第484話 インフラ整備
その日の夜。皆で食卓を囲みながら、次の目的地についてレーラから話を聞いていた。
「それじゃあ、次の目的地って海底にあるの?」
「ええ、魚人や人魚たちなんかが暮らす海底都市の近くに聖竜を祀った遺跡があるらしいのよ」
「その遺跡の中に目的の世界力溜まりがあるってわけだな」
これは海底用の準備をしなければと、竜郎はリアと目を合わせて頷きあった。
「時代は過去、それとも未来のどちらだ? 私の力は必要か?」
「必要よ。イシュタル。次の目的地は76年後の未来なのだから」
「76年後の未来か。前に比べるとわりと最近だな」
それでも人間からしたら結構な時間なんだけどなと竜郎は思うが、真竜やクリアエルフの時間的感覚からしたら最近なのだろう。
そしていずれ竜郎達もそんな感覚になるのかもしれない。
「まあ海底に行くなら、とりあえず魔物船長門の出番だな」
「そっか。たしか潜水も出来るんだっけ、あの子」
長門が持っている《魔障壁》を使えば中まで水も入って来ないし、範囲を広げれば甲板に出る事すらできるはずだ。
だがそうなると空気が入って来れないので、長期間潜り続けるのならそこを解決する必要がある。
そういう意味でも海底対策は必須と言っていいだろう。
「それじゃあ次の話に移ろう。リアの研究はどうだ? 何か新しい発見はありそうか?」
「有りそうなんてもんじゃないですよ、兄さん!
今まで答えだけ知ってても過程が解らずに難儀していた問題が、嘘のように解決していっているんですからっ! やっぱりあの人は天才です!」
「お、おう。そうか、良かったなリア」
「はいっ」
あまりの熱量に竜郎は少し背中を反らしたが、リアは気にもせずにご機嫌だった。
「だけどそれなら料理とか私たちがした方がいいかな。リアちゃんは忙しいのに私たちは基本暇だし」
「ああ、それは俺も考えていた。どうだ? 必要そうか?」
「えーと……。正直私が作った方が美味しいんですよね……」
「それはそうだな!」
「それはそうだね!」
竜郎も愛衣もそれほど料理が上手いわけじゃない。焼く、煮る位なら出来るが、繊細な料理技術はリアよりも数段劣る。
とはいえ超絶下手というわけではないのだが、リアが料理の才能を持ちすぎているのだ。
正直そこいらの店で食べるくらいなら、リアの手料理を食べた方が絶対に美味しいと断言できるほどに。
だからこそ二人は胸を張って断言したのだが……、若干二名──イシュタルとレーラはそれでいいのかと項垂れていた。
「……何故この二人は胸を張って肯定できるんだ?」
「さ、さあ……?」
そんな二人の疑問は無視して話は進んでいく。
「それに私も料理は嫌いじゃありません。むしろ好きですし趣味とも言えるでしょう。
それに……兄さんや姉さんが美味しい美味しいって言って食べてくれると嬉しいんです」
「うう……なんてええ子なんや……お兄ちゃん感動した!」
「お姉ちゃんも感動したよ!」
「──むぎゅう」
愛衣に突撃されて胸に頭をうずめられたリアは、手をバタバタさせて苦しそうにもがいた。
そして愛衣の肩を何とかつかむと、ぐっと押して離れて貰う。
「だから料理の事は気にしないでください。ああでも、本当に集中したい時は頼みますね」
「ああ、任せてくれ。他には何か俺達に手伝ってほしいことはあるか?」
「あっ、ありましたありました!」
「ん? なになに? おねーちゃんに言ってみ」
「明日にでも魔法液生成装置を、この城に設置したいんですよ。
実験の時に帰還石をいちいち換えるのも面倒ですし、一度管を通してしまえば使いたい放題ですしね。
なのでその手伝いを頼みます」
「解った。だがそうなってくると何処に設置するか──って話になるが……」
いつかここにも身内以外の誰かを招くことが有るかもしれない。
だがその時に、魔法液生成装置は絶対に部外者に見られたくはない。
なので誰にも見られない場所に、身内以外は入れない場所に設置したいのだ。
「そうなると転移の時に使ってる地下室とかっすかね」
「あそこなら確かに城の中に入れても、地下室があるかどうかも知られない可能性すらありますの」
「だがせっかく綺麗に作ってあるあの部屋に、大きな魔道具を置くのはもったいない気がするな」
そう言ったのはイシュタルだ。転移の時に使っているあの部屋は、かなり装飾も凝っている。
天井のライトが壁に刻まれた水晶の彫刻に上手く当たって、部屋中がキラキラと輝いて見えるのだ。
イシュタルも初めて入った時には感心していただけに、武骨な物をあの空間に入れたくないらしい。
だがそれは竜郎やリアも同じこと。
せっかく綺麗に作ったのに、そんな勿体ない事が出来ようものか。
「てなわけで、地下室の横にさらに部屋を作るか。
……あ、というか、あの装置って地下でも大丈夫なのか?」
電波然り空気然り、何となく地下というものは色々入ってきにくいイメージが竜郎にはあった。
なのでふと湧いた当然の疑問だと思っていたのだが、リアもレーラもイシュタルも、なんでそうなるの? と不思議そうな顔していた。
どうやら世界力は土の中だろうが海の中だろうがあるらしく、地下室にもちゃんと流れてくるらしい。
よくよく考えれば元置かれていた場所も地下だったし、海底遺跡にも世界力溜まりが出来ているなどと話していたのだから、先に思い至るべきだった。
「問題がないならいいんだ。それじゃあ、そういう方向で行こう。
明日でいいのか?」
