第485話 風妖精
空から真っすぐと近付くにつれて、その魔物の全貌が明らかになっていく。
大きさは1メートルの細身の子供の様な人型体形。緑のローブに緑の三角帽を身に纏っていた。
背中からは緑色の妖精の羽を生やし、昆虫のような瞼の無い目の片方──右目はひっかき傷の様な跡が残っており隻眼。
更に良く見ればローブの右袖が風に揺られてたなびいており、隻腕でもあるようだ。
「風のスキルの色が多いって事は、風妖精の魔物ってところか。
一応人間じゃないか確かめた方が良さそうだな──おいっ! お前は人間か!」
「キーーーキーーーー」
「言葉を理解しているのなら──って、してないみたいだな」
竜郎が話しかけている間に、向こうから風の刃を飛ばしてきた。
だがそれを解析し、逆位相の生魔法の魔力を使って当たる前に消滅させた。
それを何度か繰り返しながら竜郎は骨の山の頂に立って睨んでくる魔物から、5メートルほど離れた空中で停止して睨み返す。
「今ので解ったと思うが、俺はお前よりも強いと思う。
もし魔物の振りをしているのなら直ぐにやめてくれ」
「キーーーー!」
どう見ても向こうは言葉を理解しておらず、その身に魔力を漲らせて臨戦態勢に入る。
彼我の実力差にまでは気が付いて無い様だが、それでも竜郎を強敵だと認識したようだ。
「なら魔物だと思っていいんだな?」
「──キッ!!」
風のドリルとでも言えばいいのか、そんなスキルを左手に巻きつけ高速で刺し穿とうと竜郎に突きを放って来る。
だが竜郎はそれも解析して、風の逆位相である生魔法の魔力で無効化。
同時に時空魔法で空間を引き延ばしながら距離を稼ぎ、稼いだ時間で射と土の混合魔法による土弾をマシンガンのように連続でお見舞いしていく。
「ギギギギギギギギギギ──」
「落ちろ──」
「ギィェッ!?」
さらに雷魔法を風妖精の真上に転移させ、落雷を浴びせて地面に落とす。
だが地面に当たる直前で気絶から立ち直り、体中土弾であざだらけ、雷で焼け焦げた状態でありながら綺麗に着地して再び構えを取った。
「タフだな。というよりも魔法抵抗力が高いのか?」
「キー……」
竜郎は相手から少し離れた前方に着地して、左手を突きだしいつでも突撃できる体勢で睨んでくる風妖精に《テイム契約》を持ちかける。
「どうだ? 俺の元に来てくれるなら、その傷も──断られたか。
強情な奴だな──っと」
「キー!」
テイム契約は破棄されてテイムに失敗。
それどころか舐めるなとばかりに風の刃を飛ばしながら、左手を突きだし突進してきた。
けれど竜郎は風の刃もドリル渦巻く左手の突きも、土闇の混合魔法で硬質化した壁を作って防御する。
「ギャッ──」
それくらい突き破れるとでも思っていたのか、思い切り手を叩き付けたせいで左手が潰れた。
そこから竜郎の追撃が始まり、土壁から棘が飛び出し全身を貫こうとする。
しかし棘の先が数ミリ刺さった辺りで後ろに飛んで逃げ難を逃れた──と思いきや、壁の向こう側にいたはずの竜郎が転移で後ろに回りこんでいた。
「終わりだ!」
「ギィッ──」
3つのレーザーが左肩、右もも、左ももに直撃し、残っていた左腕と両足を消し飛ばす。
これで終わりだなと竜郎が一歩踏み出したところで、風妖精は背中の羽をはためかせ空へと移動する。
逃げるための行動か? と思ったのだが、どうやら違うようだ。直ぐに反転して竜郎へと向き直る。
消し飛んだ両足と左腕は焼かれたおかげで血は零れていないので致命傷ではないのだが、それでもよくそんな状態で立ち向かえるものだなと、竜郎が感心すらしていると全身に今までにないほどの魔力が噴出し始めた。
「キイイイイイイイイィィィィィエエエーーーーーッ!!」
「うおっ」
その瞬間、巨大な風の龍が8匹、風妖精の体から湧き出して竜郎へと襲い掛かってくる。
