第558話 初めての妖精郷
お土産を用意した翌日。昼食を少し早めに食べると、さっそくいつものメンバーでダンジョンの入り口のある妖精樹の前までやって来た。
そこには既にイェレナが従魔2体と妖精樹の化身ルナと共に待機していて、こちらに手を振って来た。
「すいません。待たせちゃいましたか?」
「ううん。私は妖精樹の調査もしてたから問題ないわ」
「なら良かったです。ルナも今日は向こうまでの案内頼むな」
「まか……せて……」
案内と言っても妖精樹から妖精樹へ道を開いて通り抜けるだけなのだが、それでも彼女がいないと道は開かないのでその言いかたでもいいだろう。
「あ、そういえばルナは妖精樹の化身ってことは、植物系の人間だと思ってもいいのか?」
「……? 微妙に違うけど……そうだとも言えるかも……?」
「それじゃあ、これ欲しいか?」
「なに……それ?」
そう言って竜郎が出したのは竜水晶の瓶の中に入った、バラ美ちゃんの蜜だけだけで作られた極上蜜。
普通の人間の味覚では原液ならぬ原蜜を舐めるのも厳しいが、それを受け取ったルナは蓋を開けて中の臭いをかぐと目を丸くした。
「いい……におい……♪ 食べていい……の?」
「ああ、ルナなら美味しく食べられるだろうから」
そのままでは指を突っ込みそうだったので、竜郎はスプーンを急いで渡した。
ルナはそれを受け取るや否や、瓶の中に突っ込んで溢れんばかりに掬い取る。
愛衣がそれを見て「ひぃぃ──」と言っているが、ルナは躊躇することなくそのまま口の中に放り込んだ。
「────!!??」
「ん!? ダメだったのかっ?」
「──ん……まぁい…………♪ しあ……わせ……。むぐむぐ、はぐはぐ……」
「大丈夫そうっすね~」
「だなぁ」「だねぇ」
目玉が零れ落ちるんじゃないかと言うほど目を見開くものだから、てっきり口に合わないかと思いきや、直ぐに今まで見た事もないほど蕩けた顔で蜜を何度も頬ぼっていた。
「これ。ルトレーテ様も好きだと思うか?」
「むぐむぐ……ごくん…………絶対好き。……だから……兄にも……あげてほしい……」
「ならルトレーテ様用のおっきい瓶も作って用意してあげなきゃね」
愛衣のその言葉に頷きながら、竜郎は月読と一緒に特大の蜜用水晶瓶を作り、その中にバラ蜜をたっぷりと注いでおいた。
ブレンド以外の用途はそれほどないと思いきや、意外と近場にフローラの同好の士が隠れていたようだ。
竜郎は大きな亀でも舐めとれるくらいの瓶に蓋をして、《無限アイテムフィールド》にしまう。
これで妖精たちのお土産以外にも、別途ルトレーテ用のお土産も出来た。
「それじゃあ、ルナ。道を開いてくれ」
「うん……解った……」
ルナが了承の言葉を呟いた瞬間、太い木の幹の辺りの空間が揺らぎ始めた。
あとはここを通っていけば、妖精郷にある妖精樹から向こうに行くことが出来る。
まずはイェレナがルナと一緒に向こう側に言って、来るむねを伝えに行く。
向こうでも歓迎の為に待機しているのか、イェレナは数十秒で帰ってきた。
そして手招きすると、また妖精樹の幹の向こう側へと行ってしまった。
「それじゃあ、行こう。妖精郷へ!」
「おー!」
全員横並びでも通れる幅なので、横一列に並んで皆一緒に一歩一歩踏み出していく。
そして景色が一瞬で変わる──。まず目に入ったのは花弁が舞う光景だった。
「おー」「わぁー!」
竜郎と愛衣を筆頭に、ここへ来たことがあるイシュタル以外のメンバーが驚きの声を上げる。
空からは妖精の子供たちが飛び回って花弁のシャワーを撒いてくれる。
大人たちは色つきの布をもって空を飛び、人間文字のように空中に大きく「ようこそ妖精郷へ!!」といった意味の言葉がイルファン大陸語で描かれていた。
またその他にも笛や弦楽器、打楽器などによる、聞いたことも無い妖精郷の音楽を盛大に奏でてくれ歓迎ムードを演出してくれている。
