第477話 赤ちゃん
飛翔というには程遠い結果となったが、それでも愛衣は空を飛ぶことが出来る装備を手に入れたことに満足していた。
しかし竜郎からしたら愛衣をお姫様抱っこする機会が減ったのではと、少し難しい顔をしていた。
それを目ざとく見つけて察した愛衣は、竜郎の頬に軽く口づけをし念話を送る。
『別に抱っこしたいならいつでもしていいんだよ?』
『うーむ。それはそれでありがたいんだが、人生の総お姫様抱っこ回数が減るのではないかという』
『もーなにそれー』
愛衣はくすくすと笑いながら、竜郎の腕に巻きついた。
そんな──突如イチャイチャしだした二人に慣れた様子のメンバー以外が戸惑っている中、ラモス首相が声をかけてきた。
「そのー……気に入っていただけましたか?」
「はい。とてもいいものをありがとうございます」
「それは良かったです。是非いつかそれで自由自在に空を飛んでいるところ見てみたいものですね」
さりげなくまた来てねアピールを忘れないフィオン皇帝。
それに竜郎は「機会があればぜひ」と、玉虫色の回答でやり過ごした。
正直またここに来るかどうか解らなかったからなのだが、それでもフィオン皇帝はへこたれない。
なんとしてでももっと関係を深めようと頭を回転させ、ふとひらめく物があった。
「そう言えばタツロウ殿は様々な人の住みづらい場所に拠点を持って開拓していると聞いたことがあるのですが、我が国にもそういった土地があるのですよ。
どうでしょう。皆さんが望まれるのでしたら、直ぐにでも許可をお出しいたしますが」
この国は他国の人間には基本的に土地を売らないので、いくらお金を積んでも竜郎たちは土地を手に入れることができない。
しかし神の御使いというほど身分を保証された人間はおらず、社会的にも名の知れた人物なら構わないだろうと思ったようだ。
そしてあわよくば親交を深め人類が未踏の地を切り開き、新たな何かを自国で発見してくれればとも思っての言葉。
もちろんそのくらいは竜郎にも察する事は出来たが、こちらとしても新しい何かを手に入れる可能性があるというのは魅力的な提案だ。
互いにWINWINであるのなら、向こうの提案に乗るのも悪くは無かった。
「僕らも色々と忙しいので即決は出来かねますが、非常に魅力的な提案だとは感じました。
また双方に時間が取れた時にでもご相談できたらと思うのですが、いかがでしょうか?」
「ええ、もちろんですよ。お時間が出来た時にまた是非、いつでもいらしてください。
そのように手配しておきますので」
「御配慮ありがとうございます、フィオン陛下」
互いの思惑を胸に笑顔で竜郎とフィオン皇帝は握手を交わした。
その後も色々とあれやこれやと引き止められたのだが、そろそろ家に帰りたかった竜郎達は別れの挨拶もそこそこに皇居を後にした。
「またここに来るとしたら、228年後の私たちかな?」
「さあなあ。どっちにしろ元の時代で行っても『は? なんのことです?』状態だから、流れのままに行くだけさ。
明確に約束したわけでもないしな」
「それもそっか」
なる様になるさと竜郎たちは都市を出て、人気のない辺りで元の時代へと帰還した。
「では早速──」
「その前にご飯を食べるですの!」
「あうっ」
ご飯も食べずに自分の作業場に駆けこもうとするリアの首根っこを奈々が掴むと、問答無用でリビングまで連れていく。
竜郎たちも地下室まで迎えに来た爺やと、赤子の入ったカプセルを運びながらリビングへと入っていった。
赤子はまだ泣く様子もなく、静かにお腹を上下させているだけ。
特に問題はないようだが、今後この子をどうするかが問題となってくる。
というのも、この子がどんな未来を選ぶにしても、とりあえずはある程度まで育ってもらう必要がある。
だがしかし、竜郎たちは自慢ではないが誰も赤子の世話などしたことが無い。
さらにここに預けておくにしても、ずっと爺やだけでは大変だろう。
リアと奈々が料理をしている間、さてどうしようかと考える。
「子育てが得意な魔物とかいないかな? スキル《子育て》! とかさ」
「そんな都合のいいのは知らないが、私たち竜と違って人間の子は母乳も必要になってくるんだろう?
