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レベルイーター  作者: 亜掛千夜
第五編 海底遺跡

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第497話 いいひと

 周囲から呪いの気配が消え去った事で黒い水たまりも無くなり、白い床の上に4メートルサイズの純白の竜が呼吸浅く横たわっていた。



「奈々、一緒に治療を頼む」

「はいですの!」



 体はほぼ骨と皮でガリガリに痩せ細っており、小さく上下を繰り返している腹部が見えなければ死体だとすら思えてしまう有様。

 けれど呪いは完全に消えてくれたおかげで、すぐに命に危険が──という状態は抜け出せていたので、努めて冷静に生魔法で体力を回復させていった。


 体力が戻ってきたら、並行して限界まで消費していた竜力の回復速度を呪魔法で底上げして補助もしておいた。

 普通の人間であればその時点で眠りに入っていそうなものだが、さすが竜種と言うべきか、体のタフさは並みではなかったようだ。

 お腹をぎゅるるるるぅ~と鳴らして、睡眠よりも食欲を体が訴えてきた。



「なんでもいい……食べ物をわけてくれぬか……」

「ええ、問題ないですよ。沢山あるからゆっくり食べてください」

「かたじけない……」

「なんかサムライみたいな竜だね」



 愛衣の感想に苦笑しながら竜郎は《無限アイテムフィールド》から食材を出そうとしたところで、一旦とまりイシュタルへと話しかける。



「なあ、人間だと絶食状態から直ぐに大量の食べ物を与えると良くないんだが、竜は大丈夫か?」

「ん? 人間はそうなのか? だが竜種は問題ないぞ。頑丈だからな」



 竜種からのお墨付きが貰えたので、とりあえずアッサリ系の肉質を持った大きく新鮮な魚魔物の切り身を、即席で作った特大皿に乗せて醤油をぶっかけ差し出した。


 すると絶食状態で五感も鋭敏になっていたのか、ほとんど臭みの無い魚の臭いに喉を鳴らし無警戒にかぶりついた。

 その食べっぷりに感心しながらも、竜郎は次々と自領で捕れた魚魔物をさばいていき、リアにはララネストを一匹丸々使った料理をしてもらう。


 刺身に舌鼓を打ちながらも、しだいに香ってくるララネストの芳醇な香りが気になるのか鼻をピスピス鳴らしてチラチラとリアの方を見ていた。

 その様を見ていた竜郎と目が合うと、「これは、はしたない所をお見せした……」と恥ずかしそうに身を縮こまらせて少し顔を赤らめていた


 やがて出来上がったララネストの酒蒸し料理を出すと、その強烈なうま味を放つ匂いだけで恥も外聞も捨て去って、涎を垂らしながらむしゃぶりついた。


 大きなララネストの身があっという間になくなった頃には、飢餓状態であった所で最上級の食材での料理というコンボにやられてしまったようで、涙を滝のように流していた。



「うぅ……かたじけない、かたじけない……」

「困った時はお互い様だ。気にしないでくれ」



 呪いを解き、食料まで分け与えた竜郎に対し、敬語は不要だと言ってくれたので竜郎は普通に話しかけた。

 それが余計に自然さを演出したのか、竜郎のその言葉にひどく感動し始めまたホロリと一粒の涙を流した。



「若くしてそれだけの強さを持ちながら驕ることもなく、なんと心清き者なのだ……。名前を──名前を聞かせてはもらえぬか?

 っと、その前にそれがしの名を名乗るが礼儀というものであるな。

 某の名はスプレオール、聖竜でござる。

 此度は危ういところを助けていただき、誠にかたじけない」



 仰々しく頭を下げてくるスプレオールに、もっと楽にしてほしいと告げてからそれぞれ自己紹介していった。

 その際、イシュタルの番になると認識阻害の魔道具は発動していたのにもかかわらず、スプレオールは彼女が真竜だという事に気が付ついたようだ。



「ややっ。もしや、あなた様は某が呪いに捕らわれている間に御生まれになった真竜様でございますか?」

「まあ、そうだな。今は母上に言われてタツロウたちと共に修行の身の上だ。

 あまりに気にすることは無い」

「お母様と言うと、エーゲリア様ですか?」

「ああ、そうだ。お前はどっちの系譜の竜だ?」

「某はイフィゲニア様から生まれし聖竜を祖としております」

「ばあ様の系譜の方か。なかなか歴史の深い聖竜一族の者の様だな」

「いえ、それほどのものではございませぬ。

 それにしてもまさか……真竜様がこんな所まで来られるとは……。

 もしや某のせいでここに何かが起きたのでしょうか……?」



 やはり竜種にとっては、それも真竜によって創られた竜達の子孫という事もあって、竜郎達と相対するときよりも緊張した面持ちで背筋を伸ばして対応していた。


 それを見たイシュタルが気を楽にしろと言ったのだが、それでも無理なようだ。

 とんでもないことをしたのではないかと冷や汗を流しながら、平身低頭で答えを待っていた。

 イシュタルは内心ため息を吐きながらも、それならばと皇帝の仮面をかぶった。



「お前がまったくの無関係というわけではないが、それはお前のせいではない。

 それこそ気に病む必要は無い」

「──なっ、やはり某がっ。ももも申し訳ございません!

