第47話 救出
それは竜郎が、一番戦力の薄い個所を救出し終えた時だった。
『たつろ…』
『愛衣か? そっちは──』
『たす……けて…』
『─────っ!』
いつもの天真爛漫な太陽のような声が、弱々しいものへと変わって自分に助けを求めている。
そんな状況で、波佐見竜郎が動かないわけがなかった。
しかし路上には、未だ何匹かのスライムがいる。けれど、そんなものは関係なかった。
「失せろ」
その小さな一声と同時に放たれた、数個の光球に次々と倒されて消えていった。
しかし、そんな結果などどうでもいいと見もせずに、竜郎は土魔法に闇魔法を混ぜ合わせて石畳にその魔力を浸透させていく。
すると石畳が一瞬液状化して、すぐに望みどおりの形を成した。
それはサーフボードを薄くして、さらに幅広にしたような板状の物だった。
それにサーフィンでもするかのように足を乗せると、風魔法で真下から上へ行く突風を巻き起こし、竜郎はボードごと空を舞った。
地上十メートルの高さまで上がると今度は風魔法で気流を操作しながら、空中をボードで滑り出す。
「見つけたっ。愛衣!」
空を駆っての高速移動により一瞬で愛衣とゼンドーの頭上にやってくると、竜郎はまず二人を囲んでいるスライム共に杖の先から極太レーザーを放ってなぞるように消し飛ばした。
次に愛衣が弱っている原因であろう五月蠅い音源に向かって、ボードを突っ込ませる。
「うるせーんだよっ!」
その声と共に竜郎だけ愛衣たちの方へ離脱して、勢いよくボードだけを奇怪な振動を続けるスライムたちにぶち当てた。
薄い割に見た目以上の硬度を誇るボードに、スライムたちは半分に切り落とされていった。
その際ボードは地面に当たった衝撃で砕け散ったが、そんなものは些末事だと愛衣の近くへ駆け寄った。
「愛衣!」
「た、つろー……」
竜郎を見て、えへへと弱々しく笑う愛衣を抱きしめると、すぐに解魔法で原因を探る。すると、やはりあの音が原因だったと解る。
あれはあのスライムたちが使う固有の魔法で、いくら称号で多少プラスされていたとしても魔法抵抗が極端に低い愛衣は、これにモロに影響を受けてしまったのだ。
今までそれに何の対策もせずに、ただのスライムだと侮って愛衣一人で対処させた自分を殴り飛ばしたくなるが、それは今じゃないと竜郎は生魔法で愛衣の体調を整えていった。
「ありがと、大分楽になったよ」
「─────よかった」
そこで竜郎は、また愛衣をギュッと抱きしめた。それで竜郎が、どれほど心配していてくれたのか伝わってきて、愛衣は一粒だけ涙を流した。ありがとう、と。
「あー二人とも?
