第560話 テイマーの家系
「すごっ、でかっ!? これが妖精さんのお城!?」
「ええ、そうよぉ。アイちゃん。驚いたぁ?」
「びっくり~」
例の透明管を通っていくと、お城までは直ぐだった。
そうして改めて正面から妖精城を見上げ、目を丸くする竜郎たち一行。
それはこれまで見てきた妖精建築──木をくり抜いて作ったような方式なのだが、形も規模もまるで違った。
竜郎たちのジャンヌ城すら超える幅と高さの一本の木。
それが4段ケーキのように上に行くほどにカクカク細くなっていき、最後は1本ささったローソクのように上に細く──といっても十分太い幹が空へと伸びて傘状に枝葉を伸ばして広がっていた。
しかもその枝葉からは多種多様な花々も咲き誇り、竜郎たちのジャンヌ城のような水晶の美しさとはまた違った、自然の雄大さと優美さを兼ね備えた素晴らしいお城だった。
「というか、妖精郷にはあんな大きな一本の木があったんですね」
「いいえ、違うわよ。タツロウ君。あれは実は──」
これまたイェレナがあのお城について説明してくれた限りだと、あれはイェレナの祖先──シュルヤニエミ一族が作ったお城で、もともと複数あった太い木を何本もくっつけて一本の大きな木にして、それから木の形を変形させて中も居住空間になるように広げていったと言うわけらしい。
なので最初から、あの規模の木は存在していないんだとか。
ちなみに天頂部から伸びている木の枝葉と一緒に生えている多種多様な花々も、元々が色々な木の掛け合わせだからこそ出来た事であり、何と何を混ぜたら一番綺麗になるのか──そこまで計算した上でこの城は作られたようだ。
それは試行錯誤の連続で、どれだけの情熱がこの城を作るのに注がれたのか、考えるだけでリアは称賛の声が思わず零れだす。
「凄いですね。私ももっと頑張らなきゃって気持ちに、このお城を見ているとなってきます」
「ありがとう。そう言って貰えると私のご先祖様達も鼻が高いわ」
イェレナはそれに対して、自分が褒められたかのように嬉しそうに微笑んだ。
お城の外見を堪能した竜郎たちは、いよいよその中へと入っていく。
木の城門には彫刻がほどこされ、その溝に宝石を嵌めたり金などを流し込んだりしているのに下品にならない、自然な感じの美しさも残した見事な設え。
そんな門をプリヘーリヤの後に続くようにして潜っていき、中に入ると木のぬくもりそのままの広い廊下が広がっていた。
ただ質素と言うわけでもなく、ちゃんと妖精女王の城に相応しい細やかな飾り付けや彫刻が壁や天井など随所にみられる。
また竜大陸と交流があるせいか、一つ一つの部屋の扉は小柄な妖精サイズにしては非常に大きかったので、一般的な妖精よりも20センチくらい背の高い竜郎やアテナでも楽々入れそうだ。
そんな広い城内を見学させてもらい、満足がいったところで最後に応接室に通された。
その部屋はエーゲリアやイシュタルの謁見の間などにもあった、一瞬で模様替えできる魔道具が仕込んであるらしく、厳かな謁見の間モードから、真面目な応接室モード、ただのお茶会部屋モードなどに変化できる場所である。
現在は竜郎たちが相手だからと言う事で、身内扱いで花々が咲き誇る花園のような自然に囲まれたお茶会部屋モード。
ちょうど花園の中央に置かれたオシャレな椅子とテーブルに着き、人心地付きながら妖精のメイドさんが入れてくれた紅茶を飲み、のんびりとくつろいだ。
場の空気が弛緩し、まったりムードが出来あがった所で竜郎は世間話のついでとばかりに今回やって来たもう一つの目的について切り出した。
「そういえば、妖精郷では世界に溢れている世界力を直接エネルギー資源として活用できないか──という研究をなさっていると聞いたのですが、本当でしょうか?」
「ええそうねぇ。自分たちには扱いきれないエネルギーが、この世界は溢れているというのに、それをシステム経由でなければ活用できないと言うのは、もったいないでしょぉ?