 こうなればもう某の命を以って──」



 爪を腹に突き立て引き裂こうとするスプレオールに、イシュタルは慌てて一喝した。



「やめいっ! 我は気にするなと言ったぞ。それ以上その事を言うな。

 それにタツロウ達がせっかく救ってくれた命を粗末するんじゃない、解ったか?」

「はっははぁ~~」



 どこの水戸黄門様ですか? とでも言いたくなるような見事な竜の土下座に、イシュタルは頭が痛そうに額に手を当てた。



「……それにだ。お前は、あれだけ人魚や魚人に好かれるような事をしたのだ。

 むしろ同じ竜種として鼻が高い。だから顔を上げよ」

「………………えっと? 某が人魚や魚人に好かれている……?」



 褒めたというのにスプレオールは困惑した顔で、伏したままイシュタルを見上げた。

 それには竜郎たちも何かおかしいぞと感じ始めた。



「いや、お前が守った人魚や魚人たちの都市があっただろう? 忘れたのか?」

「いえ、それは覚えていますが、結果的に都市は人が住める環境ではなくなってしまいました。

 それに某を助けに来てくれた者たちを何人も巻き込んでしまいました。

 だからこそ、毎日のように呪いを強める様な呪詛を某に送って来たのではないですか。

 そんな某が好かれているなど有りえませぬ」



 竜郎たちは一斉に顔を見合わせた。嫌な予感しかしない。

 そこで代表して竜郎がスプレオールへと疑問を投げかけた。



「……スプレオールさん、ちょっと待ってくれ。

 さっき呪詛を送られていたと言ったが、それは本当なのか?」

「あ、ああ。毎日決まった時間に人魚たちの歌が聞こえてきて、それを耳にすると呪いが活性化して我の魂を引きはがそうとより強く暴れ始めるのだ。

 それを抑え込むのに身を削っていたせいで、呪いを消し去るための力を奪われてしまっていたのだ」



 もしそれが本当であったのなら、人魚たちは聖竜に憎しみを持っており、嫌がらせ──もっと言えば殺意を持って呪いをより強化して邪魔をしていたという事になりかねない。

 しかしそうだとしたら烈火の如く怒りが湧いてきそうなもの。

 だというのに、それをやられた側であるスプレオールは、まったく恨んではいないらしい。



「これも某が蒔いた種。邪竜をみすみす逃がし、都市を壊滅に追いやり、あまつさえ呪いを解く手助けに来たといってくれた者達を巻き込んでしまった。

 恨まれるのは当然のことでござるよ」

「うぅ、いい人だね……たつろー」

「あ、ああ。いい人というか竜なんだが──って、そうじゃない」



 愛衣がスプレオールの精神に心打たれているようだが、竜郎はそれどころではない。

 ここまでメンチッタカン王と接した時間は短いけれど、それでもあれがすべて演技だったとはとても思えないのだ。



「レーラさん。レーラさんの目から見て、メンチッタカン王たちが嘘をついていたように見えたか?」

「いいえ。まったくそうは思わなかったわ。……けれどそうなると、人魚側に裏切り者でもいたのかしら」

「そういう可能性もあるんすね」



 どうやってかは知らないが、人魚側の誰かが悪い方に転ぶようにと仕組むことが出来れば可能かもしれない。

 まさかあんなに温かく迎え入れてくれた人魚や魚人たちが? と、気の重くなる様な考えに囚われ始めた所で、これまで思考を巡らせて黙っていたリアが口を開いた。



「いえ。もしかしたらどちらの言い分も正しかったのかもしれませんよ」

「えっと、どういう意味ですの?」

「人魚さん達は間違いなくスプレオールさんを助けようと思っていたし、スプレーオールさんも間違いなく人魚さん達によって解呪の邪魔をされていた──という事です」

「……ますます訳が解りませんの」

「つまりですね──」



 まずリアが注目したのは、今回の呪いは対象者を殺してその体を乗っ取るという、普通の呪魔法とはまったく異なった法則を持つものであったという事。

 それにより聖竜の核とも呼べる重要な部分──魂に同化するようにして呪いと化した邪竜の魂が覆いかぶさっている状態になっていた。


 そうなると人魚たちの《呪歌》は聖竜の強化を願っていたにもかかわらず、肝心のスプレオールに届く前に邪竜の魂を経由しなければ効果が出ないという事になる。

 さらに魂にくっ付いて同化していたので、邪竜の呪魂もまた聖竜の一部であると誤認する可能性は十分にある。


