第498話 等級神からのお知らせ
聖竜スプレオールが竜郎たちの領地のどこかに居を構えるのが決まった後は、ここに残っている世界力溜まりの処理である。
けれどここにスプレオールがいると巻き込まれて死にかねない。
なにせ彼のレベルは、およそ70くらいなので、いくら竜種とはいえここからの戦闘は危険だ。
それに双方一緒に戦ったところで、ろくな連携も取れないだろう。
「某では戦力不足でござるか……。ハッキリ言われるとキツイものがあるな」
「まあ、うちのパーティはちょっと特殊だから気にしないでくれ」
「で、ござるな。なにせまだ年若いとはいえ、まごう事なき生命の頂点たる真竜様と肩を並べれられる存在に、某ごときがついていけるわけもなし。
ここは大人しく離れた場所で応援させてもらうでござる」
「ああ、そうしてくれ」
現状を完璧に理解したわけではないが、何らかのお役目を背負ってここまで来たのだろうと察したスプレオールは、それほど渋る事も無く竜郎達の来た方へ飛んで行き入り口近くの階段まで一人先行して去っていった。
十分スプレオールも離れてくれたので、こちらの憂いも無くなった。
なのでこれでもうここに世界力溜まりが出来なくなったのか確認するために改めて、ここに溜まっている世界力について調べてみる。
するとどうやら元ダンジョンで空間が歪んだ場所であり、竜種──それも聖竜と邪竜と言う真逆の性質をもつ存在の魂が二つくっ付いていて、さらに毎日《呪歌》が届いて場を活性化させていたという三点が奇跡的な形で特殊な環境を生み出し、これほどの世界力を集める結果となったようだ。
「やっぱり普通に見えても、元ダンジョンと言うのは特殊な場所であるのは変わりないようですね」
「今回みたいに余程の事が無い限り、その特異性が前に出てくることは無いでしょうけれどね」
リアとレーラがそう言って、この場でざっと調べた情報から得られた結果を纏め終えた。
「ならもうここに世界力溜まりが集まる要因は無いって事だよね。
それじゃあ、ちゃっちゃっと魔物に変えて倒しちゃお!」
愛衣の言葉に頷きながら竜郎は前に出て天照の杖を構え、《世界力魔物変換》を発動。
綿菓子を作る様な感じで杖を回しながら周囲の世界力を巻き取っていく。
そして全て掻き集めると、《レベルイーター》を当てて等級神が計った量だけを吸っていき周囲に散らした。
あとは杖の先にある世界力から成る黒渦を魔物化させるだけ……なのだが、竜郎は少しこれまでの黒渦と違うように感じた。
(なんか今回は、変換する世界力の量がいつも以上に多い気がするな)
『おお、気がついたのか。だいぶそのスキルにも慣れてきたようじゃのう』
(ってことはやっぱり多いのか)
『そちらには神格者の竜が6体も追加されたからのう。今回からは前よりも調整を大胆にしても行けるじゃろう。
その分魔物も以前より強くなっておるじゃろうが、こういう時にレベルを上げておかねば、最後のアムネリ大森林での魔物に勝つことも出来ないじゃろうしな』
(こっからはハードモードで強くなっとけって事か)
『そうじゃな。彼我の実力差がありすぎる場合、スキルの多様性も人数の多さもあっさり覆されてしまう。
そうならないよう、あと数回残っている過去と未来の世界力の魔物の強さを上げて、それを打倒し地力も上げて準備を整えておくのじゃ。
……故に、これからも強くなったと慢心しないで事に当たらねば、死ぬことなるぞ。そのことは努々忘れぬ様にな』
(ああ、もとより油断するつもりなんてないさ。俺達は絶対に全部倒して自分たちの世界に帰るんだから)
『その意気じゃ。ああ、そうそう。もう一つ言っておくことがあった』
(ん? 何だ突然?)
『いやな。《竜族創造》スキルなのじゃが、命神と全竜神から許可が取れたぞ』
(まままま、まっじで!? 等級神は流石だなぁ!!)
『ふふん。それほどでもあるのう』
これは拠点に帰り次第さっそく取得せねばと竜郎は気分が高揚し、どんな材料を今所持しているかと思考を巡らせ始めた──のだが、等級神によって水を差される。
『じゃが直ぐには取れぬぞ。今回お主に《竜族創造》を取得できるようにするのに対し、全竜神より3つの条件を提示されたのじゃ』
(……えーーー)
『ふぉっふぉっふぉ。そうブー垂れるでない。
既に3つの内2つは達成済みじゃから、実質あと一つ達成すればいいだけじゃしのう』
(なんだそりゃ、まったくの初耳なんだが。
ちなみに条件ってのは何か聞いてもいいのか?)
『ああ、よいぞ。一つ目は今いる真竜──エーゲリアとイシュタルからの許可を得る事じゃが、こちらは儂の方で聞いて許可を得たので問題ない』
(いつの間に……)
『二つ目は神格者の称号を持つ竜の眷属を3体以上得る事。
こちらはお主の創った魔力体生物の事を言っておったみたいじゃが、今いる6体全て取得済みじゃから問題ないな』
(ああ、そういうことなら達成してるな。
それで最後の達成できてない3つ目は何だ?)
