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レベルイーター  作者: 亜掛千夜
第六編 ダンジョンと妖精樹

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第512話 移植

 出来るだけ丁寧に説明すると、毒竜も何か危険な事を自分にするつもりのようだが、そうしなければ竜郎について行く事が出来ないのだという事だけはちゃんと理解してくれた。


 そしてもう一人きりでこんな所にいるのは嫌だ、ダメなら死んでも構わないからやってくれと竜郎に訴えかけてきた。


 それだけの強い意志があるのならばと、竜郎もその気持ちを受け取って毒竜を生魔法で眠らせていった。



「まずは下調べだ。リアとイシュタルは魔石の位置や臓器の位置なんかを教えてくれ」

「はい」「解った」



 リアが頭の中に描いたものを紙に写し出す魔道具で解剖図を用意してくれ、何処がどんな器官なのかをイシュタルが詳しく教えてくれた。


 これで最悪傷付けてもいい場所と絶対にダメな場所がハッキリしたので、執刀もやりやすくなった。



「それじゃあ、ジャンヌ。手伝いを頼む」

「ヒヒン!」



 竜郎はカルディナ達と共に作った極限まで鋭く硬くした闇氷土の巨大メスを天照の杖の先に生み出す。

 ジャンヌは分霊神器をだして調整した波動をそこに当て、超振動を起こしてもらう。

 これで俗に言うバイブレーションソードと同じ状態になり、切れ味も増した事だろう。

 ただ気を抜くと波動の力で少しずつ刃が破壊されていってしまうので、そちらにも注意を割かなければいけない事が難点か。


 竜郎は愛衣に後ろから抱きついてもらい極限まで能力を高めた状態で、スライム触腕(大)を月読に制御して貰いながら、助手のリアともども仰向けに寝かされてイシュタルの銀砂で固定されている毒竜の腹の上に持ち上げて貰う。


 レーラはイシュタルと共に別視点から氷の足場で上から経過を観察し、異常事態が無いか、もし何かの拍子に暴れたらすぐに銀砂を増加、または凍らせて動きを封じさせられるように待機していて貰う。


 そしてアテナは周辺警戒のために、周囲を見張っていて貰う。

 大事な時にいらぬ闖入者が来ないとも限らないからだ。



「ここから、この辺りまで、深さはこの位まで切ってください」

「解った」



 解剖図を見ながら、解魔法で確かめながら、さらにリアの指示もリアルタイムで聞きながら──という万全の態勢で、今も信じて眠る毒竜の胸の辺りを切り裂いていく。



「カルディナ、血を止めるぞ」

「ピィィ!」



 メスを入れて下に動かした瞬間、血が噴き出しそうになったので水魔法で血中の水分を操作してせき止める。

 これで輸血の必要は無い。だが血の巡りを止めてしまっているので、ペースを上げて躊躇せずに切り開いていく。



「ジャンヌ、押さえていてくれ」

「ヒヒーーン」

「奈々は常に生命力強化と睡眠を毒竜に付与し続けてくれ」

「はいですの」



 ジャンヌの分霊神器による6本腕のうち、波動を撃ちこんでいない5本で開いた皮と肉を掴んでもらい、開いた状態を維持して貰いながら、奈々には魔法で毒竜が出来るだけ元気な状態を維持していて貰う。


 そしてカルディナには水魔法で竜郎達の邪魔にならない様に、血中水分を操って切った先へと宙を経由して血を巡らせていく。


 中はリアが出した解剖図のままだったので、別段驚くことも無く臓器を囲む肋骨の中心を巨大メスで縦に切って割っていく。

 竜の骨も豆腐のように切り裂く切れ味に感嘆しながらも、月読の触腕(小)でパカッと開き本来心臓がある場所をあらわにさせた。



「これが毒竜の魔石か……。ボス竜のと似ているな」

「そりゃあ、ほぼ同格の竜ですからね」



 本来なら心臓が収まっているであろう部分に、太い血管と繋がった綺麗にカッティングされた宝石の様な物が収まっていた。

 見た目も感触も鉱物にしか見えないこれで、どうやって血を巡らせるポンプの役割をしているのだろうかと疑問には思いながらも、今はそんな時間じゃないと頭の隅に追いやった。

