第473話 盾の魔物
ベルケルプの遺体を綺麗に直し土魔法で作った入れ物に収容。
さらにルーシーだった肉の泥も《復元魔法》でどうにか出来ないかと試みたが、リア曰く別の物質になってしまっているので不可能という事なので、出来るだけ綺麗に掻き集めて、こちらも入れ物に収容した。
帰ったら、せめて二人の墓くらいは作ってあげようと思ったからだ。
そうしてベルケルプから受け取った物をとりあえず竜郎の《無限アイテムフィールド》にしまいこむと、静かに呼吸しながらカプセルの中で眠るカプセルの中の赤子の元に集まった。
その子を物珍しそうに眺めていた愛衣が、赤子のほっぺをツンツンしながら疑問を口にした。
「それにしてもさ、何でこの子は無事だったのかな?」
「これはもう推測でしかないですが、おそらくコア達はルーシーさんの復活の失敗を望みはしたものの、子供にまで目を向けたモノ達がいなかった。
あるいは子供は関係ないと思って、そちらの復活だけは望んでくれたモノがいたから。
このどちらかが濃厚ですね。生前、子供がいた人も大勢いましたし」
その言葉に愛衣が「そうなんだ」と納得していると、イシュタルが思案顔で口を開く。
「そうなると生きた脳を使うより、やはりリアの魔力頭脳の方が安定して使えそうだな。
感情が残っている故の柔軟性はあるが、意にそわない事は拒否しようと考えられてしまうのは、使用者側としてはあまり良いとは思えないからな。
それがたとえ無理やりいう事を聞かせられるものだとしても」
「この結果を見ると、その拒否がどこでどんな影響を及ぼすか解ったもんじゃないしな」
「けれど柔軟性は大事ですよ。それは時として持ち主が考えた時以上の結果を生み出す可能性だってあるんですから。
そう考えると、兄さんの使っている天照さんと月読さんの入っている魔力頭脳というのが、ある意味では私の目指す理想形なのかもしれませんね」
そんなリアの言葉に少し嬉しそうに竜郎の杖とコートについている天照、月読のコアがピカピカと輝いていた。
「それもあの資料を研究すれば作る事が出来るようになるかもしれないわよ?
もちろん、誰も傷付けない方法でね。私も少し見せてほしいくらいだわ」
「見せるのはかまいませんが、私以外は読めないと思いますよ?」
「それはどういう意味かしら?」
興味津々でうず高く詰まれていた資料の数々を思い出していたのだが、リアに水を差されてコテンと首を傾げるレーラ。
彼女とてベルケルプには及ばないまでも、竜郎達の何十倍も生きてきた人間だ。
文字に関してもスキルで読めるはずなのに、そんな自分が読めないとは理解できなかったのだ。
「あの時、ベルケルプさんは私のフルネームを聞いてきましたよね」
「そう言えばそうね。最後にリアちゃんの名前を聞いておきたかったんじゃないかしら?」
「そう言った意味もあったかもしれませんが、それだけじゃないんです」
「──え、そうなの?」
どうやらあの資料には意図しない者が読めない様に細工が施されており、あの時リアにフルネームを尋ねたのは、その細工をリアだけが無視できるように登録しなおしたのだそう。
なのでレーラが見ても、意味のない文字の羅列や図解としか認識できないが、リアに限ってはちゃんと意味のあるものとして目に映るのだ。
その話を聞いたレーラはそれは残念ねといって、すんなり諦めた。
興味はあるが、彼がリアにしか見せたくないと思ったのなら、それを尊重しようと思ったのだろう。
「そんじゃま、それはいいとしてっすよ?
これからこの子をどうするんすか?
今からあたしら戦いを始めなきゃいけないんすよね?」
「今どうするかもそうだし、今後どうするかも決めておいた方が良さそうですの」
「それはまあ、もっともな意見だな。皆はどうするのがいいと思う?
