第517話 ダンジョン再解放
持ってこられた連絡用魔道具は、イメージ的には長文が送れないメール──ショートメールの様な事が出来るらしい。
外観は直径5メートルほどの円形の水晶版の周囲に、等間隔にアンテナの様な物が並んでいる魔道具。
そこに専用のペンを使って手紙を書くように文字を書いていくと、最大30文字程度まで対となる妖精郷の同型の魔道具に映し出されるとの事。
ただこちらの場合、文字だけでなく最大送信容量以内に収まるのなら絵へ図形を描いて送る事も出来るとか。
そう考えるとファックスの方が近いのかもしれない。
エーゲリアはその体格に合う大きなペンを持って、カリカリと文字を書いていく。
文字数制限があるので端的に──
『タツロウが領地に妖精樹植えるらしい』
──とだけ書いて、そこに竜力を込めると水晶板に書かれた文字が一瞬光って消え、チリンッとアンテナの先についていた鈴が一回だけ音を立てて送信成功を知らせてくれた。
それから待つこと10分ほど、水晶版の近くでお茶を飲みながら談笑しているとチリンチリンッ──と今度は二回鈴が鳴った。
「あら、気が付いたみたいね。どれどれ~」
皆で水晶版の近くまでやってくると、そこには『どういうことですか!?』とだけ書かれていた。
「これは文字とか保存できるんですか?
それとも一回一回、消去されていってしまうんですか?」
「技術的には出来ないわけじゃないけれど、コスト的には普通にメモを自分で取っておいた方がいいってなって、一回一回消えるようになっているのよ。
もう少し効率よくできるようになったら、それも考えていこうとは思っているけれど」
「ああ、そうなんですね」
長文を送れるわけでもないので、普通にそこいらの紙に書くのも手間ではない。
ましてエーゲリアならば書き取りぐらい家臣にやって貰えばいいのだから、無駄に機能を盛って製造、消費のコストを上げてもしょうがないのだろう。
また音声を送り合う電話の様な物を開発しようとしたが、傍受しようと思えば簡単に出来てしまう欠陥が見つかり開発は先送りにされたそうだ。
それからエーゲリアと妖精女王プリヘーリヤがチャットのように短文でやり取りしていき、最終的にはプリヘーリヤとそのお付、そしてエーゲリアも見学に来る事になったようだ。
『真竜にしてイフィゲニア帝国の元女帝と現女帝! 妖精郷の女王!
って世界的にも影響力のある人たちがくることになっちゃったけど、ハウル王に言っといた方がいーのかな?』
『別に侵略目的で来るわけじゃないし、説明すると妖精樹の話とかもしなきゃいけないし、面倒だから黙っとこう
あくまで知り合いを招くだけだからOKだろ。…………多分きっと』
『まあ、そんなこと言ったらイシュタルちゃんは普通にいるしねぇ』
『そう言う事。もう今更だ。開き直っとこう』
それに例え侵略目的だったとしても、この2大国家なら正面かららくらく蹂躙できてしまうので、そういう意味では警戒する意味も無い。
そんな思いも頭の隅に持ちながら、竜郎はハウル王に黙っている事に決めた。
「ああそれと母上。実はいろいろあって、私たちのダンジョンも作ったのだ。
ちょうどその近くに植える予定だし見ていってくれ」
「え? ダンジョン?」
寝耳に水だとばかりにエーゲリアは目を丸くして娘の顔をまじまじと見つめた。
それに驚かせてやったぞと少し笑ってしまいながら、事のあらましを話していった。
「強くなるだけじゃなくて、色々と貴重な経験も積めているようで、お母さんも嬉しいわ」
そう言いながらエーゲリアは娘の頭を撫でて目を細めた。
イシュタルも少し恥ずかしそうにしてはいたが、どこか嬉しそうだった。
「それにしても妖精樹とダンジョンをリンクさせるなんて、また面白い事をしようとしているわねぇ」
「でしょう。ちゃんと経過観察のレポートを纏めておくから期待してて」
「あらほんとっ。ありがと、レーラ。楽しみにしているわぁ」
エーゲリアも知的好奇心旺盛なので、実際はかじりついて観察もしたいのだろう。
しかし力はついてきているものの、まだまだイシュタル一人に全てを任せるのは心配で、全て終わった後もまだ側を離れるつもりはないということもあり、レーラの報告で我慢することにしたようだ。