まだあいつら生きてっから……そういうのは終わってからでいいか?」
「「っあ」」
後ろで完全に復活してきているスライムたちを見ていたゼンドーは、悪いと思いながらも二人に言わざるを得なかった。
竜郎と愛衣はいけない、いけないと頭を振って現実に目を向ける。ちょうどその時スライムが、またあの振動をし始めた。
しかしそうはさせまいと、竜郎が一歩早く動き出す。
まずは風魔法で個体同士を引き離し振動を止めさせる。
そして、さらに追加の魔法をイメージする。目の前の生物を、一片たりとも残さず消滅させる魔法を。
「テメーら、楽に死ねると思うなよ」
「たつろー、それどっちかというと悪役のセリフ……」
愛衣のツッコミも聞こえないほど集中した竜郎は、大きな五枚の赤白く光る正方形の板を生み出すと、それで囲い込むためにスライムたちの周りに配置し、四角い箱に閉じ込めるような形をとった。
「消えて無くなれっ!」
その言葉に反応して、五面に囲む一つ一つが異様な光と熱を帯びていく。
その光は直視できないほどで、熱は周りの視界を歪めて、少し離れた竜郎たちの場所でさえ熱く感じるほどであった。
それが十秒ほど続き板が消滅すると、そこには石畳が地面と一緒に溶けて混ざり合い、グツグツと赤く煮えているモノしか残っていなかった。
「すげぇ……」
自分の使える弱い水魔法のこと以外あまり知らないゼンドーでさえ、これは異常だと解り、他に何も言えず絶句していた。
しかしそんなことにも気付かずに、竜郎は愛衣に生魔法を使って体調を万全にしていく。
「もう大分ヘーキだから、後は温存しておいて」
「ほんとか? 無理してないか?」
「うん。そんなことで、たつろーに嘘なんかつかないよ」
愛衣はそう言って竜郎の頬にキスをして、いたずらに笑った。
それから後は、残務処理である。
まだ残っているスライムを竜郎が残らず倒し、怪我人はさりげなく生魔法を使って応急処置をしておいた。
竜郎たちの尽力により死者はゼロ人、怪我人が十二名で済んだが、荷馬車に積んでいた物のいくつかは駄目になってしまっていた。
しかし皆、あれだけの規模の魔物の襲撃にもかかわらず死者がいないことに喜び、そのことに文句をつけてくるものは一人もいなかった。
それどころか竜郎と愛衣に口々に礼を言って頭まで下げてくる始末で、二人はそれに恐縮しきりであった。
そんなことがありながら荷馬車を動かせないほどの怪我人とその荷物などは、他の職人たちがフォローし合って、ようやく帰り道を進みだした。
昨日よりも早く出発したはずなのに魔物に足を取られたおかげで、結局町に戻ったのはさらに遅い時間になってからだった。
二人は未だに礼を言ってくる人たちの対応もそこそこに、ゼンドーと話をしていた。
「いや、今日はホントに助かった。
もしお前たちと一緒に行かなかったらと思うと、今でも背筋が寒くなっちまうよ」
「もう何回もお礼は聞いたからいいよぉ。──あっ、そうだ!
それにおじいちゃんも、私を助けに来てくれたじゃない!
あの時塩の入った瓶を投げちゃってたけど、あれって高いんじゃないの?」
余計なことを思い出しやがってと一瞬だけゼンドーの眉がピクリと動いたが、いつも通りに振舞った。二人に、余計な気苦労をさせたくなかったのだ。
「安心しろって! ありゃ安値で売る予定だった屑塩だからよ!
瓶一杯分でも大したこたーないっ。がはははっ」
「そっかあ、ちょっと安心したよー」
そんなことを言って愛衣とゼンドーは笑いあい、竜郎もそれに合わせて笑っていたのだが、心の中では納得できていなかった。
(一瞬だけ散らばってた塩をみたけど、あれが屑塩? ……たぶん違うんだろうな)
竜郎はあれが最高級の塩だったのではと思い至ったのだが、それは言わぬが華。
ゼンドーの厚意と愛衣の気持ちを考えたら、ここで言うのは無粋だろう。そんな風に自分に言い聞かせて、竜郎は心の中でゼンドーに頭を下げた。
「それじゃあ、僕らはギルドに報告に行ってきますね」
「おう、行ってこい!」
「さようなら」「ばいばーい!」
「またな!」
三人で手を振りながら、竜郎たちはゼンドーと別れギルドに向かった。
「こんばんは。タツロウさん、アイさん。今日は何やら大変だったとか」
「ええ」
「そーなんだよー」
「疲れているところ申し訳ないのですが、そこのところ詳しくお聞かせ願えませんか?」
「はい」「いいよ」
そこで二人は、今日の帰りに出会った魔物たちのことをできるだけ詳しく説明した。
「それは恐らくムルガーと、ベドスライムで間違いなさそうですね。
ムルガーはまだ数年に一度見られますから、おかしいとまでは言えません。
ですが……問題はベドスライム。それも大量のとなると、やはりこの町周辺の分布がおかしくなっているのは確実ですね」
「そうなんだ」
そりゃあ、あんなのが頻発してたら塩造りどころではないからな。と竜郎は思うものの、レーラの話の続きに耳を傾けた。
「ええ。ベドスライム自体は一定の周期ごとに群れで大移動して、進路上のあらゆる物を食い荒らしていく魔物なんですが、その周期もまだ来ていないうえに、その移動はアムネリ大森林の方を通っていくはずで、この町付近がその通行場所になったことは一度も確認されていないんです」
「だから、おかしいってことなんですね」
「はい、そうなんです。しかし、よくたった二人であの人数を守りきれましたね」
「んーでも……怪我人も出しちゃったし、守りきれたってのは違うかも……」
愛衣が少しシュンとした表情を見せると、レーラがすかさずフォローに入ってくれた。
「いえいえ。むしろただの怪我人だけでおさえて重篤な怪我を負った人も、死人も出さなかった時点で大戦果ですよ。
あれを二人で守りきれなんて、そもそもの大前提がおかしいんですから。
普通なら死人が確実に出ていたはずです」
「そーかなぁ」
「ええ。誇ってもいいと、私は思いますよ」
「そうだぞ、皆だってありがとうって言ってただろ?
