第503話 妖精樹の秘密
等級神曰く、まだダンジョン関係の調整が終わってないという事もあり、竜郎たちは一晩だけまたお城に泊まらせて貰った。
その夜は城内で大宴会が開かれ楽しいひと時を過ごし、朝方には国民一同に見送られながら魔物船長門に乗って海底都市を後にした。
その道中──正確には海中。
聖竜スッピーは船内の探検に出かけてしまったので、念のため天照と月読の属性体を付けて放っておき、竜郎たちは改めて妖精樹の種の結晶についてリアから説明を受けていた。
「私もあれを見るまで知らなかったのですが、どうやら妖精樹とは属性樹の事だったようですね」
属性樹とは本来は炎山や風山など、属性に偏った場所に極稀に生えてくると言われる属性持ちの特殊な樹木のことを指す。
これは炎山に生えているのなら炎属性、風山にあるのなら風属性、樹山にあるなら樹属性と言った感じに、通常一属性のみの魔力を内包しているものである。
しかし先の属性樹の種は奇跡的なバランスで十二属性全てを内包し、もしそれがちゃんと生えていたのなら、妖精郷にあると言われている妖精樹になっていただろうとの事。
なので厳密に言えば妖精樹などという樹木は存在せず、エレメンタルツリー、属性樹などと呼ばれる稀少な樹木に分類される。
だが十二属性を内包したことによってさらに稀少な──というよりも恐らく現在世界に一本しかない樹木の種となったのだ。
「そんなに稀少なモノなのか……。それでレーラさんは何を知っているんだ?
リアがメンチッタカン王の前で説明してる時、あって言ってたよな?」
「ええ。昔エーゲリアに妖精樹のことに付いて聞いた事があって、その時にちょっとね。じつは──」
どうやらレーラは、さっきの妖精樹の種の結晶そのものの存在を知っていたらしい。
その昔、まだ真竜イフィゲニアが帝位についており、エーゲリアも本当に幼かった頃。
当時の妖精種の女王から、同胞たちが安心して暮らせる隠れ家的な場所が欲しいと相談を受けた。
その時にイフィゲニアが発案したものこそ、今の妖精郷と呼ばれる妖精たちの秘境だった。
けれどその秘境を保つためには、莫大なエネルギーが常時必要になってくる。
そこで妖精郷の面々とイフィゲニアが話し合って出した案が、属性樹の改良だった。
かの木は一属性だけでも様々な素材として有用なものであると同時に、妖精たちにとっては豊富な食料兼エネルギー源としても注目されていた。
なので種自体は研究用に保存されており、それを妖精郷が維持できるような特殊な状態に出来ないか研究を重ね、その種を生み出すことに成功。
そうしてイフィゲニアの力によって種を一気に成長させ、今の妖精樹となった。
「それでね。実は十二属性の魔力を内包させるには、同じ人物のエネルギーで種の状態の時に完璧なバランスで十二属性全部を詰め込む必要があったの。
けれど、その調整に失敗して種としての機能を死なせてしまった『失敗作』がいくつかあったらしいの」
「えーと……、もしかしなくてもアレってその『失敗作』って事なの?」
「多分そうじゃないかと私は思っているわ」
「しかし何故その失敗作が、海底などに埋まっていたのだろうな。
ばあ様や妖精の誰かがここに捨てたのか?」
「そこまでは、ちょっと解らない……かしら?」
と、レーラは言ったが、実はなんとなくその予想はついていた。
レーラがその話をエーゲリアから聞いた時に、もう一つその失敗作の種について話していた事があった。
それはまだ転移魔法は早いとイフィゲニアに言われていた幼いエーゲリアが、ムキになって物置になっている建物に隠れて練習している時、誤ってその失敗作の一つを何処かへ転移させてしまったと言っていたのだ。
直ぐにばれて捜索をしたものの地上には無く、また別に知らない誰かが見つけたとしても、あれをどうにかできるとは思えない──そう結論づけて、その話は時と共に忘れ去られた。
イフィゲニアに滅茶苦茶怒られたというエーゲリアの幼少期の思い出と共に。
(さすがに娘の前で言わない方がいいわよね。エーゲリア)
イシュタルはエーゲリアが最初から完璧な存在だったと思っている節があり、エーゲリアもまた意外と娘の前ではそういう所をみせない様にしていたので、レーラも黙っている事にしたのだ。
「ん? って事はだぞ。もしかして、このアホみたいな量のエネルギーってイフィゲニアさんのものって事なのか?」
「まあ、そうなるのでしょうね」
どうりでエーゲリアを思い起こさせるような代物だったわけだと、竜郎もあの時の感覚に納得がいった。
そしてそんなつもりは毛頭ないが、絶対に真竜だけは敵にまわさないようにしようと、改めて心に刻みつけた。
「それでリアは、あれを何の素材に使う気なんですの?」
「え? 何言ってるんですか?」
「なにってそりゃあ、なんか凄そうな奴っすから、なんか凄そうな武器とか作るんじゃないんすか?」
「今後、他の何かに使う事が有るかもしれませんので、兄さんには複製しておいて貰うつもりですが、私がそれを欲しいと言ったのは別にそれを素材にして何かを作りたいからと言うわけではありません」
「ん? それじゃあ、一体なんで欲しがったんだ?
