第520話 妖精樹の化身
「あっ、プリヘーリヤ様だ~」
「ほんとだ~なんでぇ?」
「とーくに行ってくる~っておかーさん言ってたよ?」
「みんな! そんなことより挨拶しなきゃだめだよー」
「あっ、そっか──せーの」
「「「「「プリヘーリヤ様、こんにちは~」」」」」
護衛の一人に連れてこられた5人のちびっ子妖精の男女は、プリヘーリヤに向かって元気よく挨拶をした。
それにプリヘーリヤは、まるで保母さんのような笑顔で手を振り返事を返した。
「はぁい、こんにちは~。ところでぇ、皆はどーやってここに来たのか、教えてくれるかしらぁ?」
「? ここってどこですか?」
そもそも「ここ」がどこなのかが解っていなかった。
そりゃあ、大人も状況を把握できてないんだから無理も無いと、護衛の一人が「ここ」は妖精郷から離れたずっと遠くなのだと教えてあげた。
「「「「「え~~!?」」」」」
「お外に出ちゃったの~! おか~さんに叱られちゃう!」
「どーしよぉ」
「ふふふ。安心してぇ、今回は私がお母さんたちに話しておいてあげるから、怒られることは無いわぁ」
「「「「「ほんと!?」」」」」
「ほんとよぉ。だからぁ~何があってここまで来たのか教えてくれないかしらぁ?」
「「「「「はーい!」」」」」
子供の妖精は特に純真無垢である。
だから妖精郷で産まれた子供達は、大人になるまで勝手に外界に出る事を禁止されている。
なので、そんな事をすれば親から大目玉をくらってしまう……のだが、今回は怒られることは無いと理解して、ハキハキと事のあらましを一生懸命説明してくれた。
それによれば、どうやらこちらの妖精樹がコーンコーンと音を鳴らし始めた頃あいに、妖精郷の妖精樹も同じような音を鳴らし始めたらしい。
なんだろう? と妖精たちは目を丸くしていると、妖精樹の化身である巨大ガメ──ルトレーテが子供たちを乗せたまま妖精樹に文字通り入り込んでいったのだそう。
するとルトレーテの体はこちらの妖精樹へと飛び出して、背中に乗せていた子供達ごとこちらにやって来てしまったらしい。
その話を妖精樹の根元にいたリアがこちらにやってきて聞くと、一つの仮説を立ててくれた。
「どうやら妖精郷の妖精樹と、こちらの妖精樹が互いに存在を感知して共鳴し、妖精樹同士を通して空間を繋げてしまったのだと思います」
「元となる力はお母様のモノだし、妖精樹の種も同じもの……そうなると、こういうこともあり得るのかもしれないわねぇ」
リアの仮説を聞いたエーゲリアも、その可能性が高いと判断したようだ。
「ということは妖精郷とここが繋がっちゃったってこと?
えーと……外と切り離した場所が欲しいからって作った場所なのに、ここと繋がっちゃたら不味くないかな?」
「間違ってここの強力な魔物が入っていってしまう可能性もゼロじゃないしな……」
「それは困るわぁ~、どうしましょ~。
妖精樹を切り落とせなんて不敬な事を私は言えないわよぉ」
「いえ、その点は安心してください」
おっとりしながらも珍しくあたふたしていたプリヘーリヤに、リアはさきほど自分の目で観た結果から魔物が入り込むことは無いと断言した。
「どういう事かしらぁ?」
「えっとですね。私は間近で直接観ていたのですが、どうやら空間自体は繋がってしまっているようですが、その空間の入り口を開けるのは妖精樹──というよりも、その化身だけとなります。
なので現状あそこを行き来できるのは、ルトレーテ様が通ってもいいと許可した者だけしか行き来は出来ません」
「あらそうなのぉ? それなら安心かしらぁ。
ルトレーテ様は妖精郷に害のある人は絶対にいれないでしょうしねぇ。
あぁ、でも経過観察はこちらの者にもさせてほしいわねぇ」
リアが信じられないというわけではないが、民を守る責任のある女王としては、そこだけはキッチリと確認させてほしいという。
それには竜郎も大きく頷いた。
「それは当然ですね。こちらにはやましい事はありませんし、妖精樹に詳しい妖精郷の方々がいてくれるのは助かります。是非、お願いします」
