第553話 邪神教の最後
それは信者達にとって突然の出来事だった。
「──ん? なんでしょうか」
そこは邪神教の末端信者たちが暮らす集落の一つ。そして今声を出したのは、2つ持ちの集落の管理者の男である。
何か腹部に埋め込んだ2つの加護が、ぶるっと震えたように感じたのだ。
首を傾げながら腹部に手を伸ばし、加護に触れようとした──その時。
「ぐぅ──」
強烈な腹痛に見舞われて、その場にうずくまってしまう。
それを近くで見ていた1つ持ち信者たちが慌てて駆け寄ろうとするも──。
「どうしま──ぐぁっ」
「「「「「ぐぁああっ」」」」」
数秒遅れて全ての信者たちの腹部に激痛が走り、たまらずその場にうずくまった。
そんな光景を、じっと、家畜だ──奴隷だ──と言われて虐げられていた先住民達が黙って見守っていた。
「お前──たち──助け──ろ……」
「「「「「──────」」」」」
何の不調も訴えかけていない信者以外の面々に、腹痛を堪えながら信者達は助けろと訴えかける。
が、ゴミをみるような視線を向けて来るだけで一切動こうとしない。
もしやこいつらに毒でも盛られたのか──そう信者たちが思い始めていると、痛みが引き始めた。
よし、これからこいつらに罰を与えてやらねばと、信者達がニヤ付く顔で立ち上がろうとするが……足に力が入らない。
「なん……? あれ……声が……」
自分の喉を通って出したと思えないしわがれた声に、戸惑いながら手で地面を押して立ち上がろうとする。
「ぎゃっ!? ──ぐぅ……いったい何が──え」
起き上ろうと地面を手で押しただけなのに、両腕がぽっきりと折れていた。
しかもよく見れば、自分の若々しく逞しかった腕が、痩せ衰えた老人の枯れ枝のような細く皺だらけのものになっていた。
唖然としながら、その男は周りの同胞たちを見てみると、そこには老人と老婆のようになった信者たちが同じように変わり果てた姿になっているのが見えた。
──と。不意に誰かが歩いてくる足音が耳に届く。
どうやら聴力や視力までは衰えていない様だと呑気な事を考えながら、首を動かしそちらを見れば、先ほどまで一番近くで自分のことをゴミのようにただ見ていただけの先住民の一人──これまでその信者の男が使い潰すように働かせていた男が、木の椅子をもって近寄ってきていた。
ほかの奴隷や家畜たちも手に椅子や石、机の足など、それぞれの体格に合った物を手にし始めているのが見て取れる。
そして男の直ぐ横に奴隷と呼んで虐げてきた男がやってくると、椅子を両手で大きく上に振りかぶる。
「死ね」
「やめっ──」
ゴシュッ──と、奴隷と呼ばれていた先住民の男が、自分を一番虐げていた信者の男の頭を木の椅子で叩き潰した。何度も何度も何度も何度も繰り返し──。
それが一番最初だったかどうかはもう定かではない。伝播するようにして周囲で一斉に凄惨な殺人行為が行われていく。
「やめてく──」
「「「「「死ね」」」」」
「許し──」
「「「「「死ね」」」」」
「ぎゃぁああっ」
「「「「「死ね」」」」」
「いやだ──邪神さ──」
「「「「「死ね」」」」」
「我をお助けく──」
「「「「「死ね」」」」」
「ひぃっ──死にたくな──っ」
「「「「「死ね」」」」」「「「「「死ね」」」」」「「「「「死ね」」」」」「「「「「死ね」」」」」「「「「「死ね」」」」」
阿鼻叫喚の地獄絵図。まさにそんな光景が各所で繰り広げられ始めた──。
「酷いなこりゃ……」
竜郎たちが最初に目を付けた邪神教集落では、辺り一面真っ赤に染まっていた。
信者たちは元が男か女か──なんてレベルではなく、人間かどうかさえ解らない程ぐちゃぐちゃになるまでミンチにされていた。
どれほどの事をすれば、こんなに恨まれるのだろうか。と知りたいような知りたくない様な……。