その辺りも考えていかなくてはだめだろう」
「確か俺達の世界の赤ちゃんだと普通の牛乳を母乳代わりに与えるのは不味いんだったよな。
けどエルフの子は大丈夫とか、この世界特有の何かとかはあったりするのか? レーラさん」
「うーん。こちらの世界も市販の牛乳はダメで母乳が一般的なはずよ。
それに他種族のミルクよりも人種なら人種の、エルフ種ならエルフ種の母乳の方がいいとは聞いたことがあるわね。
実際に百貨店なんかで売られている赤ちゃん用ミルクなんかは、種族別に売られているはずだから」
「そうなのか……。その辺のコーナーは行ったことがないから知らなかったな。
でもまあ、市販のミルクがあるならそれでいいか。
エルフの乳母さん探すっつったって大変だろうし、ここに招くなら信用できる人じゃないと色々不味いし。
ほら、うちは魔法液生成装置とか設置したりもするだろ?」
赤ちゃんは母乳の方がいいとは思うのだが、その辺は仕方がない。
この中でエルフはレーラしかいないし、レーラが母乳を出せるわけでもないのだから。
「けどそうなると、やっぱり爺やだけでは大変だよな」
「やれといわれれば、やってみせますが?」
リア達の手伝いをしていた爺やが耳ざとく聞きつけてそう言ってくれるが、今現在ちゃんと頭を使って動けるのが一人というのは、今後のことも考えるとまずい気がするのだ。
「こりゃ明日にでも本格的に知恵ある魔物、それも出来れば人型で町に行って買いだしもしやすい存在を生み出してみるかな」
「でもあれランダム要素高いよね? 狙っていけるかな」
「そこはまあ、素材を吟味して確率を高めていくさ。
ちょうど試したいこともあったしな」
「試したい事?」
「ああ」
それは竜郎の天魔族創造とジャンヌの天族創造、奈々の魔族創造。
それらを同時に行い混合魔法ならぬ混合創造が、そちらでも出来ないかやってみたいと思っていた所だったのだ。
「そんなこと考えていたんすね~」
「ああ。これからリアは研究に没頭するだろうし、俺達は待っているだけで何が出来るわけでもないしな。
だったらその空いた時間で色々と足りない物や必要な物を集めたり作ったり、やりたかった実験なんかをやってみよう」
そうして取りあえず話がまとまった所で、ちょうど夕食の支度が出来たと声がかかった。
また一つミッションをこなしたこともあり、お疲れ様会のようになり楽しく食事の時間は過ぎて行った。
ひとまず今晩はレーラが赤ん坊を見ている事になり、リアは勇んで自分の作業場に突撃。
それに呆れた顔をしながら追いかける奈々と、それぞれ自分の好きな事をするために散っていった。
その後、竜郎と愛衣は二人で入浴を済ませ、さっぱりした気分でベッドに寝転んで戯れていた。
「ぐでーーん」
「ぐぇ……」
愛衣は竜郎のお腹の上に背中を乗せて伸びをすると、そのままくたっと力を抜いて寝転んだ。
竜郎は苦しがる振りをしながら、そんな愛衣の向きを変えて正面同士で向かい合うような形になる様に抱き寄せた。
「──ちゅ」
「──ん」
そのまま愛衣がキスをしてきたので、竜郎はそれを受け入れながら腰に手を回してギュッと抱きしめた。
「赤ちゃんかぁ」
「ん? どうした急に」
竜郎の胸に頭を乗せた愛衣の髪から石鹸の良い臭いがしたことにドキリとしながら、竜郎は頭頂部にキスをしてからそう問いかけた。
するとモソモソとまた上にあがってきた愛衣が再び竜郎の唇を奪うと、そのままゴロンと横に転がり落ちた。
そしてお互い同時に横を向いて顔を合わせる。
「うーん。大好きな人との赤ちゃんっていいなあって思ってさ」
「もう欲しくなったのか?」
「今は良いよぉ。それどころじゃないしね。
それに赤ちゃんの為にも、ちゃんと子供が育てられる環境を向こうで作ってからじゃないと私たちも子供も大変だろーし」
「だなあ。ちゃんと日本に帰って高校でて大学とかも行きたいしな」
「たつろーとのキャンパスライフ、楽しみだなあ」
「その前に大学受験が待ってるけどな」
「ふふふ。でもちょっとズルっこだけど、異世界転移でこっちに来て勉強して、あっちに転移して直ぐの時間に戻れば何年でも勉強の猶予が~って手もあるんだし、大丈夫でしょ」
「俺もそれは考えてた。何年経っても老けないし、そう言う事だって出来るんだよな俺達は。
まあ、苦労した特権だと思って存分に使わせてもらおう」
「うん!」
そこでどちらからともなく顔を近づけて、またキスをする。
「ところで前にも聞いたかもだけど。たつろーはさ、将来子供は何人ほしーい?」
「俺は二人かなあ。三人でもいいけど。兄弟ってのに憧れてたからさ、自分の子供にはってな」
「たつろーのお父さんもお母さんもラブラブじゃん。頼めば弟か妹が増えるかもよ?」
「…………いいよ、そういうのはもう。
親のあれやそれやを想像しちまったじゃないか……」
「ぎゃーそんな生々しいこと言っちゃダメー! 私も想像しちゃったじゃん!」
「いや、先に言い出したのは愛衣だろうが……。
それに俺にはリアがいるしカルディナ達だっている。もう今更必要ないさ」
「だねぇ」
そう言いながら愛衣はコアラのように竜郎に抱きついてきた。
そんな愛衣の頭を撫でながら、今度は竜郎から同じ質問をしてみた。
「愛衣は何人欲しいんだ?」
「私もたつろーと同じくらいかな。きっと私たちの子なら男の子でも女の子でも可愛いんだろうなあ」
「だなぁ」
二人はくっ付きあいながら、しばらくいつかできるであろう二人の子を想像し口元がにやけた。
そして竜郎はおもむろに愛衣を仰向けにして、自分は四つん這いで見下ろす形をとる。
「それじゃあ、将来の為にも沢山予行練習をしておかねば」
「むっ、でたな! えろろーめ! えろろー退散! あっちいけーていていていっ」
愛衣が本気でやれば吹っ飛ばすことすらできるのだが、その気も無く軽く竜郎の胸をぺちぺち叩いて抵抗する。
「ふはははー。そんなもの、このえろろーの前では無力よ!」
「自分でえろろーって言うなー!
その練習はさっきお風呂でも一杯したでしょー」
「足りぬ!」
「言い切ったよ、この人!?
……もう、しょうがないんだから──ん」
「──ん」
しょうがないと言いながらも愛衣もまんざらではなく、拗ねた顔を見せながらも自分から竜郎の顔を引き寄せキスをした。
そして段々と二人のキスの熱量も高まっていき、そのまま朝までお互いを求めあったのだった。
次回、第478話は5月9日(水)更新です。