下には妖精女王プリヘーリヤを始め妖精郷の重鎮たちもいて、わざわざ出向かえに来てくれている。
そして次に風景に目を向ければ、きちんと整備された綺麗な芝生が一面に広がっており、建物は一切ない──というか家屋や店などは全て太い木をくり抜いて扉や窓を付けたような妖精建築仕様。
そこに普通の木も混じっているので、ぱっと見どの木が家なのか解らなくなりそうだ。
そして竜郎たちが通って来た妖精樹の方に振り向けば、竜郎たちの領地にある物よりも年季の入った立派な妖精樹。
そしてその木を挟んだ向こう側には透き通った恐ろしく綺麗で広い湖が広がっていた。
湖からは大きな水路が伸びていて、荷運び用らしき船が何艘か浮かんでいた。
おそらく誰しもが《アイテムボックス》を取っているわけではないので、あの水路を使って大きな荷物などを乗せて妖精郷全体へと運べるようになっているのだろう。
空は異空間と聞いていたが太陽もちゃんと上っており、夜も来るようで大きなスズランのような形をしたオシャレな街灯らしきものも所々に設置されていた。
次に気になったのは木の上の方に通った一般的な成人男性が1人余裕をもって立ったまま入れそうな透明な管が、景観を損なわないよう最低限計算されて張り巡らされていた。
不思議そうになんだろうと竜郎や愛衣が見ていたのに気が付いたイェレナが、直ぐに説明してくれる。
「それは中に風が循環していて、その中に入って飛ぶと早く楽に移動できるし、ただ浮いているだけで目的地までいけるのよ。
途中で出たい時は手に魔力を込めて管に触ると、人1人が通れるくらいの穴があくの」
「空が飛べる妖精ならではの、エスカレーターみたいなものですか」
「たつろーの重力魔法で浮いていけば使えそーだね」
他にも自動で動き芝生整備をする魔道具。ゴミを拾いながら動く魔道具。水路に浮かんで浄水作業をする魔道具。
などなど、自然と共にありながらも見た目以上に優れた技術が、そこかしこで見てとることが出来た。
まるで、おのぼりさんのように竜郎たちがキョロキョロしていると、いつの間にかプリヘーリヤ達が直ぐ近くまでやってきていた。
ルトレーテも「おお来たか」とでも言いたげに、妖精樹の竜郎からみて向かって右側の湖のほとりで寝そべりながら左の前足を振ってくれた。
「いらっしゃあい、みんなぁ~。待っていたわよぉ~」
「盛大な歓迎ありがとうございます。プリヘーリヤ様」
「いーのよぉ。皆もぉノリノリだったしぃ。それに子供たちも、あなた達に興味津々だからぁ、僕がやる私がやる~って花弁を撒く係りは取りあいだったんだからぁ」
「ははっ、みたいですね」
竜郎が上を見て先ほどまで花弁を撒いてくれていた子供たちを見れば、空をフワフワ飛びまわりながらこちらをじぃ~っと見つめていた。
竜郎や愛衣達が手を振ると、嬉しそうに元気いっぱい手を振り返してくれて非常に可愛らしい。
「ああ、それで歓迎のお礼として贈り物を持ってきたのですが、何処に出せばいいでしょうか? なま物もあるのですが」
「あらぁ。べつにいいのにぃ。でも用意してくれたのなら、お気持ちとしてありがたく頂くわぁ。ありがとぉ~。
《アイテムボックス》持ちも何人かいるから、ここに出してくれてかまわないわよぉ」
「ならまずは──」
そうして竜郎は一品一品、それが何なのか。どういう風にすれば美味しいのか、などなど丁寧に説明を加えながら出していく。
その際に試食として何品か同じものを出して周りにも提供していき、臭いにつられて涎を垂らしていた子供たちも手招きしておすそ分けしていく。
女王陛下の前だから遠慮するかなと思いきや、その辺の上下関係はこの地では緩いのか普通に「わーい」とやってくる。
「なにこれぇ~おいしぃっ! おにぃーちゃん! もっとちょーだい!」
「「「「「わたしも~」」」」」「「「「「ぼくも~」」」」」
「こっちも美味しいよ。食べてみて」
