第487話 新型魔力頭脳──初号機
現在はこちらの世界でいう3月に入り、初めてララネストを卸してから22日が経った。
一回目の自然養殖産ララネストは予想していた通り2億以上の値で市場に出たのにもかかわらず、グルメな富豪のお抱え商人たちが全力で購入していったせいで一瞬で売り切れた。
また味が数段落ちるブロイララネストも1億以上の値で取引されたようだが、そちらも全てあっという間に完売してしまった。
どこぞの高級料理店がブロイララネストをなんとか競り落として、宣伝を兼ねて利益度外視で格安で提供したら予想以上に反響を呼んで黒字に──なんて事もあったらしい。
また2月の終わりごろに第二段の販売をしたところ、自然養殖産ララネストを購入した美食家たちがこぞって絶賛していたせいで、出荷数を倍にしたのに値段はさらに上がってしまっていた。
それにつられてブロイララネストも高騰し、まだまだ一般市民が口にするには時間がかかりそうだ。
そしてそんな時が過ぎていく中でリアは着実に研究を進めていき、遂に今日ニーリナの竜心臓を使った新型魔力頭脳による杖が出来あがったとの報告を、皆で朝食をとっている際に受けた。
「遂にできたのか。やったな、リア」
「はい。まあ、その……形だけは何とか整えられましたね」
「ん? どういうことだ?」
出来たという割には、やや歯切れの悪い回答に竜郎は疑問を感じた。
しかし「まあ、見てください」と言われてしまったので、とりあえず皆でその新型魔力頭脳を見学させてもらうことにした。
「それでは今日のお昼に外の砂浜でお披露目したいと思います」
「あれ? わざわざ外でやるの?」
「ええまあ、そのほうがいいので。では私は準備してきますね。皆さんはそれまで外に行かずに待っていてください。
じゃあナナ、手伝って下さい」
「はいですの~」
そうして食器をサッと片付けると、リアと奈々はさっさと外に向かって出て行ってしまった。
その後ろ姿に出来たというのに何の準備がいるのだろうと、皆が首を傾げたのだった。
リアに言われた通り昼ごろになるまで大人しく待ち、それから皆でゾロゾロと玄関を出て砂浜へ行くと、リアと奈々が謎の物体の前に立っていた。
「………………えーと、ねえリアちゃん」
「なんですか? 姉さん」
「その後ろにある、でっかい塔みたいなのはなあに?」
「……杖ですよ?」
「つえ? 杖って、これじゃあ巨人さんでもない限り持てないよ……?」
リアと奈々の後ろにある謎の物体は、一言で形を現すとしたら東京タワーと言えば解りやすいだろうか。
全長300メートル以上。土台となっている長方形の箱型になっている箇所だけでも10メートルくらいはありそうだ。
その土台に一本の野太い棒というか柱が突き刺さっており、その周囲を覆うように網目状の金属か何かが複雑に織り込まれながら柱の先端に行くにつれて細くなっていき──結果、東京タワーのような尖塔系の形に至ったようだ。
そしてリアは、そんな巨大建造物にしか見えない何かを『杖』だと言う。
「ですよねぇ~。でも使えないわけじゃないんですよ?」
「そうなのか?」
「ええ、この土台の中にある階段から上に行って貰いまして、ハッチを開けて柱の刺さっている場所に出てもらいます。
後はこちらで土台となっている部分に組み込まれた新型魔力頭脳を起動させるので、そうしたら柱に触れながら魔法を使って下さい」
「確かにそれなら使えそうっすけど、戦闘じゃ使えなさそうっすね」
「固定砲台としてなら何とかやれるはずですの。
……とはいえ、帰還石をエネルギー源にするにはちょっと無理がありますけれど」
実際に今繋がれているのは、以前外に取りつけた魔法液の貯水槽に繋がるバルブからホースを伸ばして土台に接続していた。
なので実質このホースが伸ばせる範囲で、尚且つ巨大なこれを置けるだけの広大な場所でなければ使用は出来そうにない。
「できるだけ小さくしようと努力はしたんですけどね……。
まずニーリナさんの心臓を使った新型魔力頭脳は、この土台になっている所のほとんどを使ってようやく収めることが出来ました。
