第476話 お礼の品
急いで知らせた方がいいと思い今回も壁の上を通って皇居近くまでやってくると、地面に飛び降りるようにして着地した。
突如人が降って来たことに驚かれながらも、誰か解るとすぐに入り口近くの警備の者が竜郎達を通してくれた。
すると入ってすぐの庭の所で、既にフィオン・アドラリム皇帝や兎の壮年獣人パンチョ・ラモス首相とそのとりまきの人々が待っていた。
「そっ、それでどうなりましたかっ!?」
開口一番にそう聞いてきたのは、フィオン皇帝だった。
その隣でラモス首相もソワソワとしたままこちらに熱視線を送っていた。
「結論から言いますと、全て解決しました」
「そ、そうですか……」
目に見えるほどの災厄に見舞われる事も無く、神の御使いやクリアエルフが関わるような事件で年間数人程度の被害で済んだことに皇帝は胸を撫で下ろした。
もちろん被害者への同情はあるが、御使いやクリアエルフが関わってくるような事件だと言われれば、この国自体が消滅することも想定に入れていたのだからしょうがない。
「詳しい話は中で話しましょう。それでどのようにこの件を発表するか、またしないのかはそちらにお任せします」
「解りました。では、中へ入ってもよろしいでしょうか陛下」
「ええ、そうですねラモス首相。それではどうぞ中へ」
皇帝自ら先導し、最初にフィオン皇帝に出会った部屋へと通された。
竜郎たちや皇帝、首相だけがソファに腰かけ、お茶が振る舞われてから今回の件について、竜郎達の都合の良いように報告していった。
「と、ということは、その……人を攫って脳を吸い、肉を食らうというおぞましい魔王種が……………………この都市の真下に巣穴を作って潜んでいたと──そういうことですか?」
「そうなりますね」
「何と恐ろしい……」
実際に目にしたわけでもないのに、話を聞いただけでラモス首相が頭から生えたウサギ耳までブルリと震わせ、皇帝や他の取り巻きたちも真っ青な顔で表情を引き攣らせていた。
だがそれも無理はない。
魔王種となればその種において頂点の最強種族にして、レベル300オーバーのまごう事なき化物だ。
もしそれと戦う事になっていたとしたら、間違いなく自分達たちは全滅していただろう。
そんな姿に竜郎は嘘なんだけどなあ……と少し申し訳なくなりながらも、安心させるためにも話を続けた。
「ですが我々が完全に討伐しましたので、今後二度と奇妙な神隠し事件が起こることは無いはずです。
あったとしても、それは今回の魔物とは無関係の誘拐、または失踪だと思って貰っていいです」
「「「「「「おおっ」」」」」」
ここまでの話を誰も見たわけでもないのに疑うことなく流石タツロウ殿達だ! と方々から聞こえてきて、竜郎は恥ずかしくて帰りたくなった。
だが愛衣はふふんと称賛を浴びて鼻を高くしていた。
そんな姿に可愛いなあと癒されながら、竜郎はこっそりと愛衣と指を絡ませるように手を握って続けていく。
「巣穴も全て埋め立てて、他の何かが住まう事も無いようにして来たので問題はないでしょう」
「ああ……本当に……本当にありがとうございました。
この国を代表して、このフィオン・アドラリム。心からお礼を申し上げます。
今後何かお困りのことがありましたら、なんなりとご要望ください。
国を挙げてお助けするとお約束いたします。いいですよね、ラモス首相」
「もちろんです、皇帝陛下! このご恩、我々は生涯忘れることは無いでしょう!
そうだっ、町の中央に皆さんの銅像でも建て──」
「それは不要ですっ!」
「しかしですね。我々のこの気持ちを形に──」
「いえほんと、もうお気持ちだけで……」
「なんと奥ゆかしい方々だろう……我々も見習わなくてはいけませんね」
「そうですね、ラモス首相」
(普通に恥ずかしいだけだからっ!)
