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レベルイーター  作者: 亜掛千夜
第三編 神隠し

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第472話 巡り巡って

 ベルケルプが魔法陣を起動させると、床一面に描かれた模様が青く光り輝き始めた。

 それと同時に世界力が一気にこの場に集められていくのが、竜郎たちにも解った。


 やがてその世界力を大幅に消費しながら、白金色の輝きをした火の玉のようなものが遺体の寝かされたカプセルの真上に生まれ始める。

 それは親指ほどの大きさからどんどん膨らんでいき、やがてお腹の膨らんだ女性の形を取り始めた。

 すると今度は遺体から黄金の文字が噴き出して、その白金色の人型の炎に吸い込まれていく。



「綺麗だねー」

「ああ、本当に。あの白金色の奴が魂で、黄金の文字みたいなのが記憶なんだと思う」

「実際にこの目で観て余計に、この理論を何も見ずに一から組み上げるなんて、並大抵のことではないと感じさせられます」

「だがよくこんなものを命神が許したな。これは確実にの神の領分であろうに。

 その辺はどうなのだ? レーラ」

「私もさっきそれについて氷神に聞いてみたのだけれど、普通の人間がこれをやったとしたら、間違いなく神敵とみなされるそうよ。

 けれど彼は──セテプエンベルケルプというクリアエルフは、神々に多大な貢献をしてきた。

 その事を考慮して、今回は目を瞑ってくれることになったそうよ」

「それほどまでに神に信頼されていた人だったんすね~」



 やがて黄金の文字の奔流が弱まっていき完全に収まると、その白金色の人型炎という存在から、明確にルーシー・ターラントという女性の姿へと変わっていく。



「ルーシー……」



 ベルケルプはその薄く透けた彼女の姿に感動の涙を流すと、やがてそれは遺体に吸い込まれる様にして重なり合った。


 ぴかっと彼女の遺体が強く輝きを放つと、直ぐにそれは止んで周囲を照らしていた魔方陣の輝きも失われた。



「どうなった?」

「私の目から観ても成功したように思えますが…………」



 ジッと微動だにしないで目を瞑るルーシーを凝視するベルケルプは、彼女の目蓋がピクリと動いた事に気が付き、カプセルの蓋をすぐさま開けた。



「ルーシー! 私だ! 目を開けてくれ! 頼むからっ!!」



 懇願するように彼女の手を握り、そこに温かさが戻り始めている事に気が付き涙が次から次へと溢れてくる。



「ん──…………ベル?」

「ああ、そうだ! 随分と歳を取ってしまったが、私がベルケルプだ」

「……あらほんとう……すっかりお爺ちゃんね」



 なんだかとぼけた返答だが、それでも歳を取って随分と様変わりした老エルフをベルケルプだと見抜いたようだ。



「解るのかい? かなり変わってしまったんだが……」

「そりゃあ解るわ。だって世界で一番大事な人なんだもの。

 見てくれが変わったくらいじゃ誤魔化せないのよ」



 まだ上手く体を起こせないのか寝そべったまま、口調も非常にゆっくりとしたものだったが、それでも何万年越しに聞く彼女の声は当時のままだった。



「でもおかしいわ? 私の方が先におばあちゃんになるはずだったのに……」

「そんなことは気にしないでいい……。本当に……本当に良かった……。

 もう一度君に会えたんだから、もう何もいらない」



 記憶は彼女が拷問を受ける少し前になるように調整しておいたので、苦しい記憶は焼き付けていない。

 だから彼女は自分が死んでいた事すら気が付いていないのだろう。

 けれどそんな事は関係ないとばかりに、ベルケルプはルーシーを優しく抱きしめた。

 彼女は訳が解らないながらも、愛しい人の抱擁をそのまま受け入れた。



「どうやら成功したようだな。しかし本当に人が生き返るとは……流石は異世界の魔法」

「あれはもう魔法というより奇跡と言ってもいいかもしれないけれどね」



 彼女の上半身を優しく抱き起し、ベルケルプは皺だらけの顔にさらに皺を刻みながら何万年ぶりかの笑顔を浮かべた。

 そしてそんな彼と彼女の逢瀬を邪魔しない様に見守ること十数分。

 さていつまでこのイチャイチャを見せつけられればいいのだろうと、いつもそれを見せている側の竜郎や愛衣でさえ思い始めていると、同じく生暖かい目で見守っていたリアが不意に首を傾げた。



「どうしたんですの? リア」

「いえ、何か…………」



 《万象解識眼》でルーシーの経過を観察してリアは、不意に違和感を覚えた。

 だがそれがなんなのか、煙がかかっているようにつかみ損ねていた。



「それじゃあ外は5万年も経ってるの!? うそー!」

「本当さ。だから私もこんな姿になったんだから」

「そう言われると……確かにそうじゃなきゃ説明が付かないわよね」



 病気で5万年の眠りについていたのだと嘘の説明をし、ようやく彼女が納得の色を示した事にベルケルプが安堵の表情を浮かべていると──ふと、握っていた彼女の手の感触がおかしい事に気が付いた。



