第54話 準備
おっさんが机を押して隅に寄せて円形の木の的を用意してる間に、愛衣は下手な所に飛ばして周囲を破壊しないようにと念のためにその場で鞭を振り回して《鞭術 Lv.3》を取得しておいた。
その頃には、おっさんの準備も終わり、竜郎と共に愛衣の後ろにまで下がってきていた。
愛衣と的までの距離は五メートル弱。
今のままの鞭の長さでは、到底届かない距離である。
なので愛衣は、まず気力を纏って意識を集中する。
そしてグリップの位置まで気力を纏わせると、ワイヤーの内部に流さずに周りをコーティングするように気力を伝わせ先端にまで行き渡らせた。
それが終わると愛衣は鞭を持った右手を左の肩辺りにまで引き寄せると、地面と水平に飛んでいくように腕を伸ばして振り抜いた。
するとそれは真っ直ぐ飛んでいき、すぐに伸び切りそうになる。
しかしその瞬間に愛衣が気力をワイヤーに流し込むと、太いワイヤーが細くなっていき、そのかわりに長さが押し出されるようにして伸びていった。
そうしてパンッと乾いた音を響かせて、的の中央に穴を穿った。
《スキル 投擲 Lv.8 を取得しました。》
《スキル 鞭術 Lv.4 を取得しました。》
「おお、すげーな」「ホントに剣術家じゃなかったのかよ……」
「まだまだっ」
素直に感心する竜郎と、初手で鞭を器用に使いこなしている剣を使うはずの少女を唖然として見つめていた。
そして愛衣の方は、気分が乗ってきたのもあって直ぐに二撃目に入る。
今度は投擲のように真っ直ぐではなく、長く伸ばしたワイヤーをしならせながら的の天頂部分に振り下ろした。
またもやパンッと乾いた音を響かせ、真ん中に穴の開いていた木の板が綺麗に半分に割れていた。
《スキル 鞭術 Lv.5 を取得しました。》
「うんっ、これ便利かも!」
「おう、せやな……」
嬉々として鞭を振り回して割れた木片を細かく砕いていく彼女の姿に、竜郎は変な性癖に愛衣が目覚めてしまったらどうしようかと背筋をぞわぞわさせながら、そんな心配をしていた。
やがて《鞭術 Lv.7》まであがった頃。
愛衣も気が済んだのか、顔を高揚させながら竜郎のもとにやってきた。
竜郎は大丈夫だよな?と自分の今後に不安を抱えながらも、その鞭も購入することに決めた。
そうして他の種類の武器をいくつか選び、締めて一億三千三百万シスとなった。
その額が判明した時のおっさんは愛衣の特異性などどうでもよくなったらしく、目をお金に変えて下品な笑みを浮かべていた。
「じゃあ明日お金を持って、これらを引き取りに来るよ」
「だから、今選んだのは他の人に売っちゃ駄目だぞ!」
そう言い残して、下種い顔をしたおっさんを置いて帰ろうとした。
だがそれは、竜郎がおっさんに肩を掴まれて阻まれた。
「待ってくれ! 金は明日でいいから、もう持ってっていいぞ!」
「「は?」」
明日金を払うのだからその時でいいはずなのに何故こんなことを言いだしたのか、二人は首を傾げておっさんを見た。
「おいおい~、そんな不思議そうな顔をするなよぉ! 俺とお前らの仲じゃないの~。
だから~。お前らのことを信じてっから、先に渡してやろうとな! な!」
「…………その心は?」
「明日になって気が変わったら困るんだよお!
もうおじさんは人生計画の修正案を提出済みなの!」
「でも、それでお金を踏み倒されたらどうすんの?」
「そんときゃ、鞣した皮を商会ギルドに高値で買い取ってもらうのよお!
知ってるか? 黄金水晶のデフルスタルの毛皮なんて滅多に手に入らないのを。
だからアレッポッチの切れ端でも、取られた金額の大部分は取り戻せるって寸法さ!
ぐへへへへっ」
金に魂を売った醜いおっさんの姿が、そこにはあった。
「俺たちは、あんな風にならないようにしような」
「まったくね。さすがにぐへへはドン引き!」
「なんとでも言うがいい! 今の俺には何も効かん!