とりあえず持っとこうてきな収集欲か?」
「いえまあ、そういう欲求が無いわけではありませんが……」
一度そこで言葉を切って、リアは改めて竜郎や他の面々を見渡してから口を開く。
「皆さん、私はこれを使って私たちの領地に妖精樹を生やしたいと考えています」
「えっ? だって種は死んじゃってるんだよね? それじゃあムリでしょ?」
「いいえ、姉さん。解りやすいように死んだと言いましたが、厳密には仮死状態です。
ですがこの結晶を取り除き、種に入っているエネルギーを取り除き、元の何の属性も入っていない種に戻せなければ、何をしようと復活は絶対に果たせません。
なので私のような特別なスキル持ちでなければ、仮死状態でも死んでいるのでも一緒なんです」
「でもエネルギーを抜いてただの属性樹の種にしてしまったら、もう妖精樹にはならないんだろ?
タツロウも十二属性全てを使えると言っても、ばあ様がやったほどのエネルギーをあの小さな種に封じるなど流石に無理だぞ?」
「エネルギーは一度抜き去りますが捨てません。一時的に別の形にして貯蔵しておきます。
そして私が完璧に調整した魔力頭脳による演算で、今度は完全に妖精樹として発芽できる状態になる様に注入します。そうすればエネルギー問題も解決です」
「それが出来るのなら確かに出来そうな気がしてきたな」
イシュタルがそんな事が出来るのかと、感心した顔で頷いていた。
「ですよね。あ、兄さんにもただの属性樹の種に戻せたら、さらに《復元魔法》をかけて最も健康だった時にまで戻して貰おうと思ってますが……いいですよね?」
「ああ、それなら別にいいぞ。だが妖精樹を生やすことのメリットは何だ?
俺達は別に妖精郷なんてつくる必要はないんだが」
「そんなの決まってますよ! 素材です! 素材!
妖精たちにとって妖精樹はとても大事なものだと思うんです。
そんな樹の素材なんてホイホイ取らせてくれるとは思えません!
ですがそれが自分たちの所有物であるのなら、誰も文句は言わないです!
樹木系──いいえ、もっと言うのなら、植物系の素材の中でも最高峰の素材ですよ?
それが取り放題なんですよ? 絶対に欲しいじゃないですか!!」
「せ、せやな」
「なんでエセ関西弁?」
竜郎とてそんな美味しい素材が自領からニョキニョキ生えてくれるのなら、欲しいと思った。
だがそれよりもリアの圧が強すぎて一歩引いてしまったのだ。
「ま、まあ、俺も欲しいと思ったしな。植物族創造とか、魔物の素材にも使えそうだし、いいんじゃないか?
反対だっていう人はここにいるか?」
竜郎が皆にも意見を求めるが、誰も反対はしなかった。
「しかしダンジョンに妖精樹。タツロウたちの領地は、どんどんおかしな事になっていくな」
「まあダンジョンもそこいらに勝手に作るわけにもいかないから、多分俺達の領地内に作るんだろうしなあ」
「それに私たちの世界の技術も混ぜて色々充実させてきたいねってリアちゃんと話してたし、世界中どこを探しても無いオリジナリティーに満ち溢れた素敵な領地にしてみせるよ!」
「素敵と言うより、混沌に満ちてしまいそうだけれどね」
レーラもイシュタルも、無邪気にいう愛衣に苦笑していた。
やがて海底都市からも離れ、地上に戻ってきた竜郎たち。
上陸して直ぐに礼を言ってから長門を《強化改造牧場》へ送り返すと、周囲に誰もいないことを確認。
スッピーにも過去に行く事は話しているので、スッピーごと転移の範囲に入れて元の時代の拠点の内部へと転移した。
実は最初、転移先である地下の部屋は魔法液生成装置にも繋がる場所なので、仲間と呼べるほどでなく領地の住人レベルのスッピーに見せていいかどうか迷った。
けれど、せっかくイメージしやすく安全に安定して転移できる場所があるのだから、使わないのも損だろう。
そこで今回は、そんな状況にうってつけの魔法を竜郎が見つけたので、それを使って解決することにしたのだ。
水晶の地下室を見たスッピーは「凄いでござるな!」と興奮した面持ちで、さらに一階の床がせり下がってくる昇降機にも驚いていた。
そんな興奮状態の彼を連れて、とりあえずリビングまでやってきた。
爺やとウリエルが入れてくれたお茶を飲みながら、竜郎は今回使う魔法についてスッピーに説明し始めた。