それに目を奪われながらも、ならこちらも風で勝負してやるとばかりに口角を上げて風魔法の最大出力で自身を中心に竜巻を巻き起こす。
テイムしたいのなら実力を認めさせる必要があるので、出来るだけ魔物にも解りやすいようなパフォーマンスをする必要があるからだ。
その竜巻に8匹の風の龍が8方向から激突し、周囲に零れていく激風が吹き荒れ草木を、骨の山を吹き飛ばしていく。
空遠くから遠見で見守っていた愛衣の所まで、その風は届いてきたほどだ。
「やるな。風魔法単体だけって言っても、レベル20の魔法でも消せないって相当だぞ。
──だったらもっと派手に行くぞ!」
「────キッ!?」
風魔法に光魔法を最大出力で混ぜ込むと、竜巻に深く噛みついていた5匹の風龍が弾け飛んだ。
もう残りは3体だけ。
「キィイイイイイイイェェェエエエエエッ!!」
「そのスキル面白いな」
残った3体の風龍を竜巻からすぐさま離すと、その3体を融合させてさらに巨大で強力な風龍へと変化させた。これで単純計算だけでも出力はさっきの3倍だ。
さらにこの魔物は《八風龍操》という風龍を8体生み出し、自由に操るスキルを使う直前に、《自己超越》という一時的に全ステータスとスキルの威力を特大上昇させる切り札を使っている。
《自己超越》は効果が切れた瞬間、全ステータスとスキルの威力が特大減少するという諸刃の剣。
しかしこのスキルのおかげで風妖精は等級が低いにもかかわらず、格上の魔物ですら何度も打ち破ってここまで強くなれたのだ。
もちろん負けず嫌いな性格と絶対に死なないという強い生存本能。そして他を圧倒する努力と根性が元々備わっていたからでもあるが。
なので絶対の信頼をこのスキルにおいており、レベルが80を越えた辺りで習得した《八風龍操》によるコンボは未だかつて誰にも破られたことが無かった。
だから今度も、この《自己超越》で強化された3倍風龍が竜郎を殺してくると疑わなかった。
──しかし。
「ならこっちも真似してやるよ!」
「…………キ?」
竜郎は竜巻に使っていた光と風の混合魔法を凝縮させていき、光輝く風の竜を作りだす。
しかも風妖精の3倍風龍の10倍の大きさで。
「喰らえ!」
「……キ…………キキ────キィィィィィイイェェエェエエエエエッ!?」
バクンッと、それは一瞬の出来事だった。
絶対の自信を持っていた風龍は、さらに大きな口を開けた光風竜に呑みこまれ、完全に消し飛ばされた。
さらに間の悪い事に《自己超越》の効果が切れてステータスも特大減少。
そんな状態にもかかわらず空に浮かんでいた風妖精めがけて、自分の風龍を喰らった竜が迫って来る。
「……キェ」
心が折れた。
今まで右腕を噛み千切られようとも、目玉を引き裂かれようとも、体中をズタズタに切り裂かれようとも、最後の最後まで諦めた事など一度も無かった。
けれど絶対的な力の前には、自分など無力なのだと本能が悟ったのだ。
今まで相手にしてきた自分にとっての強者達など、目の前の存在からしたら取るに足らないモノでしかないのだと。
死を覚悟した。
だが光風竜は自分を飲み込み、風の激流で全てを無塵に帰す喉奥へと押し込もうとする寸前に、目の前であっさりと消え去った。
さっきまでの光景が全て夢であったのだとでも言うように。
呆ける風妖精。
何が起こっているのか解らないままに強張っていた体の力がすっと抜けていき、四肢の無い体が地面に落ちていく。
だが地面に激突する寸前に、自分ではない誰かによる風のクッションに包まれてゆっくりと横たわった。
そして見上げると神の如き力を振るい、神の如き威圧感を放つ存在がこちらを見下ろしていた。
そして風妖精に自分の従魔になれと《テイム契約》を再度持ちかけてきた。
「──キィ」