竜郎は心の中で大声で叫びながら、何やら解った風に頷きあう皇帝や首相、そしてキラキラとした目で見つめてくる取り巻きたちから目線を逸らした。
竜郎のような小市民にとって、それはもう罰ゲームと言ってもいい所業だろう。
「何にしても、もう危険な何かは周囲には見られませんし、土地も比較的安定していますので近い将来魔王種なんかが現れる可能性は低いと思うので、今後は安心して過ごせるはずです。
それでですね。僕らが敵を見つける時に攫われた子についてなんですが……」
「その顔ですと……やはり生きては……?」
「はい。残念ながら僕らが着いた時には既に脳が無くなっていました。
ですが遺体はまだ残っていたので、出来るだけ綺麗に傷を無くして持ってきました。
なのでそちらで遺族の方を探して、遺体をお渡ししていただけたらと」
「そうですか……解りました。それで、その失踪者の遺体はどこに? 《アイテムボックス》でしょうか?」
「はい。えーと……ここに出してもいいんでしょうか?」
ここは皇居の、しかも皇帝の普段過ごす場所だ。
そんな人物の部屋に死体を出していいのかと竜郎がうかがうと、フィオン皇帝は「ここでかまいません」と言った。
なので竜郎は向こうが敷いてくれたシートの上に、少女の遺体を取り出した。
「こんなに幼い少女が犠牲に…………。おい君、直ぐに身元の特定を頼む」
「はい、解りました」
ラモス首相の脇に控えていた秘書のような男性が直ぐに少女の特徴をメモして立ち去って行った。
その間、皇帝や首相ともども少女の遺体に黙とうをささげていた。
「これで直ぐにでも遺族の方々が見つかる事でしょう。必ずお渡しいたします。
その……他の遺体は何も見つかりませんでしたか?
何か被害者の方々の遺品の一つでもあったらと思うのですが」
「いえ、そういった物も探してみはしたのですが、どこにも」
「そうですか……」
今となっては証拠を残さない為なのか、単に邪魔だったからなのか、それともどこかにとっておいたのか定かではないが、先に竜郎が言った通り少女の遺体以外の亡骸は何処にもなかったのだ。
その事を伝えると皇帝や首相は残念そうに下を向いた。
けれど暗くなってばかりでは仕方がない。
もうこのような事件は起きることがないよう竜郎達が解決してくれたのだ。
それは魔神や武神の御使い、さらにクリアエルフが保証してくれているのだから偽りなはずもない。
そう思い直したフィオン皇帝は、せめて内内にだけでもパーティを開いて竜郎たちにお礼を──と口にした。
「いえ、せっかく誘ってくれたのはありがたいのですが、僕らも次に向かう所があるので……すいません。今回は遠慮させていただきます」
「そうですか……残念です。ですが次というのは、その……我が国の中ですか?」
そんな皇帝の言葉に和やかになりかけていた空気が一瞬凍りつくも、竜郎が他国で調べ物をしに行くだけですと適当に流したので、特に後引くことなくその話題は過ぎていった。
あまり深く聞きすぎてもいけないと思ったのもあったのだろう。
「では今回の謝礼の方なのですが──」
「それも大丈夫ですよ。そちらから依頼を受けて行動したわけではありませんので」
ラモス首相の切りだした謝礼の言葉に、竜郎は直ぐに否と返事をした。
竜郎たちも今回はかなりの収穫があったし、今回のは恩の押し売りみたいなものだと思っていたからだ。
しかしこの時代の竜郎やそのメンバーたちの影響力は、どの国も喉から手が出るほど欲しいと思う程に大きくなっている。
なので向こうも向こうで何もしないというには──というのと、このまま「はいさようなら」ではなく、ここで竜郎達と繋がりを持っておきたいという打算もあっての言葉である。
何か形のあるつながりを持つためにもそう簡単には引き下がれないと、なんとか断られ無さそうなものを事前にフィオン皇帝と話していので、それを提示することにした。
「いえいえ、それではこちらの気が収まりません。
そこでどうでしょうか。実は我が国の宝物庫にですね、使える者もおらず死蔵している天装があるのです。
このまま我が国で埃をかぶってしまわれ続けるよりも、あなた方のように使いこなせそうな人たちに使われた方がいいでしょう。
なのでそれを受け取ってくださいませんか?」
「えーと……」
