第52話 成長
竜郎は後から付け足しで、さらに上のレベルで生み出したものと同じ状態にする方法を一通り把握すると、愛衣と戯れているカルディナを呼んだ。
「愛衣ー、カルディナーちょっとこっちに来てくれー」
「わかったぴよー」
「ピピッ?」
何故か愛衣が腹話術でもするかのように、カルディナを顔の前に持って返事をし、首を傾げるカルディナを手にやってきた。
竜郎はそれに笑いながらも、愛衣からカルディナを受け取った。
「何をするの?」
「カルディナを飛べるようにしたい」
「ああ、この子って飛べるんだ」
「そりゃ、この見た目で飛べないってことは無いだろ……」
そうして二人の視線が注がれた当の本人は、無邪気にピッピと竜郎の手の上で飛び跳ねていた。確かにこのままでは飛べそうには無い。しかし、雛鳥と言ってもそのフォルムは、鷹や鷲に近い。これで飛べないというのは、詐欺だろう。
そう考えた竜郎は、飛べない原因は生み出した時の魔法のレベルが1だったことが影響してるのだと結論付けた。
「ということで、早速やってみたいんだが」
「だが?」
「昨日の感じで行くと、素の状態の俺だとまだ失敗するかもしれない。だから愛衣は俺に触っていてほしい」
「称号パワーで、ドーピングってことね」
それに竜郎が頷いた。
「この魔法の肝は魔法制御力なんだ。だからできるだけ今回は底上げしてやってみる」
「りょーかいっ。とうっ、合体!」
そう言って愛衣は座ると、股の間に床の上で胡坐をかいている竜郎を収めるようにして足を伸ばし、背中にへばりつく体勢を取った。
ちょっと背中を触ってもらうぐらいをイメージしていた竜郎は、ドギマギしながら生魔法で自分を落ち着かせてから、カルディナの強化に踏み出した。
本によると、今からやるのは古い体から中身を取り出して、新しい体に移し替えるという表現が一番近いらしい。
なのでまず初めにやるのは新しい体作りから。
今回は愛衣ドーピングを使うことを前提にし、竜郎は一気に光、闇魔法 Lv.4で昨日の混合魔法と同じ手順を取る。
「よし、できた」
「昨日よりもずっと早いね」
「ああ」
竜郎の想像通り、この状態でやると魔法 Lv.1でやった時よりも、むしろ早く正確に混合魔法で練り上げられた、昨日よりも大きい球体が出来上がった。
こんなことなら見栄を張らずに最初からこうしていればよかったと、少し後悔しながら竜郎は次の工程に移っていく。
「カルディナ、今からお前をこっちに移し替えるぞ」
「ピピッ!」
何をするのか伝わったのか、どこか気合の入った鳴き声をカルディナが上げると、竜郎の持つ球体に飛び込んでいった。
それに愛衣が「あっ」と声を上げるが、これが正しい工程なので竜郎は「大丈夫」と安心させてから、球体の中へと集中していく。
そうすると、カルディナの情報がLv.1の体に血管のように張り巡らされているを感じ取ることができ、それを慎重にはがしていく。
それが終わると、古い体を球体の外に追い出して、魔力を霧散させる。
次に、その情報をLv.4の魔力球体の内部に張り直していく。それを全部張り終わると、根を張るように球体内部全体に広がるように伸びていった。
そうしてようやく、カルディナの情報が完全に定着したのを確認した。
そうしたら、今度は情報の部分から、前の解魔法の因子を抜き出していき、解魔法 Lv.3相当のものを注ぎ込んでいく。それを球体が崩壊する寸前までやってから、上手く定着したのを確認して、形を取るようにカルディナに命じた。
すると球体から鳥の形に変形していき、やがて完全に形を成した。
「ピュイー」
「おおっ、なんか随分逞しい感じになったね」
竜郎の肩から顔を出した愛衣が、新たな進化を遂げたカルディナを見てそう言った。
