第494話 ここにいます
「いやっ、やはりだめだ! あそこへは立ち入ってはならぬ」
「何故そこまで頑なに? 詳しく言う気はないですが、こちらには呪いなどを解析するのに便利なスキルもあります。
自分で言うのもなんですが、解呪できる可能性は非常に高い。
でなくとも、あなた方は解呪を願っているのに、何故その可能性に賭けてみようとしないのですか?」
もし竜郎がこのメンチッタカン王の立場であったのなら、身分が巨大な組織によって保証されており、実力者であることも示している相手なら、恩人の為にも救いの手を取っているはずだ。
であるのにこの王は少し悩みはしたが、断りの言葉を発してからは迷いなく拒絶してきた。
正直意味が解らない。
感情で走る様な人では無いように感じたし、もしや何か特別な理由があるのかもしれない。
「……今日はもう遅い。それについてはまた明日、話そう。
今日は我が城に泊まるといい」
「いいのですか?」
「ああ。タツロウ殿たちに悪意があるわけではないというのは察する事が出来た。
明日改めて話し合おう。それでよろしいか?」
「ええ、僕も力づくで押し通したくはありませんから」
「そうか」
そこでまたメンチッタカン王は、ニカッと笑ってくれた。
少なくとも今は揉めるつもりはない。竜郎からも微笑み返し握手を交わすと、町の中に迎え入れられる事になった。
この場で長門をしまってしまう所を見られるのはやめた方がいいと思い、都市の門の横にいて貰うことにした。
少しばかり門にいる魚人や人魚の顔が引きつっている気もしないではないが、魔卵からテイムした存在なので比較的温厚だ。大丈夫だろう。
ここまで連れてきてくれた人魚の女性スリにお礼を告げると、魔物避けのドーム状になっている透明な外壁を潜って中へ入っていく。
するとそこは、継ぎ目のないツルリとした円柱型の細長い建物が多く存在していた。
水の中なのでいつも空を飛んでいる様な物という事もあってか、地上の民と違って空間の使い方が横ではなく縦に広く使うのが主流なようだ。
また深夜ではあるが、サンゴ礁のような石なのか木なのかよく解らないものが街灯になっており、枝先に灯りが実のようになって淡く周囲を照らしているので、夜間でも視界はそう悪くない。
「あ、冒険者ギルドもあるっす」
「あそこはホント、どこ行っても形は変わらないんだな」
「その方が誰がどこに行っても解りやすいでしょ?」
「なるほどですの」
海底都市の冒険者ギルドだけは今まで見てきたものと同じで、この中で唯一石造りで普通の建築物の様相を呈しており周囲から浮いていた。
しかし商会ギルドが出している百貨店はといえば、周りに合わせた建築法で建てられており、その点では気にならないが、大きさは他の施設よりも巨大なのですぐに解った。
珍しい町並みにキョロキョロしながら歩いていくと、砂時計のような形をした黄金の巨大建築物が見えてきた。
どうやらそこが、この国の城なのだそうだ。
その絢爛さに目を丸くしていると、横で魚の尾を動かして泳いでいたメンチッタカン王が笑いながら説明してくれた。
「うちは金の輸出量が世界トップを誇っておるからな。そんな国の城ぐらいはと見栄を張った結果だそうだ」
「そんなに金が取れるんですか?」
「ああ、うちの海底には地上以上に金を含んだ鉱石が多く見つかるのでな」
「へぇ~、リッチな国なんだぁ」
愛衣の素直な感想にメンチッタカン王は破顔した。
それから砂時計で言う中央のくびれの部分が城の入り口になっていて、そこから中へ入る。
もう遅いからと明日、朝に話をする約束を取り決めている間に、全員分の部屋を用意してくれた。
なので、ありがたく使わせて貰うことにしてその夜は休んだ。
翌日。金がふんだんに使われた部屋の、不思議なゼリーのようなベッドで寝ていた竜郎と愛衣は時間通りに起床すると、皆と合流して謁見の間へと案内されるままに着いていった。
謁見の間も黄金が多用されており、どこの成金だと言いたくなる所なのだが、部屋をコーディネートした人物のセンスがいいのか、まったく嫌らしい印象を受けなかった。
