第479話 クマの実力
「半神獣種ですって!? 私も聞いたことが無いわ!
ちょっと触ってもいいかしら!!」
「ああいいぞ──って、もう触ってるし」
種族名を聞いた途端、レーラは鼻息を荒くしてシロクマに突撃し体中をベタベタ触りながら観察を始めていた。
シロクマはどうすればいいの? と少し困ったような声音で「グォオン?」と鳴いていたので、竜郎は手を合わせて「ちょっと我慢してくれ」と頼んだ。
その間に竜郎はシロクマのスキルを確認していく。
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レベル:1
スキル:《神獣化》《六紋解放》
《虹彩水晶創造》《水晶精密操作》
《超嗅覚 Lv.1》《体術 Lv.1》
《ひっかく Lv.1》《爪襲撃 Lv.1》
《爪気連弾 Lv.1》《超突進 Lv.1》
《豪音波 Lv.1》《空歩 Lv.1》
《滑空飛翔 Lv.1》《半神の覇気 Lv.1》
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「滑空? クマなのに飛べるのか?」
「え? あのシロクマさん飛べるの? ……どーやって?」
「さ、さあ?」
モモンガのように皮膜が脇についているわけでも、鳥のように翼があるわけでもない。
およそ空とは縁遠い純陸上生物にしか見えないので、竜郎も首を傾げるしかない。
「まあ、とりあえず戦っている所を見てみたいな。
レーラさん、もうそろそろいいか?」
「ええ、また後で調べさせてもらうわね」
「グォォォン……」
「えー……」といった表情で項垂れながらも、こちらに二足歩行でポテポテやってくると、ギュッと竜郎をお腹に収めて抱きしめてきた。
「なんだか甘えん坊な奴っすね」
「産まれたばっかだし、魔物の部類ではかなり頭のいい奴みたいだしな。
甘えたい盛りなのかもしれない」
「いいなー」
お腹のモフモフに後頭部をうずめて癒されていると、愛衣が羨ましそうにそれを見つめてきたので竜郎は抱き寄せて自分の胸に埋めさせた。
愛衣はそっちじゃなかったんだけど、まあいいかとそのまま竜郎にくっ付いた。
「──っと、そうじゃなかった。
蒼太ー! 何か適当な魔物を海から連れてきてくれー!」
「キュィィィロロロロゥウーーー」
シロクマと愛衣のサンドイッチに癒されながら正気に戻った竜郎は、蒼太に指示を出す。
すると蒼太は海の中に潜っていき2~3分もすると尻尾の先に、リンゴにカニ足を付けたようなフォルムの奇妙な甲殻類の魔物を巻きつけ戻ってきた。
「キィィロロゥーー」
そしてそのまま竜郎たちから少し離れた砂浜の上に放り捨てると、自身は海に逃げない様に後ろ側を塞いでくれた。
「相手は耐久高めでレベルは37か。ここいらだとそんなに強くない魔物だが、普通はレベル1の魔物が敵う相手じゃない……いけるか?」
「グォン」
当然だとばかりに頷くと、シロクマは竜郎に抱きついていた大きな前足を外し、ポテポテとその魔物の方を向いて皆の前に出てきた。
そのまま魔物の方へ行くかと思えばシロクマは、おもむろに両腕を前にならえのポーズで静止させた。
すると爪から虹色の美しく輝く液体が滲みだして来て、あっという間にそれを覆い隠す。
「グォオオオオオーーーー!!」
「────!?」
突然の咆哮にウロウロしていた甲殻魔物もシロクマの方に注目し──たのだが、その瞬間にガトリング砲のように爪の形をした尖った虹色水晶が次々と飛んできた。
「《爪気連弾》と《虹彩水晶創造》の混合スキルみたいだな」
「なんかドンドン砲撃の速度が上がってきてるね」
「半神獣種なんて呼ばれるくらいだから、上級竜並みにスキルレベルの上りが速いみたいだ」
竜郎が考察をしている間にも甲殻魔物は躱す事も出来ずに、その身に爪型の虹色水晶がガガガガガッと当たって金属がぶつかりあうような音を周囲に響かせる。
けれど時間が経つにつれて威力を増していくその爪型水晶の砲撃に、やがて甲殻にヒビを入れられ、さらにヒビ割れを広げられ甲殻に覆われていた肉体にまで害が及び始める。
それに慌ててリンゴ型の体を回転させると、砂浜に沈み始めた。
地中に逃げる気らしい。
「グォオオオオオ!!」
しかしそこでもう一度シロクマが吠えると、《神獣化》を行使して一瞬で全身の毛を白金に染め上げる。
さらにその影響で4メートル程まで巨大化した体で《超突進》。
砂浜を巻き上げながら猛烈な勢いで地面に潜ろうとしている甲殻魔物に体がぶち当たる。
──ドゴンッとトラックが大きな何かをはねた時のような音が響き渡る。
普通そうなると突進された側はすっ飛んで行きそうなものなのだが、シロクマ(今は白金クマ)の頭から飛び出している虹色水晶の大きな返しの角が突き刺さり、その場に止まっていた。
「グゥオン!」