それが、どぉかしたのかしらぁ?」
「実はうちのリアもその技術について興味を示していまして、妖精郷との技術交流を図ってはどうかと思った次第でして」
「あぁ~。そういうことねぇ。でもリアちゃんには転移魔道具の技術の一端を教えて貰っているしぃ、それじゃあ、こちらばかりが得をしてしまいそうよぉ?」
転移魔道具の技術で妖精郷の技術を教えて貰うと言う取り決めは出来あがっていた。
その一つがこの部屋の模様替えの機能だったりもするのだが、まだまだ妖精郷側が貰いすぎている状態だ。
これから対等にやっていこうとしているのに、それでは良くないのではないかと危惧しての言のようだ。
それについて、プリヘーリヤと共に残っていたイェレナも口を挟んでくる。
「世界力を私たち人間でも使えるように落とし込む技術と言うのだって、正直まだ理論すらあやふやな状態だったはずなの。
でもリアちゃんの場合は、もうある程度構想は出来ているんじゃない?」
「それはまあ、そうですね。けれど私一人の発想にも限界があります。
より多くの視点と技術を手に入れ、より最高の答えに近い物を作りだせたらいいなと思っているんです。
他人の発想と言うのは、私だけでは得られないモノですし」
「う~ん。そこまで言うのなら、こちらも協力するのはやぶさかではないわぁ。
こちらが貰いすぎない様に気を付けるには私では理解しきれないところもあるしぃ、とりあえず私たちの国の技術者たちと話し合って貰ってもいいかしらぁ」
「もちろんです」
「それじゃあ、手配して貰えるぅ?」
「解りました」
給仕をしていたメイドが1人頷きながら去っていき、しばらくすると顔なじみのない妖精2人と身長1メートルも背丈のない子供──ではなく大人の小妖精1人を連れて戻ってきた。
どうやら、その3人が妖精郷の魔道技術研究者のトップなのだそうだ。
互いに自己紹介をしていき、妖精2人のうち男性研究者の方をニエストル。女性研究者の方はポリーナと名乗り。小妖精の男性研究者はをフョードルと名乗った。
そこからはリアと研究者3人は少し離れた場所に、メイドが新たに用意してくれたテーブルに着き、話し合いを始めた。
あとは解る者同士で、いい塩梅の落としどころを見つけてくれることだろう。
しかし、そうなってくると解らない者である竜郎たちは暇になってしまう。
なのでプリヘーリヤとまた世間話を続けていくことにした。
その中で竜郎は妖精郷ならではの素材や、それらが何処で取れるのか、また採取しに行ってもいいのか、などなど色々と質問をしていった。
どうやら湖の北側の方にある森は居住区としては使っておらず、そこいら一帯には妖精郷ならではの素材や魔物が多くあるらしい。
魔物は最初、食料や戦闘訓練もかねて自分たちで対処できる程度の弱い存在を連れてきて森へ離したのがきっかけで妖精郷にもいるのだが、そこで独自に進化をしていき別物となった魔物もいるらしい。
イェレナの従魔──ミロンとシードルもそんな魔物を祖先が番でテイムし、シュルヤニエミ一族が繁殖させて魔卵を得て、それを孵化させたものを子孫たちがテイムしているのだとか。
「え? それじゃあ、ミロンとシードルと同じ魔物の魔卵を、シュルヤニエミ家の人達は保有しているんですか?」
「ええ、そうね。テイムに特性のある子が生まれたら、その魔卵を渡してみる事になっているから。
それで相性が良ければ、その子の従魔として孵化させて育てていくって感じね」
「それじゃあ、マリッカさんと一緒にいるヨルンもそーなの? イェレナさん」
「ヨルンはミロンの亜種にして上位種に当たる亜竜種で、なかなか相性の良さそうな子が生まれずにずっと保管されていた魔卵から生まれた子なの」
「へぇ。そうだったんですか。それじゃあヨルンの魔卵はもう?」
「ええ、たまたま生まれたそれ一つだけだったし、うちにはもうないわね」
もしあるのなら竜郎の手持ちの魔卵と交換などで手に入れたかったのだが、そう言うわけにはいかない様だ。
「それじゃあ、他に余裕のある魔卵とか保有していたりとかは?」
「そうねぇ。うちの一族は樹属性の魔物と相性がいい傾向があるってのもあって、ミロンとシードルと同じ種族の魔卵を集めているの。
だから、保管しているものでもそれなりにあったはずよ?
タツロウ君も興味あるの?」
「ええ、まあ。妖精郷ならではの魔物みたいですしね。交換とかはできませんかね?
樹属性の亜竜、巨大蜥蜴の魔卵とかどうでしょう? なんなら繁殖できるように、雌雄両方をお渡ししますが」
巨大火蜥蜴の魔卵を属性変換で樹属性にしてしまえば、それも容易に出来るはずだ。
さらにプラス化している《強化改造牧場+1》なら、雌雄の変換も出来るので両方の性別の魔卵を生み出せる。
「純粋に強い樹属性の魔物ってのはシュルヤニエミ一族からしたら心惹かれるけれど、亜竜となると急に相性の幅が小さくなるのよね」
「そーなの?」
「そうなのよ。アイちゃん。亜竜ってプライドが高い子が多いのかもしれないわね。
でも時間を掛ければ何とかなりそうだし、交換してくれると言うのならして貰っちゃおうかな?