王は金の玉座に座っており、竜郎たちは全員でその前にまで行って形式として頭を下げた。
「顔を上げてほしい」
昨晩よりも王然とした厳格な表情をしたメンチッタカン王の顔を、竜郎たちは少し離れた場所から見つめる。
そして二、三軽い挨拶の言葉を述べた後に、さっそく本題へと移っていく。
すなわち、何故そこまで頑なに竜郎達を遺跡に向かわせたくないのかを。
「我が祖先である当時の王は、遺跡に潜って行った聖竜様へ何か手伝いは出来ないかと、お隠れになられて直ぐに追いかけて行ったそうだ──」
謎が多い場所故に、安全性も考慮してお付きを30人ほど引き連れ遺跡へ入った当時の王。
たまに普通に海で暮らしているだけでは出くわさない様な魔物はいたものの、多少強くはあったが難なく撃退して奥へと進んで行く事が出来た。
そして王たちは、その末に真っ黒に染まった聖竜の姿を見たという。
「当時の王はすぐに連れてきた護衛たちと共に駆け寄ろうとしたのだが、そのとき聖竜様に『来るな!』──と怒鳴られたそうだ」
しかしそれは呪いでおかしくなっているだけだと思ったらしく、解呪が得意な者達を先頭に近寄ってしまった。
「それが間違いだったのだ」
遺跡の中は薄暗く、そこにいる者達は聖竜ばかり見ていて気が付いていなかった。
その下に広がっている黒く大きな水たまりに……。
「その水たまりは聖竜様から滴り落ちた呪いの塊だった。
足を踏み入れた者から呪いに侵され、無理やり魂を体から引きはがされて死んでいったそうだ。
王自身は解呪の得意な者や、その者達を護衛する兵たちを先行させていたので、既のところで助かったらしいがな」
「つまり危険だから行ってはいけない。という事でしょうか?」
「そういった気持ちも無い事はないのだが、一番の理由は違う」
その呪いは近づく者に伝播して魂を喰らい、宿主の呪いをさらに強化して苦しめるという特性があった。
その為、その当時の王は救いに来たつもりが、部下20名以上を呪いに捧げ、結果的に邪竜の手助けをする事になっただけという最悪の状況を作りだして戻る羽目になった。
「知らなかったでは許されるはずもない。
当時の王はすぐに引退して王位を息子に譲ると同時に、自ら首に剣を突き立て自死した…………。
わしはな、タツロウ殿。
我々の種を救ってくれた聖竜様に、恩をあだで返した祖王と同じような失敗をするわけにはいかんのだ。
一度の失敗ならば仕方がないですむかもしれない。いや、すまないのだが……。
それでもその子孫が再び同じ失敗を繰り返すなど有ってはならないっ。
だからわしは、そなたらを行かせたくないのだ」
「なるほど。万が一にでも僕らが呪いに捧げられて呪いを強化してしまったら、聖竜はもっと苦しむことになるからダメだと」
「決して、そなたたちの実力を侮っているわけではない。
逆に強きものだからこそ、もし呪いに喰われてしまえば……」
「そこいらの人間以上に呪いを強めてしまう恐れがある。というわけですね」
「その通りじゃ、レーラ殿。
だからこそ、我々は今までと同じように《呪歌》で聖竜様を遠くからお助けするのが最善のことなのだ。
どうか解ってほしい。この通りだ」
王自らが頭を下げた。
そして竜郎達も、そう言われてしまうと反論し辛い。
その邪竜の呪いとやらが、どれほどのものかも知らないので絶対に大丈夫とは言い辛い。
また抵抗できたとしても、こちらが持つ膨大なエネルギーを吸収する事も出来るとしたら、それだけでも聖竜的にはアウトだ。
さてどうしようかなと竜郎が頭を悩ませ始めた辺りで、メンチッタカン王が思いがけない事を呟き思考が止まる。
「聖竜様がもう一体この地に来てくだされば、何とかなるかもしれないんだがなぁ……」
「竜種自体がここまで来ること自体稀なのです。
その上で強力な聖竜様など、世界のどこにいるかも解りません。
そんな希望を持つよりも、ここで解放を願い続けるほかありませんよ」
