第516話 ダンジョンレベルアップ
竜郎たちが戻ってくると時刻は深夜で、転移してから2日ほどずれたようだ。
妖精樹の種の吸出し状況も気になったが、もう夜も遅いという事もあって明日の朝、落ち着いた状態で確かめることにした。
そして次の日の朝。
竜郎たちは皆で朝食を食べて、どれくらい妖精樹の種のエネルギー吸出しが進んでいるのかを見に行った。
「お~結構溜まったねぇ~」
「ですね、姉さん」
妖精樹に込められたイフィゲニアのエネルギーは順調に液状化されて、透明な箱の中に蓄積されていた。
「このペースなら、あと2、3日もすれば行けそうですね」
「あと2、3日か。ならその間にエーゲリアさんやプリヘーリヤさんにも声をかけておくってのが効率的かもな」
「なら私も母上の所に行こう。その方がスムーズに事が進むだろうしな」
「ああ、頼む。だったらレーラさんもいいか?」
「ええ、もちろんよ」
アポも取らずに大勢で押しかけるのも迷惑だろう。
行くのは竜郎、愛衣、レーラ、イシュタル。そして天照と月読だけは竜郎の中で念のために待機していて貰う事にする。
他の皆はとりあえず自由行動を──という感じだ。
「まあ、用があるなら転移でいつでも戻って来られるしな。
それじゃあ、次はダンジョンの方へ行ってシステムを正常に戻そう。
蒼太たちも、引き続きここを守っていてくれ」
「クィロロゥゥウーーー」
お腹一杯なのか砂浜で寝転がっていた蒼太やワニワニ隊にそう言って、竜郎はダンジョンのある城の反対方向へと行こうとした──その時、何か胸の辺りがもぞもぞするような感覚を覚えた。
「ん? なんだ?」
「どったの~?」
「いや、何か──ああ、毒竜が目覚めたみたいだ。突然知らない場所で一人になっていたもんだから、驚いてるみたいだな。
ちょうどいい、蒼太。お前の後輩の竜をテイムしてきたんだ。仲良くしてくれ」
「クュィーーロゥ?」
え? なになに? と言った感じに、大きな体を持ち上げて興味深げに視線を向けてきた。
ワニワニ隊も蒼太の同輩という事でピシッと立ち上がった。
そんな光景を横目に見ながら竜郎は毒竜を呼び出す。
「ギャーゥッ」
「おわっ──と、姿が変わっても甘えん坊なのは変わってないみたいだな。
もう大丈夫か? どこか変な所はないか?」
「グゥウゥ」
体色も変わり格も上がったというのに、毒竜は竜郎に尻尾を巻きつかせて甘えてきた。
そして何も問題ないとばかりに頭を竜郎にゴシゴシとこすりつけてきた。
竜郎はそんな毒竜を宥めると、改めて蒼太たちを紹介しておくことにする。
できれば蒼太とくっ付いてくれないかなと思ってはいるが、そこは口にしない。
竜郎が言ってしまうと、そうしようと動きかねないし、互いに変に意識されても困るからだ。
だが、蒼太の方は言わなくても意識し始めているようだ。
毒竜を見た途端、体に着いた砂浜の砂をプルプルと払い落としてピンと姿勢を正していた。
以下、竜郎がザックリと訳した蒼太と毒竜の会話である。
「初めまして、君、可愛いね。これから仲良くしていこ!」
「パパ! 誰コイツ! でっかくて恐い!」
「こわ──。いやいや、格はどうやらそちらの方が上の様だし、体の大きさだけで恐がる必要なんて──」
「えーん! 変な目で見てくるよー!」
「へん──…………自分はそんなに変な目なのか…………」
と、こんな感じで蒼太は一目で毒竜が気に入ったのか仲良くしようと果敢に話しかけたりしているが、毒竜は相当な人見知りなのか竜郎にべったりで話も聞こうとせずに丸くなってしまう。
蒼太は蒼太で落ち込んでしまい、砂浜にゴロンと寝そべってワニワニ隊に「大丈夫っすよ! まだお互いの事を知らないだけだから!」などと傷心した心を癒して貰っていた。
「こりゃ、蒼太君は前途多難かもね」
「みたいだな……」
「ギャーゥ♪」
そんなことはお構いなしに竜郎に甘えてくる毒竜に、竜郎は苦笑しながらその頭を撫でた。
いつまでも毒竜では可哀そうだという事で、すったもんだあった末に『ニーナ』という名前になった。
名前の由来はドナーとなったニーリナから取ってニーナだ。
他の候補としては毒竜の毒子やポイズンのポイ子、ヴェノムのベー子、ニーリナのニ子などの、テイムした魔物たちに付けている○○子シリーズもあったのだが、どれもしっくりこない上に本人が嫌そうにしていたので最終的にそれになった。