それから立体魔方陣による制御式を組み上げていったら、どうしてもこれだけの大きさになってしまったんですよ」
どうやら初号機と割り切って、とりあえず形にするのを優先したようだ。
そんな塔の杖に、レーラは興味深げな視線を送りながら口を開く。
「今後これ以上小さくなる事はありえるのかしら?」
「もちろん有りえますよ。とりあえず形にしてみないと解らない事もあったので、形にしてみたらこうなったというだけですから。
これからこれを研究していって、さらなる効率化と縮小化をしていく予定です」
言うなれば、これはリアがこれまでに得てきた知識と技術を、そのまま工夫を凝らさずにダイレクトに表現した物であり、解りやすく例えるなら英訳で言う直訳文のようなものだろう。
そしてその直訳した部分から、文章を理解するだけなら無くてもいい部分を削り落とし、読みやすいちゃんとした文章に整えていく事で、シンプルで解りやすい文章として完成させる。
そんな作業を今後リアは、この東京タワー型の杖を元にして作り上げていくと言っているのだ。
「ああ、それと報告があります。私がこの新型魔力頭脳を完成させたらですね、《半神格者》になりました」
「いつの間に──と言いたいところだが、神格者じゃなくて半神格者か」
「さすがにこれだと余分が多すぎますからね。それでも神格者への道筋が見えてきた感じがします」
そしてリアは《半神格者》の称号を得たのと同時にクラスチェンジもし、創造師から半神創造師となった。
またクラスチェンジ特典として与えられた新たなスキルは、《鍛冶神の御手》というもの。
「これは手で触れればハンマーもいらず鍛冶炎を纏わすこともなく、鍛冶術の変形と創造が行えるというスキルです。
しかも本来持っている鍛冶系スキルにプラス1レベルした状態で効果を発揮します。
私は鍛冶術を20まで取ったので、このスキルを使えば兄さんのように限界を越えた先の21レベル相当の鍛冶術が使えるようになりました」
「今までみたいにハンマー越しに変形と創造、みたいなことはできるのかしら?」
「いえ、これは私が直接素手で触れなくてはいけないみたいですね。
なので戦闘で機体に乗りこんでしまうと使えなくなります。
ただ機体の操縦性能はアップするでしょうけどね」
リアの乗っている機体の機動力は、鍛冶術にも起因しているので常にリアが機体内部から触れていれば、鍛冶術21レベル相当のパフォーマンスを発揮する事が出来る様になるという。
これで戦闘面においても、今まで以上にリアが活躍できるようになるかもしれない。
「とまあ私の事はこれ位にして、さっそく使ってみてください兄さん。
持ち運ぶことはまだできませんが、この状態でも今持っている杖よりも高性能です。
ナナ達の体も造れるようになっているはずですよ」
「そうだな。動作チェックもかねて何個か魔法を使って要領を掴んだら、カルディナ達の体が作れるかどうかやってみよう」
今までの杖補正では届かなった領域まで、この塔はやってのける事が出来る。
ということは《魔法域超越》でレベル上限を突破し、神竜魔力を使った極光と極闇の混合魔法も可能とするはずだ。
竜郎は気持ちを引き締め直すと、塔の土台になっている部屋の扉を開いて中に入っていった。
中に入ると非常階段のように、足元を照らす緑のランプだけが点々と灯った状態で薄暗かった。
けれど最低限の視界は確保できているので、竜郎はそのまま階段を上ってハッチを開ける。
するとすぐ横には杖として機能させるために立てられた柱があり、周囲は網目に囲まれて外が良く見えない。
だが人影は認識できるくらいには外周部を覆う網目も細かくないので、竜郎が上り切った事は外から見ていても知る事が出来た。
リアは竜郎の人影が土台の上に現れた事を確認すると、そこへ向かって声を上げた。
「それじゃあ起動しますねー!」
「たのむー!」
起動は竜郎の立っている場所からは出来ないので、リアは外に設置したバルブから伸びているホースがちゃんと繋がっている事を目視で確認してから、その横にある赤く丸いスイッチをポンと押した。
