第478話 クマ
朝食を皆で取り、奈々に無理やり席に連れてこられたリアは食べ終わると同時に作業場まですっ飛んで行く。
ジャンヌと奈々と同時に行う、二重の天魔族創造実験は素材の選定がまだ終わってないので一先ず後回しするということもあり、奈々もそちらに向かった。
そうして竜郎達はいつもの実験場所。
蒼太たちが砂浜までやってきていた朝の魔物を、モグモグしている最中にお邪魔する。
「こういうとき庭が広いと便利だよな」
「庭ってゆーか、ただの砂浜だけどね」
彩人と彩花が蒼太が大きな魔物を一飲みするのを見て、「「おー」」と拍手をしながら歓声を上げていた。
それにワニワニ隊も触発されたのか、どれだけワイルドに食べるか──のような謎の食事風景が広がっていた。
そんな光景を尻目に、まず竜郎は何からやろうかと考える。
昨日の夜考えようとしていたのだが、愛衣となんやかんやしていたら朝食の時間になってしまっていたのだ。
「あ、えろろーの顔になってる」
「なってません。という事で決めました、まず最初はウチのマスコットキャラクター。わんこ、シャチに続くパンダを作ろう」
「パンダちゃん!」
「「ぱんだ?」」
「「ぱんだー!」」
お付のカルディナ、ジャンヌ、アテナ以外で見学に来ていた、レーラとイシュタルは何それとばかりに首を傾げていた。
食事風景に見飽きた彩人と彩花もこちらにやってきており、何だかよく解らないが豆太に似たようなモフモフ生物が生まれるのだろうと両手を上げてはしゃいでいた。
「「たつにぃ、豆太だして」」
「ん? いいぞ。それにしてもお前たち本当に豆太が好きだな。
シャチ太もかまってやれよ」
「シャチ太はモフモフじゃないからー」
「つるつるしてて気持ちいーからボクは好きだよー」
どうやら彩人はそこまでではないが、彩花はそれなりにシャチ太の事を気にいってはいるようだ。
同一個体なのに男女で微妙に好みが違うのかと不思議に思っていると、まだ彩花の言葉には続きがあった。
「けどなんかお魚みたいな臭いがするのがいやー。
ボクもそれがなかったらギュってするのにー」
「そうなのか……」
ボクっ娘彩花ちゃんはモフモフでないのは良いが、臭いは嫌だったらしい。
魚というより海の臭いでは? とも思うのだが、その辺は好みの問題なのだからしょうがない。
シャチ太は俺がかまってあげるからな!と心で語りかけてから、竜郎はパンダの元となる魔卵。
金のクマゴローこと、金のデフルスタルと呼ばれる金水晶を背中から生やしたクマ型魔物の魔卵を取り出した。
「等級は6.8。合成しまくれば最大8まで上げられるか」
「蒼太と同格の等級8の魔物をマスコットにするんすか?