こっちは雌雄の2個ずつの4個と交換って事でいい?」
亜竜の巨大樹蜥蜴の雌雄と、緑の大蛇と樹角の巨鹿では地力の差で前者の方が勝る。
だが2個と4個となれば、つり合いは取れるだろうとの提案だ。
竜郎としてはスキルで性別も個数も調整できるので問題ないのだが、できるだけ自然な形で雌雄の番を作った方がいいかもしれないと、その提案に乗った。
ちなみに、複製できるのだから一度借りてコピーして返せばいいのではないかと思う人もいるかもしれないが、それは立ち読みした雑誌の項目をスマホで撮影して欲しい情報だけ貰って帰る様な後ろめたさがあったので、竜郎は止めておいた。
それから妖精郷のテイマー情報もイェレナやプリヘーリヤから聞くことも出来た。
どうやら妖精種の適正は、魔法職:テイマー:物理職ではだいたい6:3:1くらいの割合になるらしく、テイマーの人口もそれなりに多いらしい。
なのでイェレナのシュルヤニエミ一族のように、自分たちの一族に合いやすい魔物を繁殖させて、子孫たちの為に魔卵を作ると言うのは結構やっている事なのだそうだ。
ちなみに余談ではあるが、時代が進んで基本的にランダムになった初期スキルと言っても、妖精は人種などと違って最初から何かに属性や性質が偏っている種族でもある。
なので、一族単位で似たスキルを覚えるのは珍しくはないようだ。
逆に人種は物理にも魔法にも生まれながらにしてフラットな状態なので、初期スキル候補のランダム性が一番高い種族だと言えるかもしれない。
「てーことはっすよ。交渉さえ出来れば、とーさんもテイマーの家系の妖精たちから、色んな魔物の卵とトレードして貰えそうっすね」
「うちは閉じた世界に引き籠っているから、どぉーしても種類は限られてしまうし、新しい力となってくれて、それが自分たちの一族の性質に合いやすい子だっていうのなら歓迎されそぉねぇ。
でもその代り、こっちは地上では絶滅しちゃってる魔物とかぁ、その変異種なんかもいるからぁ、タツロウ君も面白いと思うわよぉ」
「おぉおおっ! それはいいですね! これは色々な魔物を作っておきたくなりましたよ!」
その妖精たちの一族の適正を知れば、現在の手持ち素材に《魔卵錬成+5》や《魔卵属性変換》、複製に《強化改造牧場+1》などを駆使し、それにあった種を生み出す事も容易だろう。
空いた時間でテイマーのお宅を訪問して、色々と交渉を持ちかけてみるのもいいかもしれない──そんなことを竜郎は思ったのであった。
リアと3人の魔道技術研究者3人の話し合いも無事に済み、双方納得がいく交渉が出来たようだ。
明日からリアは妖精郷の技術者のエリートしか入る事を許されない研究室に、フリーパスで入る事が許されるよう許可を取ってくれるそうだ。
さらに最近は助手が奈々だけでは大変になる時もある様で、人手が必要な時は妖精の技術者をサポートに寄越してくれるらしい。
こちらもそれに見合った技術指導や技術提供もあるので、双方Win-Winな関係をこれから密に築いていけそうだ。
それに対してイシュタルは、何故自分の帝国の研究者を連れてこなかったんだと頭を抱えていた。
「それじゃあ、そろそろ今日はお暇しようと思います。いろいろ、ありがとうございました」
「あらぁ、もう帰っちゃうのぉ?」
「ええ、でも明日また来ますから。あ、あとその時に、他の仲間を連れてきてもいいですか?
皆、こちらの眷属か従魔なんですが」
「それなら安心ねぇ。もちろんいいわよぉ~」
さすがに竜郎たちと縁のない人間を連れてこられても困るが、眷属となれば竜郎が敵対意識を持っていないのに妖精郷に何かをするはずも無い。
なので快くOKを出してくれた。
プリヘーリヤ達に見送られ、竜郎たちはイェレナと共に領地に帰り、そのままイェレナとルナとも別れてカルディナ城へと帰ってきた。
まだ転移魔道具関係はどういう扱いにするのか相談中なので、しばらくは妖精樹同士での行き来が主流となる。
大して時間がかかるわけでもないので、別にそれでもいいだろう。
こうして初めての妖精郷での一日は無事に過ぎていった。
翌日。竜郎たちの眷属達の希望者を募ってみると、ほぼ全員が行ってみたいと言う。
とくに約一名、死んでも行くとばかりに主張している者までいる始末……。
「ジャンヌ様のお姿をした城となれば、このジーヤが見なくて誰が見ると言うのですかっ!」
「あ、はい……。爺やは最優先で行こうな」
「ありがとうございますっ!」
いつも頑張ってくれている爺やの要望ならば、余程無理難題でなければ叶えるのはやぶさかではない。
むしろもっとわがままを言ってくれてもいいとすら思っているのだが、今回に限っては圧が強すぎて竜郎どころかジャンヌも「えぇ……」と少し引いてしまっていた。
本人がジャンヌ城に気持ちがいって、その崇拝対象の姿を見ていなかったのは幸いだろう。
そんなジャンヌフリークの爺やは確定としても、何人かはこちらに残していきたい。
全員がカルディナ城から空けるわけにもいかないだろう。
別に今日いかないというだけで次に交代で行けばいいと言う事も有り、今回のお留守番を買って出てくれたのは紅ドレスの天使ウリエル、人竜の聖竜アーサー。ランチアと言う索敵が得意な竜種ミネルヴァ。
あとは従魔からニーリナの心臓を得た毒竜ニーナ。蒼太とワニワニ隊。ワーム隊。
これだけいればエーゲリアや竜大陸の精鋭が攻めてでも来ない限り、防衛としては完璧だろう。
多少人数が多い気もしたが、まあいいかと竜郎はさっそく領地内の妖精樹から妖精郷へと戻っていくのであった。