それから何とか蒼太との間を取り持って、とりあえず近所のお兄ちゃんくらいの認識にしておいた。
なので蒼太を見ても逃げたり隠れたりはしなくなってくれた。
生まれてからの期間で言えばニーナの方が上だが、テイムしたのが蒼太の方が先なのでまあいいだろう。
また移植中ずっと眠っていたが、愛衣達も頑張ってくれていた事は何となく解っているようで、蒼太よりも心を開いてくれていた。
とりわけ愛衣が竜郎の番なのだと認識すると、竜郎に対して程ではないが少し甘えるようになってくれた。
それには愛衣も嬉しそうに笑っていたので、竜郎も大満足である。
「それじゃあ今度こそダンジョンの方に行こうか」
どうせなら蒼太たちと親交を深めたらどうだとニーナに言ったが、まだ竜郎と一緒にいたいらしくダンジョンの方にまでのしのしと一緒についてきた。
それを見送る蒼太は寂しそうな顔をしていたが、そこは時間と共に仲良くなってくれることを祈るしかない。
カルディナ城の裏手から少し進んだ先にある平原までやってくると、そこにあるダンジョンの入り口の手前でダンジョン作成に関わった11人が囲むように並ぶ。
今現在は誰も入っていないことを確認してから、システム内に吸収されているダンジョンの欠片をそちらへと移していく。
『それじゃあいくわよ』
迷宮神の声に頷くと11人の体から以前の時と同じように光の粒子が飛び出して、ダンジョンの入り口の真上で混ざり合う。
そしてそれが水滴のようになってポチャンッと下に落ちて、竜郎たちのダンジョンに吸収された。
すると全員の脳内に、個人のレベルアップの知らせが舞い込んでくる。
竜郎は、《『レベル:1007』になりました。》と。
愛衣は、《『レベル:1001』になりました。》と。
カルディナは、《『レベル:467』になりました。》と。
ジャンヌは、《『レベル:467』になりました。》と。
奈々は、《『レベル:467』になりました。》と。
リアは、《『レベル:998』になりました。》と。
アテナは、《『レベル:467』になりました。》と。
天照は、《『レベル:463』になりました。》と。
月読は、《『レベル:463』になりました。》と。
イシュタルは、《『レベル:468』になりました。》と。
レーラは、《『レベル:1057』になりました。》と。
その後、称号のプラス値上昇などのアナウンスが流れた後に──。
『ダンジョンレベル5まで上昇させられるようになりました』
──というアナウンスが管理者の称号を持っている全員の脳内に伝わってきた。
「5ってことは2レベルも上げられるのか。
でもそうなると必要な階層数も増えますよね?」
『そうね。普通のレベル5のダンジョンよりは微妙に規模は下がるけれど、それでも最低でも14階層は無いと駄目ね。
私の作ったボス前の層も合わせてでいいから、あと追加で2層つくらないとダンジョンを開けなくなるわ』
「でもせっかく上げられるのなら、上げておきたいところではあるな」
うんうんとイシュタルの言に全員が同意した。
しかしそうなると、誰かがとりあえず最低でも2層作る必要がある。
そこでリアは迷宮神に問いかける。
「5まで上げた場合、最大で何層まで設定できますか?」
『最大では私の作った分を抜いて20層まで設定できるわよ』
ということは、2人は自分の階層を2個設定できない。
皆で作っていこうというのに、それでは何だかすわりが悪い。
作る作らないにしても選択肢くらいはあってもいいだろう。
そんな風に竜郎達が微妙な顔をしていると、迷宮神が補足して嬉しい情報を付け加えてくれた。
余程無駄遣いをしない限り、半年もしないでレベル6に上がる。
レベル6になれば最大設定可能階層数は23まで上がるので、全員やっても1余る事になる──と。
そうなると今度は皆が譲り合って、どうぞどうぞと変な雰囲気になってしまい、迷宮神は仲がいいのね、と笑っていた。
そんな事がありながら、竜郎と愛衣が保留組に入る事で決着がついた。
竜郎や愛衣がやりたいと言ってしまえば、魔力体生物組は皆遠慮してしまうと考えたからだ。
それにレベルが上がると前に作った層の改装もしなくてはいけないので、直ぐに上がってしまうと二度手間になってしまう。
なのでそういう改装が好きな人物で、なおかつエーゲリア達に妖精樹の事を知らせに行く係り以外の人物が作っておくという事になった。
「ジャンヌとアテナ。それじゃあ、あと2つの新しい階層作りを頼んだぞ」