 それから移植予定のボス竜の魔石を《無限アイテムフィールド》から取り出し、魔石の直ぐ目の前で月読の触腕(小)に持っていて貰う。


 これでちょうど太い血管の繋がった魔石と、ボス竜の魔石が前後に並んだ状態となっている。



「次は一番重要な移植だな──」



 頑張ってと声こそかけてこないが、竜郎を抱きしめる愛衣の腕の力が少し増した。

 それだけで少し不安に思っていた気持ちが嘘のように晴れていき、竜郎は移植の事だけを考えて魔法を構築していく。


 まず一段目。



「──相互転移」



 血管に繋がっている魔石と、月読のスライム触腕(小)が持っている魔石が瞬時に入れ替わる。

 だがこの瞬間、魔石に繋がっていた血管が切り離された状態になってしまうので、このままではただ置いただけで意味がない。


 なので第二段目に直ぐ移行する。



「──復元」



 闇魔法で性質を歪めた復元魔法で、別の魔石を本物の魔石だと誤認識させて元の状態にしてしまおうという作戦だ。

 闇復元魔法はまんまと竜郎の思い通りに発動していき、血管が移植したボス竜の魔石に癒着していく。



「成功の様です」

「──ふぅ」



 そして完全に結合し、体の一部として機能し始めたことをリアの目で確認し、竜郎は肺に溜めこんでいた重い空気を一気に吐き出した。


 さて後は生魔法で切った骨、肉や皮を再生させるだけだ。

 それだけならもう大した労力でもないので、竜郎はメスを消して元々ついていた毒竜の魔石を《無限アイテムフィールド》にしまい、生魔法を使おうとした──その時、経過観察していたリアが声を上げた。



「レーラさん! 毒竜の体を強く固定してください!」

「了解よ!」



 上から見守っていたレーラがすぐさま氷魔法で体を凍らせて、より強く床に毒竜を固定した。

 タイミングを見計らったかのように、ビクンッビクンッと寝ている毒竜の体が跳ね上がろうとする挙動を見せた。

 けれど直前にレーラが固定してくれたので、今の位置がずれる事も無く跳ね上がりが収まった。



「……失敗です。さっきまでなかったダンジョンによる魔石の拘束が、新しい魔石に付与されました」

「──なっ」



 つまり別の魔石と入れ替える事が成功しても、この似非ダンジョンが無理やり元の状態に戻して、また最初の時と同様の状態に戻されてしまったらしい。

 なのでこの状態で外に連れ出せば、毒竜に待っているのは死のみだ。



「魔石というのは、魔物とダンジョンとを繋げる役割を持っている様ですね……。

 なので魔石を入れ替えても、また繋がって強制的に戻させる。

 これじゃあ何度入れ替えても状況は変わりませんよ……」

「それじゃあ、この子はここで殺すしかないって事なの……?」

「魔石の移植が成功しても意味がないのでは、他に手の打ちようがないです」

「そんな……」



 愛衣が竜郎に抱きついたまま、苦しそうに言葉を漏らした。

 もう諦めるしかないのか、このまま眠っている内に殺してやるべきなのかと暗いムードが漂い始める。


 ──だが、そんな中でもまったく諦めていない男がいた。



(なにか……なにかないか? いっそ竜じゃない魔石を──いや、そもそも出来ないだろうし魔石の時点でダメなんだから無意……味…………?

 ………………魔石の時点でダメ?)



 そこで竜郎の脳裏にひらめく物があった。



「魔石がダメだっていうのなら、本物の心臓を移植してやればどうだろうか。

 そうすればダンジョンとの繋がりも完全に断てるはずだ」

「そりゃそうかもだけど、そんなことできるの?