「解っておる、テルバン。すまぬな、タツロウ殿。愚痴を……どうした? タツロウ殿」
口を開けてぼけーっとした顔で見てきた竜郎に、メンチッタカン王は訝しげに眉を顰めながら首を傾げた。
「……いえ、その……聖竜がいれば大丈夫なんですか?」
「え? ああ、先ほどの話か。なにたわいのない事。忘れて──」
「いえ、詳しくお願いします」
「あ、ああ」
絶対に話せと言わんばかりに竜郎が目に力を込めて言ったものだから、無意識的に抑えていた神格者の持つ神の威圧がほんの少しだけ漏れてしまう。
メンチッタカン王は抗う事が出来ずに、無抵抗に首を縦に振って話してくれた。
その内容によれば、何故今現在も聖竜が呪いに耐えられているのかと言えば、聖なる気で邪系統の力によって生み出された呪いを弾いているからだという。
またこれまで冒険者ギルドと共に少なくないお金と時間をかけて調べた結果、邪竜の被害跡や昔の目撃情報などの、ありとあらゆる情報から大よその邪竜の強さと呪いの力を計算することに成功。
それによってレベルが100を超えた聖竜ならば、その呪いを完全に弾くことが出来るだろう事が発覚したのだ。
竜郎たちは一斉に、現在は《幼体化》状態で《成体化》アテナに抱っこされているジャンヌへ視線を向けた。
さっきまで少しつまらなさそうにしていたのに、竜郎や愛衣に見つめられて「なになにー? かまってくれるのー?」と無邪気に嬉しそうな顔をする。
「えーと、もしですよ。そんな聖竜が僕らの仲間にいたら、行く事を許してくれたのでしょうか?」
「それは……恐らく出していたであろう。
何せそれだけの聖竜様ならば、周囲に聖気を発生させて周囲の者も守る事が出来るであろうしな。
だが冒険者ギルドも探してくれてはいるが、未だにそんな聖竜様を見つけてくれはしないのだ。
もしかしたら、そのような聖竜様は現在いないのかもしれないな……」
黄昏た顔でメンチッタカン王は玉座に座ったまま、天井に刻まれた聖竜の彫刻を見つめてため息を吐いた。
だが竜郎達は真逆だ。この王との揉め事については、もう解決したと言っていい。
「メンチッタカン王。一つ朗報があります」
「……朗報? 何かな? タツロウ殿」
「いますよ。そんな聖竜」
「……今、そういう冗談を聞きたい気分ではないのだがね」
馬鹿にしているのかと、さすがに温厚で知られるメンチッタカン王でも少し眉間に皺を寄せて苦言を呈する。
だが竜郎は大まじめだ。なにせジャンヌこそ、その条件全てを大幅に満たした聖竜なのだから。
また余談だが、竜郎達は他にもそれに該当する聖竜に会っていたりもするし、イシュタルの脳裏には、その他に2体の竜達の姿が思い浮かんでいたので、この世界にいないというのは大げさだったりもする。
……まあ、その三体は竜郎たちの知っている、真竜エーゲリアの側近眷属リリィ。竜帝国の一国を統括している竜の王とその息子。
とそれぞれ立場がある者たちばかりなので、ジャンヌ以外は一介の聖竜を助けにここまで来てくれるような存在ではない。
なのでここまで来てくれるような聖竜はこの世界にいないというのであれば、あながち間違っていないのかもしれない。ただしジャンヌを除いてだが。
「いいえ、陛下。僕はその聖竜に心当たりがあります。
もしその聖竜をこの場で見せる事が出来たのなら、行く事を認めて頂きたい。
どうでしょう?」
「──な、なにっ!? 真の話なのか!? それならば問題ない! 是非手を貸してほしい所。
そっそれで、その聖竜様は一体どこにおられる方なのだ?
ここここ、ここまで来てくれるのだろうか?」
慌てるメンチッタカン王の言葉に、竜郎はにっこりと笑ってアテナからジャンヌを受け取り脇に手を入れ両手に持って、見えやすいよう玉座へと掲げた。
「ここにいますよ。陛下」
「ヒヒン」
「よっ」と気さくにあいさつするかの如く、ジャンヌはメンチッタカン王に向かって右前足を上げて嘶いたのであった。
「…………………………………………は?」




