第541話 朗報
「それで今度は何するの?」
「今度はこれだ!」
そうして竜郎が出したのは、ペガサスの魔卵だった。
「なんでペガサスにしたの?」
「基本12属性以外の変換をやってみたかったのと、複製を使わなくても複数所持している魔卵だからってのが大きいな。
あとは聖なるペガサスじゃなくて、邪なるペガサスとかちょっと見てみたくないか?」
「おー! ブラックペガサスだね! みたいかも!」
わくわく、と口に出しそうなほどに目をらんらんと輝かせる愛衣を見て、竜郎は微笑みながら自分の選択は間違っていなかったと再認識した。
まあ、ようするに愛衣が好きそうだから選んだ、という理由も強いのだ。
さっそくペガサスの白い魔卵を置いてスキルを起動してみれば、それは直ぐに液状化してキラキラとした神聖な光の渦が出来あがった。
さて今回のペガサスは12属性に分類するならば光属性になるのだが、もっと厳密に言えば聖属性の魔物である。
そして、その逆と言えば邪属性。竜郎は闇の魔力を生成しながら邪力に変換していき、それを渦の中へと注ぎ込んでいく。
神聖な光を放っていた渦は邪属性に染め直されていき、その色も黒く邪悪な光を放つ渦に変わっていく。
完全に色が邪色に染まり、これ以上魔力を受け入れなくなったら、スキルを切って固形化させる。
するとそこにはさっきまで美しく白い魔卵だったのが、光を吸い込みそみそうな闇色の魔卵へと変貌を遂げた。
さっそく《強化改造牧場》に入れて、シミュレーターでその姿を確認してみる。
「おー。なんか、めっさ攻撃的な見た目になったね」
「草食から肉食になってんな、これ」
そこに映し出されたのは、純白のペガサスから漆黒のペガサスに色が塗り替わり、平たい草食動物の歯はライオンのような肉食動物の歯に変化。
目付きも鋭くなり、滑らかな銀の鬣は黒金色で荒々しく逆立っていた。
大きさはこちらの方が一回り程小さいようだが、純粋な戦闘の力はこちらの方が高そうだ。
さっそくスキルを弄ってから神力を少しだけ注ぎ込んで孵化させてみた。
「ヒヒーン!」
「あれ? 神力入れたら、随分と小さくなったな」
「ほんとだ。見た目はちょっと怖いけど、これなら可愛い……かも?」
神力をいれると巨大化する事はあっても小さくなることは無かったのだが、この黒いペガサスは小さくなっていた。
普通のペガサスの時は地面から頭の天頂部まで3メートルほどの高さがあった。
さらに邪ペガサスを神力なしでシミュレートした時は2.7メートル程だった。
だが目の前の馬は地面から頭の天頂部まででも1メートルない。とはいえ大型犬くらいはあるので、犬であったのなら大きい方だ。
背中に乗れるとしたら、《成体化》奈々やリアなどのちびっ子組しかダメだろう。よしんば大人が乗れたとしても絵面が悪すぎる。
けれど口が閉じても剥き出しの鋭い犬歯。小さくても力強く整った美しい筋肉。弱い魔物なら一睨みで追い払えそうな凶悪な目。
公園にこの馬がいても、乗りたいどころか誰も近付こうとすら思わないだろう。
「ヒヒン!」
「──おっと。何だお前、見た目に反して甘えん坊なのか?」
それがテイム契約を結んでいるからなのかは定かではないが、大型犬くらいある巨体で竜郎に飛びついてきた。
それも、システムがインストールされてなかったらひっくり返っていただろう威力で。
けれどそれをしっかりと受け止めて、竜郎はどうどうと抱きしめて背中を撫でてあげる。
伝わってくる感情は喜び──だったのだが、近くで見るとより一層迫力のある顔だと思ったのは竜郎と愛衣だけの秘密だ。