風妖精はこの時、この方こそ自分の仕えるべき王なのだと感じた。
だからもう何も考えずに、いつの間にかその契約を受け入れていた。
すると竜郎との絆が自分の中に構築されていくのが伝わってくる。
「キィィ……」
その瞬間、押しつぶされそうだった神の如き威圧感が、自分を包み込む安心感へと変わっていた。
心が打ち震え、立ち上がって忠誠を誓おうとするも、その足はどちらも無い事に気が付いて残念そうに持ち上げていた顔を地面に落とした。
「ごめんな、痛かっただろ。今、全部治してやるからな」
「キィ? キーキーキキーキィェー」
契約を通してその言葉の意味を理解するが、いくら我が王でもそれは無理だろうと契約越しに伝える。
すると竜郎はふふっと笑った。
「お前が俺を主と思ってくれるのなら、お前の全部を根こそぎ癒してやる。
まず最初の指示は、俺を信じろ」
「──キィェエッ!!」
寝転んだまま頭だけあげて頷くと、竜郎は全力全開で光と生の混合魔法を使って風妖精に治癒の魔法を施していく。
するとどうだろうか。
先ほど失ったばかりの両足と左腕はあっという間に生え変わり、古くなるほど再生が難しくなるはずなのに、数十年前に失った右目が眼孔の中で風船が膨らむ様に復活していく。
それだけでも驚愕だったのに、更に昔に失ったはずの右腕までもが綺麗に生えてくる。
そして数百年かけて体中に刻まれてきた古傷たちも、極少の物もすべて含めて消え去った。
「キ──キィ……」
信じられないとばかりに右腕を握ったり開いたり、負傷してから腐って落ちたはずの右目だけで見渡したり、ローブの裾を上げて体中を見回す風妖精。
その光景に竜郎は笑みを浮かべながら問いかける。
「治ってない所はあるか?」
「キーキー」
ぶんぶんと随分と人間臭い所作で首を横に振って否定していると、ふと第三者が近づいて来ている事に気がついて空へと鋭い視線を向け、竜郎を守るように前に立つ。
「ああ、その子は大丈夫だから」
「キィ?」
「たっつろーー」
どういうこと? と風妖精が首を傾げている間に、愛衣が3メートルクラスの首が折れて事切れている雀に似た魔物を抱えて降りてきた。
「なんだそれ?」
「上からたつろー達の様子を観てたら襲ってきたの。だから返り討ちにしといた。今日の晩御飯になるかもね」
愛衣は右足を蹴りあげる動作をして、その時の状況を再現してくれた。
どうやら空にいる時に襲われたので、首を蹴って殺したようだ。
「それでそっちの妖精さんが新しい子でいいの?」
「ああ、妖精種の魔物を仲間にしたのは初かもな」
「キィィ」
未だ愛衣を警戒しながらも竜郎の横についていた風妖精が、誰なのかと問いかけるように鳴き声を上げた。
「ああ、すまないな。この子は俺の彼女……って言ってもあれか、お前たちの概念で言う番? だと思ってくれていい」
「キィッ!」
今までの野生の魔物だと竜郎の番だろうが何だろうが、認めていないモノには気を許すことは無かったのだが、この魔物はすんなりと愛衣を受入れお辞儀をして見せた。
さっきから感じていた事だが、そのあまりにも人間的な所作に竜郎は目を丸くした。
「……何というか、お前かなり頭が良い魔物なんじゃないか?
たぶん今まで見てきた魔物の中でもトップクラスに頭がいいぞ」
「キィ?」
「もしかしたらこういう子が、将来人間になったりするのかもしれないね」
「それはそれでテイム契約が切れそうで困るが、その瞬間を見てみたいとも思うな」
「キキーー」
なんだか良く解らないが褒められている! と感じた風妖精は、嬉しそうに口角を上げて大きく鳴いた。
そんな無邪気な子供のような風妖精に、今後ほんとうに人間に至るかどうかは解らないが、それでもどんな将来が訪れても仲良くしていこうと思った二人なのであった。