ちょっともったいない気もするっす」
「マスコットにするのだとしたら等級6の魔物も相当もったいないとは思うけれど、ここにいるとだんだん感覚がおかしくなるわね」
「んじゃさ、パンダはそのままそれを使って、等級8にした奴はそのまま生み出して戦力にするってゆーのはどお?」
「それがいいかもな」
愛衣の意見を採用する事にし、竜郎はまずオリジナルを《無限アイテムフィールド》の能力でポイントを消費し2つ複製する。
そして2つはそのまま出しておき、オリジナルは収納し直し、さらに合成用の魔卵も複製していく。
そうして《魔卵錬成》を繰り返し、30センチほどの金の水晶球だった魔卵が、50センチの虹色に光り輝く水晶球へと変化を果たした等級8の魔卵が出来上がった。
その美しさに思わずイシュタルも感嘆の言葉が零れ落ちる。
「凄いな、なんだか見るからに豪華な卵になったぞ。
これは相当な魔物が生まれて来るに違いない」
「真竜からのお墨付きっすね」
「そんな大層なものではないが……そん所そこらにいる木っ端とはわけが違うのは間違いない」
「まあ、シミュレートしてみれば解るだろっと。でたな」
竜郎はその魔卵を複製して余った方を《強化改造牧場》に取り込むと、シミュレーターを起動させてこのまま孵化させた場合の姿や情報が、空間に飛びでてきた画面に映し出される。
「そんなにイメージは変わってないね。
しいて言うなら金色水晶が虹色水晶になったくらいかな」
「大きさも似たようなもんだしな。いや、普通のクマにしたら大きいけどさ」
大きさは6メートル。相変わらず背面側には水晶をビッシリと生やしており、薄茶色の毛並をしたクマボディ。
しかしよく見ると左右前後の足が三回りほど太く発達し、その足先から伸びる爪も切れ味が一段と増しているように見えた。
「金の上があったのね……。知られていないだけで、この世界のどこかに実はいたりするのかしら」
そんなことを言われても誰も答えられるわけじゃないか──そう、竜郎が思った時、頭の中に直接語りかけてくる存在が現れた。
『それが今はいないんだよねー。あんまりぽこぽこ生まれても不味い魔物だしさー』
『えっと、もしかして怪神か?』
『そだよー。おっひさーたっつん。また面白そうなことしてんじゃーん。いいねいいねー』
『そうなのか?』
『うんうん、その調子でアタシがせっかく作ったのにー全然使われてない魔物ちゃん達を復活させてあげてねー。んじゃあ、ばいばーい』
『えっ!? それだけ!? ………………おーい、怪神さんやーい………………まじでそれだけ言いたかっただけなのかよ……』
言いたい事だけ言って逃げて行った?怪神に脱力しながら、竜郎は今の話をレーラに聞かせた。
「けれどそうすると、昔は何度か現れたことがあるって事なのね。
怪神とは何のつながりもないから、そういう話がきけたのはありがたいわ。
ありがとね、タツロウ君」
「どういたしまして?」
別段何をしたわけでもないのに礼を言われてもなあと肩をすくめながら、竜郎はさっそく強化をほどこし生み出す事にする。
亜種も他に2種ほどいたが、そのどちらも一段この形態に劣ってしまうスペックだったからだ。
容姿もどっちにしろこちらにはそれほど期待をしていなかったので、変える必要もない。
ようは強ければいいのだから。
(だが今回は練習してだいぶ上手く作れるようになった神竜魔力を流してやるぜ!)
(……また何か企んでるなーあの顔は。まったくしょうがないんだから、たつろーは)
他の人から見たらそれほど竜郎の表情に変化はないのだが、愛衣だけはその微妙な違いに気付いてジトッとした視線を送っていた。
それに竜郎も気が付いてはいるものの、大丈夫大丈夫と何の根拠もない笑顔で返し神竜魔力を練り始める。
(今までは魔力、竜力、神力と三種類を別個として流してきた。
その場合、神力は許容量以上になると完全にシャットダウンされて一切通せなくなったが、全てが混ざった状態ならどうなるか…………楽しみだな!)
練った神竜魔力を一気に《強化改造牧場》内の魔卵へと注いでいく。
魔卵の等級は高く他のモノよりも神力の許容量は高い。
なので最初のとっかかりだけはすんなりと魔卵に吸収されていったのだが、すぐに通らなくなる。
しかし魔力が足りずに魔卵は孵化する様子が無い。
(でも神力だけの時と違って絶対に通らないって感じじゃないんだよなぁ。
無理やりやってみればいけるか……?)
三種を混ぜずにやったときには通らない時は完全に入り口を閉ざされたような感覚だったのだが、今はきめ細かな網のようなものが張られている様な、本人すら気が付きにくいほどだが少しずつ向こうに通っているのだ。
だったらここで更に出力を上げて、その網を引き千切ってしまえば行けるのではないか。
そう考えて一気に量を増やし魔卵へとぶつけていく。
(とっおっれーーーー!!)
