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レベルイーター  作者: 亜掛千夜
第九編 邪神教

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第550話 心のケジメ

 全てのレベルを吸い終わり竜郎のSPとして美味しくいただいた後は、この化物の処理である。

 事ここに至っても不細工な爛れた豚のような顔で媚びるような視線を送りつつも、その瞳の奥底では生き残る道を探しているのだと竜郎達は知っている。

 ここで諦めるような奴が数万年もかけて再び姿を現すはずがないのだから。



「な、なぁ。取引をぉ──」

「しない」

「欲しい物があ──」

「ない」

「何かして──」

「貰いたくない」

「ぐぅ……」



 《表情術》とやらが無くなったせいもあるのか、何か言い切る前に全て切り捨てる竜郎に苛立ちをまったく隠しきれていなかった。

 竜郎はただでさえナハムの決死の思いを汚されたようで気分が悪い所に、この往生際の悪さだ。

 もうこのまま燃やしてしまおうと杖を構えた……のだが、リアが待ったをかけてきた。



「兄さん。殺す前に試してみて欲しい事があるんです」

「ん? それは何だ? 出来ればさっさと燃やしてしまいたいんだが」

「コレに闇と復元の混合魔法を使って、モーリッツを分離できないか試してほしいんです」

「モーリッツを? まさか助けたいとでも言うのか?」

「いいえ。もし元の体を取り戻させることが出来たのなら、司法の名のもとに裁かれて欲しいだけです」

「そういうことか……」



 信者達はさておき、モーリッツについては既に罪状が決まっている。

 竜郎たちの時代へ連れて帰っても、ヘルダムド国の役人に引き渡せばちゃんと罪状をつまびらかにしたうえで処刑してくれることだろう。

 リアはちゃんと、公の場でモーリッツには裁かれて欲しいと望んでいるようだ。


 モーリッツの件は竜郎達にとっては間接的にしか関係が無いので、そこはリアの思いを最優先した方がいいだろう。

 そう思った竜郎は、彼女の意志を尊重する事にした。



「それじゃあ、まずはこいつを縛るぞ。カルディナたちも頼む」



 カルディナ達と封印魔法と捕縛魔法を共有し、きつくきつくかけてスキルどころか瞬き一つも出来ない様に魔法をかけた。

 そして闇を混ぜて性質を歪ませた《復元魔法》で、モーリッツだけの分離を試みた。



「りあぁぁぁ……みぃぃぃいいつけたぁぁぁあ…………」

「あなたは……そんな姿になってまで逃げるのですね」



 結果としては分離する事は出来た──のだが、それはもう人の姿をしていなかった。

 分離元である呪具と残留思念の方は元は綺麗な石板の形だったのに、今は何だかぐちゃっと園児が丸めた粘土のような形をした黒岩の呪具に変形。

 目的であるモーリッツの方はといえば、頭は右肩のあたりから生えていて、目玉の一つは右頬に、一つはおでこに、鼻は顎のあたりに、口は左頬にずれてついていた。

 足は関節がありえない方向に曲がったまま背中から2本突き刺さったように生えて、手は本来首がある位置から強引に2本飛び出し、リアへ向かって必死で手を伸ばしていた。


 どうやら個に戻ったおかげで、自分の求めていた存在を思い出したようだ。

 とはいっても、もはや正気ではないのでリアを求める理由も覚えておらず、本能的に口に出た言葉を呟きながら動いているだけにすぎない。



「すまん……。もともとモーリッツの顔なんか知らないし、俺じゃあこれが限界だと思う」