さあ、これを持っていけ! そして明日金を持ってきてくれ!」
その剣幕に持っていってしまおうかとも思ったが、お金を払わず持っていくとなると一時的にでもこのおっさんに借金するようなものである。
それは何とも据わりの悪い状況になってしまう。
二人はアイコンタクトで意思の疎通を図り、やはり今日は何も持たずに帰ることにした。
「いや、今日はこのまま帰らせてもらう」
「何故だああ! やはり気が変わって──」
「ないから! ちゃんと明日買いに来るから待ってなさいよ!」
「ホントだな! 嘘だったらおめえ…えーと──アレだぞ! アレしちゃうからな! 絶対だぞ!」
「「子供かっ」」
駄々っ子のように騒ぐ、推定三十代後半の男。
できることなら殴ってでも正気を取り戻させたいほどに酷い有様であるが、二人は殺してもゾンビとなって追いかけてきそうなおっさんの治療を諦め、うるさい声を背景にそそくさと鍛冶屋を出ていった。
「人間、ああなったら終りね。くわばら、くわばら」
「あれは宝くじが当たった後に、はしゃいで散財して人生終了させるパターンにしか思えないんだが」
「ああ……、まさにそれね……」
二人はもしかして買い物をすべきではなかったのかもしれないと、揃ってため息を吐いた。
おっさんのことは一度忘れて、今は自分たちが今夜いかに快適に過ごせるかを考えることにした。
快適な暮らしとは、衣食住が揃っていることだろう。そう考えた二人は、一番足りていない食を確保することにした。
この町でそれをしようとすると、やはりあの百貨店で何か買っていくのがいいと、すぐにそちらに向かう。
そうして辿り着けば早速とばかりに入り口を通り、一階食品売り場を見て回る。
すると料理のできない二人の強い味方、惣菜コーナーを発見した。
「すごいね、こんなに色々あったなんて知らなかった」
「正直、中世っぽい外見に惑わされていた気がする」
そんな感想もそこそこに二人は今夜食べたいものを色々見繕い、せっかくだからと今後のために調味料も色々買っておいた。
こうして竜郎たちは食を揃え終わり店を出ると、そのまま歩いて昼食をあの広場で取り、冒険者ギルドに行って昨日と同じような依頼を受けてから町の外へと飛び出した。
「よしっ、まずは魔物退治からだね」
「だな、イモムーとかだと楽でいいんだが。おっ、噂をすれば」
街から百メートルしか進んでいないのに、もうエンカウントしてきたイモムーからレベルを取ったがSP(3)しか貰えなかった。
それにもめげずに二人はひた歩き、最初のものを合わせてSP(14)まで稼いだ。
「イモムーは安全にSPが稼げる代わりに、実入りが少ないのがネックだな」
「そうだねー。でもその分、数はいるから取り放題でもあるけどね」
そんなイモムー事情を話し合っていると、またもや茂みから現れた。
二人は、さてまた《レベルイーター》をと思い近づいていくと、その後ろから細長く大きな手がにゅっと出てきてイモムーを掴みあげると、そのまま茂みの奥へと持っていってしまった。
「カルディナ。〈あっちに向けて探査魔法を使ってくれ〉」
「ピュイッ」
その光景に危機感を覚えながらカルディナを呼び出して先ほど腕が出てきた場所に、〈伝達〉して探査魔法を使ってもらう。
竜郎はカルディナの使う魔法に同期して、その情報を得ると、まだ奴はそこに潜んでいるのが解った。
「どう?」
「まだ、あそこにいるな」
「私たちを待ってるのかな?」
「だろうな」
どうやら素通りさせてくれそうには無いようで、それから五分待ってもその場から離れようとはしなかった。
「うーん、釣りでもしてみるか」
「釣り?」
「ああ。だから愛衣はそうだな、投擲用のナイフを持って出てきたらそいつを当ててくれ」
「ピイ?」
「カルディナは〈現状維持で、異変があったら知らせてくれ〉」
「ピュィー」
カルディナが返事をしながら言葉通りの行動をしだしたのを見て、竜郎は光魔法を使って光の塊を出す。
そうしたら形をイモムシ型に変えていき、それを操って地面に這わせて石畳の上を進ませていった。
そこまですれば竜郎の意図が解ったので、愛衣はいつでも投げられるように構えておいた。
やがて目標のポイントまでイモムシ型の光の塊を進めると、案の定大きな細長い手が飛び出してそれを掴もうとするが、ただの光の塊なのでスカッと通り抜けてしまう。
竜郎は引っかかった魔物を茂みから引きずりだすように、光イモムシを操ってそいつの正反対の方向に進ませる。
すると先ほど掴めなかったにもかかわらず、それを追って石畳の上までやってきた。
「はっ」
「あ"ーー?」
そいつは光イモムシに夢中で愛衣の攻撃に気付かず、左腕の肩と脇腹にナイフが二本突き刺さった。
そこでようやく思い出したように竜郎たちに視線を向けた。
「こいつ、痛くないのか?」
そう言う竜郎の視線の先には、二メートル弱のガリガリの体型。青の皮膚にとがった魔女鼻で、大きな耳をした人型の魔物だった。
それはナイフが二本刺さっているのにもかかわらず、ほとんどリアクションをせずにぼーとこちらを眺めていた。
「気味が悪いね」
「ああ、さっさと倒そう」
竜郎はまず《レベルイーター》を発動して、黒球を吹きだした。
そして、その射線上に誘導するように光イモムシを動かして挑発する。
すると馬鹿みたいにそれにのってきた魔物は、自分から黒球に当たりに行った。
--------------------------------
レベル:17
スキル:《引っ掻く Lv.5》《噛みつく Lv.4》《体術 Lv.2》
《無痛 Lv.3》
--------------------------------
(体術? 魔物のくせに人間のスキルが使えるのか。
あとは無痛……これはある意味恐いスキルだな)
--------------------------------
レベル:17
スキル:《引っ掻く Lv.0》《噛みつく Lv.0》《体術 Lv.0》
《無痛 Lv.0》
--------------------------------
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"ーーーーーー」
無痛スキルがLv.0になったせいで、ナイフが刺さった痛みで今更騒ぎ出した。
それは予想済みだったので、竜郎は冷静に指示を出していく。
「愛衣っ。普通のレベルはそのまま残しておいたから、止めをさして経験値にしてくれ。
それとカルディナは、〈他に魔物が来ないか見張っていてくれ〉」
「わかった」「ピィッ」
竜郎は愛衣が楽できるようにと、赤い光球を出して死なない程度に攻撃していく。
そうしてボロボロになって動きが止まった瞬間に、愛衣の槍が魔物の頭を貫いたのだった。




