第501話 システムエラー
今回は相手の個体レベルがいつも以上に高かった。
なのでレベル上昇もさぞかし美味しい事だろう。
期待しながら一同、聞こえて来るであろうアナウンスに耳を傾けると──。
《『レベル:rkひsrhぴおあえとkhprtjひr──────》
レベルの後に続く言葉が滅茶苦茶で、何を言っているかまるで聞き取れなかった。
皆一様に「は?」と疑問符を浮かべながらも半ば嫌な予感がする中、仕方ない自分で確かめるかと自身のステータスを目視で確認しようとするも……。
皆、レベルの項目が──『レベル:???????????????』──となっており、誰も現在の自分のレベルを確認する事ができなかった。
「これってどうなってるの? 私のレベルはどこ行っちゃったのさ」
「タツロウ! 急いで等級神に問い合わせてくれ!
レベル関係は等級神の管轄だ!」
「ああ、解った!」
イシュタルのやや慌てた言葉に頷きながら、竜郎はすぐさま等級神との会話を試みた。
(等級神! 俺達のレベルがおかしい! 至急応答を!)
『解っておる! 今調査中じゃ! しばし待っておってくれ!』
(了解した)
何やら向こうも連絡する前に気が付いていてくれたようだが、まだ原因究明には至っていないらしい。
その事を愛衣達にも告げ、どうしたらいいかも解らないので、とりあえずその場でジッと待つことにした。
それから10分も経っただろうか、今度は等級神から竜郎へ連絡が入ってきた。
(何か解ったのかっ?)
『う、うむ……。解ったには解ったのじゃが……』
(なんだ? その奥歯に物が挟まったような言い方は)
『まあ、それは一先ず置いておいてくれ。でじゃ、タツロウよ』
(置いておかれても困るんだが……それで、何だ? 等級神)
『お主────ダンジョンが欲しくないか?』
(は? だんじょん? 何だよ藪から棒に)
『いやー、そうかそうか。欲しいか』
(いや、何も言ってな──)
『仕方がないのう。特別じゃぞ♪』
(ひぇっ、キ、キモい……)
『キモいとはなんじゃ!! 儂、最大の茶目っ気を出してやったというにっ』
(いや、しらんがな……。というか、いいから説明してくれよ!)
竜郎たちは、とにかくこの宙ぶらりんな状態から早く解放されたかった。
とぼける等級神をせっついて先の言葉も含めて、竜郎は説明を求めた。
すると「はぁ」とため息を吐きながら、等級神は今回の変事が起きた原因について語り始めた。
『いやな。これはもう本当に、儂らも初めての事でそうなると予測できておらんかったのじゃが、どうやらお主達のシステム内にこのダンジョンの個となっていた者の魂の残滓が大量に入り込んでしまったようなのじゃ』
(んん? つまりどういうことだ?)
『今回は場所が悪かったのう……。
ここは言うなればダンジョンの死体の中と言ってもいい場所じゃ。
そんな所で集まった世界力には、このダンジョン造りに飽きて自死した者の魂が散らばっておった。
そんな中でお主が世界力と共にそれ毎集めてしまい魔物化。
そしてそんな魔物を倒した事により、いわゆる経験値として魔物の魂のエネルギーがお主達のシステムに分配され吸収。
さらに神格者だらけで上質なシステム持ちばかり。普通なら許容できないはずのものまで強引に適応化してしまった。
それにより、お主達は団体で小規模ながらダンジョンの器として成立してしまったようなのじゃ。
特にお主とアイはそれが顕著であるようじゃのう』
(ああ、エンデニエンテの称号のおかげだな)
『うむ。おそらくお主達二人がそれを有していなかったら、お主達全員でも器として成立はしなかったであろう。
それでじゃ。話を戻すが、ダンジョンの器は人間よりも高次元の存在でないと本来はなれないもの。
じゃから人間のシステムでいうレベルという概念が存在しておらんから、お主達のシステムでは上手く表示できんようになってしまったのじゃ』
(あー……つまり、なんか良く解らないうちに、ここのダンジョンを運営してた?奴の欠片を俺達のシステムに収めてしまったと)
『まあ、そういうことじゃな』
本来ならダンジョンの魂の残滓など別に放っておいても、他の世界力と同じように何かによって消費されて消えていくものだった。
だからこそ、神たちも特別意識せずに世界力がちょっと濃くなったな程度の認識で放置していた。
しかしここは聖竜と邪竜の戦いの末に、ほぼ誰も来ない場所になってしまっており、消費するどころかよそから世界力を増やすような場になってしまった。
なのでほとんど世界力と化していたダンジョンの魂の残滓も消費しきれずに、今回竜郎の世界力の魔物変換時に一緒に巻き込まれて魔物構成エネルギーとなってしまった。
(えーと、それでダンジョンの器として成立してしまったらどうなるんだ?