『ふむ。それはイシュタルが分霊神器を得る事じゃ』
(ほうほう、イシュタルが──って、俺関係ないよな!?
何で突然そうなったんだよ)
『それはじゃな。全竜神の奴がまだ分霊神器を得ていないイシュタルを心配してのことらしいぞ?
あやつにとっては可愛い曾孫みたいなものじゃからのう』
(ただのジジ馬鹿ってことか?)
『ありていに言えばそうじゃな。
あやつ曰く、イフィゲニアは300歳の頃に、エーゲリアは500歳を過ぎた頃には既に使えておったのに、イシュタルだけ1000歳を超えても使えないというのは可哀そうじゃ! お前ちょっと手伝ってやってくれんか?
との事じゃ』
(思いっきり私情挟みまくりだな、おいっ)
『まあ、儂ら神にとっても真竜が強くなることは歓迎すべき事。
特に命神からも反対は無かったし、大人しくイシュタルが分霊神器を得られるよう手伝ってやる事じゃ』
(まあ、それは別にかまわないんだが、具体的に俺達に何が出来るっていうんだ?)
『ふむ。恐らく今回のレベルアップでイシュタルの体は分霊神器を使いこなすだけの土壌は完全に出来あがるはずじゃ。
じゃから後は自身でどんな神器なのか理解する切っ掛けさえあれば、いつでも発動できるはずじゃ。
そしてそれは、お主らと行動する事で見えて来るじゃろう。
ようは様々な経験をさせていけばいいと思ってくれ』
(ってことは、とりあえず今までのようにイシュタルを連れまわして一緒に魔物と戦っていれば、自分で気が付いてくれるはずって事か……。
うーん……。簡単なようで答えがみえないから難しくもあるな。
まあ解った。とりあえず今後は意識してみるよ)
『うむ。そうしてくれ。他に聞きたいことはあるかのう?』
(いや、大丈夫だ。等級神、許可を取ってきてくれてありがとう)
『かまわぬよ。それでは、油断するでないぞ』
解ってるよ──そう竜郎が返すと、等級神との会話が完全に終わった。
いつもよりも長めの待機時間だった為に、皆から疑問の視線が投げかけられた。
しかし後で話すと言って、簡単にいつもより強い魔物が出てくるという事だけは伝えておいた。
それを聞いたカルディナ達は、力を温存している場合ではないかもしれないと、《真体化》だった状態を《神体化》まで全員押し上げた。
天照と月読も《高出力体》で、今の器で出来る全力モードに入った。
その時、アテナは《神体化》で《竜装》を纏うと、トラさんパーカーが竜装と融合し、《真体化》時の竜人形態の鎧ではなく、竜角と8本の竜尾を携えた虎人形態の琥珀色の全身鎧となる事が発覚。
《神体化》により中学生サイズに縮んでいるアテナに合わせて、背丈は小さくなっているが、それでもただの竜装には無かった力強さを感じる事が出来た。
現に《竜装》は《虎竜装》と名前が変わっており、竜装の上位互換であるようだ。
また着込んでいる本人の感想はといえば、こちらのほうが体にしっくり合う気がするらしい。
そんな虎竜人鎧とでもいうべき見た目の鎧を身に纏った状態で、アテナは大鎌を手に握り準備は万端。
はやく戦いたいとでもいうように、8本の竜尾が忙しなく揺れていた。
「それじゃあ、いくぞ」
竜郎は黒渦から杖を引き抜き、皆のいる位置まで下がっていく。
そして魔物の姿へと変わっていく黒渦を見守りながら杖を構える。
皆が緊張の面持ちで見つめる中、その魔物は完全に姿を現した。
「キィーーーーーーーーーーーーー」
「耳障りな声を出す魔物だな」
妙に甲高いキーキーとした声音にイシュタルが不快そうに眉根を寄せて見上げる先には、全長8メートル程のサメのような魔物がいた。
ただし基本形はサメなのだが、尾びれ背びれが鋭い刃になっており、また頭の形に添うように流線型の刃が背びれ近くまで角のように生えていた。
──と、ここまでならサメで何とか通りそうなものだが、確実に違う点が二つある。
まず体の側面から伸びるプテラノドンのような大きな翼を持っている点。
そしてティラノサウルスのような太く立派な足が生えている点。
その魔物が二本の足でしっかりと床の上に立ち、翼を広げて威嚇する様は圧巻だった。
「確かに声も嫌だけど、それ以上にやばそうな感じがビンビン伝わって来るね」
「そうね。私も気を抜くと威圧にやられてしまいそうだわ。こんなの何年ぶりかしら」
「魔王種の亜竜の様です。それにレベルは1488。この場の誰よりも高レベルの様です──と、《刃鱗の息吹き》が来ます! 回避行動を!」
サメの大口がガバッっと開くと、そこから大量に二センチ四方の剃刀の様な細かな刃が吹き付けられてきた。
竜郎は月読による竜水晶の壁を作りながら横に飛びブレスの範囲から逃れていく。
他の面々も散っていき、向こうは顔をあっちこっちに振って小さな刃を方々にばら撒いていった。
それを竜郎は、空へと逃げて行ったカルディナと共に解析していく。
「竜水晶の壁も1、2秒で破る威力か。直撃は不味いな」
「でもそれだけの間があれば十分余裕を持って避けられるよ」
レーラやイシュタルも氷壁や銀砂壁などを駆使すれば、それに近い時間は稼げるようだ。
《刃鱗の息吹き》の情報を集めつつ逃げに徹していると、向こうもらちが明かないと思ったのか大きな翼をはためかせ宙を舞う。
そして上から下へと《刃鱗の息吹き》を吹き付けてきた。
「あのレベルの相手に制空権は渡したくないな。
初めにあの翼をもぎ取る所から始めた方がいいかもしれない」
などと竜郎が考えていると、リアの方で相手の解析がだいたい終わったようだ。
機体の中から拡声魔道具を使って、サメ魔物の特性を周知していく。
それによると、こちらの攻撃に対してのカウンタースキルは無し。
表面のザラザラとした肌は非常に細かな鱗で構成されており、防御性能や鱗の再生能力は非常に高い。
しかし鱗の中、生身の部分には再生能力は無いとの事。
「それと尾と頭、背びれの刃による《豪殺鮫刃》というスキルは本当にヤバいです!