「これじゃあ、さすがに誰もモー助だってわかんないし、連れてけないね……」



 リアを思いやってしょんぼりしてくれている義兄と義姉に、彼女は謝らなくてもいいですよと柔らかく微笑みかけた。

 リアの目から観て、本人がちゃんと元に戻る事を望んでいたのなら、ちゃんと元に戻れたはずだった。

 呪具や残留思念と繋がって、それくらいの思考能力はちゃんと持っていたのだから。

 だと言うのにこの姿になったと言う事は、モーリッツは裁かれるのが嫌で逃げたのだ。

 この姿になっては、また元のろくに考える事も出来ない状態になってしまい、もう何を言っても動じないし、自分の元の姿さえ、もはや覚えてはいないだろう。


 つまりもう、これはどうやっても元に戻せない。最後に人に戻れる機会を自ら捨てたのだからしょうがない。

 リアは一度目を閉じて息を大きく吐き出すと、巨大なハンマーを《アイテムボックス》から取り出して手に強く握りしめた。

 何をするのか察して、竜郎たちは1歩下がってモーリッツとリアから距離を取る。



「りあぁぁぁ……りあぁぁぁ……りあぁぁぁ……りあぁぁぁ……」

「あなたを恨んでいないと言えば嘘になります。

 ですが同時に感謝もしているんです──」



 もしこの男がいなければ、リアはあの両親の元で近い将来死んでいただろう。

 もしこの男がいなければ、リアは竜郎達に出会う事も無く死んでいただろう。

 もしこの男がいなければ、リアは今のように幸せにはなれなかっただろう。

 だから──。



「だから……あなたには、せめて最後は人として死んでほしかった!

 化物なんかじゃなくて、ちゃんと人間としての尊厳を持ったまま罪を悔いて欲しかった!

 でも……それをあなた自身が拒むなら──もう私もどうしようもありません。

 なので私が貴方を人間として殺しましょう。ただの化物として野垂れ死ぬ前に。

 ……モーリッツ・ホルバイン。ありがとう。そして──さようなら」



 手にもったハンマーをモーリッツに向かって思い切り振りおろす。

 ドシュっとスイカが大きな何かに潰されるような音と共に、大量の血を地面にまき散らし、それは潰れて真っ赤な肉塊へと変わったのだった。



《半神創造師 より 物質神の系譜 にクラスチェンジしました。》

《スキル 物質具現化 を取得しました。》

《称号『神格者』を取得しました。》



「──え?」

「大丈夫ですの? リア?」

「え、ええ。それは、はい。えーと……何故か今クラスチェンジしました。

 それに新型の魔力頭脳を作りきる前に、神格者の称号も手に入れられました」

「「「「「「「はあ?」」」」」」」「ピィュー?」「ヒヒン?」「「──?」」



 今この場で予想もしていなかった展開に、全員モーリッツの事など一瞬忘れて目を丸くする。

 しかも得たクラスは鍛冶神をすっ飛ばして、等級神と同じ2位格の物質神の系譜という破格のもの。

 ますます訳が解らずに混乱していると、リアの元へと聞いたことも無い低めの女性の声が聞こえてきた。



『何を驚いておる。リアよ。もとより《万象解識眼》は我の系統でもあるのだぞ?

 我が意図的に与えたスキルではない故に最初はそれほど気にしてはおらなんだが、最近は鍛冶神を通して見ておった』

(え? あの……。あなたは、もしかして物質神さまですか?)

『名前と言うより役職なのだが。まあ、そう呼ばれておるな。

 さて、リアよ。お主は何故、我の系譜に入ったのかと疑問に思っておるようじゃから説明してやろう』

(はあ……、お願いします)

『うむ。とはいえそこまで壮大な理由はなく、ひとえに我が注目していたからというだけじゃが』

(注目ですか?)

