第490話 新たな奈々とアテナ
抱っこしていたジャンヌを下に降ろすと、竜郎はまた皆の中心に歩いて行って奈々を呼び出した。
するとまずは《成体化》──幼女の姿で目の前に現れる。
地面に付きそうなほど長かった黒髪は腰辺りまで短くなり黒銀色に、また瞳の色も黒から黒銀色に変わっていた。
それでも相変わらず透き通るような白い肌に黒い和服を着ているのだが、良く見るとジャンヌの《成体化》の時のように、その背中から小さな悪魔の黒翼が生えていた。
その為、機動力は殆どないが《真体化》しなくても浮遊以外の方法で空を飛ぶことも出来る様になっていた。
「この姿は、あまり見た目的には変わってはいないようですの」
「みたいだな。でもカルディナ達もそうだったが、前の《成体化》の時とは比べ物にならない位、存在感が増しているのは確かだ」
下手をすればその姿で以前の《真体化》に匹敵しているのではないか。そんな気持ちすら起きるほどに、カルディナ達は顕著な成長を見せているのだ。
「それじゃあ、今度は《真体化》を頼む」
「はいですの。おとーさま」
そうして《真体化》して姿を変えれば、大人の姿へと成長していく。
真っ白い肌は褐色へ変わり、頭からは黒銀の牛のような角が2本。
以前より少し大きくなった漆黒のコウモリのような翼。長く尖った黒銀の爪。悪魔のような細い矢印型の尻尾。
以前よりもより魔族に、邪系に属した存在として相応しい姿へと変貌を遂げたようだ。
「お父様? どうですの?」
「なんというか貫禄が付いたようにも思えるな」
しかしこの姿の上がまだ存在する。
竜郎は一通り確認が終わったら、すぐに《神体化》を見せて貰うことにした。
背丈は変わらない。しかし着ている和服が黒銀色になり、真っ赤な曼珠沙華の柄が咲き誇っていた。また、その上に紫色の羽織を着こみ服装はより豪華に。
そして頭の黒銀の牛角はそれほど変わった様子はないが、尖った手の爪は全て紫色に変わっていた。
また悪魔の尻尾は大幅に変わっており、黒紫色の竜の尻尾──に見えるが先端にはサソリのような毒針が付いていた。
そして背中の翼はジャンヌと同じ8翼。
しかしこちらは全てが同じ黒紫色の竜の翼で、動くたびに紫色のキラキラとした鱗粉のような光が舞っていた。
「その鱗粉みたいなのは大丈夫な奴なのか?」
「基本的には無害ですが、意識すれば毒にも薬にもなりますの」
「とゆーと?」
どうやらこの紫の光の粒子は、奈々が毒になれと念じれば猛毒に、逆に薬になれと念じれば傷を治したり解毒したり──なんて事が気軽に出来る様になっているらしい。
そうして新たな特徴を聞いた後は、クラスと神格について聞いていく。
やはり奈々も『滅齎邪竜帝』から『滅齎邪竜神』へとクラスチェンジし、《神格者》の称号も入手。
特典スキルは《滅竜神の放恣》。
--------------------------------------
スキル名:滅竜神の放恣
レアリティ:ユニーク
タイプ:アクティブスキル
効果:自分を中心に暗黒空間を広げ、その範囲内にいる存在に自由に吸精、呪、毒を振りまける。
--------------------------------------
「どうやらナナが拡げた空間内に入り込んだ存在は、何処に隠れようとも、どんなに装備や障壁で身を固めても、竜吸精や呪魔法、毒魔法などをかける事が出来る様ですね」
「呪魔法って事は相手を不利な状態に出来るんだろうが、味方には有利な効果をかける事も出来るのか?」
「みたいですよ、イシュタルさん。ナナ、ちょっと範囲を見たいので見せてくれませんか」
「解ったですの」
リアの言葉に頷いて、奈々はさっそく《滅竜神の放恣》を発動。
すると奈々を中心にして球形に暗黒の空間が広がっていき、直径50メートル程で止まった。
「カルディナお姉さまの探査魔法のように、この中だけなら何処に誰がいるのか手に取る様に解りますの」
「ナナちゃんのお腹の中にいるって感じかしらね」
「それは少し嫌な例えですの……」