 それに本物の心臓って、そんな物どこにあるって……まさかイシュタルちゃんの心臓を!?」

「──なにぃ!?」

「んなわけないだろ。イシュタルも違うから身構えないでくれ」



 愛衣の言葉に思わず自分の胸に手を当てて構えるイシュタルに、竜郎は呆れた目線を送りながら否定する。



「そ、そうか。アイ、驚かせないでくれ……まったく」

「ごめ~ん!」



 さすがに普通の竜と真竜では、もはや別種と言っていいほど存在そのものが違いすぎる。

 たとえイシュタルの心臓を持っていたとしても、毒竜の体が受け付けないだろう。



「ほら、俺達は持っているだろ。真竜じゃない、とびきりの竜の心臓を」

「とびきり…………──っまさか、ニーリナの心臓か!?

 たしかに真竜のものよりも可能性は高いだろうが、それでもニーリナとこの毒竜では格が違いすぎる!」

「だが可能性はゼロじゃない。

 心臓の大きさも幸い体格は同じくらいだし問題ないだろう。

 それに毒竜と同格の竜を探してきて、そいつの心臓を奪って移植する方がいいのかもしれないが、なんとなくそれではだめな気がするんだ」

「それはどういう事かしら? タツロウ君のただの勘?

 それとも何かさっきの魔石移植の工程で感じるものがあったのかしら?」



 未知の事象に興味が隠しきれないレーラが竜郎へと問いかけてくる。

 その問いに竜郎はコクリと頷いた。



「本当に感覚でしかないんだが、復元魔法を使っていた時、同格の魔石よりも格上の魔石の方が移植しやすいんじゃないかと感じたんだ。

 なんというか魔石側の新たな体を求める渇望の強さっていうのかな。

 体は拒否したがっていて、魔石は受け入れたがっていて、そういうのが同格だとせめぎ合いが拮抗して、なかなか上手く嵌らなかった感じがしたんだよ」

「魔石側は新たな体を求めるの? 興味深い考察ね。

 でももしそのタツロウ君の感覚が正しいのだとすれば、同じ魔石でもない生の心臓を移植するのなら、それこそ格上のモノでないと難しい気がしてきたわ」

「だろ? まあ心臓も同じように目の前に入れそうな体があった時に、それを求めてくれるかどうかっていう問題はあるが」

「いや……ニーリナの心臓なら、そこに何らかの意思が宿っていても不思議じゃない」



 そこいらの竜では、それこそただの死んだ竜の内臓というだけかもしれない。

 しかし初代真竜が自分の直近の部下として生み出した特別な眷属であり、どの竜よりも長く生きてきた真竜を除けば世界最強の竜だった者の心臓だ。

 普通の竜と比べる事こそおかしいと言っていい。



「だからやってみようと思う。ぶっつけ本番だし、どうなるかも解らない。

 それでも目の前でやれることがあるのに、やらずに殺す事はもうできない」



 あれだけ自分に懐いてくれた毒竜に対し、自分を信じて眠ってくれた毒竜に対し、少しでも可能性がある方法をやらずに殺すなんて竜郎には考えられなくなっていた。

 そうであるからこそ、その信頼に応えて見せると彼の心は燃え盛る。


 竜郎の意志は固く、また他の面々も改めて聞いてみれば確かに不可能でもない気がしてきていた。

 なのでもう異を唱える者はいなくなっていた。


 それを確認した竜郎は、もう一度集中するために息を大きく吸って長く吐き出す。

 他の皆も同じように集中を高めていく。



「それじゃあやってみよう。絶対に成功してみせるからな」



 おそらく自分だけが死ぬことを妬んだ毒竜の生みの親にしてダンジョンの個は、この毒竜が外の世界を毒で侵していき、一人ぼっちで苦しんだ上に誰かに殺される──というシナリオを思い浮かべていたに違いない。

