第55話 初めての空中戦
《スキル 槍術 Lv.5 を取得しました。》
スキルレベルを上昇させながら、愛衣は後ろに素早く跳んで、その勢いで槍を引っこ抜いた。すると体液が噴き出してきたが、愛衣はすでに離れていたので一滴もかからずに済んでいた。
それから投擲用ナイフも回収して、亡骸を焼いて骨だけにすると、竜郎はそれを《アイテムボックス》にしまいこんだ。
「んー、まだレベルは上がんないかぁ」
「まあ格下だったから、しょうがないさ。焦らず地道にいこう」
「そうだね」
「ピュイ」
カルディナも、同意するような鳴き声を上げた。それに愛衣は、頭を撫でて応えてあげた。その間に竜郎は空を飛ぶためのボードを取り出して、移動の準備をする。
「討伐依頼のノルマもこなしたし、後はショートカットして湖に向かおう」
「さんせーい!」「ピュー」
愛衣と竜郎はボードに乗り込み一気に上に上昇していき、カルディナは自前の翼で二人を追いかけていく。
二人はカルディナが追い付くのを待ってから、空を滑って目的地を目指した。
「カルディナは、疲れたりしないの?」
「ああ、魔力体生物には体力とかはない。その代わり魔力消費が激しくなるけど、それは俺が魔力を補充してあげればいい」
「そうなんだ」
「ああ、それに眠ることも無いから、今晩寝るときはカルディナに見張りを任せてみようと思ってる」
全て魔力で成り立っているので、カルディナにはそれが苦にならない事を竜郎は感覚で理解しているが、ただの鳥にしか見えない愛衣にとっては心配だったらしく、カルディナに問いかけてみる。
「だって、カルディナ大丈夫?」
「ピュィィーー!」
言葉の意味は解らないが、自分を労わっているくれる気持ちは伝わったのか、元気よく鳴き声をあげた。
「おおっ、頼もしいね!」
「ああ。テントも寝袋もあって、見張りをしてくれる頼もしい仲間がいる。ただ森を彷徨っていた、あの頃とは比べものにならないな」
「だねっ」
「ピイィー」
そんなことを宙で語り合っていた時、突然カルディナが鳴き声を上げて騒ぎ出した。それに何かとカルディナの探査魔法と同期すると、理由は直ぐに解った。
夕陽に染まりゆく空の向こうから、以前護衛任務の時に追い払ったテューと呼ばれる、黒い鳥のような魔物が群れでこちらにやってきていたのだ。
「ちっ。愛衣っ、向こうの方角からテューの群れが突っ込んでくるぞ」
「ん~? あの黒い点々がそう?」
「ああ、カルディナが教えてくれた。追いかけまわされて、湖まで来られても厄介だが、今俺は風魔法の制御に手いっぱいで、大した魔法が使えそうにない」
「じゃあ、私の出番だね! 移動はそっちに任せるよ」
「ああ、任せとけ」
現在下には木々が広がっているので、着地してから相手をするというのは別の魔物の遭遇を促す危険性がある。なので二人は、初めての空中戦を試みることにした。
カルディナも戦意は高い様で、凛々しい鳴き声でテューの群れに威嚇を始めた。愛衣も右手に槍を、左手に手甲を嵌める。これで準備は整った。
「いくぞっ」
「了解」「ピュィッ!」
竜郎は風魔法を操ってスピードを上げ、真正面から突っ込んでいくような形を取った。
テューの群れは望むところだと、竜郎たちを囲い込むように群れを広げて、とがった爪をこちらに見せてきた。
だが竜郎は、接敵直前で上に急上昇する。その際、愛衣がただ横に突きだしただけの槍の先端に、縦一列が切り裂かれていった。
傷の浅い物はカルディナの爪で引っ掻かれて、地面に落ちてゆく。すると、テューの群れは竜郎たちの真後ろを一列になって追いかけてきた。
それを見た竜郎は弧を描くように旋回し、一直線になったテューの群れの真横を一気に通り抜けていく。その際に愛衣はまた、槍を群れの中に突き出して、移動の速度のままに切り裂いていった。
「よしっ、ここまでは順調だな」
「そうだね。もう半分以下になってるし」
「ピュピュィッーー」
カルディナもちゃんと二人の後ろから、偶に来る竜郎や愛衣に届きそうな攻撃を、綺麗に払い落としていた。
しかしこれだけやられても、テューは引こうとはしないで、まだやる気のようだった。なので次の作戦に移っていく。
「愛衣、カルディナ! 〈合図をしたら上を向いて目を瞑ってくれ〉」
「はーい」
「ピューイ」
愛衣の口調を真似るように返事をしてきたカルディナに、二人が思わず微笑むと、竜郎はボードの先端を再びテューの方向に向けて進行していった。
それから竜郎は群れの近くで一気に加速し、斜めに昇ってテューたちの真上に位置する場所に躍り出る。
テューの群れは直ぐに攻撃に移ろうと、真下から真上に突っ込むようにして、竜郎たちを一斉に睨んだ。その時。
「今!」
「──ん!」「──ピュッ」
声を上げてから一拍子後に、竜郎は下に向かって光魔法で強い光をテューの群れに浴びせかけた。
すると一斉に「ギィィィィッ」と鳴き叫びながら、視界を一時的に潰された。その隙に、こちらは攻撃に転じる。
