第536話 巨大な……
「まさかこのコートを作った人だったのか……。それならそうと言ってくれれば良かったのに」
「ふふっ、吃驚しましたか?」
「吃驚したよー! そっか、この時代だとそのトラウマッチョさんも生きてるんだねぇ」
「トラウゴットですの。おかーさま」
「ああ、そうそれそれ、トラウゴットさん」
「それ、ドワーフの前で言っちゃだめよ、アイちゃん。本気で怒られるから……」
「はーい!」
本当に解ってるのかしら? と頬に手を当てため息を吐くレーラ。
そんな光景に愛衣はいつも可愛いなあとアホな事を考えながら、竜郎は《完全探索マップ機能》を立ち上げ皆にも画面が見えるようにしてから、先ほど見つけた所を表示した。
「皆、ここを見てくれ」
「……でかいな、これは」
「本当にこんなものが、この廃鉱に埋まってるんすか?」
「《完全探索マップ機能》が間違っていなければ、そういうことなんだろうな」
そこに映し出されたのは、先ほど手に入れた星天鏡石など小さく見えるほどの、さらに巨大な星天鏡石の原石がある事を示す地図だった。
竜郎は星天鏡石を手に入れ、どんな鉱石なのかちゃんと自分で解魔法で調べて理解した後に、《完全探索マップ機能》の探索を使って、それと同じものがこの廃鉱内にないか調べてみたのだ。
するともう一か所だけ、とんでもなく大きな原石があるとマップに表示されたのだ。
「この機能で世界力溜まりも解ればいいのにね」
「この探索機能もスキル所持者がちゃんとどんなものなのか、どんな人なのか──なんかを理解してからじゃないと探せないからなぁ」
同じようでいて、けれどそれぞれ違う世界力溜まりを探すとなると、最低でも○○が原因で起こった世界力溜まり──くらいは知っていないと探せない。
なんでも探せそうであって、意外と不自由な点も多いのだ。
「一個目が不発だったところを見るに、これだけ異常にデカい星天鏡石があるとなると何かあるはずだ」
「自然現象だけでこんなに巨大化するとは考え辛いですからね」
「場所的にはさっき星天鏡石を見つけた所とは反対のようですの」
奈々が言った様に枝分かれして奥へと伸びる坑道を左右に分けるとすると、先ほど行ったのは右。目星を付けている所は左と表せるだろう。
今回の方がさらに奥深くまで行かなくてはならない様だが。
「んじゃあ、ちょっくら調べに行くとするか」
「おー」
もう一度探査魔法を放って調べ直し、今度はもう誰もいないことを確認すると全員で地図に従って坑道内を爆走する。
途中にいた魔物は撥ね飛ばすようにして消滅させていった。
あっという間に件の場所までやってくると、埋まっていると示されている方角に向けて杖を当て、カルディナと一緒に地中探査魔法を飛ばして現地調査を開始する。
「あー……? なんかやたらと強い寄鉱虫らしき反応があるな。それも特大の。
そいつがこれまた特大の7メートル級の星天鏡石の原石にべったりとくっ付いてる」
「その魔物も気になりますが、やっぱり本当にそんな巨大な原石があったんですね」
「とりあえず早くこの目で見てみたいわ。タツロウ君、頼めるかしら」
「ああ。だがなんか変わり種っぽい魔物もいるから、皆も念のため警戒はしておいてくれ」
邪魔コロのせいで精霊眼も視界が歪んで上手く見れないので、そちらで確かめる事も出来ない。なので詳しい事が知りたいなら直接観るに限る。
取りあえず警戒は怠らないようにしながら、ガリガリと岩壁を掘り起こしていく。
「「「「「ギャピィィイイーーーーーー」」」」」」
「んじゃこりゃっ!?」
完全に原石まで開通させると、こちらの光に反応して化物が一斉に気勢を上げて襲い掛かって来た。
大きさは体を伸ばせば10メートルはありそうだ。
体の表側は白く団扇のような形で平べったい。ちょうど持ち手が尻尾の部分と重なるので、体と尻尾だけで遠目に見ればまさに団扇だろう。
だがそんな体からはメデューサの髪の蛇のように、ウジャウジャと細長い単眼の虫が生えており、岩をも砕く四つの牙をそれぞれがガチガチと鳴らしていた。
そしてもっとも特徴的なのは背中側を覆う甲殻だろうか。
なんと裏面の甲殻が星天鏡石化していたのだ。そのため、並みの武器では甲殻に傷一つ付けられないだろう。
