第549話 化物の叫び
「もーりっつ・ほるばあさん? 誰だっけそれ?」
「モーリッツ・ホルバイン。リアを両親から買い取って荒稼ぎしていた商人の名前だよ」
「ああっ! 名前しか聞いたことなかったから、もうすっかり忘れてたよ。モー助ねモー助」
「そっちは覚えてんのか……」
竜郎からしたらそれなりに記憶に残っている名前だったのだが、愛衣はそんな人物の名前はとうの昔に忘れ去っていたようだ。
過去の事は気にしない愛衣の豪快さにリア自身も笑ってしまいそうになる。
そんな少し弛緩した空気の中で、奈々が確認のためもう一度リアへ問いかけた。
「それでリア。あの気色が悪いナニかは、確かにモーリッツ・ホルバインで間違いないんですの?」
「はい。それもそうなんですが……他にも何だか知った存在がありますね。
ピアヤウセ族を苦しめていた谷底の悪魔の残留思念と、何かの呪具も混ざっている様です」
「は? 谷底の悪魔? 何がどうしてあんな奴の名前が出てくるんだ?」
「私にも皆目見当が付きませんね。解るのは現状見える結果だけなので」
「けれどあの悪魔の残留思念が残るための憑代になる様なものは、全部タツロウ君が回収したと思うのだけれど……。
いったいどうやって……気になるわ」
まさか執着と根性で道理を捻じ曲げ世界にこびり付き続け、自分の憑代となれる物がたまたまた近くに現れるまで抗った──などとは想像だにせず、レーラは心底不思議そうにその可能性について考察し始めていた。
「えーと……みんな気になっているのは良いんすけど、あの人らを生贄にされちゃっていいんすか?
生贄の信者たちが階段のぼり始めちゃってるっすよ」
「おっと、そうだった。このまま生贄シーンなんて見たくもないし、これ以上妙な輩になられても面倒だ。アレを駆除──」
してしまおうと竜郎が言いきる前に、階段の天辺で寝転がっていた化物がむくりと起き上って、ボイスチェンジャーで変えた男の低い声のような奇妙な声音でしゃべり始めた。
「誰か許可していないやつがここにいるんだけどぉ。どういうことだぁい?」
「──ひっ。おおおま、お待ちください! そんなはずは──」
「ワタシの言葉が信じられないとでもぉ? ずぅいぶん、偉くなったんだねぇ? オマエもさぁあ!」
「滅相もございません! おいっ、貴様ら! 誰を入れた! 直ぐに言わねば家畜に落とすぞ!」
「わ、私たちは生贄を連れてきただけで──」
「それにそんなものが何処にいると言うのですか! 私たちは無実です!」
「だが邪神様は現にこうおっしゃって──」
階段の上で化物の近くにいた信者の長と、生贄を連れてきた6人の上級信者たちが口論を始めだす。
「うるさぁいんだよぉっ! そこにいるだろ! 薄汚い不信心者がさぁっ!!」
苛立たしげに牛のような前足と馬のような後ろ足をガンガンと叩き付けるように歩き階段天辺の隅にまで顔を出すと、その醜い豚のような顔の口からミミズのような舌を出し、的確に竜郎達のいる場所を指示した。
だが信者達には認識阻害のせいで誰かがいるように認識できず、訝しげに虚空を見つめるだけだった。
「何故あいつに解ったんだ? タツロウの認識阻害の魔法はかかっているだろう?」
「ああ、そのはずだ。それにあの化物は結構強いが、それでも俺の魔法に抵抗できるほどじゃないはずだが……」
「恐らくこの空間でしょうね。あれの能力で空間を捻じ曲げ隠し部屋を作ったのであれば、どんなに隠そうとも中身を把握することが出来るのでしょう」
「そう言う事か。んじゃま、すっきりした所で──」
「なっ、ほんとにいたぞ!」
「いつのまにっ!?」
竜郎たちが一斉に認識阻害を切ると、信者たちの目にもようやく捕えることが出来、訳も解らず騒ぎ始めるが、そちらは無視して化物に目を向ける。
「薄汚いとは言ってくれるな、邪神を騙る化物が。
そんな醜い姿になるくらいなら、復活しない方がマシだったんじゃないのか?」
「なんっ────────お前ぇ……?」
「あの……邪神様? どうなされたのですか?」
竜郎の姿を見た途端、生前の自分を殺した少年とダブって見えた。