もしかして危険な状態なのか?)
『特にそのままでも、お主達に害はない。
──が、そのままじゃとシステムエラーでレベルが上がらぬ。先の魔物のエネルギーも貯蓄されたままじゃしのう
そうなると最後の魔物も倒すのは難しいじゃろうて』
(いや、それはそれは危険な状態じゃないか……。どうするんだよ……)
『安心せい。その対処法もしっかりと用意しておる』
(おおっ、やっぱり等級神は頼りになるな!)
『じゃろうっ!』
(欲を言えば事前に知らせてほしかったけどな!)
『おふぅっ……。まあ、それは置いておくのじゃ……タツロウよ……』
(す、すまん……)
そこで等級神は仕切り直しとばかりに「ごほん」と空咳を一つ吐くと、その対処法について語り始めた。
『お主達は好きな所にダンジョンを作るのじゃ。
そうする事で権利はお主達のままに、ダンジョンのエネルギーはダンジョンに移す事が出来るように儂ら──というより迷宮神がする』
(まるなげかいっ。といっても等級神はレベルの神様だからしょうがないか)
『そうじゃのう。神という存在ではあるが、何でもかんでも出来るわけはないのじゃよ』
と、そこまで話したところで竜郎は腕を引っ張られる感覚がして、そちらに意識を向けると愛衣が早く話を聞きたそうにこちらを見上げていた。
そんな彼女の唇にちゅっと口を押し当てると、「早く説明しろ~~」と頭で胸をグリグリされた。
竜郎は微笑みながら愛衣を抱きしめ、背中をポンポンと叩いた。
(えーと、ちょっとタイム。とりあえず危険が無い事だけは皆に説明させてくれ。
他の情報は後で聞くよ)
『うむ。それがいいのう。一度お主らの拠点に帰ってから、また詳しく語ろう』
(ああ、助かる──)
そうして竜郎は等級神との会話を一度打ち切ると、今回のレベルの表示が上手くいかない理由について話していった。
「まあ普通では想定されていない事を私たちはしてる訳ですからね。
神様でも予想できない事もありますよね、そりゃ」
「クリアエルフでもダンジョン運営に関わった人間なんて誰もいないでしょうね!
やっぱり、タツロウ君たちについて来て良かったわ!」
「いや、クリアエルフどころか母上や、ばあ様ですらないだろう。
ふふっ、今度自慢してやろう」
リアが冷静に事態を飲み込んでいる中、レーラとイシュタルは誰も体験したことのない事が出来るのだと喜んでいた。
愛衣やカルディナ達も、自分の好き勝手にダンジョンが作れるかもしれないと解ると楽しそうだと笑っていた。
その光景に皆が喜んでいるのなら、まあ良かったのかなと竜郎は思ったのだった。
全員とりあえず事態を飲み込み、すっかり普段の落ち着きを取り戻すと、さっそく素材回収を始める竜郎たち。
死屍累々と様々な死に方をさらすサメ人間や、メイン素材であるサメ本体、もいだ翼、両足、目玉、鱗の一枚に至るまできっちり全部、探査魔法を駆使してまで漏らさず《無限アイテムフィールド》に収納していった。
「よし。忘れ物はもうないな?」
「ないでーす!」
「うむ。いい返事だ愛衣君。
──ってことで、メンチッタカン王に軽く説明だけして帰ろうか」
「そうですね。ダンジョンも気になりますし」
来た道はただの一本道。迷う余地も無く下ってきた階段の前までやってくると、聖竜スプレオールがこちらに歩み寄ってきた。
「おお、ご無事でしたかイシュタル様。それにタツロウ殿らもよく無事で。
ここまで戦いの音が聞こえてきて心配していたでござるよ」
「心配をかけたようだな。だがもう大丈夫だ。全て蹴りは付けてきた」
「ははぁ~。さすが真竜──イシュタル様でございまする!」
「はぁ……」
また土下座ポーズで崇めてくるスプレオールにため息を吐きながら、自分が話しかけたのでは進まないと視線で竜郎へと会話の主導権をバトンタッチした。
ちなみにスプレオールは竜種特有の才能の高さによって水に適応できているらしく、水中での呼吸も会話も問題なくできていた。
「それでスプレオールさん。実は外で人魚や魚人の都市を治める王様が待っているんだが、《呪歌》の件は本当に黙っているという事で良いんだな?」
「うむ。聖竜に二言は無いでござる」
「解った。俺達もスプレオールさんの意見を尊重しよう。
それじゃあ、俺達が説明するから適当に話を合わせてくれ。
ああ、あとイシュタルが真竜だとかも黙っておいてくれよ?」
「任されよ」
その無駄に自信満々な答えに若干の不安を抱きつつも、竜郎達は壊れたダンジョンから出て階段を上り、遺跡を塞いでいた門をくぐった。
「おおっ、あなた様が我らの祖先をお守りしてくださった聖竜様ですね!