二人はそれぞれの考察を述べて話に花を咲かせていった。
それからダンジョン以外の話しに移っていき、イシュタルや竜郎達も交えてひとしきり会話を楽しむと準備が出来次第また、4、5日中には竜郎が迎えに来る事が決まった。
「という事でイシュタルはこれを持っていきなさい」
「これは連絡用の魔道具か?」
どうやら妖精郷に置いてあるものを含めて、エーゲリアは3組持っているようで、そのうち一つをイシュタルに渡してくれた。
これで正確な期日が決まり次第、知らせればいいとの事。
そうして竜郎たちは転移で自分たちの領地へと戻ると、さっそくダンジョンを見に出かける。
この数時間の間にジャンヌとアテナが、もう2層追加してくれているはずだからだ。
道中、妖精樹の種の吸出しの経過を確認しつつ、蒼太と一緒にお留守番していた毒竜のニーナが竜郎にくっ付いてきた。
あっさりと自分との交流を切って竜郎の方へ向かうものだから、少し悲しそうな顔をしていたので竜郎は契約のパスを通じて謝っておいた。
ダンジョンの前にやってくると、もう完成していたのか子サイのジャンヌの上に子トラのアテナが乗っかってじゃれ合っていた。
「あははっ。かわいーこっちむいてー」
「ヒヒン」「ガァ~」
それをすかさず愛衣がスマホで写真を取っていく。
アテナはジャンヌの背中でゴロゴロしているだけだが、ジャンヌはノリノリでポーズを決めていた。
愛衣が写真を撮っている間、竜郎はニーナの頭を撫でていると、カルディナや奈々、リア達もやって来た。
カルディナが竜郎たちが帰ってきたのを皆に知らせに行ってくれたようだ。
せっかくなら皆で新たな階層を見て、再びダンジョンを開きたいと思ってくれていたのだろう。
「それじゃあ、ジャンヌとアテナが作ってくれたところを見てみるか」
「ヒヒーーン」「りょーかいっす~」
アテナは説明もあるので直ぐに《成体化》して獣人形態に戻ったところで、まずはジャンヌの階層をシミュレータに入って見ていくことにする。
辺りは暗闇に包まれ、物音一つしない不気味な傾斜のついた森の中にいた。
周囲を見渡しイシュタルが最初に口を開く。
「これは山か?」
「ヒヒーーン、ヒヒーーン、ヒヒン」
「山だけどメインは山頂付近にある神社だそうですの」
「寺の次は神社がいいかなと思って作ったんすよね?」
「ヒヒン!」
そだよーとアテナの言葉にご機嫌に頷くジャンヌ。
ここは富士山よりも巨大な山であり、森と岩と川が流れる大自然地帯。
この山を遭難することなく山頂の神社の境内まで入り込み、そこで拝殿を守る狛犬──に似せた幽霊犬2体を倒す。
その後、拝殿にいる眠れる無属性の精神体大仏を倒すと鍵を落とし、そのカギを本殿に収めると次の階層へと行く事が出来る。
「けれど幻を見せる幽霊が大量に森の中に潜んでいるので、それらの対策が出来ないと永遠に山の中をさまよう事になるそうですの」
他にも山の中には小さな社が6つあり、そこに運悪くたどり着いてしまうと全ての社から処刑人幽霊が解放される。
それらは強めに設定してあり、積極的に攻略者を探して襲い掛かってくる。
だがそれら6体全ての幽霊を倒すと、ご褒美宝箱が落とされる仕組みになっているので、実力者は狙ってみるのもいいだろうとの事。
「それじゃあ、今度はあたしっすね~」
アテナがそう言うと場所が切り換わり、今度はドーム2個分くらいありそうな巨大テントの中。
天井にはスポットライトが大量に吊り下げられて、中央のステージにライトを当てていた。
「これは……サーカスかな?」
愛衣がそう言うように、ここはまるで客席の無いサーカスのテントだった。
そして愛衣の言葉に反応したかのように、奥の幕から煌びやかな衣装に身を包んだ凶悪な顔の演者たちがやってくる。
誰も叩いていないのに拍手と歓声が方々から響き渡った。
「かーさんが言った通り、ここはサーカスの階層っす。
これから攻略者を巻き込む様に演目を繰り広げていって、途中演者たちが隠し持っている鍵の欠片を6つ集めるか、全滅させるか、はたまた最後まで逃げ回るかの三通りの方法で次の階層へ行けるっす」