「《契約魔法》? 初めて聞いたでござる」
「魔法職でも普通の人間にはシステムにも表示されない魔法らしいからな」
「ふむ。まあ、タツロウ殿のする事だ。何であろうと某は受け入れるでござるよ」
「いいのか? そんな簡単に」
「タツロウ殿が特別な存在であることはもう理解しているつもりでござる。
そんな人物たちが隠したいと思っている情報を、口約束だけで喋らないと信じて貰えるほどのことを、某はまだしていない。
だからここで身をゆだねる事で、証をたてたいのでござる」
「いや、まあスッピーさんがペラペラしゃべるとは思ってないんだ。
ただ嘘を吐くのは苦手そうだし、この世界には本人の意にそわない形で喋らせる魔法だってある。
そういうものからも《契約魔法》なら守ることが出来るんだ」
例えば一番ポピュラーな所で言えば呪魔法。他にも尋問に特化した特殊な種族スキルや魔道具などもあるらしい。
今の竜郎達ならば、相手がエーゲリアなどの人知が及ばない相手でもない限り、かかる事は無いと言ってもいいだろう。
爺や、彩、ウリエルなどの眷属であれば、どんな魔法だろうと主人に害のある事をするのなら、強制される前に魂が砕けてしまうのでありえない。
が、スッピーのレベルではかけられる人間は少ないというだけで、いないわけではない。
だからこそ竜郎は、ここに帰ってくる前に新たに《契約魔法》を最大20レベルまで上げておいたのだ。
「それは良いでござるな。ますますかけて欲しい」
「ありがとう。そう言って貰えると、こちらも有難い」
無理やりできない事も無かったが、本人の同意はしっかりと取っておきたかった。
そして今、本人からも了承を得られたので、竜郎はさっそく杖を持って《光魔法》で最大限強化しながら《契約魔法》を発動した。
すると青い複雑な文字が杖の先から飛び出していき、対象者──スッピーに向かって吸い込まれていく。
その瞬間、竜郎とスッピーの間で不可視のパスがつながる。
(俺達の情報。この城や領地内の情報。それを今後、他者に口外することを禁じて貰う。問題が無ければ同意を)
(問題ないでござる)
力づくで無理やり行った《契約魔法》よりも、ちゃんと同意を得て契約を結んだ方がその効果は深く刻まれる。
故に竜郎はパスを通して契約事項を伝え、スッピーはそれに同意した。
するとスッピーの胸のあたりに一瞬だけ強い青い光で魔方陣のような模様が浮かび上がり、すぐに消えた。
これで契約成立である。
もうスッピーは自分の意志で竜郎達の情報を、他人に口にすることが出来なくなった。
一連の動作を観ていたイシュタルは、その魔法について素直な感想を投げかけてくる。
「約束事を守らせる魔法か。使い勝手の良さそうな魔法だな」
「うーん……、まあ、便利と言えば便利なんだがなぁ」
「ん? 何か不都合があったりするのか?」
「いや、実はな──」
この《契約魔法》も、《テイム契約》同様、時間と共に効果が薄れていってしまう。
なので契約が切れそうになるたびにかけ直す必要がある。
とはいってもテイム契約と違い、光魔法で最大限にまで効力を強化できるので、その期間は一度で5、6年は余裕で持つだろう。
「タツロウが光魔法で強化してもそれくらいなのか。
テイム契約ならば普通はずっと一緒にいるものだからいいだろうが、約束を守らせるだけの相手に定期的に会うというのは面倒だな」
「だよなぁ」
とはいえ、竜郎もただそれに甘んじているつもりはない。
そこを何とかできないかどうか模索中であり、もし可能なのであればテイム契約した魔物もアムネリ大森林に連れていけたらとも思っているのだ。
しかしそれには《テイム契約》以上に強力な関係を構築する必要がある。
(うーん、もう一回取得できるスキル一覧を調べ直してみるか)
ヘルプに聞いた限りだと現状の取得一覧には無いと言われているが、このヘルプと言うのは常識的な使い方をシミュレートして教えてくれているだけなのだ。
現にウリエル作成時の三重天魔族創造の結果がどうなるか──などの、本来想定されていない方法を聞いても教えてはくれないのだ。
(絶対に何かあ────ったらいいなぁ)
もしなくても新たな発見は有るかもしれない。
そう考えて、竜郎は前向きな気持ちで今夜にでも調べ直そうと決めたのであった。




