第51話 鍛冶師の存在理由
それから二人は野草図鑑片手にササラ草を探していき、湖から少し離れた藪の中でそれを見つけて採取していった。
どのくらいで指定された量なのかは、システム内の依頼書に達成と表示されるかどうかで量っていった。
ササラ草自体はそこらじゅうに生えていたため、なんの問題もなく依頼は終わった。
「よし、達成マークが付いた。最後に、もう一回空から湖を見てから帰ろうか」
「下からも、もう一回見ときたいな」
「わかった」
そうして二人は手を繋いで湖の縁に戻ってくると、腕をからめてゆっくり光り輝く湖を見て過ごし、上空へと上がっていった。
「浮かび上がる瞬間は、まだ慣れないねー」
「けどゆっくり上昇は魔力的にキツイから、ああするのが一番効率が良いんだよ」
できればキャトルミューティレーションされる牛の如く、ゆっくりと空に上がっていくのが理想の愛衣であったが現実はそこまで甘くはなかったようだ。
しかし魔力の単語が出てきたところで別の疑問が浮かび上がった。
「そういえば、こうやって飛ぶだけなら問題ないの?」
「俺一人だけなら、数分が限界だな」
竜郎はそう言って愛衣をギュッと抱きしめた。
それがヒントになり、何故二人になって重量が増したのに飛行時間が延びているのか気付いた。
「そっか、《響きあう存在》があるから問題なく飛べてるんだ」
「そゆこと。まあ、それでもプラスマイナス、マイナスだから、いつまでも飛んでいられるわけじゃないがな」
「へぇー、そんなことになってたんだぁ」
得心顔で頷く愛衣を胸の中に収めながら、竜郎は湖の上をゆっくりと旋回していった。
そうしてちょうど三周したところで、満足した二人は町へと戻っていった。
「とーちゃく!」
「──ふう」
愛衣の到着の声と共に町の近くに不時着し終えると、竜郎は息を吐いて長時間の魔法使用で疲れた脳を冷やしていく。
その間にも愛衣を抱きしめたまま魔力を回復していき、切りのいいところで離れてからボードを《アイテムボックス》にしまった。
「もう大丈夫?」
「ああ、愛衣のおかげで魔力も無事回復できた」
「そっかそっかあ」
自分のおかげというのが嬉しかったらしく、竜郎の腕に巻き付きながら町の方へと引っ張っていく。
それに竜郎も腕に当たる柔らかい感覚に神経を集中するのに忙しく、抗うことなく歩いていき、町の中へとたどり着いた。
「まずは、冒険者ギルドで依頼書の受け渡しだな」
「だね」
そう言って二人は直ぐに冒険者ギルドに入っていき、ササラ草と依頼書二枚を受付の人に渡すと無事依頼達成で報酬を貰った。
レーラはいないようなので、他に知り合いもいない二人はそそくさと外に出た。
「周りが暗くて解りにくいけど、まだ時間的には夕方だな。
今日は宿に行く前に、どっかで食べてくか」
「そうしよっか」
そうして屋台がたくさんある広場を目指して歩いていき、良さげな所を適当に見繕って入っていった。
その店の中に入ると料理の匂いが強く香り、二人のお腹が同時に鳴った。
「いらっしゃい。何にします?」
「「お任せで」」
「はいよー」
無事注文を取った二人は長椅子に詰めて座ろうとすると、見知った人物がいるのに気付いた。
「あ、おっさん発見」
「ほんとだー。おっちゃん、やっほー」
「あ?」
そこには鍛冶屋にいたおっさんが相変わらずボサボサ髪の無精ひげで、スパゲティのような料理を貪っていた。
そんな中でおっさんは、一旦口の中のものを飲み込んでから二人に話しかけてきた。
「そんな恰好で屋台に入ってきた奴を初めて見たぞ」
「ん?」「え?」
そう言われてから思い出したが、今二人が身に着けているのはお高い服だった。
宿を取るためだけに着たのだが、着替えるタイミングが無かったので外ではその上に鎧を纏って戦っていたのだ。
「まあいいけどよ。ほらお前たちのが来たぞ、早く座れって」
「ああ」「うん」
そうして、おっさんの横に竜郎、その横に愛衣という並びで座り、カウンターに運ばれてきた料理に手を伸ばした。
それはおっさんのスパゲティ風の料理と似ていたが、こちらは白いソースにチーズがのっていた。
それに舌鼓を打ちながら、おっさんと会話をしていく。
「この前頼んだ、毛皮の方は順調なのか?」
「ああ、それしか今は仕事がねえからな。おかげで期日にはちゃんと間に合うはずだぜ」
どこかやけっぱちに言うおっさんに二人は顔を引きつらせて、曖昧な笑顔で受け止めることしかできなかった。
それに重くなりそうな空気を感じた竜郎は、ここで暗い話もなんだと話題を変えることにした。
「そういえば、おっさんのとこには武器とか置いてないのか?