「ヒヒーーン」「任せといてほしいっす~」
竜郎、愛衣、天照、月読、レーラ、イシュタルは竜大陸へ。
リアと奈々は妖精樹の種から吸出しが終わった後の準備もあるので忙しい。
後はカルディナ、ジャンヌ、アテナとなった時に、竜郎の言った二人が手を挙げたのだ。
決めておくことも終わったので、さっそくレベル5に上げてしまう事にする。
レベルが上がるとまた別のダンジョン扱いになって、クリア特典のSPを新たに貰えるようになる。
だがその前にクリアしておかなければ、3ポイント取り損ねる事になるのだが、システム持ちの眷属達も全員クリア済みなので既に取得済み。
なので遠慮なく上げていく。
システムのダンジョンの欄を選択。
一番上にレベルアップという項目があるので皆で一緒に押すと、溜めこんでいた余剰分のエネルギーを消費。
管理者の称号持ち達の脳内に、ダンジョンレベルが上がった旨が報告された。
すると最低設定階層数が規定ラインを下回ってしまったので、ダンジョンの入り口は閉ざされて光り輝く湖は真っ黒に染まってしまった。
「それじゃあ、新規格に合わせていくですの。
……そういえば、ボスは変更しなくてはいけないんですの?」
『あなたたちが選択したボスなら、レベル8までの規格に合わせられるから改良するだけで大丈夫よ』
「そっちは規格に合わせて強化するだけでいいわよね?」
「だな。今回はレベル5に合わせるだけだから、面白い事も出来ないだろうし」
各々話し合いながら、自分たちの階層を拡張。魔物の強化、再配置──などなど外観やコンセプトは以前のモノとはそれほど変えずに、純粋に難易度を上げるだけにとどめた。
そしてボスは生き残るためのスキルやステータスを上げたうえで、召喚できる幽霊、スケルトン、ゾンビ、吸血鬼、闇精などの種類も増えた。
ただこちらも魔力の回復は遅いので、魔力切れを起させて眷属を撃破できればタコ殴りにできるのは変わらない。
その辺はレベル5相当のボスなのでと割り切って再設定した。
「これでよしっと。私のは終わったよ~」
「私も終わったぞ。前よりも作りこめて楽しかったな。はやく次の階層の構想も練っておかねば」
「その前にエーゲリアの所に行くのよ? 忘れないでね、イシュタル」
「解っているさっ」
頃合いはお昼を過ぎていたので、昼食を取った後に報告組は出発する事にした。
今現在。エーゲリアはエーゲリア島ではなく、イシュタルの代理として皇帝の席についている。
なのでエーゲリア島には寄らずに、帝都の港へと直接飛んで行く。事前連絡なしに転移では不味いからだ。
イシュタルがいるので特に揉める事も無く上陸し、後は転移で首都内部まで飛んで、それから城へと入場し、ようやくエーゲリアに会うことが出来た。
だが、もしイシュタルがいなかったら即日会う事は出来なかっただろう。
今回会うのはイシュタルの私的な訪問という事で、余計な者達はいない素の状態で会話が出来た。
「まあっ。タツロウ君たちの領地に妖精樹を!? それは吃驚ねぇ!」
「ええ、それでご報告をと。……えっと、ダメじゃないですよね?」
「別にいいんじゃないかしら。それにしても失敗作の種はそんな所に──」
「ん? 母上には何故海底になど有ったのか心当たりがあるのか?」
「いいえ、ないわよ~~」
「んん?」
エーゲリアは娘の質問に全力ですっとぼけた。イシュタルは何か引っかかるものを覚え首を傾げる。
けれどイシュタルが何か言う前にレーラがフォローに入ったので、その話は流れてしまう。
「それで妖精郷のプリヘーリヤさんにも連絡をしたいのだけれど、直接あっちに行けばいいのかしら?」
「そうねぇ。それでもいいけれど、直接行くよりも、こちらから連絡を取った方が早いと思うわ。最新鋭の連絡用魔道具がうちにはあるから。
それにどうせ妖精郷へ初めていくのなら、タツロウ君たちは皆と一緒がいいでしょ?」
「そう……ですね。ご配慮ありがとうございます、エーゲリアさん」
「うふふ、どういたしまして」
どんな所かは知らないが、素敵な場所らしいことは聞いていた。
ならば行くときは皆一緒に観光したい。
そんな竜郎の気持ちを慮ってくれたエーゲリアに礼を言うと、彼女はにっこりと笑いかけた。
「それじゃあ、さっそく連絡しちゃいましょ」
そしてそんな事を言いながら、側にいたイシュタルの眷属の紅鱗の女性竜人ミーティアに命じ、連絡用魔道具とやらを持ってきてもらうのであった。




