていた。
「しかもこいつ、オスでもメスでもなく、その両方。雌雄同位体で、単体で番の時みたいに魔卵を生みだせる種みたいだ。《自種魔卵創造》なんてスキルを持ってる。
他は元のテナガザルの基礎能力値を上げたって感じで、大した変りはないが」
「おー。その子をニカノロフさん家の人がテイムできれば、もうオスだメスだと気にしなくてもよさそうだね」
さらに自分との近縁種ならば、相手がメスだろうがオスだろうが、どちらとも繁殖が可能。
繁殖問題に頭を悩ませていたニカノロフ一族の苦労は何だったのかと言いたくなるほど、子孫を残す事に優れた種となったようだ。
そうして巨大テングザルについて調べ終わると、竜郎はテナガボスザルの等級を5.4まで合わせてから、その2種を合成してみた。
すると出来たのは等級5.6の魔卵。等級6くらいまで上がるかと思いきや、2種を合成してもたった0.2上昇しただけだった。
「うーん、逆に近すぎて伸び幅が無くなっちゃったのかもしんないね」
「あー。そう言う考え方もあるのか」
一応その合成した魔卵を《強化改造牧場》にいれてシミュレーターで覗いてみると、そこには体長60センチほどのローブを羽織った猿小人とでも言うべき存在が映し出された。
さらに合成前の種がそれぞれ持っていた特徴である大きな鼻や長い手もなく、ノーマルな猿の形態だ。
だが骨格や手足の形は猿よりも人間寄りで、猫背ではなくまっすぐ背筋が伸びていた。
スキルから見る性質としては何故か前衛に少し近づき、それ関係のスキルが以前より取りやすくなっていた。
さらに肝心のヒーラーとしての能力は、テングザルの個を得意とした強力な治癒とテナガボスザルの集団を得意とした普通の治癒。これらを足して2で割ったような、少し強力な治癒で少し集団を癒すことが出来ると言う良く言えば器用。悪く言えば中途半端な性能になっていた。
「集団の中での補助要員じゃなく、自分も前に出て戦わなくちゃいけない時はこっちの方がいいんだろうが……」
「それだと私たちが求めてるのとは違うよねぇ。ぶっちゃけ、前に出て戦える子は沢山いるし」
中途半端にアタッカーとしての性質を身に付けられるより、広く強力な治癒スキルを注いでくれる方が竜郎達としてはありがたい。
むしろ中途半端に前衛をかじったような存在に前に出られると、足手まといになりかねない。
正直この性能だと合成前の2体を一緒に生んでタッグを組ませた方が、竜郎たちの環境には合っている気がする。
「これで治癒能力が高ければ、また違ったんだがなぁ」
「動けないヒーラーよりも動けるヒーラーのほうが、色々と活躍できそうだしね。
んーならさ、もう1回合成して生属性を強めてみるってのはどーかな?」
「生属性を強める? ──ああ、黒田の魔卵を使うのか」
「そうそう。魔生族って魔力の塊みたいな魔物だし、大悪魔の時もそれで魔王種にしたりも出来たでしょ」
「それは言えてるな。黒田の魔卵なら元の性質を崩さずに深めることが出来た実例があるんだから、こいつにも使えるかもしれない。やってみよう」
黒田の魔卵を属性変換で生属性の魔生族の魔王種に変換。シミュレーターで見ると、何と言うか白っぽい毛玉のような魔物になった。
それからそちらの魔卵と等級を出来るだけ合わせるために、生属猿小人の魔卵も合成で限界ギリギリの等級7ジャストまで上げきった。
これでも0.2の差異が出てしまうが、等級自体は同じになったのでそこまで酷い影響はないだろう。
さっそくその2つを合成。等級は6。
魔王種の魔卵を使ったのに、等級が下がるとはどういうことだとシミュレーターを立ち上げてみれば、そこには成人男性くらいの大きさになった猿人の姿が。一応調べてみたが魔王種候補でもない。
性質はさらに前衛能力が強化され、治癒能力は据え置きだった。
「まじかぁ。上手くいかないもんだな。もっと魔法寄りになってほしかったんだが。
小数点以下まで合わせなかったから、妙な結果になったのかもしれない」
「なら今度こそ等級を合わせてやってみたらどうかな。等級6なら7.2まで上げられるでしょ?」
と言う事で愛衣に勧められるがままに、生属猿人の等級7.2まで上げた魔卵と生属性化した黒田の魔卵を合成。
今度は小数点以下もきっちりと合わせてやってみた状態だ。
すると今度は等級7.4。下がることは無く、地味に0.2だが等級は上がっている。
期待を込めてシミュレーターを覗いてみると、そこに映し出されたのは猿ではなくなっていた。
それは丸い白い毛の塊のようなもの。けれどもっと良く見てみると、天辺の辺りからウサギのような耳がぴょこんと飛び出ていた。
「は? なんだ? 白い毛玉みたいなのは生属性化した黒田の特徴でもあったが……」
拡大したり向きを変えたり、色々と観察を続けてようやく解った。
ようは全長40センチの白い毛玉のようにフワフワの長い毛を持つ、ウサギ小人。
地球で言うアンゴラウサギを2本足で立たせて、前足を人間の赤ちゃんのような手に変えた──そんなような存在になっていた。
「特徴は前衛のアタッカーとしての能力は落ちてるが機動力はそこそこ高め。
それでいて期待していた生魔法系統のスキルは──《治癒力向上大領域》。《治癒大領域》。それに単体向けの《極大治癒》なんてのもあるぞ」
「それじゃあ、まさに期待してた広範囲に高威力の治癒スキルを振りまける魔物って事だね!」
「ああ。これも愛衣のアドバイスのおかげだな。ありがとう」
「どういたしまして──ひゃっ」
竜郎は愛衣をギュッと抱き寄せて、軽くキスをして感謝の意を態度でも示してみせた。
それに愛衣は「もー1回♪」と今度は自分から竜郎を引き寄せてキスをしてから、互いにもう1回合戦を開始。
満足がいくまでいちゃこらし終ると、竜郎はふと起動しっぱなしだった《強化改造牧場》のシミュレーターに映る種族の覧に目をやった。
「──あ、こいつ魔王科ってついてる。魔王種候補でもあったのか。
これは流石にニカノロフ家には渡せないか」
「まーどっちみち等級7の魔物は厳しかったんでない?
もともと私たちの仲間用に合成したわけだしね」
「だなぁ。それじゃあ、さっさとヴァルラムさんとカールルの家に戻ろうか」
「うん。そーしよ! けっこう待たせちゃってるかもだし」
こうして強力な回復スキル持ちの魔王種候補の魔卵も手に入れた竜郎と愛衣は、意気揚々とニカノロフの当主と、その孫が待っているであろう木の家へと飛んで行くのであった。