そんな心持で竜郎はカルディナと共に探査魔法を展開して、信者たちの腹の中に入っていたはずの邪物質を探していく。
「あれ? どこにもないぞ?」
「ピュィーー?」
《成体化》で鳥形態になっているカルディナも竜郎の肩に止まって、可愛らしく首をかしげている。
誰かが取り出しでもしない限り、ミンチ肉の中の何処かに埋まっていそうなものなのだが、そこには見当たらない。
これはもう、実際に修羅と化している先住民たちに聞いてみるしかないかもしれない。
ということで、とりあえず認識阻害を切った状態で地獄の入り口に踏み込んでいく。
すると直ぐに奴隷だの家畜だの言われて虐げられてきた先住民たちが気が付いて、息を荒立て手には殴る道具を持ちながら、こちらを取り囲んでくる。
「不味いわね。邪神教の関係者だと思われているのかもしれないわ。
呪魔法で冷静になって貰った方がいいのではないかしら」
「うーん。それでもいいが、少し試してみたい事があるんだ。
レーラさんにも話を振るから適当に合わせて欲しい」
「え? ええ。いいわよ」
竜郎の言う事なら問題ないだろうと信頼した上で、レーラは軽く返事を返した。
そうこうしている間にも先住民により包囲網は完成してしまう。放っておけば確実に襲い掛かってくることだろう。
だが直ぐに襲い掛かって来ないのは、こちらが邪神教には見えないから、とりあえず様子見と言った所の様だ。
なので先に、こちらがイヤクグホ族で得た部族語で口上を述べた。
「先住民の皆さん! 我々の予想通り解放されて何よりです!」
「「「「「……?」」」」」
言葉が解らないわけではない。言っている内容が理解できないだけ。けれどそれでも一様に剣呑な雰囲気が薄まり、こちらに興味をしめてくれたようだ。
そこで竜郎はそのまま話を続けていく。
「何を隠そう、我々は邪神教が復活させた邪神を討伐したのです。
この様な事になっているのは、奴らの邪神の加護が無くなったからですよね?」
「────ああ、ソうだ」
視線での譲り合いの結果代表に選ばれた、一人の体格のいい上半身裸で体中血に染まった男が前に出て返事をしてくれた。
竜郎はそちらに体を向けて話を聞く体制をとって、手でどうぞと先を促した。
「確カにコいつラから邪神の加護とやらガ失われ、老人のような姿になったから我々は立ち上がったのだが、それはお前たちが何かをしたからなのか?」
イヤクグホ族の部族語とは若干イントネーションが違って訛っていたが、それも《全言語理解》のスキルが仕事をして修正され聞きとりやすくなった所で、竜郎もそちらのイントネーションに合わせて会話していく。
「ええ。ですが言葉だけでは信じられないでしょう。ですのでこれを見てください。その証拠となる邪神の死体です」
「「「「「────っ!?」」」」」
疑うような視線を向けていた先住民たちも、竜郎が出した大悪魔の死骸にザザッと勢いよく離れていった。
全長3メートルの天魔だ。それだけでも距離を取りたくなるだろうが、普通の魔物とも違う禍々しい迫力を放っている。
死体だと言うのに、それを見ただけで気絶する者まで続出していた。
その衝撃たるや、まさに邪神の死体に相応しいと深く印象付いたことだろう。
「やつらは本当に邪神を復活させてしまいました。ですが我々はクリアエルフたる彼女の古き盟友の遺言に従い、それを察知して討伐しました。
なので今後二度と邪神教の者たちが加護を得ることは無いでしょう」
「く、クリアエルフ? それに盟友とは一体……なんのこと──いえ、なんでしょうか?」
まだ得体が知れないが、少なくともこれだけの魔物を倒す力量があると言う事だけは察することが出来た男は、口調を改めて問いかけてきた。
「クリアエルフとは、彼女──セテプエンリティシェレーラ。
そして盟友とは、そんな彼女が数万年前に訪れたピアヤウセ族の族長ナトゥンカハムプファ──ナハムと呼ばれていた男の事です」