「「「「「ほんとだぁ~~!?」」」」」
大人たちは竜郎やレーラ、イシュタルに任せて、愛衣や他のメンバーは子供たちを相手にしていく。
すると大人たちも寄ってきて、試食のつもりが盛大な食事会のようになってしまった。
食材は沢山あるので問題なく、各々の反応を見ながら何が受けて何が受けないのか竜郎はさりげなくチェックしていく。
その中で解ったのは、やはり肉などが苦手な妖精もいるようで、美味しい野菜は無いのかな?と言われてしまった。
ララネストはともかく、白牛レベルの味に匹敵する美味しい野菜は見つけていないので出しようが無く、残念そうにされてしまった。
せめて白牛レベルの野菜はどこかで見つけて来ようと、竜郎は頭のメモ帳に書き込んでおいた。
「あっ。あと、ルトレーテ様にもお土産があるんですが、どうでしょう?」
「あらぁ。そうなのぉ? ルトレーテさまぁ~!」
「………………」
それほど興味ないと言わんばかりに目を閉じて寝ていたルトレーテが目を開けて、首だけ伸ばして竜郎の目の前までやって来た。
そこで竜郎はルナ絶賛のバラ蜜の特大瓶を取り出して、蓋を開けるとそのまま差し出した。
ルトレーテは何だろうと首を傾げながら、臭いを嗅ぐと気に入ったのか目を細める。
そしてそのまま大きな舌を伸ばして蜜をぺろりと舐めとると──。
「────────!? ────!? ──!?」
「どうですか? 美味しいですか?」
「…………うまい」
「ルトレーテ様がお声を出すほど、おいしぃのねぇ~。ちょっと私もぉ~」
「あっ、まっ──」
竜郎が止める前に、蓋に少しついていた蜜を指ですくってプリヘーリヤがぺろりと舐めた。
「──びぃぃぇっ!?」
「「「「「陛下っ!?」」」」」
「あー…………。遅かったか……」
口を押えてぺっぺとしながら、お付の者に水を出させて口をゆすぐ妖精の女王陛下。
もしかして毒か何かと疑われたらどうしようと思ったが、そんな風に思った者は誰もいない様で安心した。
「いったいぃ、これはなんなのぉ~~」
「それは特殊な蜜でして、植物や昆虫に所縁のある人じゃないと口に合わないらしいんですよ」
「先に言ってよぉ~!」
「いや……陛下。タツロウ殿が何か言う前に食べてしまったじゃないですか……。
少し、はしたないですよ」
「うぐっ。そ、そうねぇ! 誰しも失敗はあるのだからねぇ!」
家臣にたしなめられて、無理やり纏めて終わらせようとするプリヘーリヤに、周りの面々は苦笑するしかない。
忠誠心が無いわけではないが、こちらは大分緩い感じの上下関係なんだなぁと改めて思い知らされる一幕であった。
それから食事会も一段落着き、ほぼ間違いなく今の手持ちだけでも好感触を得たことに竜郎も満足げな表情を浮かべた。
竜郎調べでは、男妖精はお肉に関心が強い傾向があり、女妖精は極上蜜に関心が高い傾向があるようだ。
またララネストに至っては、お肉や魚貝類が苦手と言っていた妖精でも、絶賛するほどの最強フードだったので何の問題も無い。
こっちの世界でも人種などは食品アレルギーがあるらしいが、妖精にはそういったものは無いらしいので安心だ。
これならいけるだろうと、そのままの勢いで竜郎が上機嫌なプリヘーリヤに拠点を作るついでに、お店も作っていいかと聞くと「是非に!」と周囲も大きく頷いてあっさり許可がおりた。
大規模な宣伝と安心できる所での直営店の開拓。これだけでも、食事会を開いたかいがあったと言うものだろう。
「それじゃあ、ちょっと遅くなっちゃったけれどぉ、タツロウ君たちの為に用意した土地に案内するわぁ」
「ええ。ありがとうございます」
「妖精樹から近い方がいいだろうって事で、ここからそんなに離れていないからぁ、このまま歩いていきましょ~」
そうして女王陛下自らの案内の元、竜郎たちは自分たちの拠点が何処に建てられるのかと、ワクワクしながらその後を付いていくのであった。