「はい。出来るだけ早い方が嬉しいです」
「なら明日は朝から作業開始だな」
翌日。いつもより早めに起きて朝食をとったら、さっそく竜郎達は地下室拡張工事に取り掛かかる。
といっても竜水晶創造と魔法と鍛冶術で、ちょちょいのちょいで出来てしまう。
なのでそれほど時間はかからない。
転移の時に使っている地下室からさらに奥へ繋がる扉を付けて、その先に巨大な一室を設けただけ。
用途としてはただ巨大な魔道具である魔法液生成装置を置くためだけの部屋なので、特に装飾にこだわったりすることもなく、だだっ広い空間にするだけでいい。
たまにリアがメンテナンスに来るくらいしか訪れる機会も無いのだから。
「ここら辺でいいか?」
「もう少し奥へ──そこでお願いします」
「はいよー」
竜郎はリアの指示を受けながら、《無限アイテムフィールド》から出した魔法液生成装置を設置し終えた。
後はかなり大きめな貯水槽を設置して、リアが既に用意していた自動汲み上げ式ポンプをその中に何本も垂らしていく。
次に汲み上げポンプを管を通す穴に接続。
あとはカルディナ城の全部屋に行き渡るように、魔法液管を内部に張り巡らせていく改装工事に取り掛かる。
各部屋ごとにコンセントのようなソケットを取り付けたり、そのソケットに差し込めるように生活のための魔道具を少し改造したり──などの作業も並行していたので、そこそこ手間がかかったが、それでも竜郎たちにかかれば昼には終わってしまった。
「後は外にも一つ通していいですか。屋外実験もしやすいように」
「ああいいぞ」
最後に城の玄関を出て少し進んだところに、直径三十センチほどの管を通すと、漏れ出ない様にバルブを取り付け、後付けでホースが取り付けられるようにした。
これで使う時はバルブにホースを繋いでハンドルを回せば、魔法液がホースへと流れていくようになるというわけだ。
さらにそのバルブを隠すためにハッチを作り、厳重に物理キーと魔法キーをかけて関係者以外使えない様に蓋をした。
「では起動します。奈々は魔法液が貯水槽に溜まってきたらポンプを起動してください」
「はいですの~」
インフラ工事を終えた竜郎達は、さっそく魔法液生成装置の起動に取り掛かる。
リアがこの城用に改めて調整した箇所を確認し、問題が無い事を確かめると起動ボタンをポンと押す。
すると天秤のようになっている左側の皿の魔方陣が光り始め、世界力を吸収しやや下へと傾き内部に取り込んでいく。
そして3分ほどすると勢いよく右側の排水路から、魔法液がドバドバと貯水槽に流れ始めた。
言われたとおりにある程度溜まった所で奈々が汲み上げポンプを起動させると、魔法液が吸い上げられて城の各所へと繋がる管へと流し込んでいった。
「経過も良好。魔法液の純度に質も申し分ありません。ポンプも不具合も無いですし、上手く城中に回ってますね。
これで実験も捗りそうです」
「それは良かった」
竜郎たちもこれで帰還石が切れたら交換する──なんて事を今後しなくて良くなったので、これからはより便利になっていく事だろう。
それから6日後の朝の事。
飛翔のガントレットでの訓練を積んだおかげで、愛衣は多少飛ぶことにも慣れてきていた。
そのため飛翔訓練もかねて、月読のスライム翼を広げる竜郎と共に空から領地内を探索していた。
「良い場所はありそうか?」
「ないねー」
愛衣は戦闘にはまだ使えそうにないが、進むだけならスムーズになって来た状態で、《遠見》を使って目的にそったいい場所がないか見回していた。
その目的地というのは──。
「さすがに庭先に墓地を作るのもきついからな。
だから他にいい場所を探してやろうとは思ったんだが、なかなかないもんだ」
「だねー」
ルシアンの父と母。ベルケルプとルーシー・ターラントの埋葬地。
かなりの悪逆に手を染めはしていたものの、それでも同情の余地はあった。
なので愛する人と一緒に埋葬するくらいはと死体を持ってきてはいたのだが、他の事に気を取られて少しばかり先延ばしになっていたのだ。
これではいけないと思い立ち探し始めたは良いものの、感じの良さそうな所は無く鬱蒼とした手付かずの自然があるだけだった。
──と、半分あきらめムードになって来たところで、気になる光景が愛衣の目の端を掠めた。
「止まって、たつろー」
「おっ、何か見つけたか?」
「うん。こっちこっち」
未だに飛ぶときは少しいかり肩になりながらも、愛衣が気になる方角へとスイスイ進んでいく。
竜郎は何があっても良いようにと、周囲に探索魔法を張り巡らせながら愛衣の少し後ろからついて行く。
そうして進んでいくと、竜郎の肉眼でもその場所が見えてきた。
「あれは……骨の山か?」
「みたいだね」
そこは森と崖の境にある丘の上。およそ高さ10メートルほどまで積み上がった、魔物の骨の山が置かれていた。
そしてその上には小さな、1メートルほどと小柄な人型魔物が座っていた。
「向こうも気付いたみたいだな」
その魔物もこちらに気が付いたのか、すくりと立ち上がってこちらを睨み付けてくる。
「けっこう強いな。たぶん主クラスだ。
丘から海も見えていい場所だし、あそこに墓を作ってアイツに墓守を任せるのもいいかもしれない」
「ってことはテイムするの?」
「ああ。だからちょっくらタイマン勝負してくるよ」
「気を付けてね」
「解ってる──」
二人は空中でキスをして別れると、竜郎だけがその小柄な人型魔物へと突っ込んでいくのであった。