私はその子孫たちを取りまとめる王、メンチッタカン・ペティシュリナと申します。
この度の御帰還、我ら一同、大変喜ばしく思います」
初めてみるであろう聖竜スプレオールに、感動の涙を流しながら、ここまで来た一同が一斉に頭を下げた。
そしてそれを見たスプレオールも、自分が恨まれていなかったのだと自身の目で確かめる事が出来たこと。自分が守った結果としてメンチッタカン王たちがいる事。
それらが合わさって、スプレオールまで涙を流していた。
『水の中なのに人魚さん達とか、ちゃんと涙が流れるって不思議だね』
『俺達がここで泣いても表情くらいしか解らないだろうからな』
などとどうでもいい感想を愛衣と話しながら、スプレオールや人魚たちが少し冷静さを取り戻すのを待った。
「タツロウ様、ジャンヌ様がたも、本当にありがとうございました」
「いえ、こちらにも用事があったのでお気になさらず」
「それにしても聖竜様は随分お痩せになっておられますな。
我らの《呪歌》は本当に役に立っていたのでありましょうか?」
「ええ、もちろんですよ。だよな、スプレオールさん」
「ううううう、うむ。ももももちろんでござるよ?
イヤータスカッタデゴザリ──ござる!」
『駄目だ! スッピーさん嘘付けない人だよ! どうしよっ』
『スッピーて……言いやすくていいなぁ』
あまりにも解りやすく目を泳がせるスプレオールに、メンチッタカン王含め、お付の者たちやここまで先導してくれた魚人の男バジュリが率いる小隊一同も、困惑顔で竜郎に説明を求める様な視線を投げかけてきた。
竜郎は頭が痛くなり少し現実逃避したのだが、このまま放っておくわけにもいかないと、いいわけを考えながら口を開いた。
「何を不安そうな顔をしているんですか!
スッピーさんは呪いのせいで、ずっと意識が朦朧としていたんです!
ですので呪いにかかっていた時に、どういう風に皆さんの気持ちが届いていたのか覚えていないそうなんですよ!
僕らがそれを教えた時に、スッピーさんはその事を大変悔やんでおられました!
なので今みたいな反応になってしまいましたが、むしろ《呪歌》が無かったらとうの昔に死んでしまっていたかもしれないんです!
陛下たちの行動は決して、決して! 無駄ではなかったんですよ!」
「何と……。我々を慮って慣れない嘘まで……申し訳ございません! スッピー様ぁああああ!」
竜郎は「何もしゃべらないでいいから黙って頷いてくれっ!」と、音魔法でスプレオールだけに聞こえるようにしゃべりかけた。
これ以上自分が喋るとややこしい事になると本人も察したようで、やや表情は硬かったものの指示通り黙って頷いてくれた。
それが向こうには威厳に満ち溢れた表情に見えたらしく、すぐに納得してくれ竜郎も肩の荷が下りた思いがしたのであった。
「……ところでタツロウ殿、スッピーとは某の事なのだろうか?」