レーラの言葉に渋い顔をしながらも、さっそく試しにリアに向かって呪魔法で筋力上昇の効果をかけてみる。
するとそう意識しただけで直接リアの内側から魔法をかけた様に発動し、簡単に筋力値が上昇した。
これは便利なスキルだなと竜郎と思っていると、奈々の神力が尽きて暗黒空間は消え去ってしまった。
「今のところ、もって10数秒くらいか」
「でも効果は残ったままですから開戦と同時に味方を強化、敵は弱体化させてすぐに打ち切れば最初から有利な状況で立ち回れるはずですよ」
「それにレベルが上がって神力が増していけば、持続力も増えるはずですの」
直接的に攻撃へと繋がるスキルではなかったが、それでもユニークスキル。
使い方次第で戦況を変える事すらありえるだろう。
「ふぅ。《神体化》はずっと気を張っているようで少々疲れますの」
そう言いながら奈々は《成体化》し、普段の幼女の姿に戻って皆に合流した。
その際に奈々の眷属ダーインスレイヴが飛んできて、奈々を絶賛してくれたらしい。
こちらも爺やのように奈々至上主義の様だ。
そんな光景に少し笑ってしまいながらも、今度はアテナを呼び出した。
「ガァ~~~」
「ねこちゃん!」
「いや虎だって」
眠たそうに欠伸をする《幼体化》状態の子トラのアテナ。
以前との違いと言えばホワイトタイガーのような白黒の虎模様から、鮮やかな琥珀色をベースに白の虎縞と、若干普通の虎よりの姿に変化していた。
そんなアテナを見るや否や、愛衣はサッと掬って胸に埋める。
アテナもアテナで抵抗することなく、気持ちよさそうに身をゆだねていた。
しかし今回は子トラを愛でる為にアテナを呼んだのではない。
渋る愛衣の胸の中からアテナを取り出して、竜郎は砂浜の上に座らせた。
「それじゃあ、《成体化》を見せてくれ」
「ガァーゥ────っと、こんな感じっす」
竜郎と同じくらいの身長で、虎耳の生えた癖毛のセミロングの女性。
髪の色は琥珀色に白のメッシュと色が変わり、瞳の色はヘーゼルに。
服装は黒の短パンに白のTシャツと、相変わらずラフなのは変わりなかった。
一通り見終わったので、そのまま《真体化》してもらう。
するとやはり以前同様、琥珀色の霧が出るトライバル柄に似た手足に刻まれた琥珀色のタトゥーが増えたくらいで、他には何の変化も無かった──と思いきや。
「尻尾が生えてる!」
「正解っす~」
竜装を着こめば竜人型の鎧に付いた尻尾があったが、アテナ自身は尻尾の無いタイプの獣人であった。
だが今見てみると、琥珀色に白の虎縞の尾がちゃっかりと生えていたのだ。
アテナは愛衣に見せるように、フワフワした虎尻尾をゆらゆらと動かした。
愛衣の目が揺れる方向にフラフラと動きながら、「ここだっ」と飛びつきその尻尾の感触を確かめようと掴んだ──瞬間プツンッ。
「とれたっ!? ──えっ、あの、ごごごごごめんね! アテナちゃん!!」
「ふふふーん。別にいいっすよ。また生えて来るっすから」
「あ、そうなんだ。よかったぁ」
愛衣が胸を撫で下ろしながら、実際に既に生え変わった尻尾を見つめていた。
「……生えてくるってトカゲみたいな尻尾だな。
一体何のためにあるんだ?」
「それはっすね~ちょっと尻尾を返してもらってもいいっすか」
「うん、いいよ」
愛衣は謝りながらも手から離さなかったモフモフ尻尾を、少しだけ名残惜しそうにアテナに返した。
そしてそれをアテナは空中に放り投げる。
ぴょーいと空高く舞い上がる尻尾だったが、アテナがパチンと指を鳴らした瞬間バチィッと雷となって周囲に散った。
「こういう風に自分の持っている属性に変換して相手を攻撃する事が出来るっす。
だから尻尾を掴まれた時に電撃に変えて痺れさせる~なんてことも出来るんすよ」
「へぇ~、ピカ○ュウみたいだね」
「いやピカ○ュウて……」
などと冗談を言い合いながら尻尾の話も終わった。
そうなると残った形態は《神体化》だけである。
「どんな姿になるんだろーね。でっかいトラさんになったりするかな?」
