第507話 ダンジョン解放!
やって来たのは巨大な廃病院の入り口の前。空は曇天で、遠くの方から雷鳴が響き渡る。
「おぉ……気合入ってんねー」
廃病院の塗装は完全に剥げ落ちコンクリートがむき出し。両開きのガラス扉があった玄関は右側が外れて地面に横たわっていた。
「だろう。んじゃあ、中に入ろう」
「ここも面白そうだな」
イシュタルが目を輝かせ、意気揚々と先陣を切って壊れた玄関をくぐっていった。
玄関の先は待合室になっており、ボロボロのソファーとカウンターだけしかない。
けれど外の外見よりはすっきりとしており、思っていたよりも綺麗な状態だった。
だが外の薄い光が当たらない場所は完全な闇となっており、不気味さをより演出していた。
「ここから中を探索していって、何処かの部屋にある鍵を探すって感じだな。
鍵は院長室の扉を開けるのに必要で、そこにいる院長幽霊が持っている箱の中に返却する事が出来れば、最初に俺達がいた病院の外が次の階層への入り口になるって感じだな」
「院長幽霊は強めっすか?」
「まあ、階層ボス的な位置づけだから、この階層内では一番強く設定してあるかな」
見た目は白衣を着た太った幽霊で、腹からは内臓が飛び出している。
顔は目と口が異様に大きく、常に笑顔を絶やさず奇声を上げながら毒のついた巨大なメスを振り回して襲い掛かってくる。
「他にはどんな魔物がいるんだ?」
「他には俺達の世界では定番の看護婦ゾンビとか、速力高めの子供の幽霊とかかな。
後他に変わり種と言えば、音魔法の魔力で作られた音の精神体──音精で、攻撃能力は皆無だが探査魔法にはかかり難くすることに特化したスキル持ちの魔物もいる」
「攻撃能力が皆無……? それは何の意味があるんですの?」
「後ろから誰かが付けてくるような足音を攻略者に聞かせて、恐怖心を煽る役目だな」
「地味に恐いですね……」
他にもドアの隙間から覗き込む幽霊。影の精神体で暗闇に乗じて肩を叩いて来たり足を引っ張ってくる魔物などなど、戦闘力は低めでもかく乱する事を目的とした魔物が多数用意されている。
そうして恐怖心を煽りつつ、暗闇なのに妙にはっきり見える真っ白で大きな顔だけの幽霊、手術室で腹を掻っ捌かれている血まみれのゾンビと執刀医の幽霊のセット、病院内を這いずりまわる人の体がいくつもくっ付いてムカデ状態になった幽霊などの、攻撃スキル多めの魔物達が襲い掛かってくる。
「いつかダンジョンレベルが上がったら、もっと強力な攪乱系の魔物を設置したいところだな。
俺のところは恐怖をメインにしたい」
「魔物の強さじゃなくて、そっちを強化するんだね」
そうして竜郎の廃病院階層をみた所で、今度はやたらとファンシーな遊園地へとやって来た。
「ここはあたしが作った階層っす」
「見た感じあまり怖くはなさそうね」
お客が誰もいないのに各アトラクションは動いている──というのはやや不気味ではある。
しかし、うろついている魔物らしき存在もカートゥーンの世界から出てきたような可愛らしいウサギの着ぐるみといった様相で、見た感じ恐怖を抱くような雰囲気も無い。
「それがここの狙いっす。でもあの着ぐるみに近づくと──」
そう言いながらアテナが着ぐるみの方へと近づいていくと、着ぐるみの方も愛想よく手を振りながら小走りでトテトテやってくる。
そして目の前までやってくると、突然腹から巨大な顔と手だけの口が裂けた女の幽霊が飛び出し攻撃してきた。
しかしこれはあくまでシミュレーターの中なので、アテナに攻撃が当たる事も無くすり抜けていった。
「子供が見たら泣くぞこれ」
「ルシアン君は大きくなるまで、このダンジョンには連れてこない方がいいかもね」
「そんな事を言ったら何処の階層もそうよ、アイちゃん……」
体も最初の頃よりも大きくなり、もうそろそろ保育器から出るのも時間の問題となってきた、ベルケルプとルーシーの息子ルシアン。
もう数年もすればシステムもインストールされて自分の意志で最低限、戦う事も出来る様になるだろう。
けれどいくら優秀に育ったとしても、子供の時にこのダンジョンに入れたら間違いなくトラウマを残す事になるだろう。
「あとは──ああ、来たっす」
「なんだか陽気な音楽が聞こえてきましたの」
「ほんとで──す……ね。うわぁ……」
顔を引き攣らせたリアの視線の先には、派手な衣装に身を包んだピエロが大量の着ぐるみ、アニメから飛び出してきたような間の抜けた顔の幽霊やゾンビを引きつれたパレードが見えた。
陽気な音楽に合わせてピエロは愉快なダンスを踊り、幽霊たちもニタニタと周囲に笑顔を振りまいていた。
「ハロウィンのイベントだったら有りそうだな」
「絶対に近寄りたくないけどね」
「でも近寄ってあのピエロを倒さなきゃ先へは進めないっすよ」
「そうなの?」
「そうっす」
どうやらまず園内にいるパレードピエロ。遊園地のお城にいる王様ピエロ。止まらずに永遠に走り続けるジェットコースターに乗っている絶叫ピエロ。ミラーハウスにいる鏡ピエロ。観覧車に乗っているカップルピエロ。ゴーカートに乗っているレーサーピエロ。バイキングに乗っている海賊ピエロ。メリーゴーランドにいる乗馬ピエロ。園内のどこかに隠れている隠れピエロ。
この内のどれかがカギの欠片を落とすので、攻略者はそれを3つ集める事で次の階層へ行く事が出来る様になるという。
「慣れれば結構楽しめると思うっすよ。アトラクションは、そのまま楽しめるようにしてあるっすから」
「みたいだな。今度デートしに来ようか」
「うーん……お化け屋敷風遊園地だと思えばありかなぁ」
そうしてアテナの遊園地階層を見終ると、今度はさびれた学校の校庭にやって来た。
「私の作った恐い所の定番──夜の学校!
