第489話 新たなジャンヌ
カルディナも見学体勢に入った所で、竜郎はまた前に出て今度はジャンヌを呼び出した。
するとまずは《幼体化》状態の子サイのジャンヌとして登場。
色は以前は黒サイだったのが、透き通るような純白の子サイ。
さらにちょこんと出ている角は白だったのが、黄金の輝きを放っている。
《幼体化》状態でありながら、既に聖竜としての片鱗を見せていた。
「おー、なんか新鮮だね。やっぱりジャンヌちゃんも色が変わったんだ」
「こうなってみると、そっちのほうが嵌って見えるな」
「ヒヒンッ」
お次は《成体化》。
こちらは白角の巨大な黒サイだったのが、金角の巨大な純白のサイへと変貌を遂げた。
そして良く見ると目の色も金色になっており、背中には小さな天使の羽がアクセントのようにちょこんと生えていた。
「あー! ちょっと飛んでるよ!」
「《成体化》状態でも、ちょっとだけ飛べるようになったんだな」
「まあ飛べると言っても走った方が速そうですけどね」
地面から10センチほど宙に浮く6メートルサイズの純白のサイ──という時点で凄いには凄いのだが、歩いた方が速いくらいのスピードしか出ず、高さも30センチくらいまでが限界の様だ。
なんの役に立つのかといわれればジャンヌも困ってしまうだろうが、出来る事が多いのは良い事だろう。
ということで次に《真体化》を見せて貰う。
「ヒヒーーン!」
「こっちは色以外はそんなに変わってないようね」
レーラがそう言うとおり、全身を覆っていた赤茶色の分厚い鱗は純白に変わり、銀色の鼻先の角も黄金の角へと変貌していた。
見た目的に《真体化》も聖竜に引っ張られた形だろう。
身に纏う聖気とでも言えばいいのか、清らかさが全身から溢れ出しているかのようだった。
「──ぶふっ」
「ジーヤさん!?」
そう言えば以前はしゃいでジャンヌに少し引かれた爺やが、今回は大人しかったなと竜郎がウリエルの声がした方を見れば、砂浜に手をつき鼻血を垂れ流す爺やの姿が目に移った。
「おおおぉぉぉぉお"お"お"お"お"お"っ──ジャン"ヌ"ざま"あ"あ"あ"あ"あ"!」
「落ち着いて下さい! ジーヤさん!! とりあえず鼻血は止めてくださいっ」
「ヒ、ヒヒーーン……」
そしてそんな姿をジャンヌも見ており、ドン引きしながら竜郎の後ろまで下がって距離を取ってしまう。
だがそんな事などどうでもいいくらい振り切れてしまっているらしく、爺やのテンションは止まらず鼻血を吹き出しながらジャンヌの名前を叫んで崇めていた。
「これ次の《神体化》見せたらヤバいんじゃないかな……」
「あ、ああ。爺やが死ぬかもしれない……」
「ならば落ち着くまで席を外してもらった方がいいんじゃないか?
今しか見れないというわけでもないのだから」
「ぞれ"ばな"りませぬ! なりませぬぞ! イシュタル様!
このジーヤ。例え死んだとしても! ジャンヌさまが神へと至った最初のお披露目を見逃す事など、断じて! 断じて出来ませぬっ!!」
顔もダンディでカッコよく、渋い声でそう豪語する姿は中々きまっていそうなものなのだが、いかんせん鼻から流れる鼻血がその全てをマイナス方向へと昇華させており、残念紳士としか思えない有様だった。
「そ、そうか。なら私からは何も言うまい」
「……と、失礼しました。少々荒ぶり過ぎたようですね。もう大丈夫です」
3歩後ずさってイシュタルが爺やから距離を取った。
そこでようやく正気に戻ったようで、きりっとした顔で鼻血をハンカチで拭いて深呼吸をし呼吸を整え、いつもの爺やに戻った。
「確かに大丈夫そうだ……よな?」
「う、うん。私にも一応だいじょぶそーには見えるよ、たつろー」
「よ、よーし! それじゃあジャンヌ。いっちょ《神体化》しちゃってくれ!」
「ヒヒーーーン!」
もうどうにでもなれと、やけっぱちな声音での竜郎の指示にジャンヌは大きく嘶いて応える。
一瞬だけジャンヌの姿が輝いたかと思えば、12メートルあった体がさらに大きくなっていく。
そうして現れたのは、全長15メートルまで巨大化し、どっしりとした《真体化》の時よりも若干体つきがスマートになっていた。
けれど分厚い純白の鱗は健在で、防御性能は変わらず高そうだ。
鼻先の黄金の角は一本から二本になり、今まであった大きな一本の少し奥に、もう一本小さな(といっても大きいのだが)一本が生えていた。
そして何より変わった部分と言えば、背中の8翼か。
今まではモモンガのように皮膜が腕の側面に付いたタイプの竜だったのだが、今回は腕と完全に切り離されて背中に移っていた。
またその8翼は上と下の二対の翼は純白の竜翼に対して、真ん中の2対は天使の羽の様に柔らかな質感の白翼になっていた。
まさにその姿は誰が見ても聖なる竜と呼称するにふさわしい姿だろう。
「ヒヒーーン」
「ああ、かっこ──綺麗になったな。ジャンヌ」
「うんうん!」
「ヒヒーーン♪」
「どお?」とでもいうようにこちらに顔向けて来るジャンヌに対し、一瞬カッコいいと言いそうになった竜郎だったが、ジャンヌは女の子だったと思い直し綺麗に言い換えた。
それに愛衣も力強く頷いて肯定し、ジャンヌは少し照れたように喜んでくれた。
そこでふと──竜郎は爺やの事を思い出す。
騒いでいるような声は聞こえないし、また鼻血でも噴き出す様ならウリエルが慌てているはずだろうがそんな気配も無い。
気になった竜郎がそちらに目を向ければ、処置なしと言いたげな顔でため息を吐いているウリエルと──。