「ナハムだって!? それは邪神の名前じゃ……」
「いいえ。それは邪神教が自分たちの神の名さえ知らない愚か者だっただけです。
ですよね、レーラさん」
ここで振って来るのかと一瞬驚いた顔をしながらも、神格者特有の威圧感をほんの少し出しながら、少し溜めて威厳がありそうな雰囲気をかもしながら口を開いた。
「ええ、そうです。私は数万年前に出会ったイルファン大陸の先住民族ピアヤウセの長、ナトゥンカハムプファ・ピアヤウセ──ナハムから、この悪魔が復活するかもしれないから、その時は私に倒してほしいと言ってきました。
そして彼はそれだけ言い残すと、当時ピアヤウセを苦しめていた悪魔を命と引き換えに神から授かった力で撃ち滅ぼしたのです」
レーラがいい感じで話に乗ってきてくれたので、竜郎もそれに便乗して話を繋げていく。
「そう。そしてその時の悪魔をさらに強力にさせた状態で今日、ナハムが言った通り邪神教が復活させてしまいました。
なのでナハムとは邪神の名前ではなく、はるか昔に一度、この信者に邪神と呼ばれていた悪魔を討った英雄の名前であり、間違っても邪神の名前などではないのです」
「そんな英雄が、我らと同じ大地に生まれた者にいたとは……。
それにそんな存在を奴らは邪神などと……」
さりげなく呪魔法を少しだけ使って信じやすくもしておいたので、皆その言葉を疑うことなく受け入れてくれたようだ。
この様子なら呪魔法なんていらなかったような気もするが……。
ここまで来ると完全に竜郎が言いたい事を理解したレーラが、彼らの誤解を完全に消し去るべく言葉を発する。
「そこで、あなた達には邪神とナハムは一緒ではないと言う事を他の方々にも伝えてほしいのです。
私と盟約を交わした彼が、今後同じ大陸で生まれ育った方々に邪神などと思われ続けるのは忍びないのです」
「それはそうだ! 皆、このことは他部族にも広めなくてはならない。いいか?」
「もちろんだ」「ええ。解ったわ」「早く伝えなくてはっ」
などなど概ね、こちらの予想通りナハムの汚名も雪げそうなので、竜郎はそのまま本来の目的についても尋ねていく。
「その前に一つ聞きたいのですが、彼らの加護を成していた物質が腹に埋め込まれていたと思うのですが、この辺りにはそれが見当たりません。
誰か、それについてご存じないですか?」
「「「「「…………?」」」」」
あれだけご丁寧にミンチにしたんだから誰かしら見ているだろうと思っていたのだが、どうやら誰もピンと来ていない様子。
そこで竜郎はサンプルを見せようと自分の《無限アイテムフィールド》に入れていた、以前信者から摘出した邪物質を取り出すと──空気に触れた瞬間、灰のような粉になって手から零れ落ちた。
するとそちらには反応があった。
「その灰。邪神教の奴らの体から出てきた覚えがあるわ」
「ああ、そうだ。何だと思ってたが、アレが加護だったのか」
などなど各々言い始めたので、信者のお腹に埋まっていた邪物質はどうやら灰になって消えてしまったようだ。
試しに信者たちの長から回収した邪物質の双剣を出してみると、それも灰となってしまった。
『ふむ。その灰からはなにも感じんのう。それに、この辺り一帯にも特にそれらしい力は残っておらんようじゃ。
これならもう放っておいてもよいかもしれんぞ』
(かもしれないが、念のため焼却処分しておくよ。衛生的にも死体をこのままってのは良くないし)
『うむ。それがいいかもしれんのう』
ざっと解魔法で周辺を調べた限り、この集落内で生きている信者はもう誰もいない。
ミンチ肉の中には今竜郎の目の前で灰になった元邪物質と同じものが含まれている事が判明したので、先住民の人々が言うように体内でこれと同じような事が起こり、信者たちを弱体化させたのだろう。