ここは7不思議を体験できるようにしてあるんだよ!」
「7不思議? それはいったいなんですか? 姉さん」
「7不思議っていうのはね──」
愛衣は異世界組にトイレの花子さんや音楽室のベートーベンの絵が動く──などの7不思議と呼ばれるベタな怪談を簡単に十数個説明していった。
そしてそれを聞いてリア達が最初に思ったのは、7つよりも多くね? ということである。
「学校によって違うからね。いくつもあるんだよ。
だから今言った奴とか以外にも仕込んであるんだけど、ここで体験できるのは7つまでで、ランダムでどれかが当たるように設定してあるの」
愛衣が言うこの階層の正規の手順としては、まず図書館に行って学校の7不思議について書かれた本を見つけ出す。
これは他の本は背表紙に何も書かれておらず、中も白紙なのでちゃんと調べれば誰にでも発見できるようになっている。
そしてその本を読んで今回の7不思議を確認し、その内4つを引き起こしている魔物を倒せば鍵の欠片が全て揃い次の階層への入り口が開く。
「4つまで攻略できればいいのか。でも全部やりたい場合はやってもいいのか? アイ」
「もちろんだよ! イシュタルちゃん。むしろ私は7つ全部の攻略を推奨するよ。
実は7つ全部攻略すると、本には載っていない8つ目の怪談──開かずの間に入れるようになるの。
そんで、その中で出てくるエクストラボスを倒すと、ちょっと豪華な宝箱をゲットできるようにしてあるんだ。
ダンジョンレベルが上がったら、ここのボスをめちゃんこ強くしたいな」
「それは面白そうだな。是非やってみよう」
「うん。楽しんでね!」
ちなみにこの階層で出てくる7不思議の内、魔の13階段、校庭から生える無数の腕、赤マント。このどれか1つでも当たるとハズレらしい。
魔の13階段は数えながら13段目を踏んだ人物が強制的に異空間のモンスターハウスへ御招待。大量に襲い掛かってくるゾンビや幽霊を全て倒さなければ出てこれない。
校庭から生える無数の腕は、魔物自体は弱いのだが生えている手を全て討伐しなくてはいけないので、広範囲に渡って攻撃しないとかなり面倒な上、地面の底に逃げたりもするので単純に面倒くさい。
そして赤マントは、エクストラボスを除いたこの階層の全魔物中最強の白い仮面に赤いマントを付けた幽霊で、ぎりぎりレベル3ダンジョンに挑める程度の人間では殺される可能性が非常に高い。
そのくせ向こうから積極的に壁や障害物をすり抜け襲ってくるので、他の7不思議を攻略しようと思っても横やりを入れられ強制的に戦闘になる確率ほぼ100パーセント。
倒すまで気が休まる事が無いので、非常に厄介な7不思議となっている。
「俺がやったらトリプルツモとかありそうだな……」
「あはは……。でもたつろーなら魔法で全部片付けられるし良いじゃん。
それに私がいれば私の運と半分こで、1個か2個くらいになるよ、きっと」
「そうだな。愛衣がいてくれれば恐いものはない。
これはダンジョン攻略の時はずっと俺の横にいて貰わないといけないな」
「ダンジョンだけでいいの?」
唇を尖らせて、少し拗ねたようにジト目を向けて来る愛衣。
それに竜郎は微笑みながら抱き寄せ耳元で語りかける。
「いや、何処にいてもずっと横にいてほしいな。愛衣はどうだ?」
「私も♪」
愛衣は直ぐに満面の笑顔で抱きしめ返し、二人は熱い抱擁を交わしたまま軽いキスをしてから離れた──かと思えばまたキスをして──なんて事を繰り返し始めた。
「だめだこりゃ」とリアやレーラ、イシュタルは、お互い視線を合わせて肩をすくめた。
一通りいちゃついて満足したのか、竜郎と愛衣もべったりくっ付いたままだが話が出来る状態に戻ったので、シミュレーションは終了して元の平原地帯に戻ってきた。
「見た感じ全部問題なさそうだったな。トータル値も全階層範囲内に収まってるし、消費した世界力もまだ残ってる」
システムからそれぞれの階層に使えるトータル値を示す円グラフを1つずつ全員で確認していき、最終チェックもしっかり行った。
これで完璧だろうと自信が持てたので、竜郎は迷宮神へと話しかけた。