ダブって見えたと言うか本人そのものなのだが、化物にとっては数万と言う年月が経っているのだから繋げられるはずも無ければ、残留思念が持っていた記憶なぞ体を持ってから薄れていってしまっているので、当人だと思えるはずもない。
けれどもっと奥底の本能が、竜郎を見た瞬間に警鐘を鳴らす。
あれは危険。直ぐに排除しろと訴えかけてくる。
「ぉせ……」
「は?」
「そいつらを殺せぇええええええええええええ!!」
化物の言葉に疑問を持つことなく、竜郎達の周囲にいた信者や生贄になろうとしていた者達たちまでもが全員特攻してきた。
たとえ自分が死んでも殺してやると言わんばかりに目を血走らせて。
「邪魔だ」
「「「「「──ぐぎゃっ」」」」」
けれど竜郎が放った雷の放射攻撃によって、一瞬で意識を失い地面にバタバタと倒れていく。
普通なら数人に対して最上級信者がひしめく邪神教の戦力は、過剰とも言えるはずだった。
なのに、そのあんまりな結果に化物とその横で見ていた邪神教の長は唖然としていた。
その間に竜郎は天照の竜念動で気絶した信者たちを持ち上げ、隅っこの方に圧死しない程度に積み上げてどかしていく。
「こっちとしては関わりたくもなかったが、お前自身が世界力を集める中心点になっているからそうもいかない。ここでお前を破壊させてもらうぞ」
「お、お前もいけぇ!」
「はっ!」
信者の長──名をペネウスという男が、3階くらいある高さの階段の上から飛び降りて、竜郎たちの前にやってくる。
あれだけ一方的に信者たちがやられたのによく来られるなと思いながら精霊眼で観察してみれば、なるほど流石は長だ。
誰よりも邪神の恩恵を受けて、この者1人だけがレベル140程度の人間とも渡り合えるほどに強化されていた。
この世界なら、もっと強い人間は探せば結構いるが、それでも一般兵が束になったところで相手にもならないだろう。
それだけの力を他者に与えられる辺り、邪神の脅威はしゃれにならないなと改めて思い知らされた。
「チェーーーーーイッ!!」
ペネウスは漆黒の邪神に所縁がありそうな何かで作ったらしい双剣を手にして、見事に洗練された動きで一番前にいた竜郎の首を切り裂こうとしつつ、もう一本の剣を振り回し周囲に牽制しようとした……のだが。
「ぱーんちっす!」
アテナが一瞬で真横に回り込んで拳を突き出した。
「──ぅぼっ」
「とーさんに汚い物で触ろうとしないでほしいっす」
「全くですの」
「ピュィーーー」「ヒヒーーン」「「────」」
「ぐぅ……いったい何が……」
「あれで気絶しないなんて、どんだけ魔改造されてんのって感じだねぇ」
「魔改造て……まあ、ある意味正しいか」
手加減したとはいえ世界でも上位に位置する竜の拳をくらって、意識を保ったまま立ち上がれることに感心していると、今度は双剣に邪気を纏って斬撃を飛ばして攻撃してこようとした。
「しばらく凍って頭を冷やしなさい」
「────」
だがレーラに氷結させられ、身動きも出来ずに生きた彫像となった。
「うぇ……目だけぎょろぎょろ動いてて気持ち悪ーい……」
「確かに夜あれが突然出てきたら、かなり怖そうですね姉さん……」
「それじゃあ、こいつは一番隅で後ろを向けて置いとくか」
「あ、兄さん。その双剣は貰っておいてくださいね」
「ちゃっかりしてんなぁ」
リアの要望に応えるために凍った腕ごと剣をもぎ取ると、腕だけはもう一度くっつけて目的の物だけ回収した。
それからもう用はないとばかりに信者が積み上げられている場所の隅の方に、目が見えないよう後ろを向けて置いておいた。
それを見届けたイシュタルは、後ずさってこちらを警戒したまま動かない化物に睨みを利かせながら口を開く。
「それで邪神とやら。次は何をするつもりなんだ? もう信者もいない様だが今度は、お前自身が来るのか?」
「ぐぅ──」
「なら早く来るといいですの。こちらは他にもやる事があるのですから、手間をかけさせないでほしいですの」
「ぁんで……──────」
奈々がまったく困った奴だと言わんばかりに肩をすくめると、小さく化物が何かを口にした。
だが元々聞き取りづらい声音なので、何と言っているか解らなかった。
だが直ぐに怒り狂った化物が、大声でその言葉を叫んだので理解できた。
「なぁんで、なんで、なんっでぇえええええ!! なぁんで今なんだぁ?