「ありがとぉ~、タツロウく~ん」
ほにゃっとプリヘーリヤはその童顔ながら美しい顔に笑みを浮かべて礼を言った。
「しかし化身となると、こちらの妖精樹にも生まれる可能性はあるのか?」
「それは十分あり得るでしょうねぇ、イシュタル様。
ルトレーテ様と同じならぁ、だいたい10年もすれば生まれるはずですわぁ」
「10年、それは長いですね……」
「あらそお? 10年なんてタツロウ君にとってもあっという間よぉ」
「そうですか?」
「そうよぉ」
うちにもあんな強そうなカメが産まれるのかと一瞬喜んだ竜郎だったのだが、それは10年も先の話なんだと少し遠い目になった──のだが、そんな時にまたアテナが目ざとく何かを見つけて声を上げる。
「ダンジョンの入り口から何か出て来たっす!」
なんだなんだとアテナが言った虹色に変わったダンジョンの入り口に目を向けると、大きな虹色の湖の中心に、同じく虹色の球体が浮かび上がっていた。
そしてそれは次第に人型を取っていき、やがて緑のドレスを着て、頭には月桂樹の冠をした足の無い美しい女性の幽霊へと変貌を遂げた。
「あらぁ~? あれって多分、ここの妖精樹の化身じゃないかしらぁ?」
「同じ力、同じ種からでも場所によって発生する期間、姿形が違うという事かしらねぇ」
プリヘーリヤとエーゲリアも竜郎がさっきまで思っていた様に、ルトレーテ同様の巨大ガメが現れると思っていた。
それに妖精郷の時と同じように、約10年の歳月を経て化身を生み出すのだとも。
けれど竜郎達がまず思ったのは、そんな事ではなかった。
「あれは……わたくし達のダンジョンのボスに似てませんこと?」
「似ているというか、私には同一人物にしか見えないのだが……」
「そうよね。どう見てもあのボスに設定した幽霊よね、アレって。
ドレスの色や頭にかぶっている葉っぱの王冠だけは違うし、あんなに強大な力は持っていなかったけれど……」
「そりゃそうっすよ、あんなのボスに設定されたら、あたしらでも攻略不可能すっもん」
そう。外見はどうみても竜郎たちのダンジョンのラスボスに設定した、あの女性幽霊なのだ。
違う所と言えば、レーラが言った様にドレスの色と頭に乗った月桂樹の王冠のみで、他に無理やり探せと言われれば、ボス魔物よりも目がぼ~っとした印象を受けるくらい。
どうみてもダンジョンが何かしらの影響を与えたと思って間違いないだろう。
皆が思い思いの事で驚きや思考で固まっていると、不意にその幽霊とルトレーテが向かい合って数十秒見つめ合う。
それから幽霊が空を飛び、ルトレーテの頭を撫で始める。
ルトレーテはそれを当然の様に受け入れて、「クォォォォオオオーーーン」と甲高い声で喜びを表しているように聞こえた。
ひとしきりルトレーテとの会話というかスキンシップが終わると、今度は空を浮遊しながら竜郎たちの方へとやって来た。
そして来るや否や眠そうな、ぽやんとした表情のまま話しかけてきた。
「わたし……ルナって名前なの……よろしく……」
「うぉっ、喋れるのか。意思の疎通がしやすくていいな」
「あらぁ? ルトレーテ様も喋れるわよぉ~。
話すのが好きじゃないのか、滅多に喋ってる時の御声を聞くことはできないけどぉ」
「そうなんですね。さすが妖精樹の化身──って、そうじゃなかった。
よろしくな、ルナ。しかし妖精樹の化身っていうのは、生まれたばかりなのに名前がもうあるんだな」
「あらぁ? ルトレーテ様の名前はイフィゲニア様が付けたらしいから、なかったはずよぉ?」
「えぇ? それじゃあ、なんでルナは……」
名前が付いているんだ? と疑問の視線を投げかけると、ちゃんと意図を察して教えてくれた。
「兄が……付けてくれた……」
「あに? 兄か? …………それって、もしかしなくてもルトレーテ様のことでいいのか?」
「うん……そう……。さっき話した時……付けてくれた……」
もう少し詳しい話を聞いていくと、妖精樹の化身同士は竜郎と愛衣の念話の様に、何処にいても脳内で会話が出来るのだそう。