「想像も出来ないな。むしろ《真体化》の時みたいに、ほとんど変わらないとかもありそうだし」
竜郎と愛衣が予想を立てている間に、アテナはマイペースに《神体化》を発動させた。
そして一瞬の光に包まれて現れた存在はと言えば…………。
「こうきたか……」
「なんか想像してたのと違うけど、でもでも可愛いよ!」
「ありがとっす~」
相変わらず軽いノリのアテナの背丈は愛衣よりも小さくなり、外見年齢でいえばイシュタルと同じくらいの中学生にまで下がっていた。
それに合わせてか、顔つきも吊り上った目つきは変わらないが、やや幼くなっている。
さらによく目を見れば瞳の色も左はブルー、右はヘーゼルとオッドアイになっていた。
また服装も大きく変化した。
以前はラフで非常にシンプルな服装であったというのに、今の彼女が着ているのは黒の短パンに琥珀と白色のストライプのニーハイ、白のTシャツの上にトラさんパーカー。
それも子供が着るような、アニメーションタッチの可愛らしいトラさんのだ。
もっと具体的に言うと、パーカーの前のチャックを完全に閉めてフードをかぶると、可愛らしいトラさんの口から顔を出しているように見えるデザイン。
袖の先にはトラさんの肉球手袋がくっ付いており、手首のところで切れ込みが入っているので、そこから手が出せるようになっている。
さらに短パンからスラリ伸びた足先には、ルームシューズのように足を覆うトラさんの肉球スリッパが履かれていた。
どう見ても真面目に闘う格好ではない……のだが身に纏う覇気は本物で、《真体化》の時よりも素体の能力が上がっているのは間違いない。
この格好だけに騙されて喧嘩でも吹っかけようものなら、文字通り片手一本で木っ端みじんに粉砕されるだろう。
そしてそんな彼女なのだが、服装以外にも尻尾が8又に分かれてネコの妖怪のようにファサファサと背中の後ろで動かしていた。
「この尻尾はさっきよりも凄いっすよ」
そういうや否や8本の尻尾を切り離す。
すると小さな20センチくらいの琥珀色の置物のような子トラに変化し、8体のミニトラたちはアテナの意志で自由に動き回った。
「面白いですの」
「また不思議な体質になったものね」
さらにこのミニトラも先ほどの尻尾のように属性に変化させて攻撃する事も出来るので、以前竜郎がやったゴーレム爆弾のように突っ込ませ雷や風に変質させて破裂させる──なんて事も出来る様だ。
さてそんな外見が幼くなってしまったアテナではあるが、しっかり《神格者》の称号は得ている。
また如くクラスチェンジも果たし、『幻想闘竜帝』から『幻想闘竜神』へ。
そして新たに覚えたスキルは《竜神幻想闘術》というもの。
--------------------------------------
スキル名:竜神幻想闘術
レアリティ:ユニーク
タイプ:アクティブスキル
効果:《幻想竜杖》によって変化させた武器の持ち主と、同じように戦う事が出来る様になる。
--------------------------------------
ちなみに《幻想竜杖》とは、そのスキルで出来た杖で触れた武器をコピーして再現するというスキルである。
「アテナさんが既に持っていたスキル《幻想竜杖》で、例えば姉さんの宝石剣を再現したとしますよね?」
「うんうん」
「するとその宝石剣を使って姉さんが出来る事を全てやる事が出来るようになるみたいですね」
「それはつまり、このメンバーではアイしかできないはずの獅子纏の刃なんかも再現できるという事か?
剣神に許可を得る事も無く?」
「みたいです、イシュタルさん。要するにこのアテナさんの《竜神幻想闘術》とは、実在する幻なんです。
なので実際にやっているのは剣神の力ではなく、その形を真似ただけ。
けれどちゃんと実際の攻撃と同じように相手はダメージを食らうという矛盾したスキルなんですよ」
「なんだそれは……滅茶苦茶だな……」
「それほどでもあるっす~」
アテナは肉球手袋をギュッギュとしながら、イシュタルに無邪気に笑いかけたのであった。




