第546話 イヤクグホ族の集落での話
邪物質を取り除かれた狂信者たちは、竜郎の魔法での拘束を解いても魂が抜けたかのように大人しくなっていた。
だが油断は禁物。どうせ死ぬのならと《レベルイーター》でレベルとスキルレベルも貰っておいた。
こうすることでイヤクグホ族の人達でも簡単に抑えられるようになるし、竜郎たちの利益にもなるのだから、やっておいて損はない。
そうして引きずるように8人を連れてイヤクグホ族の集落までやって来た竜郎、愛衣、天照、月読の4人。
そこは本当に部族の集落と言った感じで、泥を積み重ね土魔法で補強した壁に草木を編んだ屋根を乗せると言う原始的な家が並んでいた。
竜郎たちは一先ず集落の前で待っていてくれと言われたので、8人の狂信者を見張りながら時間を潰していると、あの助けた3人が6人のガタイのいい男と高齢の老人を伴って戻ってきた。
「この度は我が部族の民を救っていただき、ありがとうございます」
先の男達よりも流暢なイルファン大陸語を話し頭を下げる老人に、竜郎は「困った時はお互い様ですから」と当たり障りのない事を言って頭を上げて貰った。
「私はイヤクグホ族の長をしております、ギヤピィルエ・イヤクグホと申します」
「冒険者をやっている竜郎・波佐見です」
「同じく冒険者をやってる愛衣・八敷です」
「タツロウ様とアイ様でございますな」
「様付けは止めていただけると……」
「ふぉっふぉ、解りました。それではタツロウ殿。そちらの邪神教の者らを引き渡してくれると言うのは確かでしょうか?」
「はい。僕らではどうせ持て余すだけですし」
道中、狂信者たちに色々と呪魔法を含めて尋問もしてみたのだが、そもそも空想と現実がごっちゃになった独自の世界観をお持ちの様で、竜郎たちどころか部族の人達ですら何を言っているんだと理解に苦しんだ。
それでも何とか言葉を繋げて竜郎が纏めていき、たぶんこんな宗教なのだろうと言うのがこちら。
曰く、邪神の名前はナハム。
谷底より生まれし神ナハムは、先住民族たちの為にこの大地に降り見守ってくれていた。
けれど大陸の外よりやって来た野蛮な民に弑し奉られ、この大地より消える。
だがその復活を願い敬虔な信者たちが祈りを捧げ続けたために、人に弑され穢れてしまい邪神と化しながらも先住民のために復活しようとしてくれている。
そして復活した暁には外から来た蛮族達を虐殺し、我らにその大地をお与えになられるだろう。
とかなんとか。正直あたま大丈夫?と途中で言いたくなって来たが、ナハムという名前、谷底より生まれしという文言、先住民の神──それらの言葉を繋げてしまうと、どうしてもピアヤウセ族のナハムに結びついてしまうので何とも言えない。
それにこの者達は所詮末端の人間だったのか、邪神教のあらましの様な事しか知らず、あの邪物質についても敬虔な信徒に与えられる加護の証と言い、それ以上のことは知らない様だ。
また総本山と思われる邪神の御座と言われる場所があるとは言うものの、その位置に関しては全く知らない様子。
ここまで隠しているとなると、知っているのは邪神教の幹部クラスだけなのだろう。
──と。情報も引出し、もう竜郎たちにも用はないので差し出しても問題はない。
これまでしてきたことを考えると、処刑されてもおかしくないだけの罪を重ねてきたのだから、こちらがかける憐みの感情も無い。
「では、○○○! ○○○○○、○○○○、○○○。連れて行け!」
「「「「「「はい、長老」」」」」」
部族語で長が指示を出したので最初は聞き取れなかったが、最後の連れて行けで理解できるようになったらしい。
8人の邪神の力を失った黒ずくめ達はガタイのいい男達に手足を棒に縛り付けられ、豚の丸焼きのような形で担がれて奥へと運ばれていった。
一体この後どんな目にあうのか──それは竜郎たちの知る所ではないが、碌な目には遭わないだろう。
「それで、あなたがたはテテューと話がしたいとか」
「はい。僕らの知り合いのクリアエルフより、この大陸にいたピアヤウセ族という民について聞いたことがありまして、その部族について研究しているんです。
聞けばそのピアヤウセ族を祖に持つ方がいるというので、是非お話をと」
「おお、そう言う事でございますか。本人も我が部族の恩人となれば話をしてもいいと言っていました。
ですが、あの者はイルファン大陸語が話せません。なので通訳もお付けいたしましょう」
そう言ってくれたが、もうこの部族の言葉は覚えた。