それで愛衣がそんな顔してたら、お礼を言ってくれた人に悪い」
「そっか……、そうだね!」
またいつもの笑顔に戻った愛衣を、レーラと竜郎はにこやかに見つめたのだった。
それから竜郎は報酬を貰って翌日は別の冒険者が依頼を受けたということなので、明日はゆっくり起きられると言って二人は冒険者ギルドを後にした。
そんな二人の背中を見つめていたレーラは、今日の件でますます疑問が増えたとため息をついた。
「本当に、あの二人は何者なのかしら……」
今日の出来事を二人に聞く前に、事前に職員たちが現場にいた人たちに魔物の分布の調査のためにと聞き込みをしていた。
その情報の中には、決まってあの二人の勇姿が語られていた。
それ自体は問題ないと受け流せるのだが……、その内容はとてもじゃないが流すことはできなかった。
曰く、火魔法以外にも、風、土、光、生魔法を使っていた。
曰く、剣を使い、槍を使い、盾を使い、投擲具を使っていた。
曰く、妙な光線をだす光の球を、遠くから操り正確に魔物を倒していた。
曰く、空を飛んでいた。
などなど、言っていたのが一人や二人なら嘘だと切り捨ててしまうレベルの証言ばかりが出てくるのだ。
どう考えても、普通の人種ではないのだろう。そう断定するしか、レーラには説明のしようがなかった。
一部の人の話だと、どこかの貴族で駆け落ちしてきたなんて話もあるようだが、眉唾だろうとレーラは思う。
もしそうなら冒険者ギルドに捜索の依頼が来てもおかしくないが、二人の特徴に合致するような捜索依頼は、どこに問い合わせても出ていないからだ。
(むしろそうであってくれた方が、精神衛生上ありがたいくらいだったのに…)
とはいえ本人たちから悪意は一切見られず、今日の依頼も大量の魔物から逃げださずに、しっかりと仕事をやりきる誠実さと、人柄としては申し分ない。
だから結局、レーラは二人のことを棚上げするしかなかった。
(それにしても、ベドスライムの大移動の大きなズレ──こちらも気になるわね。
もう地震がおこってから数日経つし、もしかしてまだ私たちの知らない異常がアムネリ大森林でおこっているのかしら……)
そこでそれ以外の何かを考えてみるが、そんな大規模なことは天変地異くらいしか思いつかなかった。しかし、そうであるなら気付くはずだ。
けれどもし……我々が想像しえない何かだとしたら───。
(──考えすぎね。今日はもう帰って寝ましょっと)
一瞬過る何とも言えない嫌な予感を断ち切って、レーラも自宅へと戻っていった。
しかし、その異常がアムネリ大森林で今現在進行形で発生中であり、後にこの町にソレが降りかかることになろうとは────まだ誰も知る由は無かった。