『そうじゃ。人には過分なスキルを大した障害も無く使えるようになった時、リアがどうするのかというのが気になっておった。

 それをただ自分が楽をして生きるために使うのだとしたら、そこで見るのを止めていた所じゃが、お主は真に物質と見つめ合い、どうすればその物質が最も輝ける形になるのかと頭を悩ませ、そして時には我や鍛冶神ですら思いつかなかったような発想までしてきおった。

 見ていて非常に楽しませてもらったぞ、リアよ。

 だからこそ我の恩恵を与えてもいいとすら思いもした──のじゃが、お主は物作りの時は確かに真剣に向き合っておるが、いつもどこか一つ心に重しを抱えておった。

 我は常日頃から、それが惜しぃて惜しぃてしょうがなかった』



 どこか一つ心に重しを抱えている。

 その言葉に確かに思い当たる節があり、リアは目の前で潰れて床の染みとなった物体に目を向けた。

 ──そう、それはモーリッツ・ホルバインの事だ。


 この男に関してリアは間接的にどうなったという情報だけで、しまいには恐らくどこかで野垂れ死んだのだろうと言う曖昧な結果で終わった事になっていた。

 それで竜郎達も納得していたし、リアだってああそうなったんだと納得した──つもりになった。

 けれどどこまでいっても所詮つもり。具体的な終わりを感じることが出来ずに、彼女は胸の奥底にしこりを残し続けていた。



『だが今回、リアは自分なりのケジメをこの男につけることが出来、ちゃんとその結果を見届け心の底から受け入れられた。

 だからこそ我の系譜としての恩寵を与えるにふさわしい人間に至ったと判断し、我はお主を迎え入れた──というわけじゃな』

(そんなにその重りは私の製作物に影響を及ぼしていたのでしょうか?

 だとすると兄さんたちに申し訳ないです)

『いや、製作物としてはちゃんと形になっておる。そこに問題はないじゃろう。

 だがなリアよ。完全に吹っ切っていたのなら、お主はあれよりももっと良いものが生み出せていたと思うのじゃ。

 もっと深く物質だけを観て、さらなる昇華をもたらせたと思うのじゃ。

 言わば我からみたら自分で蓋をしているように見えていたんじゃよ』



 リアとしては製作物に影響が出ていないので時と共に消え去っていくのを待てばいいだろうと考えていたのだが、そういったいらない感情をもったまま作り上げたモノらに物質神は不満があったらしい。


 そしてこれは語らなかったが、実は物質神は一つ賭けをしていた。

 もしリアが神格を得るにふさわしい物──新型の魔力頭脳を、吹っ切れる前に作り上げた場合、物質神は彼女を迎え入れないと決めていたのだ。

 その代り鍛冶神がリアを迎え入れる事になっていたので、それでも神格者の称号は手に入っていたのだが。


 けれどやはり物質から何かを創造する鍛冶神と、その大元の物質を統べる神と、どちらがより高い恩恵を受けられるかと言われれば、それは当然後者となる。

 そしてリアは運と巡り合わせも味方して、知らない間に物質神に選ばれる方へと進むことが出来たと言うわけだ。

 だがそれは言わぬが花というものだろうと、物質神はその賭けの内容を話す事は最後までなかった。



『では今後も頑張ると良い。新たに与えたスキルは戦闘にも向いておる故、今まで以上に戦力になるじゃろう』

(戦闘にもですか? ありがとうございます。戦闘が始まる前に調べてみますね)

『うむ。そうしておくといい。では、そろそろ我は去るとしよう』

(はい。お話ありがとうございました)



