第48話 魔力体生物
自分たちの存在がレーラの頭を悩ませているなど想像だにしていない二人は、現在またあの宿に身を寄せていた。
竜郎は床に胡坐を組んで座り、愛衣はベッドに座って足をプラプラさせて、すっかりリラックスモードに入っていた。
「すっかり、この宿の住人になっちゃってるね」
「まあなあ。今更別の宿を探すのもなんだし、一番泊まりたい宿は予約制だし」
「予約制かあ。明日は予定もないし、予約しに行こうよ」
「そうだな。けど、とりあえず朔の日の晩は湖にいることになるだろうし、取るならそれ以降かな」
「そうなるかー」
愛衣はやる気がなさそうに、ベッドの上にぐてーと横たわった。
それに竜郎は今日は疲れているだろうしと、そっとしておくことにして、今日中に魔力体生物を生み出すべく気合を入れ直した。
さて、何故今日中になのかと言えば、今日の自分の失態を繰り返さないためであり、さらに今日が解の日であることも影響していた。
と言うのも魔力抵抗の低い愛衣を、魔力体生物で補佐できないかと思い至ったのだ。
さらに解魔法は制限はあるが、その応用として魔法を解析し弱体化や解除といった芸当ができるのだと、竜郎は帰りの馬車の上で本やヘルプを駆使して調べ上げた。
なのでこの因子を魔力体生物に組み込んで、使ってもらおうと画策している。
そして、解の日なら少しだが解魔法の使用が楽になる。
だからその状態で因子を組み込めば、他の日よりも簡単にそれを組み込めるのではと考えていた。
(まずは、光と闇を完全に混合させるところから……)
竜郎は集中スキルも使って神経をさらに研ぎ澄ませ、右手と左手にそれぞれリンゴ一個サイズの闇と光の属性球を生み出した。
それを全部使って、右と左でそれぞれ計百本ずつ紐状に生成し直していく。
それが終わったら、第一の関門に取り掛かる。
まずはそれを接触しないようにしながらも、一本一本過不足なくギリギリまで近づけていく。
そこで竜郎は一旦深呼吸をして、逸る気持ちを落ち着かせる。
そうして心臓の鼓動も穏やかになったところで息を止め、右の百本と左の百本の紐状になった魔力を全て同時に接続した。
バチッという音がして愛衣がこちらを振り向くが、竜郎はそれを維持するために気にせず目の前のことに集中する。
そのおかげか見事に接続が成功したので、次のステップに移る。
まずその繋がった紐状魔力を捩じって一本のロープのようにすると、それを元の球状になるようにイメージしていく。
そうして黒と白が斑に混ざった、リンゴ二つ分の体積を持った球体が竜郎の手の中に出来上がった。
(次は、解属性の因子の組み込みか……)
竜郎は光と闇が混合された球体の中に解属性の魔力を何のイメージもしないように、できるだけ原始的な形で注入していく。
それは多すぎては球体を壊し、少なすぎては因子が組み込まれないという薄氷の上を渡るが如く神経をすり減らしながら、球体の状態を確認して注いでいく。
やがて限界が訪れ、これ以上は崩壊すると感じ取った竜郎は解魔法を切って球体を安定させるように、壊れないように意識を集中していった。
そうして安定すると今度は、その球体にどんな魔力体生物になってほしいのかイメージを送っていく。
(どこにいても飛んでいって、愛衣を害するあらゆる魔法から守ってくれる存在が欲しい)
実際問題Lv.1の魔力体生物では、そこまで強力なことはできないのだ。
けれど、より高い存在をイメージすることは決して悪いことではなかった。
その竜郎の想いを受け取ったかのように、手の中の球体が徐々に姿を変えていく。
愛衣も邪魔にならないように、じっと見つめてその場を見守り続けた。
そして───。
「ピッ、ピッー」
そんな鳴き声を上げながら、手の平サイズの頭が白く体が黒い、猛禽類の雛鳥のようなフォルムをした存在が現れた。
「か、かわいいっ」
「できたっ……」
竜郎はそこで完全に集中の糸が切れて、後ろに倒れ込んだ。
そんな中で雛鳥は、竜郎のお腹の上でピョンピョン飛び跳ねて遊んでいた。
「たつろー、触ってもいーい?」
「ああ、いいぞー」
「やったあ!」
もう動きたくないと言わんばかりに床に寝転がる竜郎に近づくと、愛衣は雛鳥を両手でそっと持ち上げた。
「ピピッ?」
「かーわいー!」
首を傾げてピッピとなく大人しい鳥に、愛衣はぬいぐるみを抱くように胸元に引き寄せて、可愛いを連呼していた。
「せっかくだし、名前を決めないとな」
「そうだね!」
何気なく口にしてしまったが、愛衣に名づけときたら嫌な予感しかしない。
よもやピヨ助やピー太郎なんてつけるんじゃなかろうかと、竜郎の頬に冷や汗が伝う。
「ピロリ、とかどうかな!」
「──ぶっ。胃に悪そうな名前だなっ、却下だ」
「え~、ピって鳴くロリっ子雛鳥なのにぃ」
「そんな意味だったのか!?」
ぶぅと頬を膨らませて抗議の視線を送ってくるが、竜郎とて初めて生み出した可愛い使い魔なのだ。断固として、変な名前は阻止する気満々で相対する。
そして当の雛鳥は自分の生涯の名前が決まりそうだというのに、呑気にピッピッと愛衣の頭の上で飛び跳ねていた。
「じゃあじゃあ、ホワックちゃん!」
「頭の白と体の黒で、ホワイトブラックの略とかじゃないだろうな」
「変かな?」
「変だろ……」
竜郎の方がおかしいんじゃないの? という不名誉な視線を向けられるが、竜郎は気付かないふりをして別の案を促した。
「ほ、他には無いのか?