色んなパターンを取りあえず考えてみよう」
竜郎が多様な意見を求めていくと、無難にして一番楽なのは孤児院の様な施設へ預ける事。
真面な所を探して高額の寄付金を出せば、まず悪い様にはされないだろう。
またはこの国の皇帝に預けるという手もある。
犯罪者の子供というのを伏せておき、竜郎達からよきように育ててくれと頼めば、竜郎や愛衣を神の御使いと思っており、尚且つ建国の父母と同じクリアエルフだとレーラの正体に気が付いているフィオン皇帝なら、二つ返事で英才教育を施してくれるだろう。
他にも似たり寄ったりな意見がいくつか出た中で、結局は保留という形で落ち着いた。
どうするにしろ、今の早産児状態では竜郎達が見守っていた方が確実だ。
しばらくは拠点で世話をして、もう少し大きくなったら考えようとの事。
「まあ、うちの領地の住民として育てるってのも有りかもしれないしな。
ベルケルプさんの子供なら優秀に育つだろうし、うちの領地でもやってけそうじゃないか?」
「そうね。高位エルフではないけれど、中位エルフ──この子の場合は……マジックエルフ………………いえ、ワイズエルフかしらね」
「わいずエルフってなんなの? レーラさん。
マジックエルフは魔法が得意そうだなあとは何となく解るけど」
「ワイズエルフはマジックエルフの亜種みたいな種族で非常に特徴も似通っているわ。
けれどワイズエルフはマジックエルフより魔力や魔法力が低い代わりに、思考能力が高く、魔法制御能力が高いっていうのが特徴かしら。
ちなみにその系統最上位の高位エルフはニーアエルフになるわね」
「ニーアエルフか」
竜郎はアーレンフリートを思い出してしまい苦い顔をした。あの男もまたニーアエルフだったからだ。
そんな竜郎の顔に疑問を持ったレーラやイシュタルにアーレンフリートの話をすると、今度はそちらの二人が苦い顔をした。
「高位エルフはクリアエルフ以外の他種エルフの中でも、才能豊かで生きる時間も長いのだけれど、早い者で3千年もすると症状が出始めるっていうのが厄介なのよね」
「……よく考えると俺達の拠点のあるカサピスティのハウル王も、いつかは狂うって事だよな。
その辺は気を付けていた方がいいのかな」
「その心配はないと思うぞ、タツロウ。
この高位エルフで王族というのは存外多いものではあるが、そう言った立場のある者は兆候が出始めたら自害するという決まりを設けているものだ。
でなければ、どこかで国として破綻してしまうからな」
「ってこは、ハウル王さんはいつか自殺しちゃうって事かぁ。
狂っちゃうのは困るけどさ、なんかそれもねぇ」
「でもあそこの王様はニンフエルフよね。
幼少期が異常に長いおかげで、確か8千年くらいは平常を保てたはずよ。
今は──というか、私たちのいた時代で言うとまだ確か5千歳くらいだったと思うから、しばらくは大丈夫よ」
まだ3千年ほど猶予があるのかと少し安堵し、よくよく考えれば8千年も生きられればそこいらの人間からしたら大大大大往生だ。
自分達が気にするようなことでもないのかもしれないなと、竜郎が感じた所で、話を戻した。
「その件は今はいいとして、それじゃあとりあえず俺はジャンヌを連れて一旦拠点に戻って、赤ちゃんを安全な所に預けてきてからまた戻って来るよ」
「ヒヒーーン」
どうせ預けるとなると爺やに頼むしかないので、ここは本当の主であるジャンヌを連れていくのが筋だろう。
そう言った考えからジャンヌも連れて、元の時代に戻ってきた。
爺やにはジャンヌからも頼んでもらい、子供を見ていてくれるように頼んでから、再び愛衣達の元へと帰ってきた。
それほど転移して時間も経っていないので、誤差もほぼなかった。
「それじゃあ、そろそろ戦闘準備と行こうか」
「場所はどうしますか? あの強いゴーレム達がいた部屋が一番頑丈で広いので、お勧めですが」
「じゃあ、そこまで世界力を引っ張っていくか」
ということで一度来た道を戻って、最終防衛ラインでもあった強ゴーレム達と戦った部屋に戻ってくると、置き去りにしたままだった残骸を竜郎の《無限アイテムフィールド》に収納し、さらにイシュタルの銀砂で部屋の天井や壁、床を覆って補強した。
これなら多少暴れても問題ないだろう。
それから竜郎は綿あめのように世界力を魔方陣部屋から掻き集めると、スキルを維持したまま二つ隣の目的地までやって来た。
あとは《レベルイーター》で規模を調整した世界力で、魔物を作り蹴散らすだけだ。
等級神に量を計って貰い既定の分を吸い終わって放出したら、いよいよ魔物へ変換だ。
竜郎はスキルを発動し終えると、皆と一緒に一度離れて何が生まれてくるのかと身構える。
そうして現れたのは──。
「おっきい盾……かな?」