「立ったまま気絶してやがる……。それも最高の笑顔で……」
幸せそうな顔で白目をむいて気絶している爺やの姿があった。
しかも手は胸の前で組み、まるで神に祈りを捧げているかのようであった。
「し、死んでないよね? たつろー……」
「あ、ああ。解魔法で直ぐに調べたが、ちゃんと心臓は動いているから大丈夫だ」
「個人的にはまったく大丈夫には見えないのだが……」
イシュタルは3歩また後ろに下がった。
とまあ、そんなささいなイベントもなんのその、ジャンヌは爺やよりも「わたしがまだ終わってないのにー」と、自分の方を見てほしそうに尻尾を振って砂を巻き上げていた。
それに竜郎は「すまんすまん」と謝りながら、改めてジャンヌについて調べていく。
まずジャンヌはカルディナ同様《神格者》の称号を得て、『破天聖竜帝』から『破天聖竜神』へクラスチェンジ。
その特典として覚えたのは《星砕神竜撃》というスキル。
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スキル名:星砕神竜撃
レアリティ:ユニーク
タイプ:アクティブスキル
効果:自分の攻撃行動の威力を爆発的に上昇させるスキル。
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「攻撃を強化するバフスキルってところか」
「ですね。単体では機能しませんが、例えばジャンヌさんの《超竜力収束砲》と合わせてこれを使えば、その威力が跳ね上がると言った風になるかと思います」
「これも使ってみないと想像が出来ないな。ジャンヌ、海に向かってそれで軽く攻撃してみてくれ」
「ヒヒーーン」
波打ち際までジャンヌがやってくると右手の拳を握りしめ、ただのパンチと一緒に《星砕神竜撃》を発動させて海を殴ってみた。
すると軽く振っただけの拳に白金の光が宿り、波打ち際の砂浜と海が盛大に爆ぜて巨大な隕石でも落ちたかのような穴が出来上がる。
雨のように細かな海水が空からパラパラと落ちながら、出来上がったばかりの穴に海水が流れこんだ。
「ただのジャブでこの威力か……。ちゃんとした攻撃と一緒に使ったらどうなるんだろうな」
「下手したら味方ごとやっちゃいそうだよね……。
位置取りとかも気を付けなきゃ」
とりあえずこのスキルの検証は一旦おいておくことにして、今度は《分霊神器:巨腕震撃》を見せて貰う。
出てきた分霊神器は、やはり紺青色で、かなり発達した筋肉を持った人型の腕に鋭い青い爪と言った特徴の巨腕と外見は変わっていない。
しかし大きさは12メートルから15メートルまで大きくなったジャンヌに合わせるように、ちょうどいいサイズまで肥大化していた。
もちろんサイズが大きくなっただけではない。
こちらにもカルディナの時同様に新たな機能が追加されていた。
それは今までは触れていなければ影響はなかった破壊の超振動を、電磁波のように相手に飛ばす事が出来るというもの。
さらにこの腕、左右1本ずつしか出せなかったのだが、左右3本ずつ──つまり6本まで増やす事が出来るようになっていた。
そして同じ側の腕同士は融合する事も出来、機動力はやや落とすが太く頑丈にそしてパワーも3倍と、より強大な一撃をお見舞いできるようになっているようだ。
「破壊の超振動を飛ばすってのは見てみたいな。ジャンヌ、ちょっとこれに当ててみてくれ」
「ヒヒーーン!」
竜郎が闇魔法と土魔法で適当に作った硬い10メートルの土人形を生み出して指差すと、ジャンヌは《分霊神器:巨腕震撃》を6本展開。
そしてその6本の腕から伸びる掌を土人形に向けると、そこから波動が放たれ6方向からの超振動の波動によって土人形は細かな砂に変えられてしまった。
「これぞほんとの、はどぅー拳!」
「拳というか波動掌って言った方が正しい気もするがな」
そんな風に竜郎と愛衣が話している横で──。
「これもまた強力だな」
風に吹かれて土人形だったモノがサラサラと海に舞っていく様を見ながら、その威力にイシュタルが感心していた。
もし自分に当たっても微粒子になることは無いだろうが、ダメージは負うだろう。
精霊眼で観ていれば避ける事も出来るだろうが、肉眼では基本的に波動は見えないので意識していないと厳しい。
先ほどのカルディナといいジャンヌといい、もしかしたら将来的にエーゲリアという規格外の存在を除くのなら、竜大陸すら凌ぐ戦力を竜郎が将来的に保有しそうだと遠い目をしながら海を眺めた。
(この段階でもう我が国の王たちは勝てるかどうか解らないぞ。
セリュウスやアンタレス級の化物を量産する気か、タツロウは。
まったく……これは私も負けていられないな)
イシュタルもあと1万年もすれば、世界力を循環させているだけで敵無しになるだろう。
だが竜郎達を見て触発されたのか、そうなる前に自分でも努力して力を付けて行こうと改めて思ったようだ。
イシュタルが決意を新たにしている間にジャンヌは分霊神器をしまうと、《幼体化》して真っ白な子サイとなって竜郎の足に頭をすりすりと擦り付けて甘えてきた。
「凄い存在になっても、甘えん坊なのは変わらないなー」
「ヒヒーーン♪」
竜郎は子サイのジャンヌを抱き上げると、赤ちゃんのように腕に抱いて頭を撫でる。
するとそれはそれは幸せそうに目を細め、ジャンヌは竜郎の胸に頭を預けたのであった。