あと少しだったんだぞぉ? ワタシがどれだけの時間を掛けて、ここまできたとおもってるぅぅぅううううっ!」
「それはご愁傷様だな。だが、まあ、ぶっちゃけ俺達には関係ないし、大人しく駆除されてくれ」
これに同情なんてしない。これが人間だとは思えない。
故に竜郎はハッキリと化物の言葉を切り捨てた。知ったこっちゃないと。
「ふざっけるっなぁあああああああああっ!!」
だがそれで納得できるわけもない。人が何度も生き死にを繰り返すほどの時間を掛けて、やっとただの残留思念と言う世界のごみから、魔王種にも匹敵する力を手に入れようとしているのだ。
それを今更なかった事にされるなど誰が我慢出来ようものか。
化物の体から濃密な邪気が噴出し始め、それが化物と同じフォルムとなって計30体もの不細工な人形が竜郎達に向かって突撃してくる。
その1体1体が、レベル180は有りそうなほど強かった。
さらに化物自身は階段の上から《大邪暗球》を雨の様に降らせてくる。
だが──。
「ヒヒーーーン!」
「──は?」
まさに一瞬。《成体化》したジャンヌの大量に聖気が纏われたハルバートの一振りで全部が消え去った。
力の差など初めから解っていたはずなのに、それが認められずにいた化物も、もう認めるしかない。
どうあがいた所で、ここにいる竜郎たち1人でさえも勝つことなど不可能だと言う事を。
そんな光景を竜郎は冷めた目で見つめながら邪神に言い放つ。
「で? もう終わりでいいよな? いい加減、上から見下ろしてないで降りてこい」
竜郎が闇と重力魔法で作った大きなブラックホールモドキを階段の中心部に転移させて、空間から抉り取るようにして立派な黒い階段が消えさり、重力に従って不細工な化物は高い場所から落ちていく。
どしゃっと鈍い音と共に着地し、どうすれば生き残れるかと必死に考え始める化物。
けれど既に竜郎たちに包囲されており逃げ場はなく、ただただ体を縮ませて身を守ろうとすることしかできない。
その間に竜郎はレベルイーターを当てて、さらに追い込みをかけていく。
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レベル:51
スキル:《呪縛強兵》《闇隠領域》《闇領域改造 Lv.9》
《岩吸修復 Lv.10》《邪物生成 Lv.10》
《精神伝播 Lv.6》《恐怖付与 Lv.14》
《看破 Lv.10》《影分身人形 Lv.16》
《扇動 Lv.8》《大邪暗球 Lv.11》
《説明術 Lv.3》《表情術 Lv.5》
《話術 Lv.4》《会計術 Lv.3》
《嘘術 Lv.8》
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(《説明術》に《表情術》? んでもって《話術》、《会計術》に《嘘術》って、何でこんなもん──ああ、モーリッツだった時のスキルなのかもしれないな。
にしてもだとすると《嘘術》のレベルが一番高い商人とか、一番信用できないな……。
このスキルの色はしっかりと覚えておこう)
そうして全部吸い終わると、改めて目の前の気味の悪い物体をどう処理すればいいのか考える。
何だか解らないが、とにかくこの時代までかなりの苦労をしてここまでやって来たのだと言うのは理解できた。
それだけの執着と精神の頑強さ故に、このままただ滅ぼすだけではまた何処かで返り咲いて誰かに迷惑をかけそうで恐い。
なので何かいい案はないかと考えていると、等級神から連絡が入った。
『うむ……。おそらくまた残留思念は残すじゃろうのう。
故に世界力を魔物として変換するときに、一緒に混ぜて消費して別物にしてから倒してしまえば、いけるのではないかと思うのじゃがどうじゃ?』
(えー、あれの残留思念の籠った魔物の素材は後で使いにくいんだが……。文字通り化けて出てきそうじゃないか。
他に方法がないって言うのなら、それでもいいんだが……何かないか?)
『我儘な奴じゃのー──と言いたいところじゃが、儂も気持ちは解る。
ならば2度手間になるが一度目では今まで通り強敵を作り大規模に溜まった世界力を消費し、そこで生まれた魔物を倒す。
それが終わったら、残した世界力を少しだけ使いながら残留思念も使った弱い魔物を生み出し、それを生まれた事すら気づく前に消滅させる。
これならば思念を残しようもないじゃろう』
(えーと、その残留思念を混ぜるってのは俺にできるのか? というか、先に残留思念を潰すのはダメなのか?)
『方角さえ解っていれば、後はそう念じながら発動すればスキルが選別して残留思念も混ぜてくれるじゃろう。そして方角は儂が指示するから間違いはない……のじゃが、最初にやってしまうと世界力が濃厚すぎて取り残しが出て来るやもしれぬから、その順番がおすすめじゃ』
(解った。それでもう1つ質問なんだが、自分で頼んでおいてなんだが神が1思念の為にそこまで干渉してもいいのか?)
『……今回ばかりは特別といったところじゃのう。
お主も解っておるとは思うが、こやつの精神力は異常じゃ。
まさか同じ人間に──厳密には同じではないが、2度も世界力に干渉してこられるとは思わなんだ。
故にここで放置して、また世界力をおかしな風に集められるとこちらも迷惑なのじゃよ。
神としてもきっちりここで始末をつけてほしい。ハッキリ言って邪魔じゃ!
儂が許す! 塵も残さず消し去るのじゃタツロウ!!』
(お、おう……。にしても神から見ても異常って……。
世界的にもヤベー奴だったんだな、こいつって……。ある意味スゲーな)
感心すればいいのやら、呆れればいいのやら解らずに、死んだ魚の様な目で竜郎は化物を見つめるのであった。