プツンッとせき止めていた何かが破れたような感覚と共に、一気に神竜魔力の本流が魔卵へと流れ込んでいく。
(──やばっ)
本能レベルでこのままやると魔卵が破裂すると感じた竜郎は、慌てて量を抑えながら魔卵が壊れない様に押さえつけ、ゆっくりとエネルギーを注いで孵化を促していく。
(そーっと、そーっと……大丈夫だ。等級的には高いんだから、お前ならこれくらい行けるはずだ)
正直竜郎からしたら何の根拠もない『大丈夫』だったのだが、実は案外的を射ていたりもする。
というのも今回の魔卵が等級7以下だったとしたら、こんな強引な孵化のさせ方をした場合、即座に破裂にして無に帰していた事だろう。
しかし等級8という前提条件を満たしたうえで、《強化改造牧場》の能力でさらに強化された魔卵ともなれば、その潜在許容量も高くなる。
現にエネルギー量だけならとうの昔に孵化するだけの分に到達しているにもかかわらず、異質なエネルギーのせいで孵化するでもなく破裂ではなく、変質という方法でこらえているのだ。
それに竜郎自身の魔力頭脳も使った細かな神竜魔力調整で、表面張力が決壊するような状態をギリギリで保ちつつ注ぎ込むことで、此度の魔物は壊れることなくこの世に生まれ出ようとしていた。
(おっ、なんか来たかもしれないっ。ここから少しずつ供給を止めていこう)
集中に集中を重ねてエネルギーの供給量を調整していた竜郎に、孵化の兆しがなんとなく伝わってきた。
なのでゆっくりと、突然打ち切っても破裂しそうな繊細な状態を維持したまま供給を緩めていき、やがて完全にストップした。
その瞬間、大量の過剰供給によって変質した魔卵が孵化を始めた。
どんな姿になったのか気になりながらも、竜郎はまずこの目で見ようと皆が見守る砂浜の上にその魔物を召喚した。
「…………むむむ? ちっちゃくなってるし、背中の水晶も全部無くなっちゃったね。
しかもシロクマさんになってるし……一体何したの? たつろー」
「ハハッ、ヤダナーアイチャン、ナニモシテナイアルヨー」
「なんでエセ中国人!?」
下手くそな口笛を吹きながらすっとぼける竜郎に愛衣が突っ込みを入れていると、そんなものはお構いなしにレーラがそのシロクマのお腹を凝視しながら呟いた。
「お腹の辺りに奇妙な金色の模様が入っているわね。どういう意味があるのかしら」
「さあ? リアでも呼んでくれば解りそうなものだが」
そのイシュタルの言と共に、改めて全員が大人しく後足二本で立ち、竜郎を見つめながら首を傾げているシロクマを見ていく。
大きさは当初生まれる予定だった6メートルからグッと縮み約2.5メートル。目は白金色で、毛色は染み一つない純白。
腹部には雪の結晶でいう六花のような金毛の模様。
それ以外はまさにシロクマの様な外見で、以前のように背中に水晶がキノコのようにびっしり生えている──なんて事も無い。
正直お腹の金毛模様以外は、このまま動物園の檻の中にいても違和感を感じさせないほどTHEシロクマさんだった。
「なんか見た目は前の水晶クマの時の方が強そうっすけど、こっちの方が絶対に格上っすね」
「ピィュー」「ヒヒーーン」「「────」」
魔物と呼ぶには随分と大人しい格好になったものだが、その身に宿す底知れない潜在能力にアテナは勿論、カルディナやジャンヌ、天照に月読も固唾をのんで見守っていた。
「それになんか、この包まれるような安心感のあるオーラというか雰囲気ってさ、ほらっアレに似てない? たつろー」
愛衣が何を言いたいのか竜郎もすぐに察して、つけっぱなしにしていたシミュレーターの画面に表示されている種族名に目を向けた。
「ああ、この神格者特有の神の威圧感……まぎれもなく神格持ちに近い存在になったみたいだな……」
そこに書かれていたのは『半神獣種』。
魔王種という自らの種の頂点すら超えた、神の領域に半歩踏み込んだ存在であった。
「こりゃあ思わぬ収穫だ……」
竜郎は口元をにやけさせながら、理知的な瞳でこちらを見つめてくるシロクマに熱い視線を送るのであった。