 リアは物質神にお礼を言いつつ別れを告げて交信が途絶えると、今聞いた話を皆にもしていった。

 竜郎や愛衣などは気が付かなかったことを謝りだして、リアは焦りながら謝る必要がないと否定した。

 これは会話の流れを変えた方がいいだろうと奈々が察して、さっそくリアのスキルについて聞いていく。



「それでリアのスキルはどんなスキルなんですの? 物質の神様が言うには戦闘にも使えると言っていたようですけれど?」

「ええ。ちょっと調べてみますね」



 さっそくリアは《物質具現化》というスキルを調べていくと、以下の様な事が解った。

 スキル保持者が完全に理解している物質を無から一瞬で創造することが出来る。

 ただし永続的に残る物質を創造しようとすると、簡単なものでも莫大なエネルギーを消費するらしい。

 なので例えばリアが剣を創造したとしても、それを現世に固定化させるにはとんでもないエネルギーを要求されるので、戦闘中にやるのには向いていないということになる。

 それのどこが戦闘に向いているのかと、ここだけ聞くと思うだろうが、それは簡易的な使い方の方を指していたようだ。


 この世に固定化させようとすれば莫大なエネルギーを要すると言うのなら、一時的な使い捨てとして数秒だけ創造すればいい。


 例えば爆弾。数秒の間に相手に投げて破裂させてしまえば、その残骸は消え去るが、爆発によっておこった現象はそのまま残るので攻撃として有効だ。

 例えば壁や盾。リアが自分で時間さえあれば作れるものであれば、どんなに頑丈なものでも数秒だけ現実世界に創造できるので防衛手段としても有効。


 ──と、今の例以外にも数秒間だけとはいえ、リアが理解している範囲内ならば好きなものを創造できるとなると、使い方次第では立派な武器となりうる。



「ただ物質の稀少性や複雑さなどで消費エネルギーが変わってくるので、一瞬とはいっても大がかりなものは相応に消費する様ですね」

「それでも私の銀砂のように武器や防具を直ぐに作れるとなると、汎用性が恐ろしく高い気がするな。

 リア一人の戦闘能力が大幅に上がったとみて間違いはないだろう」



 それから他にも戦闘でどうやって使っていくのか軽く論議していると、竜郎はもう直ぐ封印と捕縛が切れそうになっている事に気が付いた。



「そうだ。こいつを処理しておかないと不味いんだった。リアのクラスチェンジの件ですっかり忘れてた」

「もう体の無い呪具になっちゃってるんすけどね」

「でもこの状態でも意識はあるんだよね。それにスキルも使えるみたいだし」

「ああ、そのせいで《アイテムボックス》とかにも入れられないから、本当に破壊するしかない。

 ってことで取りあえず、これは念入りに消しておこう」



 竜郎はカルディナ達とスキルを共有化して混合し、全てを消滅させる聖なる炎と雷を重力魔法で圧縮した物を撃った。

 奇怪な黒い岩の塊となっていたそれは、あっという間に蒸発していき、なんの感慨も無く消えていった。

 だが竜郎たちには感じ取れないが、おそらくまた残留思念を残している事だろうから、これでもまだ終わりではない。

 ──と、そんなことを思っていると空間が揺れ始めた。



「ん? 地震かしら?」

「いえ。この空間を作っていた主が消えたので、崩壊しようとしているのでしょう」

「あっ。いつの間にか入り口がなくなってますの! 最後まで陰険な奴ですの!」

「兄さんの転移なら出られますから大丈夫でしょう。とりあえず、ここにいては危険ですし外に早く出ましょう」

「そうだな。信者達も一応外に……? なんだ?」



 仲間たちは最優先に転移の範囲に指定して、そのついでに信者たちも入れようとしたら思い切り抵抗されて弾かれた。

 それに何だと信者を積み重ねていた辺りに視線をやると、信者たち自身から黒い靄が発生してこちらの魔法を拒んでいた。

 それはまるで、あの悪魔がこれはワタシのもんだ。絶対に渡してやらない。全部思い通りに行かせてやるものかという執念のように思えた。

 さらに邪神が作り上げていた闇の領域が縮小していき、竜郎たちもろとも消し去ろうとさえしてくる。

 当の本人は、もうこの世界に存在していないと言うのにだ。



「最後まで往生際の悪い!」

「兄さん! もう無理です! 信者たちは置いて脱出を!」

「くっ、解った!」



 竜郎とて愛衣や仲間の命とロクでもない信者たちの命では比べ物にならないので、見殺しにしてしまう事自体は簡単に割り切れた。

 けれど最後の最後で邪神に一杯食わされた気がして、苦々しげに悪態をつきながら転移を発動させて外へと脱出した。


 その去り際の一瞬。幻だったのかもしれないが、その竜郎の顔を見て満足したかのように信者達から立ち上る黒い靄が、まるで顔の形を取って最後にニヤリと笑った気がした──。

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