「とりあえず11階層を作り終えました。これでダンジョンを開くことが出来ますか?」
『………………ええ、こちらでも確認した限りでは問題なさそうね。
それじゃあ、私から最終階層をプレゼントするから、ラスボスを決めてちょうだい』
「最終階層?」
『あなたたちもいくつかダンジョンを回った事があるから知っているでしょうけれど、ボス手前の最終階層だけは全ダンジョン共通して迷路みたいにしているの。
そしてそれだけは全部、私が作っているのよ。
ああでも、地形以外は適当に設定しちゃってるから後で好きにしていいから。
それとあなたたちが決めたテーマにそって作ってあげるから安心してちょうだい』
「そういう決まりがあったんですね。解りました。お願いします」
という事で最後に竜郎達は、自分たちのダンジョンで出すボス魔物を決める必要があるらしい。
「よくよく考えてみれば、そこを決めないと攻略できないよね。忘れてたよ」
「あたしもすっかり忘れてたっす~」
愛衣とアテナはだよね~と笑い合っていた。
その様に軽く笑ってしまいながらも、竜郎達はボス設定会議を始める。
そうして色々な魔物一覧を皆で見ながら検討した結果、ドレスを着た足の無い女性幽霊を設置する事にした。
この幽霊は豊富な魔力に耐久、魔法抵抗ともに高めで守りを固めるスキルが多い。
しかしその反面、攻撃能力はそこまで高くはない。
ところが眷属召喚系のスキルをいくつか持っており、幽霊、スケルトン、ゾンビ、吸血鬼、闇精をバンバン召喚して数の暴力で攻略者を苦しめる。
ただし魔力の回復速度は早くないので魔力切れを一度起こさせるまで耐え、回復しきる前に眷属を排除できれば攻略は容易くなる。
「うーん、やっぱりダンジョンレベル3だと、ボスでもこの位になっちゃうんだね」
「そうだなぁ。俺達だとソロでも瞬殺できるレベルだし、適度な歯ごたえを期待する感じじゃあないな」
フィールドはボスの強化につぎ込みたかったので、シンプルに円形状の広い舞台。
ただし真っ暗闇にしてあるので、そのあたりの対策が出来ていない攻略者だと多少実力的に余裕があっても厳しいかもしれない。
「とはいえ、このダンジョンの階層は暗闇率が高いから、ボスにたどり着くまでの過程で何とかしているでしょうけれどね」
レーラが言った様に、暗闇ごときで足を引っ張られるような半端者は途中の階層で淘汰されるので、ここにきている時点でそこは問題にはならないだろう。
だがそうする事で少しでもトータル値を下げてボス強化に当て、尚且つ意識を暗闇に持っていかせて少しでも足を引っ張ろうという考えなので、管理者側からしても問題はない。
『こちらも出来ているわよ』
迷宮神もボス前の最終階層を作り終えていたらしく、どんなところか見せてくれる。
そこは暗い洞窟迷宮で、幽霊とゾンビ犇めく竜郎たちのダンジョンの趣向に合わせた場所にちゃんとしてくれていた。
魔物や罠の調整は後からでも出来るので、ひとまずここも完成とみなしてダンジョンの開放を優先する事にする。
開放するには、メニューボタンにあるダンジョンから『階層』をタップ。
14個の枠がずらっと並んでいたので、階層一覧に表示されている先ほど作ったばかりの自分たちの階層を指で触れて、空いている枠へとドラッグしていく。
欄外にある15個目の固定枠に設定されている最終階層はそのままにして、画面隅にある『←』マークで前の画面に戻り、今度は『ボス』をタップ。
今は一体しか表示されていないボス一覧から、4つ並んでいるボス枠へとドラッグしてはめ込んだ。
これで設定は完了だ。
また戻るボタンで前の画面に戻って、先ほどは薄くなって押せなかったが、今は光り輝いて主張する『開放』の項目をタップすればダンジョンが開く。
「それじゃあ、みんな一緒に押そっ! ────せーのっ!」
愛衣の掛け声に合わせて11人全員が同時に『開放』を選択。
その瞬間薄くなっていたダンジョンの入り口の光が戻っていき、他のダンジョン同様に光り輝く湖が出来あがったのであった。
次回、第508話は6月20日(水)更新です。