竜郎もそれには同意見だった。頭の部分が白く、体が黒いという特徴はそのままに、大きさは三十センチほどまで大きくなり、少しボサッとしていた翼も均一に生えそろって立派な成鳥へと変化していた。しかし愛嬌のある、まあるい目は変わらず愛らしさを湛えていた。
「カルディナ、空を飛ぶことはできるか?」
「ピィ?」
「何を言ってるのか、解ってないみたいだよ」
「ああ、まだそこまでの知能はないのか」
「しょうがないよ、生後一日くらいしか経ってないんだから。じゃあ、ここは私がやってみよう。
ほーらカルディナちゃ~ん、ここをこうやってパタパターってしてみてー」
愛衣はカルディナの羽を両手で優しく持って、はばたくような動作をさせる。
最初は遊んでくれてると思ったのか、その場で飛び跳ねたり、ただ羽をバサバサ動かしていたが、根気よく愛衣が続けていくと、ようやく理解したようで、今までとは違う羽の動きを見せ始めた。
「おおっ」「飛んだ!」
「ピュィィィー!」
二人が手を叩いて喜ぶ姿に、カルディナは嬉しくなって狭い部屋の中を器用に飛び回った。
「これなら戦闘に出してもよさそうだな」
「でも、危なくない?」
「魔力体生物は主が死んだり、魔力供給を断ったりしない限り死んだりしないから平気なはずだ。
もちろん、だからといって無謀な特攻なんかはさせる気はないし、あくまで俺たちの補助をしてもらうだけだしな」
「そっか、それにしてもこう──可愛くないわけじゃないけど、前のロリっ子ボディが失われたのは痛いなぁ」
ロリっ子ボディって……と竜郎は思ったが、その気持ちが解らなくもない。
ということでカルディナを呼ぶ。すると、スーと宙から降り立って竜郎の前にやってきた。
竜郎はひとまずカルディナの頭をよしよしと右手で撫でて、その横で頭を突き出してきた愛衣の頭も左手で撫でて、カルディナに前の姿になるように魔力を込めた言葉で〈伝達〉した。
すると、カルディナの体が元の愛衣の言うロリっ子ボディになった。
「元に戻った! こんなこともできるの?」
「ああ、さすがに大きく形を変えるのは無理だが、これくらいならな」
「ピピッ」
ちなみに、先ほどの〈伝達〉は強制力はなく、意思疎通ができない魔力体生物にも、正確に自分の意思を伝える方法なのだそうだ。
そうして体が小さくなったことなどまるで気にしてはいないカルディナは、相変わらず二人に甘えてきていた。
そんな雛鳥形態を愛衣に十分満喫させた後には、成鳥の姿に戻して何がどこまでできるのか確認していった。
そんなことを愛衣としていると、解魔法の話になった。
「解魔法で魔法をキャンセルできるんだよね。ってことは、解魔法ってある意味最強じゃない?」
「ところがそうでもない」
「というと?」
「ああ、解魔法単体で打ち消せるのは魔物が使う無属性の魔法と、解魔法の逆の魔力の波みたいなものを持ってる火魔法のみなんだ」
「無属性の魔法ってのなんとなく解るけど、……逆の魔力の波って?」
身を以って受けた、どの属性にも当てはまらない魔法のことを無属性というのは、愛衣は体感で理解できたが、もう一つの初耳情報には首を傾げた。
「目に見える色の違いってのは、物体に反射した光の波長の違いっての知ってるよな」
「そう──だった……かな?」
「ああ……、まあそうなんだよ。んで、こっちの魔法にもそういう波長のような物があってだな。
俺も意識したことは無いが、魔力をその波長に合わせることで、その属性の魔法を顕現しているってことらしい」
「つまり、それぞれの属性魔法には決まった波長があると」
「そうだ。それでそれらには鏡写しのような、反対の波長を持つ属性がそれぞれに存在している」
そう言いながら竜郎は《アイテムボックス》から紙とペンを取りだして、この世界の曜日に当たる順に、属性を横に順に並べるようにして書き記していく。
それを愛衣が見ている前で属性の書かれたところだけを破いて、下記のように書かれた細長い表を作った。
闇、火、水、風、土、樹、雷、氷、生、呪、解、光