「行くぞっ」
「おうさっ」「ピィッ」
二人と一匹はその場でただ翼をバタつかせて飛んでいる物たちの間を、縫うように移動しながら、次々と攻撃をくらわせていった。
そして残り二匹まで数を減らした頃、ようやく視界が戻ってきたのか、落ち着きを取り戻してきたが、気付いた時には愛衣の手甲が、槍が飛び出し大地へと落としていった。
《スキル 槍術 Lv.6 を取得しました。》
《スキル 体術 Lv.7 を取得しました。》
《『レベル:28』になりました。》
「おー、私のレベルも上がったよっ」
「今回は数が多かったから、良い経験値になったみたいだな」
「うんっ」
愛衣が喜びながら、後頭部で竜郎の胸をぐりぐりしてきた。竜郎は頭を撫でてそれを祝うと、障害物の無くなった空を飛んでいった。
そうして何とか夜前に到着できた竜郎たちは、さっそくいつもの場所を陣取ってテントを置いた。
カルディナはテントの上が弛むのが、ハンモックみたいで気持ちがいいのか、そこで丸くなって見張りをしていた。
後は夜を待つだけになった二人は、特にすることもないので、先ほど上がった愛衣のステータスを改めて確認することにした。
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名前:アイ・ヤシキ
クラス:体術家
レベル:28
気力:3915
魔力:35
筋力:775
耐久力:757
速力:525
魔法力:32
魔法抵抗力:32
魔法制御力:32
◆取得スキル◆
《武神》《体術 Lv.7》《棒術 Lv.1》
《投擲 Lv.8》《槍術 Lv.6》《剣術 Lv.3》
《盾術 Lv.4》《鞭術 Lv.7》《気力回復速度上昇 Lv.5》
《身体強化 Lv.9》《全言語理解》
◆システムスキル◆
《アイテムボックス》
残存スキルポイント:31
◆称号◆
《打ち破る者》《響きあう存在》
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「相変わらず、タケノコみたいに物理系のステが伸びてくな」
「タケノコて……、でも言えてるかも。三十レベルになる前に、気力は四千を超えそうだし」
そんなことを話しながらステータスを見ていると、竜郎はふと気になる項目を見つけた。
「そういえば新しい武器が明日増えるわけだけど、《アイテムボックス》の容量は大丈夫か?」
「あっ、そういえば今ギリギリだった!」
「この機会に拡張しておくか?」
「ん~……、そうだね。せっかくだから、分解までできるようにしておく」
愛衣はそう言ってシステムを起動し、SP(18)を消費して、《アイテムボックス》を拡張+2まで取得していった。
「うん、使用容量が32%になったし、これですぐにでも武器を入れられるよ」
「愛衣のボックスはアイテムというより、武器ボックスになってくな」
「まあ、そのために取ってるからねー。たつろーは、今日手に入れたSPは使わないの?」
「そうだなあ……」
そう言って自分のSPを確認すれば(48)、今竜郎が欲しいと思っているのは闇、解、風のうちのどれか。しかし悩むのも束の間、竜郎は解魔法を上げることにした。理由は、カルディナの強化。カルディナの今の体なら、《解魔法 Lv.4》まで使いこなすことができるからだ。
愛衣にそれを説明すると、気持ちのいい笑顔で賛成を得られたので、すぐに取得に踏み切り、竜郎の残りSPは(20)になった。
「よしできた。じゃあ愛衣、またくっ付いてくれ。おーい、カルディナー」
「おっと、さっそくやるんだ」
愛衣が竜郎の背中に抱きついている間に、テントの上にいたカルディナが、呼ばれたことに気付いてテントの中に入ってきた。
「ピュィ?」
「《解魔法 Lv.4》の因子を組み込みたいから、〈そこに立っていてくれ〉」
「ピュイ」
返事をしてきたので、さっそく解魔法の因子を組み込んでいく。
まずはカルディナの本体に意識を集中して、その内部に張り巡らされているカルディナの情報から、前の解魔法の因子を抜いていく。それが終わったら、新たにそこにレベルを上げた解魔法の因子を流し込んでいく。それをピッタリと収まるまでやり、制御を手放すとカルディナの情報網の中で定着していったのを確認した。
「成功だ。どうだ?〈変な所は無いか、確認してくれ〉」
「ピュイピュイッ」
「大丈夫そうだね」
元気に返事をしたカルディナを二人で撫で繰り回して可愛がった後、再びテントの上に戻っていった。
それからは用事もないので、テントの中から夕陽に瞬く湖底をのんびりと眺めて過ごした。
そうして時が経ち、いよいよ太陽が沈み、辺りが闇に包まれ始めた頃にそれは起こった。
「あれは、なんだ?」
「……蛍?」
二人の眼前に、小さな丸い青い光がいくつも湖から湧き上って、湖面上を舞うように漂っていたのだった。