まず演目が始まると、床の下からランダムで高熱の長い棘が5×5メートル間隔で飛び出してくるようになる。
そんな状況下で床からの棘に注意を払いながら、何処からともなく天井から降りてきた無数のロープを猿のように移動しながら攻撃してくるゾンビ。
動物の形をした精神体らを操る猛獣使い幽霊や、ピエロによるナイフ投げや巨大玉乗りなどの殺戮道化ショー。
テント内中に蜘蛛の巣のようにロープを張り巡らせて、攻略者の行動を邪魔しながら綱渡りして襲い掛かってくるアラクネゾンビ。
他にも空中ブランコやらジャグリングなどなど、多種多様な演目をしながら攻略者を追いつめてくる。
「ちなみに最後まではどれくらい時間がかかるのかしら」
「だいたい2時間くらいっすね」
「長いな……。でも片っ端から演者を倒していけば鍵の欠片探しも楽になるし、時間短縮できるか?」
「出来るっすよ、とーさん。でもそれは、ここを余裕で攻略できるような奴じゃないと難しいっすけどね~」
「逃げれば攻略できるという道を残す事で、魔物の強さを全体的に底上げしたんですね」
「その通りっす~リアっち」
さらに空間の広さは狭くもしてある。なので普通のレベル5ダンジョンで出てくる魔物よりも数段強くできるので、ギリギリ攻略できる程度の人間は無理をしないで2時間逃げる事に集中する方がいいのかもしれない。
ちなみに。一つの演目に出てくる魔物を全て倒すと、直ぐに次の演目が始まる。
なので次々と全滅させていくと、その分早く終わる仕組みになっている。
そしてそのかかった時間に応じて、全滅報酬の宝箱のランクが変わるという遊び心も入っているらしい。
「それにしても遊園地の次はサーカスか。アテナは独自の路線を貫いていくんだな」
「色々やってみた方が面白いっすからね」
そんなこんなでお披露目も終わり、シミュレーターを切って元の場所に戻ってきた。
そしてその二つを階層に設定して、迷宮神の作った最終階層プラス13階層で最低設定数をクリア。
ダンジョン解放ボタンが現れて、いつでも再開できる状態となった。
竜郎たちは目線で合図を送り合ってから、全員一斉にその項目を選択する。
すると黒く染まっていた光の湖が元の白光を帯びていき、レベル5ダンジョンとして新たに解放された。
──と、そこで竜郎はふとすっかり忘れていた事を思い出し、迷宮神に問いかける。
「以前レベルアップした直後にダンジョンを攻略したら、初回クリア特典で何でも教えてくれる権利みたいなものが貰えたんですけど、そういえば俺達のダンジョンではそれは無かったですよね?」
ちなみに一番初めにダンジョン攻略したのはイシュタルのチーム。
だが竜郎の時のように何かを聞いたなどと言う話は聞いていなかったし、今取っている「そんな権利が貰えるのか」と驚いているイシュタルのリアクションからも無かったと推測できた。
『ああ、それは無いわね。だってこのダンジョンは人間が作ったダンジョンだもの。
ダンジョンのように人間という存在から超えた高次元的存在であるのなら、統括神とリンクして疑似的に話をさせる事も出来たけど、あなた達では出来ないでしょ?』
「そう言われてしまうとそうですね。それじゃあ、これを最初にクリアした人も、特にそういう権利みたいなのは無いんですね?」
『ええ、そうよ。でもスキルポイントは私の権限であげられるようにできるから、ちゃんと貰えるから安心していいわ』
「解りました。ありがとうございます」
『どういたしまして』
どうやら人間程度の存在レベルでは、そもそもその権限を発動させる条件を満たす事が出来ない様だ。
少し残念な気もするが、自分たちの好きなように改造できるダンジョンを利用する事ができるのだから、むしろお釣りを払わないといけない位だろうとすっぱり諦めた。
「んじゃあ、ちょっくら行ってSPを稼いできますか」
全員一緒ではそれこそオーバーキル過ぎてあっけなく終わってしまうだろうから、2~3人に分かれ、それぞれダンジョンへと潜って攻略していき、SPを稼いでいったのであった。
次回、第518話は7月4日(水)更新です。