「うーん。これだけなつっこい子だと、もう一体くらい仲間がいた方が嬉しいかもしれないね」
「たぶん性質が真逆だから、ペガサスの方の小屋にも入れないだろうしなぁ」
聖気をバンバン放射しているジャンヌの眷属でもある金軍鶏たちのいる鶏舎と隣接しているペガサスの小屋の近くに奈々が行きたがらない様に、この邪ペガサスも近寄りたくはないだろう。またペガサスたちも近づきたくはないだろう。
だがそうすると離れた小屋に、この子一人ぼっちになってしまう。
それは可哀そうだと言う事で、竜郎は所持しているペガサスの魔卵から男女比2対2になるように調整してから邪ペガサスをもう3体。
神力を注いでいない2.7メートルサイズの邪ペガサスも同様の比率で生み出し、城内にいた月読に頼んで竜水晶で小屋を作ってあげた。これでもう寂しくないだろう。
ちなみに余談だが、後にこの邪ペガサス達を知った奈々は大層ご機嫌になり、足しげく邪ペガサスに触りにくるようになった。
そしてしばしば小さい方の邪ペガサスを乗り回している姿を見るようになる。
とりあえず今日の属性変換の実験はこれくらいでいいかと、邪ペガサスたちの馬小屋を作り終え、さてそれじゃあニーナやヴィータ達とでも遊ぼうかと思い2人仲良く手を繋いで砂浜を目指して歩き出した。
『今、ちょっといいかい? タツロウ君』
すると、竜郎の脳内にとある神から連絡が入りピタリと足を止めた。
「どったの? たつろー?」
竜郎が足を止めたため、手を繋いでいる愛衣も自然と止まって彼の顔を覗き込んだ。
「魔神から連絡が来た。たぶん、複製ポイントの件だと思う」
「おー。それじゃあ、しばらく黙っておくね」
竜郎は手を繋いでいた愛衣を引き寄せ抱きしめると、後頭部にちゅっとキスしてから頭を撫でながら魔神の話を聞いていく体勢を取った。
(ああ、大丈夫だよ魔神。それで急に連絡を入れてきたって事は、例の件の話が付いたって事でいいのか?)
『ああ、そうだよ。遅くなってすまなかったね。
最初の方はとんとん拍子に話が進んでいたんだけれど、最後のほうで色々と手間取ってしまったんだ』
(いや、早く欲しかったのは事実だが、そっちも忙しいだろうし、このくらい気にならないよ。
それで──どうなったんだ?)
『はははっ。そう言う割には気になっているようだね。
それじゃあ結論から言うと──物質神と交渉した結果、無事許可が下りたよ』
(おおっ! ありがとう! 魔神!)
『なんのなんの。いや、交換倍率を決めるのに思いのほか時間がかかってしまったよ』
(へー。それで倍率はどんな感じになったんだ? まさかSP100で1ポイントとか?)
『あ~そんな話もあったね。けれどそうなると神全体のスキルポイントの供給率が、かなり偏ってしまうから自重したんだよ。
だから結局初心に帰って、1レベル上昇ごとの値でもあるスキルポイント3に対して、複製ポイント1という風に決まったんだ。
それにタツロウ君たちなら悪用もしないだろうってのも、大幅な値下げに繋がったかな』
(お~安い! その辺のイモムーでも稼げそうじゃないか。
まあ、うちの領地内にはイモムーはいないけど)
『その代わりって訳じゃあないけれど、取得するための消費スキルポイントは、ちょっと高めになってるけど別にいいよね?』
(ああ、ちょっとなら大丈夫だ。レベルアップで稼いだり、魔物で稼いだりもしてるしな。
……さすがに100万ポイント! とかは言わないよな?)