なんだか引き下がってくれそうにない勢いのラモス首相の気迫に若干引いた竜郎は、さりげなく全員を見渡してどうするか目線で問いかける。
こういう時はレーラやイシュタルの意見が参考になりそうだと特にそちらへと。
すると二人とも『別にいいんじゃないか』といったニュアンスで頷いていたので、それならばと、お言葉に甘える事にした。
その天装とやらが出て来るまでの間しばらく歓談していると、やがて長方形の大きな箱を持って二人の男が部屋へと入ってきた。
そしてラモス首相の指示で机の上にそれを乗せると、竜郎たち側に見えるようにその蓋を開かせた。
すると中に入っていたのは、指先から肩まで覆われた美しい白銀のガントレットだった。
「これは……ガントレットですか?」
「はい。これは飛翔のガントレットと呼ばれております」
「飛翔? じゃあこれを付けたら飛べるの? ──です?」
相手は一国の総理大臣だと思いだした愛衣は、慌てて最後にですを付け足した。
それに少し笑ってしまいながらも、ラモス首相は愛衣の問いに頷きながら答えた。
「はい。そのように伝わっております。
以前の持ち主は体神の御使いだったそうで、その方はこれを身に着け空を自由に舞っていたとの事です。
かなり昔の事なので実際に見た者はおりませんが、その情報は間違いないはずです。
ですよね陛下?」
「ええ、私のご先祖様が残した文献にも書かれていた事なので、間違いはないはずです。
ですがそこにはこうも書かれておりました。
体術を統べる大いなる双竜に認められし者のみが使用できるとも。
おそらく体神様の事だとは思うのですが、その二竜は気難しい事で有名な神様でもあります。
なのでその条件にあてはまるような、二竜に認められし者など歴史上でも限られておりますので確かめようもないのです」
「確か250年ほど前にニコラスなる男性が、御使いでもないのに双竜の気獣技を使ったという風の噂を耳にしましたが、結局その方に試して貰うこともなかったようですからね」
ラモス首相が付けたした言葉に、竜郎は一つ引っかかる事があり少し考え込む。
(体術使いでニコラス? どっかで聞いたことがある名前だな。どこだっけか)
以前ダンジョンで出会ったフォルネーシスというパーティの男性冒険者の事なのだが、さっそく試してみようという話になり屋上に行くこととなったため、竜郎は思い出す前にまあいいかと打ち切った。
そうしてやってきたるは皇居屋上。
既に全ての武術系スキルが使える事はばれている様なのは察していたので、誰はばかることなく愛衣はガントレットを両手に装着させた。
「えーっと、こっからどうすればいいんだろ」
「左手に黒竜、右手に白竜の気獣技を発動させてみてください、姉さん」
「ん、了解。それじゃあ、やってみるね」
こっそりリアが近付いて耳打ちすると、愛衣は頷きその通りにやってみた。
イメージとしては双方に腕のサイズにした竜を纏うといったもの。
すると肩の方へと気獣技の気力が吸い込まれていく感覚を愛衣は覚えた。
「おろろ?」
その瞬間、肩から扇風機の羽のような──というには鋭い形をしているが、とにかくそのようなものが左右両方から飛び出して両肩の後ろで浮遊していた。
そのままさらに愛衣が気獣技の気力を流していくと、その肩の後ろに浮いている鋭利なファンが高速で回り始めると同時に、愛衣の足が床から離れて数センチほど浮かび上がった。
「「「「「「おおっ」」」」」」
「素晴らしい! 文献通りだ!」
皆が驚き、皇帝はちゃんと文献通りに空を飛んでいる姿にはしゃいでいた。
「どうだ? 自由自在に飛べそうか?」
「う、うーん……要練習?」
「み、みたいだな……」
愛衣は肩をこわばらせたまま、やや不自然な体勢で、見ようによっては肩口を見えない何かに摘ままれて持ち上げられているようにも見えた。
そして何とか前後左右にフヨフヨと動いて見せるが、まだまだ慣れていないせいもあってUFOキャッチャーで吊られた景品にしか見えなかった。
「でもでも、もっと練習したら凄い動きが出来そうってのは解るよ、たつろー」
「それじゃあ、貰ってくか?」
「うん!」
元気よく頷きながら着地し、少しよろけた愛衣を竜郎はギュッと抱きしめて支えた。
「ありがと、たつろー」
「どういたしまして」
そうして愛衣は、新たな装備品を手に入れたのであった。