『あれは他者を強くすることが出来るが、強化させた側が死ぬと被強化者の生命力を吸って朽ちるようになっている呪いのスキルだったからのう。
一方的に信者たちがやられたのは、それが原因じゃろうて』
(ろくでもないスキルだな。覚えられるようなことがあっても、あの《呪縛強兵》とかいうスキルは取らないようにしておこう)
『まあ、それが賢明じゃのう。使い捨ての兵士を得るにはもってこいのスキルなのじゃがな』
そんな事を等級神と話し合いながら、竜郎はこのまま死体を放置しては病気が蔓延する可能性もあるから燃やしてもいいかと聞くと、むしろ燃やし尽くしてくれと頼まれた。
かなり執拗にミンチにしていたので、もしや食べる風習でもあるのか?と少し思ってしまったのだが、杞憂に終わってほっとした。
解魔法や水魔法、土魔法、竜念動など共有化して小さな肉片や地面に染み込んだ血の一滴に至るまで回収していき一か所に積み上げた。
おかげで先住民たちについた返り血も無くなったので、むせ返るような血の臭いもましになっていた。
そうして死体を纏めた所で、残留思念から生まれたクモの魔物を焼却した魔法と同じく、聖なる雷と炎による御柱を立ち昇らせて、うず高く積み上がっていた肉の塊や血を蒸発すらさせずに完全に滅却した。
それを見た先住民たちは、クリアエルフのお付なのだろうと思っていた竜郎の実力に、彼も神の使いに違いないと拝み始めた時には竜郎の目は死んだ魚のようになっていた。
滅却作業を済ませると直ぐにその場の先住民と別れ、他の邪神教集落へを訪ねていく。すると、どこも全く同じような凄惨な情景が広がっていた。
あまりにも殺し方が同じなので、さりげなく仇敵をミンチにする風習でもあるのかと尋ねてみたところ「そんな風習はないが、こいつらの姿形がこの世界に残っている事も許せない」といった答えが返ってきたので、ひとえに生前の行いが酷すぎただけなのだろうと納得した。
同じ説明と死体の処理を邪神教集落全てにやるのに非常に手間がかかった。これだけでもアラクネ天魔をもう何度か殴ってやりたいところだ。
けれどもう何処にもアラクネ天魔に所以のある物も力も思念も残っていないと、等級神からお墨付きを貰えただけでも、やった甲斐はあったかもしれない。
「あれにもう二度と会わなくて済むって事だしね」
「あれ? ですが、本来の時間軸に戻ってしまったら、まだ存在しているんじゃ……」
「帰ったら先んじて滅ぼしてやるか」
「それは流石にダメだろう、タツロウ……。私たちが、ここまでやって来た調整作業が狂ってしまうだろうからな」
「だよなぁ……。言ってみただけよ」
今はようやく全てを終えて、引き止めてくる先住民族全てから離れた場所に立っている。
実は毎回聖なる炎と雷の柱を立ち昇らせて死体を焼いていたら、先住民族に自分たちを率いてくれないかと竜郎に頼み込んでくると言うことが何度もあったのだ。
どうやら今回は竜郎たちのおかげで解放されたが、また同じような存在が出てきて、同じような目にあったらと、これまでの邪神教での日常がトラウマになっている人々が多く、プライドも捨ててより強い存在の庇護下に入りたいと思ったようだ。
けれどきっぱりと断って、どこかの国に属した方がいいと強引に諭しておいた。
「ふふっ。先住民族さん達を率いたら、たつろー教とかできそうだったのに、よかったの?」
「あのなぁ……」
竜郎の気持ちなど解っているだろうに、意地悪く笑いながら問いかけてきた愛衣の言葉にため息を吐く。
そして一言──。
「もう宗教はこりごりだよ」
そう言って竜郎は転移魔法を発動させると、元いた時代へと戻っていったのであった。
明日投稿分の次話より妖精郷編始動です。
それにて長かった全十編からなる『第十章 東奔西走編』を終え、いよいよ本編大詰め最終章突入予定です。