『はははっ、言わないよ。ちゃんと今のタツロウ君でも取れるから安心してよ』
(ほっ。ならよかった。いやあ、なんにしても助かったよ。これで色々と節制しないで済む)
『うん。私たちも君たちの事が気に入っているんだ。
だから残り少ない試練をちゃんと生きて乗り切れるよう、それで万全を期してほしい。
それじゃあ、今私が話せるのはこれ位だけれど、他に聞きたい事はあるかい?』
(いや、今のところは大丈夫だ。
改めて、色々とこちらの為に手を回してくれてありがとう、魔神)
『どういたしまして。もう大丈夫なようだし、私は私の仕事に戻ることにするよ。
それじゃあ、また──』
(ああ、また──)
そうして魔神との交信が終わった。
今の話をさっそく愛衣へと話すと「やったじゃーん!」と熱い抱擁を交わしてくれた。
するとずっと近くにいたニーナやヴィータも私は?僕は?と言った目を向けて来るので、二人でそちらにもぎゅーっとハグした。
ちなみに魔王カバの魔卵から生み出したヒポ子は、邪ペガサスたちの小屋を作る時に《強化改造牧場》内に送っておいたのでここにはいない。
ひとしきりスキンシップを取り終わると、さっそく竜郎は件のスキルを取得すべくシステムを立ち上げる。
「おっ、これだな。《能力点変換【複製点】》。消費SPは(1000)か。思ったより安かったな」
「今たつろーって何ポイント持ってるの?」
「今は(9561)SPだな」
「結構使ってるイメージあったけど、全然残ってんね」
「まあな。最近大量のSP持ちと何度も戦ってるし、ダンジョンに入ってちょいちょい補給したりもしてたしな」
「そういえば、そうだっけ」
1000ポイントなら、この世界に来たばかりの頃ならとんでもなく高く思えただろうが、今の竜郎ならば頑張れば数日で稼げる数値だ。
なにせ管理者特権としてダンジョンにいる魔物の情報は、全階層知り尽くしている。
なので階層ごとにSPが美味しい魔物を集中的に狩ればいいのだ。
これくらいなら安いもんだと竜郎は《能力点変換【複製点】》を取得した。
「それじゃあ、とりあえず(3000)使って複製ポイントを1000増やしておくか」
「いきなり豪快に使うねぇ」
「まーこればっかりは、いくらあっても消費するだろうからな。
複製ポイントの関係でリアが控えていた実験なんかもやらせてあげたいし、ダンジョンっていう補給基地もある。
それにそれだけ使ってもまだ(5561)SPは残ってるし大丈夫だろ」
《竜族創造》でも必要なSPが5千だったことを考えれば、それだけあれば武術系スキルでもない限り突発的に○○が欲しい!──となっても大概は取得できるだろう。
「ということで変換っと。よし、これで現在複製ポイントは1057。だいぶ余裕が出来たな。
これなら俺の方ももっと積極的に創造ができそうだ。色々と考えておくかな」
「うんうん、ならさ。今からダンジョン行ってもっと稼いでこない?
リアちゃん達が忙しい今SPを稼いどけば、もっともっとじゃんじゃん使える様になるでしょ?」
「そうだな。時間がある時にコツコツ稼いでおいた方がいいか」
ということで竜郎と愛衣はダンジョンの入り口まで引き返し、その日は夕食の時間までSP稼ぎに励んだ。
それから3日後。竜郎と愛衣はその間に効率重視でSP稼ぎを行った為、現在の竜郎のSPは(6294)まで増えていた。
そして本日、また創造実験をやることとなった。リアも今日は気分転換もかねてこちらに来ている。
また新しい竜郎の眷属が増えることになるので、豆太にべったりの天使と悪魔の彩人&彩花、天使のウリエルに聖人竜のアーサー、魔生妖精のフローラもこちらに来て弟、もしくは妹の誕生を心待ちにしているようだ。
ヴィータは我関せずとウロチョロしていたが、最近お姉さんぶり始めたニーナに大人しくしろと尻尾でつかまれ暴れている。
「よしそれじゃあ、さっそくやっていこう。
まず最初の素材リストは、ルトレーテ様の光の宝珠と水の宝珠による《魔生族創造》。
それに妖精魔王の妖精脳と妖精心臓による《妖精族創造》。
さらに偽神種とかいう巨人ミイラの骨を使っての《怪人族創造》。
これらを全部、共有化で最大限まで重ねて創造してみたいと思ってる」
「フローラちゃんの時みたいにぃー、妖精樹の種とかは使わないんですかぁ?」
「ああ、そっちはもうやったしな。今度は宝珠だけだとどういう風になるのか見てみたい。ちょうど光属性の宝珠も使ってみたかったし」
フローラの質問に答えながら、竜郎は今言った素材を砂浜の上に敷いたシートの上に乗せていく。
全部乗せ終ると、カルディナ達魔力体生物組に集まって貰い《親子能力共有》で最大限まで重ねて発動していく。
今回はフローラの時以上に神竜魔力を十分に練っておいたので、ギリギリのラインを渡る必要も無く順調に素材が混ざり合っていき、新たな存在としてこの世に生を受けるべく形を変えていく。
そうして現れたのは──。
「マスターよ。我が力、存分に役立ててほしい」
「おおっ、なんか強そうな人だね」
「ですね、姉さん。身長もおっきいですし、なかなか──あれ?」
白色の長髪にややつり上がった青い瞳で、身長は195センチ程。
細身ながら筋肉もしっかりと付いており、20代後半くらいの見た目年齢をした白のドレスシャツに革のパンツを履いた男性。
アーサーを甘いマスクと例えるのなら、こちらは怜悧で涼しげな印象を抱く美丈夫といった所か。
背中には妖精の羽が付いているのが見えたが、それは身長相応に大きく、やはり純粋な妖精種ではないであろうことがうかがえた。
(この威風堂々とした立ち姿。ランスロットの名に相応しい人材かも知れないっ!)