それを使って、さっき見つめ合っている時に兄妹の関係を築き、名前を貰ったようだ。
「だめ……だった? 管理人さん……」
「いや、いいと思う──が、管理人?」
「うん……?」
何か変? とでも言いたげにゆっくりと首をかしげるルナだったが、どうやらダンジョンと繋がった事で、そのダンジョンの管理者になった竜郎含めた11人全員が管理者という認識になっているようだ。
またこの容姿も、やはり竜郎達のダンジョンの要として置かれているボスに影響を受けたから。
ルトレーテの時はそういう存在が無かったから、自分と言う存在を表に出す体を思い浮かべ作るのに時間がかかったそう。
だからルトレーテは10年も経ってしまったが、ルナは直ぐに体を作ることが出来たのだ。
ちなみにルトレーテのモデルになったのは、妖精樹の根元にある妖精郷の泉にいたカメ。
土から剥き出しになっている根っこの上でよく甲羅干しをしていたので、妙に印象に残りそれを参考にしたからだったりする。
さらにダンジョンとルナの関わりは聞くと、役職を言うのであればダンジョン管理人補佐になったと考えればいいようだ。
具体的に言うと既に決まっている範囲内で内部の状況に合わせて調整──つまり、魔物が少ないから補充、多いから減らす……などの細かな管理を任せることが24時間出来る。
けれど決定権はないので、あくまで補佐の範囲であり、階層を作ったり内部の仕組みを変えたりなどは出来ない。
けれど竜郎たちから許可さえ取れれば、色々なことが出来るらしい。
その辺りで黙って頭の中で考察していたリアが、思い切り話に食いついてきた
「例えば何が出来るんですか?」
「たとえば……管理者さんの……所有する土地なら……どこにでも……このダンジョンの飛地……作れる……」
「飛地……。つまりここじゃない場所からでも、このダンジョンに入れる入り口を作ることが出来る──という事でいいですか?」
「うん……。それで……あってる……」
「所有する土地っていうと、俺達で言うとこの領地内ならどこにでも作れるって事か。
いや……そうなると、もしかして」
竜郎はそこでイシュタルを見た。
彼女は今でこそ、ここで仲間としてやっているが本職は竜大陸を統べる皇帝だ。
各地を治めている代官や領主、王などはいるが、あの地は皇帝たる彼女の領地と言えるだろう。
よって、管理者の中に含まれるイシュタルの所有する土地という定義で言うのなら、あの巨大な大陸のどこにでも飛地を置くことが出来るという事だ。
「だが、だからと言って何なのだ?
飛地の数だけ新しいダンジョンを作れるわけでもなく、ここのダンジョンに別の場所から入れるというだけだろう?
確かに気軽に領地内でも入れるようになるのは良いとは思うが」
「飛地と飛地間で……管理者さんと……その了承を得た人なら……移動させることも……できる」
「あら、それは便利じゃないかしら」
そう言ったのはエーゲリア。彼女は空間魔法も使えるが、彼女以外だと現状竜郎くらいしか使えないので、簡易転移装置として使えたら自分がやらなくてもいいと思ったようだ。
「ん? だが母上よ。それならリアが作った転移装置があるから、別にそんな大仰な事をしなくてもいいんだぞ?」
「「えっ!?」」
イシュタルの何気ない発言に、エーゲリアは勿論、プリヘーリヤまでもが声を上げて驚いていた。
「リアちゃん。それは本当なの?」
「ええ。今のところ送信側と受信側で2機用意しないといけないですが」
「それでも十分じゃなぁい。ちょっとお姉さんたちとお話ししましょぉ~」
「えっ、ちょっと──」
まだルナについて聞こうとしていたリアだったが、転移装置という発明について詳しく聞きたい元女帝と現女王に連行されていってしまったのであった。
ちなみに。飛地は簡単に出したり消したりもできるので、転移装置を設置してない場所にも行くことが出来る。
なので竜郎の転移魔法の様に行った事のない場所にはいけない──ということもなく、そういった場所にも簡単に移動することが出来るので、使いようによっては便利だということに後で気付いた。