それを示すように、竜郎は部族語に切り替えて長に断りを告げた。
「それはありがたいですが、部族語で話して貰ってもかまいません」
「おお、我らの言葉も話せるのですね」
「ええ、なので通訳は必要ありませんよ」
「のようですな」
長の老人はスキルで覚えたのだろうと察しながらも、それでも少し嬉しそうに笑いながらテテューの所まで自ら案内してくれた。
今年で16歳になるイヤクグホ族の少女テテューの家には魔道具の明かりは無く、蝋燭で室内を照らしていた。
木材を切っただけの椅子に促され、竜郎と愛衣は簡素な机を挟んでテテューと対面した。
軽くお互いの挨拶を済ませ、部族語が話せることに安堵したテテューとの会話が始まる。
「確かに私の祖先はピアヤウセ族と呼ばれる部族にいたと言う話を、亡くなった祖父に聞いたことがあります」
「お爺さんですか。ではご両親には?」
ここにはテテューと長老しかおらず、両親の姿は見えなかった。
なのでてっきり外に出ているのかと思っていたのだが……。
「両親は私が小さい頃に邪神教の奴らに殺されましたので聞けませんでした……。
その日は夫婦が良かったらしいので……」
「……これは失礼しました」
『やっぱりドクズだね。邪神教って』
『ああ、もし俺達の目的にも関わっていたのなら徹底的に潰してやる』
「いえ、もう大丈夫ですから気にしないでください」
大丈夫だと自分に言い聞かせているようだったので、これ以上そこに触れずに話を進めていく。
「それであなたの知っているピアヤウセ族について聞かせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「はい。もちろんです。我らが同胞を助け、邪神教の奴らを捕えてくださった貴方がたが望むのなら、いくらでも」
そうしてテテューは祖父から聞いた限りのピアヤウセ族について教えてくれた。
曰く、既に数万年前に亜獣人達の手によって滅んでいて、当時のピアヤウセ族は多くの死傷者を出しながらも全滅することなくバラバラとなって終わりを告げた。
テテューの祖先は当時ピアヤウセでは1の戦士として長の近くにいたらしい。
長とその一族を逃がすために戦って、死にかけた所を他の部族に拾われ生き延びたんだとか。
その後の長とその一族達の行き先は知らないと言う。
そんなテテューの祖先には自慢があった。それは長の一族に一番信頼され、誰よりも近い所で仕えていたと言う事だ。
何故なら、その長の祖先にはナトゥンカと言う英雄がいたから。
ナトゥンカは恐ろしい悪魔を命を懸けて屠り、ピアヤウセでは滅びる最後まで守護神として崇められていた伝説の人であり、そんな英雄の血が色濃く流れている長に仕えていたというのが自慢でならなかったようだ。
『確かナハムの本名がナトゥンカハムプファだったから、時間と共にナトゥンカになってしまったのかもしれないな』
『それじゃあ、この子の祖先がピアヤウセってのも現実味を帯びてきたね』
また他のピアヤウセ族も自分たちの部族にはそんな凄い人がいたんだと、誇りを持っていたらしい。
なので他部族に流れた人間がテテューの祖先のように、ナハムの伝説を語り継いでいった者もいるだろう。
『ここからは俺の仮説だが、その伝説が捻じ曲がっていき邪神としてのナハムが誕生したんじゃないかと思ってる』
『数万年前の出来事じゃ、伝言ゲームよりも珍妙な変わり方をしてもおかしくないしね。
そう言う意味ではテテューさんのお爺さんは、近い所にいた人の祖先だからわりと正確に伝わったのかもしれないね』
そんな考察をしながらテテューの話を最後まで聞き終わった。
ナハムの伝説についても語って貰ったが、結構そのままだったことに竜郎たちは驚かされた。
そしてまた口伝だけでもナトゥンカ伝説の情報がそこまで残っているのなら、邪神教のナハム伝説もまた捻じ曲がった解釈によって生み出された別の伝説である可能性が高いだろう。
「テテューさん。実は僕らの仲間にはクリアエルフの女性がいるのですが──」
「神の御子のお仲間なんですか!? 凄いですね!」
「ええ。で、ですね。その彼女は実際にそのナトゥンカという英雄にあった事があるようでして、その正確な当時の出来事も教えて貰っていたんです」
「それは凄い! 私も是非お聞かせ頂きたいです! ……あれ? ではなぜ私に話を聞きに来たのですか?」
「今現在の人達にどのようにして語り継がれているのか知りたかったからです」
「はぁ。そうなんですね」