「見た目はアレだが、すげーレアものの予感がするんだが」
「「「「「ギャピィィーー」」」」」
「うーん。確かにレアですね。レベルは37とそんなに高くはないですが、兄さんの大好きな魔王種候補ですよ、あれ。基本ジッとしているだけなんでしょうね」
「「「「「ギャギィィーー!」」」」」
「まっじで!? テイム…………はレベル低いなら魔卵の素材にして、強化した上で見た目をかっこよくしておいた方がいいか」
「「「「「ギャ、ギャピィィ……」」」」」
「なんだかんだ言って、見た目って大事だからねぇ」
勢いよく飛び出して来たものの、魔王種候補であろうとも低レベルではお話にならない。
土魔法で作り闇で強度を増し捕縛魔法を混ぜ込んだ岩の鎖でがんじがらめにされて、一切の身動きを封じられてしまっていた。
最初は暴れまくっていたが最後には疲れたのか、ぐったりしていた。
「はーい。それじゃあ、スキルレベルをいただきますねーっと」
「なんだか、こちらがいじめているように見えてきたな……」
竜郎が赤ちゃんでもあやすかのような気安さで《レベルイーター》を発動し、スキルレベルを吸い取っていく様をイシュタルは何とも言えない表情で見守った。
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レベル:37
スキル:《寄生鉱石養殖》《寄生鉱石外殻生成》
《鉱石力吸 Lv.10》《削岩Lv.5》
《かみつく Lv.4》《隠密 Lv.7》
《触頭再生 Lv.2》《魔王の覇気 Lv.1》
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(こいつ、寄生した鉱石を養殖できるのか! こりゃあリアも喜びそうだな。
というか、もしかしなくてもこれだけアホみたいに星天鏡石がデカくなったのは、こいつのせい──というか、おかげだったんだろうな)
特に問題も無く全てのスキルレベルを貰うと、竜郎は闇と生魔法による回復とは真逆の事をして生命活動の全てを止めさせた。
これで体も臓器も無傷で素材としては完璧。レベル差があるからこその芸当だろう。
「兄さん。綺麗に殺したところを悪いのですが、ちょっとお腹の辺りを切り開いてもいいですか?」
「ああ、べつにいいぞ。複製も出来るし、そうじゃなくても最悪《復元魔法》で戻せるし」
ということで複製してから団扇のような形になっている平べったい体の腹部を切り裂きリアが中を調べていくと、体の中心部辺りから厚さ十センチ大きさ30センチほどのやや四角い鉱物の板のようなものが出てきた。
表面はドロドロとしていて、ちょっとだけ気持ちが悪い見た目だ。
「これはさっきの魔物が体内で生成していた星天鏡石の種みたいなものですかね。
これを元に生成しては口から吐いたドロドロの鉱石を塗って、自分の寄生する鉱物を育てる習性がある様です」
「やっぱりこいつが星天鏡石をあんなデカブツに変えたのか。あと、育て方は聞かなかった事にしよう」
魔物のゲ○(厳密には違うが)からできたと聞いてしまうと、ばっちい気がして竜郎は耳を塞いだ。
「ですね……。けれど、いずれは色々な鉱物を苗床にさせて混ぜたりして、新しい鉱物を作ったり──なんて実験も面白そうです」
それから7メートル級の星天鏡石を見に行くと、それはそれは濃厚な世界力溜まりが発生していた。やはり、こっちが正解だった様だ。
原因を詳しく調べてみると、どうやらあの魔王種候補の寄鉱虫の体内にあった星天鏡石の種から星天鏡石を作りだす時に特殊なエネルギー波が発生し、抱っこするように抱えていた星天鏡石と共鳴し合うらしい。
そうする事で寄生した鉱石と同じ鉱石を作るらしいのだが、その時に世界力が発生してしまうらしい。
そしてその量は元となった鉱物のランクと大きさに比例して大きくなっていく。
さらに本来なら分散していくはずの世界力が、邪魔コロに流れを乱され上手く分散しきらずに少しずつ堆積していき、こうなってしまった。というのが真相らしい。
「この魔王種候補の寄鉱虫のせいでこうなったって事か」
「それに星天鏡石クラスの鉱石でもなければ、ここまでにはなりませんでしたよ、きっと」