「に見えるが、この感じ」
「ええ。間違いなく魔王種です」
大きさは3メートルほどで、厚さは30センチほど。
円形の大盾であり、中心には赤い宝珠を咥えた悪魔の顔の彫刻。
その周囲には真ん中の悪魔の顔を囲うように、五体の悪魔の上半身が描かれた彫刻がほどこされていた。
そんな何処から見ても巨人の盾と言われたら信じてしまいそうなものが、空を浮遊しこちらに《魔王の覇気》を放って警戒している。
「《宝玉の加護》という防御スキル持ちです。
あの中央の悪魔の顔が咥えている宝玉にエネルギーが有る間は、全ての攻撃を問答無用で反射してきます。
攻撃する際は気を付け────」
気を付けてください。そう虎型の機体に乗っていたリアが言い切る前に、盾が垂直から水平方向に向きを変え、彫刻が天井を向いた。
すると彫刻の、中央に掘られた以外の五体の上半身だけの悪魔彫刻が、3D映像のようにむくりと盾の表面から起き上がる。
それぞれ手には稲妻を描くようにギザギザした禍々しい短剣と、長剣を手に持っていた。
そんな悪魔の上半身を表面から生やした盾が、宙を滑るかのごとく滑らかな軌道で竜郎へと突っ込んできた。
攻撃すると反射されるとの事なので竜郎は天照、月読と共に正面に他属性障壁を、愛衣は気力の盾を、レーラは氷の盾、イシュタルは銀砂の盾を作りだし、全員でそれを受け止めた。
「「「「「────!!」」」」」
悪魔たちは前に進もうとその障壁や盾を、手に持った二本の短剣、長剣で切り付けていく。
だが突き崩せる気配はない。
「反射ってんなら返って来ない方向から攻撃すればいいだけっす!」
「ヒヒーーン!」
そこでアテナの黄金の雷と、ジャンヌの竜巻を混ぜた混合魔法を竜郎の転移魔法をつかって上から打ち下ろすように叩きつけた。
案の定リアの言っていた通りその一撃は反射されるが、誰もいない天井に向かってだ。
後はこうやって竜郎達が足止めしている間に、明後日の方角に攻撃を反射させて、盾の中央に埋まっている赤い宝珠のエネルギーを無くしてしまえば、絶対防御の反射は消えてなくなる。
そう思い雷嵐の二撃目を放とうとしたところで、障壁や盾を張っていた面々に違和感が走る。
その瞬間、それぞれの防御のために使っていた障壁や盾から、込めていたエネルギーがグンと吸い取られるような感覚を味わった。
そうなるとどうなるかと言えば、当然足止めしていた障壁たちは脆くなるということだ。
「──────!」
盾の側面がばかっと上下に開き、中から気力の刃が三百六十度にわたって飛び出してきた。
一番最初に反応したのは、もっとも動体視力に優れた愛衣。
愛衣は反射的に皆を守らなきゃと、右手の拳をそこへ殴るように突き出してしまう。
本来ならこれで相手の気力の刃など木っ端みじんに吹き飛ばせるのだが、相手は絶対防御の反射スキル持ちだった。
「──つっ!?」
「愛衣っ!」
その反射は今の気力の刃にも適応されていたらしく、愛衣は拳を撃ちつけた所からそのまま自分の力が跳ね返り、右手に嵌めていた体術用のグローブがはじけ飛ぶ。
さらにそこへ気力の刃が襲い掛かり、愛衣の耐久力を撃ち破って拳の上半分を切り取ってしまう。
愛衣の指が四本、宙を舞う。
だが反射へのラグのおかげ、竜郎の転移によって他のメンバーには攻撃が当たることなく距離を取る事が出来た。
突然消えた竜郎たちに、悪魔盾は何事かとキョロキョロしだす。
だが探知系のスキルは無いのか、一瞬の間に銀砂で間仕切りを作って隠れたので、周りの風景に混じって今のところはどこにいるか気が付いていない様子。
「直ぐに治す!」「直ぐに治しますの!」
「ん、ありがと」
竜郎、奈々、月読が生魔法で手から血を流す愛衣を癒す。
すると愛衣の右手は傷痕一つ残さずに、綺麗に生え変わった。
「皆さん。あの悪魔達が持っている二本の剣は、触れたもののエネルギーを吸い取り、宝玉に送るようになっている様です。
なのであの剣にこちらの魔力や竜力が通った物を近づけるのは危険です」
「もう少し早く聞きたかったですけれど、いう前にやられてしまいましたの」
「すいません、姉さん。怪我を──」
「ううん、大丈夫だよ。もうたつろーたちが治してくれたし。
それに反射してくるってのを忘れて手を出しちゃったのが悪かったんだから気にしないで」
「だがそのおかげで、私たちはあの刃から無傷で逃れられたのだ。ありがとう、アイ」
「良いって事よ、イシュタルちゃん。それで、たつろーは……」
「あのクソボケ盾野郎……愛衣の可愛い手に傷をつけるなんて……絶対に許さん……」
「ありゃりゃ、こりゃだめだ」
皆が回避できたことに喜んでいる中、一人憤怒の表情で怒りに燃える竜郎を見た愛衣は、悪魔盾のご冥福を密かに祈ったのであった。