生きるために必要なく、自分の祖先でもない部族の昔話にそこまで興味を持つことが彼女には理解できなかったようだが、それでも大事な客人だからと話を合わせて頷いてくれたようだ。
「で、ですね。彼女が言うには、あなたの言うナトゥンカと呼ばれている英雄の本当の名は、ナトゥンカハムプファ・ピアヤウセ。
そして彼は他の人々からこういう愛称で呼ばれていたそうです──ナハムと」
「──え? ちょっと待ってください。ナハムと言ったら……」
「ええ、邪神教の連中の言っている神の名前です。
ですから僕らは、あなたの言う英雄ナトゥンカと邪神教がのたまう邪神ナハムは同じ人物ではないかと思っています」
「ま、まってくだされっタツロウ殿。それではテテューの祖先がいた部族は邪神の──」
「でたらめです!!」
長老が動揺した様子で最後まで言葉を口にする前に、テテューが目に涙をため叫んで止めた。
それに竜郎は手を前に突き出して、生魔法を放ち落ち着かせていった。
「落ち着いて下さい。言いかたが悪かったです。僕らが聞いたナトゥンカハムプファという人物は、邪神などではありません。
谷底の悪魔と呼ばれた醜悪な悪魔を命を懸けて殺した、まごう事なき英雄です」
「そう……なの……ですか?」
「ええ。邪神教の奴らは良く解らない邪神とやらと、聞きかじったナハムという人物の伝説をどこかで勘違いしてくっつけただけではないかと考えています。
いわば奴らの教義はでたらめです。邪神がいたとしても、それはナハムではない別の何かでしょう」
それから今度は、こちらが正確なナトゥンカハムプファ・ピアヤウセについての表の情報を彼女に聞かせていった。
せめてナハムの愛した部族の末裔には、ちゃんと彼の事を知っておいてほしかったから。
邪神と関わりがある一族なのかと不安そうな顔をしていた長老も、その語りの最後には胸を熱くし感動して涙まで流していた。
儂の息子もそんな長になって貰いたいものじゃ! 今から名前を変えてやるか? などと言っていたのには竜郎や愛衣、テテューでさえも笑ってしまった。
「では私は、私の祖先がいた部族の事を誇っても良いのですね。タツロウさん?」
「ええ、もちろんです。彼女曰く、本当に部族思いの立派な人物だったそうですよ」
最後のその言葉に、テテューはこれからもそんな英雄が率いた部族の血が流れているのだと胸に刻みつけた。
そしていつか自分の子が生まれたら今の話をその子にも話してあげようと、両親の死別を実はまだ引きずっていた彼女も、未来に目を向け始めたのだった。
「では、長々と失礼しました」
「たいしたもてなしもできませんで申し訳ない」
「いえ、僕らにとって大事な事が聞けただけで満足ですよ」
「またいつでも来て下され。我々は、いつでも歓迎いたしますぞ」
「はい。機会があればぜひ。では──」
テテューの話を聞き満足した竜郎たちは皆にこの話をすべく、引き止められながらも集落を後にする。
後方から捕えた邪神教の信者たちの悲鳴らしき声が聞こえてきたが、無視して足早に去っていった。
「ってな事があったんだが、どう思う?」
「十中八九そいつらが世界力溜まりを発生させてるっぽいっすね」
「それに私たちの方も邪神教が他の者を襲ってるのを助けて情報を聞いたが、タツロウ達と似たような感じだった。
最近になって妙に活発になっていると言う事からも間違いないだろう」
「となると邪神教の総本山──邪神の御座だったかしら? そこを見つけたいわね。それらしい所を見つけた人はいる?」
レーラが他の面々に視線を向けていくが誰も首を縦に振らない。
今回竜郎たちが得た収穫は邪神教の下っ端を捕獲し、そいつらが持っている情報と先住民たちの情報を得たくらい。
総本山の場所も世界力溜まりの場所も、未だ誰も掴んでいなかった。
「私達が時間を掛けてまんべんなく探しているのに、それらしい場所も見つかっていないとすると、何かしら隠れるスキル──もしくはアイテムの類を使っているのかもしれませんね」
「それは厄介ですの……。けれど下っ端が捕えた生贄を邪神に捧げると言っているのなら、その場所を知っている者は必ず表に出てきているはずですの」
「だな。となると、それっぽい奴を探して尾行するってのが手っ取り早いか。
それじゃあ、またそれぞれの組に分かれて、今度は邪神教の下っ端に接触する信者を探していくって事でいいか?」
誰からも反対意見は出ないようだったので、竜郎達は先と同じようにチームに分かれて、今度は邪神教の信者探しのために散っていったのであった。