そんな男がこちらに向かって優雅に握手を求めてきたので、竜郎も応じるように手を伸ばした──のだが、突如男が光に包まれ姿が見えなくなった。
何事だ!? と一瞬身構えたものの直ぐに光は消え、代わりに幼稚園児くらいの男の子が現れた。
白く長い髪にややつりあがった青い瞳。身長こそ比べ物にならないくらい小さいが、その整った容姿と格好は先ほどいた高身長の男性と瓜二つであった。
「ぬっ!? しまった~。あわわわわ……」
「えーと……君とさっきの男性は同一人物って事でいいのか?」
「いや、マスター! そうなのだが、そうでなくてっ。だからその~あの……──そう!
この小っちゃい我は仮の姿! そして、あのでっかい方が本当の姿なのだ!」
「ほうほう。じゃあ、さっきの姿に戻って貰えるかな?」
竜郎がにっこりと園児にしかみえない男の子に微笑みかけると、余計にあわわわしだして可愛いかった。
見ている皆もホッコリしている。
「え~と……ちょっと待ってほしい! あと10秒──いや5秒!」
「まあ、それくらいなら」
言われた通り5秒間、皆で黙って見守っていると再び光に包まれあの高身長の男性が現れた。
「ほら! これが我が真のすが──たぁああ!?」
だが直ぐにまた光に包まれ……ちびっ子に戻ってしまった。
幼児はまた、わわわとオロオロしていた。
「えーと、そのー、なんというかー、えー……」
「はぁ。もういいって。正直に答えてくれ。そっちが本当の君の姿と言う事でいいんだよな?」
「…………うむ。そうなのだ……」
「なんでそれを俺達に隠そうとしたんだ?」
竜郎はできるだけ優しく、その子に問いかけた。するとしゅんと俯いてしまう。
「だって……」
「だって?」
「弱そうではないか……。マスターに幻滅されたら悲しいではないか……」
そんな可愛らしい事情だったのかと思わず周りも微笑んでしまう。
竜郎は「ばかだなぁ」といいながら、その子の目線に合わせるようにしゃがんで頭に手を置き優しく撫でた。
「どんな姿だろうが幻滅なんてしないよ。この世界に来てから俺や愛衣だって何度も見た目で侮られたりもしたしな。
だから見た目がどうだって、俺は──俺達はけっして幻滅なんてしない。自分の姿に誇りを持ってほしい」
「そう……なのか? マスター?」
俯いていた幼児の顔が竜郎の顔をしっかりと見つめてくる。それに竜郎は大きく頷き返した。
「ああ、そうだ。だから、そんな君にランスロットの名を付けよう」
「ランスロット?」
「ああ、俺達の世界で有名な物語に出てくる、とてもとても強い騎士の名前だ。
君ならきっと、その名に負けないくらいの男になれると思うから、その名を付ける。
どうだ? 君は小さいからというだけで、その名に負けてしまいそうか?
そうだというのなら別の名前を──」
「──いや! 今日から我がランスロットだ!
マスター! 見ていてくれ! きっと──いや、絶対にその物語の騎士すら超える男になってみせるぞ!」
「そうか。期待しているぞ、ランスロット!」
「うむ!」
ランスロットはそう言いながら、満面の笑顔で竜郎を見つめ返したのであった。