 竜一匹で世界を変えさせる方法などないだろうが、それでも精一杯の嫌がらせと八つ当たりだったのだろう。


 だがそんな予定調和なんていらない。そんな奴の思い描いた未来などぶち壊してやる。

 そして絶対に、この毒竜にはもっと広い世界で愛情を一杯に受けて育ってほしい。


 その一心で竜郎はニーリナの心臓を複製して取り出した。

 そして月読のスライム触腕(小)に渡して、まだ切り開いたままの状態で剥き出しになっている魔石の目の前に掲げて貰う。


 気合も十分、集中力も最大値、愛衣が後ろにいてくれるという安心感によって妙な緊張もないベストの状態だ。

 閉じていた目を開けて、しっかりと毒竜の魔石とニーリナの心臓をその目に映した。



「──いくぞ。相互転移!」



 元ボス竜の魔石にして現毒竜の魔石と、莫大なエネルギーを蓄えているニーリナの心臓が一瞬して同時に入れ替わる。

 そして間髪入れずに竜郎は闇と復元魔法を混ぜて発動する。



「繋がれぇえええええええええっ!!」



 ほんの一瞬、体が拒否したような感覚を覚えた竜郎であったが、それを凌駕する勢いで一気に心臓が毒竜の体を貪り食うように強引に融合しようとし始めた。

 その勢いに毒竜の体はあっさりと負けて、拒絶する隙も与えずにどんどんとその体の一部として定着していく。


 そしてむしろ先の魔石移植よりもアッサリと、ニーリナの心臓が本来魔石のあった場所に収まった。


 するとドクンッ──ドクンッ──と、少し離れたところにいるアテナにも聞こえそうなほど大きな鼓動を鳴らし始める。

 それはどんどんと早くなっていき、ドドドドドドドドドドド──と尋常ではなくなってきた。



「奈々! 生魔法で落ち着かせてくれ!」

「もうやってますの!!」

「くそっ、これじゃあダメなのかっ!?」



 竜郎も奈々と一緒に生魔法で鼓動を抑え込もうとするが、まったくいう事を聞いてくれない。

 そしてそんな風に竜郎が慌てていると、カッ──と眠っていたはずの毒竜の目が思い切り開かれた。



「レーラさん!! イシュタルさん!!

 固定してください! 最大出力でっ!!」

「「──はぁっ!!」」



 なかば叫ぶように言ったリアの指示に、これは何か不味いかもしれないと了解の言葉を返す間も惜しんで最大の力で毒竜の体を氷と銀砂で固定していく。



「ギャァッ──ギャァァァアアアアアッ────ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア────!!!!」

「──全員、抑え込んでくれ!」



 大口を開け聞いたことも無い苦しげな声で鳴き叫ぶ毒竜。

 竜郎はすぐさま切り開いた骨と肉と皮を生魔法で癒着させ、全身を魔法で拘束しながら暴れようとする毒竜を抑え込む。

 皆もそれに加わって、各々の方法で拘束する。


 血の涙を流し、体中の至る所から血管が切れて血が噴き出す。

 とてもではないがこれで成功などと言われても信じられない。

 だがそれでも心臓は移植成功したし、ちゃんと脈動を開始した。

 あとはこの毒竜の体がそれを受け入れてくれるように願うだけだ。


 幸い竜種というのは適応能力が高い。

 その竜としてのポテンシャルを手助けすべく、絶えずいたる所で切れる血管を癒し、少しでも痛みが和らぐように生魔法も全力でかけていく。


 だがそれでも足りずに毒竜は苦しみもがき、さらに体中がボコボコと大きく膨らみ爆ぜて血肉を撒き散らす。

 どうみても致命傷なので、その箇所の治癒を優先的にかけていく。

 けれど別のところが爆ぜて──治しては──爆ぜて──を繰り返し、本当に生命維持できるぎりぎりのラインで繋ぎとめていた。



「体の色が変わって来たよっ!」

「体が心臓に合わせて造り変わってきているようです!

 兄さんと奈々は、このまま全力で呪魔法と生魔法を使っていって下さい!

 そうすればきっと────きっと助かります!!」

「おうっ!!」「解ったですのっ!!」



 ようやく見えた希望を掴み取るべく、竜郎と奈々はよりいっそう気合を入れて魔法を行使し続けるのであった。

次回、第513話は6月27日(水)更新です。

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