なんかこう──守ってくれそうな名前がいいんだが」
「守る?」
「ああ。愛衣が今日みたいに大変な目に遭わないように、助けてもらうつもりで生み出したんだよ」
「私のためだったんだ……。ありがとね、たつろー」
「どういたしまして。
まあ俺も助けてもらうこともあるだろうし、正確にはお互いのためってことになる気もするがな」
その話を聞いて「まもる……守るねぇ」とぶつぶつ言いながら、愛衣は何かを思い出そうとするかのように腕を組んで思案しだした。
「カルディナ……」
「え?」
「カルディナってどうかな?」
「───どうしたんだ愛衣?
そんなまと──いつもと違う雰囲気の名前は」
まともな名前と竜郎は口を滑らしそうになるが急ブレーキで回避し、愛衣の方は言い間違えたのだろうと特に気にした様子もないので安堵の息を漏らした。
「うーん。昔ね、テレビで幽霊特集がやっててね」
「ああ、偶にやってるな」
毛色の違う話に面食らうが、竜郎は何か意味があるのだろうと会話の流れを切らないようにした。
「うん。それを見た日から今まで眠れてたのに、一人で眠れなくなっちゃって」
「子供の時には特に怖いだろうしな、ああいうの」
今は見ても大して怖いと思わなくなったが、自分も小さいころは無性に怖かったな、と竜郎は幼少期を思い出しながら頷いた。
「そんな時におばあちゃんが来てね、この子がお家を守ってくれるから、今日からはもう平気だよって言って、イルカのぬいぐるみをくれたの。
そんで、名前はなんて言うの?って聞いたら、カルディナっていうのよって教えてくれたの」
「じゃあ、そのぬいぐるみから名前を拝借したってことか」
「そうだね。たつろーが守ってくれるって言ってたから、不意にその子の名前が出てきたの」
なるほどなと腑に落ちた竜郎だったが、ふと愛衣の部屋にイルカのぬいぐるみなんてあっただろうかと思い返し、そのイルカのカルディナはどうなっているのか聞いてみた。
すると渋い顔をした愛衣が、言いにくそうに語りだした。
「あー……小五くらいまでは持ってたんだけど、だいぶ解れてきてたから、お母さんに直してって言ったら───それはそれは無残な姿に……ううっ……」
「あー…………」
「あれはもう……イルカではなく物体Xだったよ……」
愛衣は遠い目でありし頃の記憶の蓋を開けて、虚空を見つめていた。
その様を見ていた竜郎は愛衣の母、美鈴を思い出していた。
愛衣自身あまり器用でないことを自覚しているが、美鈴はそれに輪を掛けて不器用な人だった。
針に糸を通すことすら苦戦する人に、ぬいぐるみの修理を依頼するなんて、幼女愛衣も無謀なことを頼んだものだと竜郎は憐憫の念を禁じえなかった。
しかし、そんな終末を迎えたぬいぐるみの名前は不吉ではないかと喉元まで出かかったが、これ以上の名前は見込めないだろうし、愛衣も思い入れがあるようなので結局は受け入れることにした。
「まあその……ぬいぐるみの件は置いておくとして、そいつの名前はカルディナってことでいいか?」
「うん、そうしよっ」
そう言って嬉しそうに頭の上に居座っていた雛鳥──もといカルディナを手に持った愛衣は、名前を覚えさせるように語りかけた。
「あなたのお名前はカルディナ、カルディナ二世だよ~」
「ピピピッ?」
「ああ、二世なんだ……」
カルディナはよく解っていないようで、首を傾げてまた好き勝手に動き出していた。
それでも何度も言い聞かせると、カルディナと呼ぶとこちらを見るようになった。
「よし。名前も決まったし、そろそろカルディナを休ませるぞ」
「休ませる? ここで寝かせればいいの?」
「いやいや、そうじゃない。
実体化してるだけでも微量だが魔力を消費していくからな、一旦俺の中へ戻ってもらう」
その言葉に愛衣は、不安な顔を隠せなかった。
「それって、魔力に戻しちゃうってこと? そんなことして大丈夫なの?」
「ああ。魔力に戻すというより、魔力状に変換して俺の魔力の中で眠るって感じなんだそうだ。
だから呼べば直ぐに出てきてくれるはずだし、安心してくれ」
「そっか。じゃあ一旦お別れだね、お休みカルディナ二世~」
愛衣はカルディナの頭を人差し指でよしよしと撫でると、手の平に乗せて竜郎に差し出してきた。
それに竜郎は応じてカルディナを受け取ると、体に吸い込ませるようにイメージして体内にしまい込んだ。
すると、自分の魔力の中に意思を持った個体が存在しているのを感じ取れた。
「──ふう。これでいいな」
「ん~、そんじゃあ私たちもそろそろ寝る支度をしますか」
伸びをしながら立ち上がりそう言った愛衣に「だな」と竜郎が返事をし、二人でいつものように体を拭きあい、寝巻に着替えて並んで同じベッドに横になったのであった。