そう叫びながらシロクマが後に飛んで肉薄した状態から距離を取ると、刺さっていた角は水飴のように伸びて頭から伸びた状態となる。
さらにシロクマの全身から虹色の水晶が湧き出してきて、全身を覆い隠し鎧と化す。
「ああいう風に自在に形や柔らかさ何かを決められるのか、便利だな」
甲殻魔物はシロクマが離れた隙に逃げようとするも、その身に埋め込まれた水晶角のせいで、鎖に繋がれたように距離をこれ以上取ることができない。
「うわー……水晶の鎧の腕の所からトゲトゲが出てきたよ。あれ刺さったら痛そー」
「痛いじゃ済まない様な気がするが……」
虹色水晶の全身鎧の前腕を覆った部分が凶悪な形へと昇華していき、まるでボクサーのグローブにびっしりと棘を付けたかのような形状となった。
「おっ《六紋解放》が来そうだな」
「どんなスキルなの? それって」
「六属性──あのシロクマの場合は光、火、雷、氷、風、生の属性を一時的に使えるようになるらしい」
胸に金毛で描かれていた六花の紋が光り輝き、そこから竜郎が先に述べた六属性の魔力が体を満たしていく。
その魔力のうち火を全身の鎧へと回していくと、虹色から灼熱色に輝き燃える水晶鎧へと変化する。
頭から水飴のように伸びてしなっていた角も当然熱を持ち始め、甲殻魔物の内部を焼き始める。
「グォォォオオオオオオーーーーーーーーーー!!」
「────」
さらに雷の属性を口元に集めてからの《豪音波》。
シロクマの口内から雷撃を纏った強力な衝撃波が飛んできて、甲殻魔物は痙攣し始める。
さらに《神獣化》の効果が切れる10秒前。最後の追い討ちを仕掛けていく。
頭から伸びていた角を引っ張り痙攣する甲殻魔物を一気に引き寄せると、後ろ足二本で立ち上がりボクサーのように棘付水晶グローブを構える。
「グォオオオオオオオオオオオオオオーーンッ!!」
そして自分の方へ飛んできた甲殻魔物に向かって、まるでサンドバックであるとでも言うかのように左右の拳で華麗に連打を決めていく。
紐で繋がれたボールのようにシロクマと繋がっているので離れられない甲殻魔物は、全身を打ちのめされ、刺され、抉られボロボロになっていく。
約10秒間殴られ続けた魔物は、そこでようやく角を切り離したシロクマによりゴミのように地面に落とされ解放された。
けれどそれでもまだ息の根は止まっておらず、全身から紫色の体液を垂らしながらピクピクと動いていた。
「────ッ………ッ………」
「グォォンッ!」
神獣化の効果が切れて元の2.5メートルサイズの白毛クマに戻ったシロクマは、《空歩》を使って二段ジャンプ。
それと同時に《六紋解放》の火魔力が切れた事で、灼熱色の燃え盛る水晶が元の色を取り戻し始める。
だが今度はエメラルドのような風魔力を宿した水晶に変えていき、さらに背中に左右あわせて10メートルは有りそうな水晶翼を広げる。
自分で《六紋解放》の風魔力を使って上昇気流を巻き起こし、それに乗って《滑空飛翔》でさらに高くまで上り詰める。
「グオオオーーン!」
翼をしまい上昇気流も止め、重力に囚われ自然落下が始まる。
シロクマは頭を下に向け甲殻魔物をロックオン。
ドロップキックのように両前足をぴったりとくっつけると、先の一回で2レベルになった《空歩》を足場に後ろ足を使って《超突進》。
そこへ残った風魔力を使ってさらに推進力強化。
自身は光と氷の魔力を混ぜて煌めく蒼色の水晶鎧で身を包み、さらに固く頑丈にしていく。
隕石のように剛速で落ちてきたシロクマの前足二本は的確に甲殻魔物に着弾。
周囲の砂を吹き飛ばし、巨大なクレータを作り上げると共に甲殻魔物が存在していた証を全て消滅させてみせた。
「おつかれさん」
巻き起こった砂は竜郎が全て風魔法で振り払い、視界を取り戻させながら竜郎はシロクマに近づいていく。
「グゥォ~」
シロクマは先ほどの気迫あふれる姿から打って変わって、甘えるように竜郎に頭を擦りつけた。
そこまでの一連の流れを見ていたイシュタルは、面白いものを見たとばかりに口角を上げていた。
「レベル1であの魔物に勝つだけでなく圧倒するか。まるでクマの形をした竜だな」
「しかも竜の中でも上級の方よね。さっきのでレベルが上がってさらに強くなったでしょうし、あんな魔物が今まで野生として生まれてこなくて良かったと心から思うわ」
「だろうな。あんなののレベル700やら800やらが出たとなると、もはや母上くらいしか対処できないぞ」
「クリアエルフだけでは勝てないでしょうね……。というかそんな魔物を配下に置くのよね、タツロウ君は」
「タツロウもあのクマも互いに気に入ったようだしな」
竜郎が「凄かったぞー」と、かいぐりかいぐり頭を撫でまわすとピスピス鼻を鳴らして嬉しそうにするシロクマの姿に、イシュタルは何とも言えない顔で苦笑した。
そんな顔を向けられたレーラも肩をすくめ、もうなる様になれと深く考える事を止めた二人なのであった。