すると土台の中に設置されている、新型魔力頭脳が魔法液を吸収しながら起動を始める。
今までの魔力頭脳の数百倍はある大きさをしているので、その起動音もそれに比例して大きくなっていた。
ウィイイイイイイーーーーーーーーーーンと巨大なモータでも回っているのかと言いたくなるような音を響かせながら、竜郎の足元も微かに振動していた。
そしてそれに遅れる事20秒ほど。東京タワーで言う網目の部分──立体魔方陣に利用されている箇所が脈打つように下から上へとドクンドクンと青い光を伝えていく。
「イルミネーションみたーい!」
「ほんと、夜中とかに見たらすごく良さそうっす」
「確かに綺麗ではあるが……ウルサイのが傷だな」
愛衣とアテナが感想を漏らしている中で、真竜として五感も人間より優れているイシュタルは耳に手を当てて眉をハの字にしていた。
しかしこれは見て楽しむものではないので問題はない。
リアは愛衣達の感想を気にもしないで自分だけ耳栓をし、《万象解識眼》で起動した状態で不備がないかを内部も含めて確かめていく。
「バッチリでーす! それじゃあ、少し魔法を使ってみてくださーい!」
「りょうかーい!」
リアは拡声器で、竜郎は音魔法で声を大きくして下と上でやり取りをする。
竜郎は了承の意を返すと共に、天照の属性体を使ってライフル杖と右手をくっ付けて竜腕へと変化させる。
こうする事で天照の演算能力も借りられるはずだ。
竜郎はその竜腕で太い柱をギュッと握りしめながら、塔の先端から光の玉を出すイメージを伝えていく。
そのイメージは天照を通して柱に伝わり、新型魔力頭脳の演算能力を使って構築。
竜郎が思い浮かべてからコンマ一秒もかからずに、強大な光の玉が塔杖の先端の直上に浮かび上がった。
そしてそのまま球体から四角、三角、六角形、八角形と形を変えていく。
「普通の魔法だと恩恵があるのかどうか解らないが、一応できているみたいだな」
このレベルの魔法なら普通に魔力頭脳で事足りるので、竜郎には違いがわからない。
だがここではちゃんと杖として機能しているかチェックしているだけなので、それでいい。
その後もリアの指示であらゆる魔法を試していき、属性別にムラが出たりしていないかなど細かくチェックしていく。
「以上で確認作業終了でーす! 一旦休みましょー!」
「ああ、そうするー!」
結構な数をこなしていたので、魔力的には問題ないが精神的に少し疲れた竜郎は、リアが魔力頭脳を停止させた後に塔の土台の中を通って下に降りた。
「どーだった? カルディナちゃん達の体は造れそ?」
「動作確認の段階だから、まだ何とも言えないな」
竜郎は《無限アイテムフィールド》から果実水の入った入れ物とコップを取り出し、それを飲んで消耗した脳の糖分を補給していく。
「あ、ずるい。私にもちょーだい」
「ん──どうぞ」
竜郎は自分の使っていたコップに果実水を継ぎ足して愛衣に渡した。
口移しで飲ませようかと一瞬思ったのだが、さすがに妹が見ている前では刺激が強かろうと自重したのだ。
そうして30分程休憩を挟んで、竜郎は愛衣と身を寄せ合ったおかげで気力体力ともに全回復状態。
これなら万全の状態でカルディナ達の体造りへと望める事だろう。
竜郎は《響きあう存在》の称号効果も使おうと考え、今度は愛衣も連れて再び塔杖の土台となっている部屋の扉を開き、階段を上って柱のある場所へと戻ってきた。
それを確認したリアは再び起動スイッチを押して、新型魔力頭脳を起していく。
またあの大きな騒音を響かせながら、塔の網目部分が脈打つように光り始めた。
「よし、やってみるか」
「おー!」
天照を右腕にくっつけ竜腕にし、その手で太い柱を握りこむと、竜郎は神竜魔力を練りこんでいく。
愛衣はそんな竜郎の背中を抱きしめるようにしてくっ付いて、全ステータスを上昇させて万全を期していく。
そして十分なエネルギー量を生成し終わると、いよいよ《魔法域超越》を発動し、まずはカルディナの新たな体を造るために集中を始めたのであった。
次回、第488話は5月23日(水)更新です。