その斬撃を飛ばすこともできますが、絶対に直接受けないでください!
それと目から──」
ビームでも撃ってくるのかと竜郎がアホな事を考えながら、上から吹き付けてくる無数の細かな刃から逃げていると、リアが言う前に向こうがそのスキルを披露してきた。
目蓋の無い鋭い目から白濁した水が涙のようにボトボトと地面に落ちていく。
するとその涙の中に入っていた卵が孵化し、サメ人間の赤子が次々と産まれ始める。
大きさは大体10センチ程だったのが、直ぐに成長していき一メートルまで成長していく。
数は既に50匹は超えているだろうか、一斉にバラバラに散らばっている竜郎達を捕まえようと特攻してくる。
そしてその親である二本足の空飛ぶサメは、子供もろとも殺そうと《刃鱗の息吹き》を撒き散らす。
「目から卵を落として仲間を増やします!
レベルは大体70から100前後と個体差がありますが産まれたばかりでも、そこそこ強いですから足元をすくわれない様にしてくださーい!」
リアも麒麟型の機体で所狭しと駆け回りながら、ついでのように近くにまでやってきた鮫人間を踏み殺していく。
他の面々も難なく処理していくのだが、それでも数が多く面倒だ。
できれば上の飛行ザメに集中したいのに、こちらに意識を少しでも取られるのはマイナスでしかない。
「全員、タイミングを計りながら一か所に集まってくれ!」
そこで竜郎は飛行サメより先に鮫人間対策に乗り出す事にした。
竜郎の号令で全員がサメ人間をプチプチと殺しながら、上からの攻撃に気を張りつつ一か所に集まった。
しかしその間にも飛行サメは涙を流し、卵を下へと落としているので数は増えるばかりだ。
「上を頼む!」
一か所に集まるという事は、飛行サメの攻撃も一か所に集中する事になる。
だがどうしても一度止まりたかった竜郎は、上からの攻撃は他の面々に任せた。
「月読! いくぞ!」
「──!」
竜郎と月読以外の全員が上に向かって魔法や武術を放って《刃鱗の息吹き》を何とか防いでいる間に、月読のスキル《竜水晶世界》を発動。
グルリと三百六十度見渡しながら、この場所一帯とサメ人間たちを竜水晶に変えていく。
飛行サメは抵抗力が強く不可能だったが、今回はそれが目的ではないので問題ない。
だがこれでも今いるサメ人間を竜水晶にしただけで、追加で落とされて新たに孵化していく存在にまでは効果が及ばない。これだけでは対処は不十分だろう。
なので竜郎はもう一手追加する。
「次っ!」
「──!」
今度は竜水晶地帯と化した空間に《竜水晶植花》を一面に植え付けていく。
これは味方にはただの草花のように踏みしめることも千切る事も容易な水晶であるが、敵には竜水晶の強度で体に巻き付き絞め殺してくるというものだ。
なので一面に美しい竜水晶の花々が咲き誇ると同時に竜郎達を除いた対象──サメ人間たちは産まれた瞬間、花たちに巻き付かれて死んでいく。
これでもうこちらが対処しなくても、床に落ちた鮫人間たちは勝手に竜水晶の花たちが殺してくれるだろう。
「散開っ!」
そしてまた竜郎の号令と共に全員が散っていき、先までいた場所へと《刃鱗の息吹き》が襲い掛かるが、そこにはもう誰もいない。
「次は制空権はこっちで独占したい! 両翼をもぎ取るぞ!」
「おー!」
竜郎の隣にいる愛衣や、そのほかの面々からも了承の声が聞こえてきた。
そうして竜郎達は高い高い天井近くを我が物顔で飛ぶサメを叩き落とすべく、次の行動へと移っていくのであった。