 よって人魚たちは邪竜の方の呪魂を聖竜と思って強化し続けていた──となるわけだ。



「ざっと観て感じた限りですが、おそらく間違いは──あ、ほら歌が聞こえてきましたよ」



 タイミングを見計らったかのように、いつもの歌の時間が来たのか美しい合唱の音色が遺跡内に響いてきた。

 その音色は真っすぐスプレオールを目指してやってきて、その体へと音が吸い込まれていく。



「お? おおっ! 力が湧いてくるでござる!」

「あー…………こりゃリアちゃんの説が正しそうだね」

「意地悪く考えると我々がいるからスプレオールに、ちゃんとした《呪歌》をかけた──と言えない事も無いが、恐らく心から助けようとしていたんだろうな……」

「だというのに本来ならもっと早く自力で解けていただろう呪いを、何千年にもわたって解けない様にしていたとなると……皮肉にもほどがあるわね」

「これは人魚たちに言った方がいいですの?」

「いやぁ……どうだろう。というか、それを決めるのは俺達じゃなくて本人だろうし。

 というわけでスプレオールさん、どうなんだ?

 人魚たちは決して害そうとしてやっていたわけではないと思うんだが、それでもスプレオールさんを死の縁まで追いやった原因の一つでもある。

 十分怒っていいと思うが」



 そんな竜郎の言葉に耳を傾けながらも、スプレオールは目を瞑りながら自分の体に満ちていく《呪歌》の強化に身をゆだねてみる。

 そして吹っ切れたような顔をして、口元に笑みを浮かべた。



「この力は誠に某を思ってくれていると伝わってくる。確かに某はこれで苦しみはしたが、この真心は本当だと信じたい。

 なのでイシュタル様、そしてタツロウ殿と他の皆様方。どうか彼の者たちには伝えないでもらえないでしょうか」



 そう言ってスプレオールは、これまで自分を追いつめていた《呪歌》を放っていた人魚たちが心痛めないようにと頭を下げた。



「スプレオールさんが黙っていてほしいというのなら、俺達が言う事も無い。

 人魚や魚人達には言わないと約束しよう」

「そうかっ、かたじけない」

「うぅ……ちょっとスプレオールさんいい竜すぎるよぉ。

 変な壺とか買わされないか私心配になっちゃう」



 確かにここまでひとがいいと、悪人に騙されて悪事に手を貸す羽目になってもおかしくはないだろうなと皆が思った。



「しかし竜種を騙すような命知らずは、そうはいないであろう。

 それでスプレオールよ、お前はこれからどうする?

 竜大陸に戻るというのなら私の方で手を回してもいいが」

「いえ、今回の事で某はまだまだ未熟だと思い知りました。もっと外の世界で色々な事を経験してみたいと思います」



 どうやら竜大陸に帰る気はまだないようだ。

 けれど竜郎たちは騙されるではないが、また何かトラブルに巻き込まれそうな気配をビンビン感じていた。

 なんというか、スプレオールという竜はこの上なく運が悪いように思えてならないのだ。

 そこで竜郎は一つ提案してみることにする。



「それじゃあ、うちの領地に住んでみないか?

 スプレオールさんならあの場所でも十分やってけそうだし、竜大陸より出入りは楽だぞ」

「なんと、タツロウ殿は領地持ちの貴族であったか。それは領民の者達も心強いであろうな」

「いや、別に貴族というわけでは無いよ。

 仕事の報酬で人が住めずに放棄されていた土地を貰って好き勝手に開拓してるだけだから。

 だけど他にもやる事があるから、まだまだ手付かずの場所だらけだけどな」

「なに? 人が住めずに放棄されていた土地とな?

 となると出てくる魔物も強そうであるな」

「ああ、そこいらの魔物より強いことは確かだよ」

「それは中々に魅力的でござる。しかし某のようなものが住み着いても良いのか?

 今は体を縮めておるが、本当はもっと大きいのだが」

「ああ、いいよ。うちは無駄に広いし好きなだけいてくれ。

 それでもし時間があるなら、開拓の手伝いをしてくれたら嬉しいが」

「某にできる事なら何でも言ってくれ。

 自分を磨くことも出来、恩人の為にもなるというのなら願っても無い事。

 またいつ流浪の身に戻るかは知れぬが、それまでよろしく頼むでござる」



 こうして竜郎たちの領地に、新たな住民が加わることが決まったのであった。

次回、第498話は6月6日(水)更新です。

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