「これは、この世界の曜日に値する順番だよね?」
「ああ。それからこうすると、逆の波長を持つ属性の早見表ができる」
そう言うや否や属性の書かれた丁度半分の箇所、つまり樹と雷の間で破いてそれを上下反対にして以下のように下に置いた。
闇、火、水、風、土、樹
光、解、呪、生、氷、雷
「あっ、火魔法が解魔法の上にある。ってことは、この表の上下がそれぞれ反対の属性ってことなんだ」
「そういうことだな。この表に対する属性をピッタリ真逆の大きさの波長に調整して衝突させれば、その魔法は対消滅を起こす。
まあ、光と闇の場合は関係なく対消滅を起こすんだけどな。
んで、それ以外の対消滅をするには、まず解魔法で相手の魔法の波長を完璧に読み取って、それから解魔法で調整した逆の波長を当てる必要がある」
「えーと…………つまりとっても難しいなあ、ということ?」
まさに言いたいことはそうなのだが、竜郎はそのあまりの要約の仕方にガクッとなってしまった。
「…ああ、だからかなり格下じゃないと使えないだろう。
それに少し魔法のイメージを変えられたら、また解析しなおさなきゃいけないから、対人戦には向かないな」
「魔物ならいいんだ?」
「ああ、あいつらには知性が無いからな。スキルを使って決まった魔法しか使えない。
だから前に使った波長を覚えておけば、対策できるってわけだ」
「そういうことね」
愛衣の頭の中で、人間相手は大変。魔物相手は一回調べればできる。と単純な図式を組み上げて理解を示した。
「ということは、カルディナちゃんは魔物の魔法対策ってこと?」
「ああ、それと探査魔法を空から使うことができる斥候にもなれる。
だから俺たちは戦いに専念すればいいと、いいことづくめだろ」
「それはすごいね。でもそんなにすごいなら、皆無理してでも光と闇属性を覚えて、使い魔を作ればいいのに」
「それは──難しいだろうな。そのための膨大なSPを普通の人がどうや──あれ?」
「どしたん?」
竜郎は顔を強張らせ愛衣に返事をする余裕もなく、もっと最初に気付くべきことを今ようやく気付いた。
「なら、───この本を書いた奴はそれを成し遂げたってことだよな」
「───あっ」
そこで愛衣も気付いた。
この本に書かれていたことは、想像で補ったような曖昧な描写は一切なかった。
ちゃんと実践に基づいて、一番効率のいい方法が記されている。
それも全属性の因子の組み込み方まで全部。
「もしかして、この世界にも俺みたいな特異なSPを取得できる能力を持った奴が存在しているということか──」
「……そうだろうね。まあでも、あんまりメジャーな魔法じゃないみたいだし、そんな人がポコジャカいるわけじゃないんだから気にする必要もないんじゃない?」
「いや、それだけじゃない」
「え?」
そう言って竜郎は、この本に書かれた以下の冒頭の文章を愛衣に見せた。
この本を手に取った君は、相当数奇な運命に巡りあっているのだろう。
私はそんな君の運命を、より良い方向に向かう一助となるよう、この本を残す。
どうこの力を使うかは君次第だ。君の思うように活用してほしい。
しかし、愛衣はまだ解っていないらしく、首を傾げて終わる。
そこで竜郎は、自分の頭の中に浮かんだ可能性を提示した。
「この文の最初には相当数奇な運命に巡りあっているって書かれているが、それが解るってことは、この人も数奇な運命って奴に巡りあってる人なんじゃないか?」
「ん? つまり?」
「つまりこの人も、俺たちと同じ───異世界人なんじゃないか?」
「そうかなあ? かなり強引な理論だと思うけど」
「え? ああ……でも……まあ、そうか。言われれば、確かに強引か」
「そうだよー」
強引かと言われれば、確かにこじつけに近い推論だった。
けれども竜郎はどうしても、この人物が異世界人なのではないかという疑念が、いつまでも晴れることはなかったのだった。
 