「まあ、こんだけ大っきな星天鏡石をくれたんだから、私らにとってはありがたくもあったんだけどねー」
愛衣の言う事ももっともである。
さっそく世界力を生み出す原因となっていた星天鏡石を土魔法で不純物を取り除きながら完全に掘り起し、愛衣と一緒に持って皆の前に置いてみる。
「おー。なんか寄鉱虫に養殖された奴の方が形も綺麗で見栄えするっすね~」
「抱えやすいように、形も丸くなだらかになるように作っていったんでしょうね」
形を言葉で言い表すのなら7メートル級の卵型。夜色の鉱石に小さく瞬く様々な色の光の粒が非常に美しかった。
天然物のゴツゴツした無骨さもいいが、こういった綺麗に整った形になると、その美しさもさらに引き立っているように感じた。
一通り鑑賞を楽しんだ後は、それを大事に収納した。これから、いろいろな事に使われる事だろう。
「さてと。それじゃあ世界力溜まりの処理に取り掛かろう」
竜郎のその一言で全員が改めて完全武装し、最初から全力を出せるように準備を始める。
それを横目に竜郎は、ここで戦うには狭すぎると坑道を拡張していく。
ここから世界力を持ったまま転移して広い所に行ければ早いが、さすがにこれだけのエネルギーを転移させるのは無理だろう。
やはり邪魔コロのせいで余計に魔力を消費していくが、愛衣が手を繋いでくれているので直ぐに回復していく。
出来るだけ頑丈に、それでいて広く──などと思いながらやっていくと戦闘にも十分な箱型空間を作り上げた。
さらにイシュタルの銀砂でコーティングして強度も足しておいた。
これで、ちょっとやそっとで壊れる事も無いだろう。
場を整え終ると、さっそく世界力溜まりをスキルを使って巻き取っていく。
「今回はいつにも増して多いな」
『その分、強敵になっておるから気を付けるのじゃぞ──と、そこでストップじゃ』
「まだ敵が強くなるのか。素材的にはありがたいが、俺達に倒せる程度にしてくれよ?」
『1対1じゃと確実に殺されるじゃろうが、これだけ徒党組んでおるのじゃから油断しなければいけるじゃろうて』
(了解。忠告感謝する)
今回ここに残しておく世界力を散らしながら、竜郎は等級神に礼を言って交信を切った。
杖を濃密な世界力で作られた黒渦から抜き去り、皆の元へ転移して十分な距離を取る。
黒渦は段々と膨らむ様に大きく魔物の形を取り始める。どうやら今回の魔物は大型の様だ。
そうして現れたのは──。
「でっかいカバ……さん?」
「ズモモ~~~~ン」
「変な鳴き声ですの……」
それは本来ある場所に1つずつ、額の辺りに4つ、計6つの緑の目を持つカバだった。しかも四足で立っているのに、高さは10メートル程と非常に大きい。
まるで欠伸をするかのように大きな口を開けて鳴く声は間の抜けた声音だが、その一口で《神体化》したジャンヌ以外は丸のみにできるだろう。
「皆さん! 正面、もしくは顔に向けて──」
「突っ込んでくるぞっ!」
リアが何かを言い切る前に、イシュタルの《分霊神器:予知竜眼》が数秒先の未来を教えてくれる。
その警告に従って取りあえず全員が散開すると、何の予備動作も無しに竜郎たちの元にカバの大口が突っ込んでいた。
その外見からは想像も出来ないスピードで、イシュタルの警告が無かったら何人か呑みこまれていたかもしれない。
硬く作っておいた部屋をプリンをスプーンですくったかのように容易く抉り、床と壁を食べてしまった。
「あいつは何でも食べて蓄え、攻撃や回復エネルギーに変換します!
顔の周りに攻撃はしないでください! どんな攻撃も吸いこんで食べちゃいますから!」
「となると正面からは攻撃できないっすね」
「あんだけデカい口なら攻撃を口の中にぶち込んでやろうかと思ってたんだが……厄介だな」
さらに全身物理魔法耐性付きの分厚い皮膚の鎧に覆われており、竜郎たちの一個人の攻撃では弾き返されてしまうだろう。
まさにパワー、耐久、スピード全て揃った超重量級のオールラウンダー。
「そうなるとダメージソースは、たつろーとカルディナちゃん達の合体攻撃とかかな」
「とりあえずそっちの方向で動いてみるか」
そう呟きながら竜郎は、のんびりと口をもごもごと動かし、ようやく竜郎たちの方へと意識を向け始めたカバを見つめるのであった。