できれば鉄よりもいい素材で」
「鉄よりもいい素材の武器? まあ、いくつかあるがそれがどうした」
「今日、愛衣の剣が崩れたから新しいのが欲しいんだよ」
「崩れたってことは、気力が原因か?」
「そだよー、ほら」
たった一言で原因を見抜いたおっさんに、腐っても鍛冶師かと二人で感心しながら愛衣は駄目になった大剣の破片を見せた。
「おいおい、どんだけ気力を流し込んだんだよ。ぼろぼろじゃねえか」
「あれくらいで壊れる方がおかしいんだよー」
ぷくーと頬を膨らませて抗議してくる愛衣に、おっさんも「まあしょせん鉄だからな」と一応納得してみせた。
「けどまあ、そいつは後で俺が魔法で元の形に直せば使えるだろ」
「それはダメだよ、たつろー」「それじゃあ、駄目だぜ」
「え? なんでダメなんだ?」
竜郎は揃って否定されたことに驚きつつも、理由が知りたくなった。
そんな竜郎に、愛衣はめったにない説明役を引き受けた。
「魔法で造った装備だと、気力が上手く纏えないんだよ。
だからちゃんと人の手で造られたものを使わないと、しっかり戦えないの」
「そういうこった。じゃなきゃ鉄製の装備なんて、魔法使いに量産させた方が効率がいいだろ」
「ああ、そういえばそうだな」
竜郎はボードを鉄で造った時の事を思い返していた。
あれは魔法で造ったからこそ、あそこまで早く生成でき、さらに軽量化まで施すことができたのだ。
もし大量に造りたいなら、そうしない手はない。なのに商会ギルドがそうしてないということは、つまりはそういうことなのだろう。
と、そこまで考えが至ると、魔力はどうなのだという疑問が出てくる。
「魔法使いの杖とかも、鍛冶師じゃなきゃダメなのか?」
「それは私も解んないや。そこんとこどーなの、おっちゃん」
「魔力も似たようなもんだな。
まあでも、全部自前の魔力で造った杖なら魔力の通りもそこまで悪くはならないはずだ。
けど鍛冶師の造った物と比べたら、その差は歴然だがな」
「鍛冶師って、そんなにすごい職業だったのか」
「そりゃ魔法があふれる世の中で、仕事が無くならないわけだねー」
鍛冶師という職業が、この世界でどういう立ち位置なのか理解した二人は専門の人に頼んで装備を作ってもらう重要性を、さらに強く感じるようになった。
「そうだ。なんせ鍛冶師が造った装備が、気力や魔力を一番上手く扱えるんだからな。
だから優秀な鍛冶師ってのは、より多くの力を流れるように扱うことのできる装備を造れる奴のことを言うんだぜ」
「まあ、おっちゃんは違うんだけどね」
「ぐふっ」
おっさんが愛衣の言葉のナイフに切り刻まれたところで、皆が食べ終わったので勘定を済ませて外に出た。
「さっき言ってた鉄以上の武器だがな、うちにもあるが買っていくか?」
「できればそうしたいかな」
「なら用意しといてやるから、明日以降来られるか?」
「ああ。明日は日中暇だし、おっさんの所に二人で寄らせてもらうよ」
「もらうよー」
「じゃあそうしてくれ」
言質を取った二人は、そこでおっさんと別れるとまたいつもの宿に戻っていた。
「はあー、今日はいつもよりのんびりした一日だったね」
「そうだな。途中妙な魔物がいたが……いや、あれはもう忘れよう」
触手はお呼びじゃないと、竜郎は記憶の彼方に件の魔物を追いやった。
そうして次に竜郎は、今日はずっと休ませていたカルディナを呼び出した。
「カルディナ」
そう呟くと竜郎から魔力の粒子が飛び出して、すぐに雛鳥の形を取った。
「ピピッ」
「カルディナちゃーん、こっちおいでー」
「ピピピピッ」
「おーよしよし」
愛衣の言葉に素直に従って、カルディナは手の中に飛び込んでいった。
そうして一人と一匹がじゃれているのを尻目に、竜郎は光と闇の混合魔法について書かれたあの本を手に取ってカルディナの体のレベルを上げる方法を調べだした。
というのも生み出したはいいが今現在雛鳥で、戦闘に出したら足手まといになりかねない。なのでせめて、自分の翼で飛んで移動できるくらいにはなってもらいたいのだ。
(あった、これだ!)
竜郎は直ぐにその項目をみつけると、カルディナ強化へと向けて頭にその内容を叩きこんでいったのであった。
 