「どうしたの? ベル。そんな恐い顔しちゃって」



 ちらりと握っていたはずの彼女の手を見た瞬間、ベルケルプの顔が凍りついた。



「な、ぜだ……私の理論は完璧だったはず……」



 ベルケルプの呟きを不審に思ったルーシーは、彼の目線の先──自分の右手へと目を動かした。

 すると──。



「──きゃあっ!?」



 ────────右手の肉と骨が、泥のように溶けていたのだ。

 それに気が付いてしまったルーシー本人が思い切り右腕を振ると、ボトリと肩から右腕が取れて肉の泥となっていく。



「いやっ──なにっ、どうっベル! 助け──」

「ああ……あああああ……あああああああああああっ」



 グシャッと、下半身が肉の泥と化す。

 ベルケルプはもう失いたくないと必死に手を伸ばし、彼女の残った上半身を捕まえようとする。

 けれどグズグズと上半身も形を失っていき、恐怖に染まった彼女の顔が溶けていく様を、ベルケルプはまざまざと見せつけられながら、二度目の愛する人の喪失を味わう事になった。


 もうそこにあるのは、ルーシー・ターラントではなく……ただの肉と骨の泥だけだった。



「なぜだ、なぜだ、なぜだなぜだなぜだっ…………あ、あああっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」



 ベルケルプは慟哭をあげながら地面に膝をついて倒れこむ。



「リアちゃん! あの魔方陣って……その、何か良く解んないけど合ってたんだよね!?」

「そ、そのはずですよ、姉さん。私の目で観ても、ちゃんと魔法式にのっとって魔方陣が発動すれば理論上復活は成しえると……そうです。

 魔方陣は完璧だった…………………………──それじゃあまさかっ」

「リア! どこに行くですの!」



 リアは急に何かを思いつくと、演算装置のある部屋に駆け込んでいく。

 竜郎達はベルケルプが暴走しない様に見守るためにその場に残り、奈々だけが護衛も兼ねて後を追っていった。


 奈々が演算装置のある部屋に行くと、リアは目を皿のようにしてそれを隅から隅へと見回していた。

 そして顔をくしゃっと歪めると、ポツリと誰に言うでもなく呟いた。



「やっぱり…………これも因果応報と言うんでしょうかね……。

 戻りましょう、ナナ」

「ちょっとっ。もーーーなんなんですのーーー!」



 せっかく追って来たのに直ぐに引き返すリアに文句を言いながらも、奈々もまたその後を追いかけて、元の魔方陣のある部屋に戻ってきた。


 すると何が間違っていたのかとブツブツ呟きながら、描かれた魔方陣の上をベルケルプが四つん這いで這いまわっていた。

 その姿はとてもではないが、クリアエルフの父とまで呼ばれた人間には見えない程に哀れなものだった。


 リアはやるせない顔をすると、そちらへとゆっくり歩き始めベルケルプの前で止まった。

 奈々はその横にぴったりとくっ付いて、ベルケルプが何をしてきても対応できるように警戒をする。



「ベルケルプさん、そんな事をしても原因は掴めませんよ」

「……………………………………………………どういう……こと……だ……?」



 虚ろな目で半口を開け、呆けたような顔でリアを見上げるベルケルプ。

 リアは一度深呼吸をして心を落ち着けると、ハッキリとこの失敗の原因をつきつけることにした。



「ベルケルプさん。やはりあなたは、あんなものに手を出すべきではなかった」

「あんなもの……? ど、どどどどういうことだっ!?

 な──にがっ、わ、私の何が間違っていたというのだっ!」



 目が零れそうなほど見開いて、リアの足元に這い寄ってくる。

 その勢いに若干びくつきながらも、リアはその場に押し止まって話を続けていく。



「原因は、あの脳を使ったコア達のせいです。

 確かにあれらは道具としてみれば優れたものですが、その全てに生前の意識が残っています。

 そしてあそこに置かれていた全てのコア達が、あなたの魔法の失敗を望んだとしたら……」

「ま、待てっ。あのコア達を使用する時は、こちらの統制下に完全に入るよう設計されている!

 そのような個々の思念など考量するに値しないはずだ!」

「確かに数百個程度の話でなら、それぞれが何を考えようとも意味はなさないでしょう。

 ですが……今回の場合は何千何万にものぼるコア達があなたをただひたすらに憎み、皆が一丸となって失敗するように願いながら演算を行った。

 その結果、わずかなミスも許されない精緻な魔方陣を歪ませた…………。

 ベルケルプさん。あなたほどの人なら、私にできた様に無機物から演算装置を作り上げる事も出来たはずです。

 ただ人間憎しという気持ちで、脳のコアを積極的に取り入れたのではないと言い切れますか?」

「時間がなかったのだ……しょうがないではないか……」

「いいえ。人の脳を使ったコアを作るよりも、私の魔力頭脳の方が個体差も無く安定した動作に量産性も優れています。

 一度製法を理解すれば、あなたならもっと早く事を実現できていた可能性すらあります」

「そんなもしもの話、確証もないのに出来るわけがない!

 確実にそうできるという考えがあったなら私だって……」

「そうしていましたか? 心から、ルーシーさんに誓ってそう言い切れますか?」

「それは────」



 そこでベルケルプは押し黙ってしまう。

 もし魔力頭脳のような製法を知っていたとしても、当時の自分は復讐に囚われていた。

 彼女を殺した国の人間を使って彼女を復活させるなど、おあつらえ向きの復讐ではないか。

 そう考えて結局は人間の脳を使ってやっていた可能性の方が高い。


 だが現実的に考えて、そもそも製法も知らなかったし、既存の技術があるのなら怒りで理性的な思考も出来なくなっていた彼が、リアの様な演算装置を作ろうと思うのは難しい。

 リアの言っているのは所詮、有りえたかもしれない理想論でしかないのだから。


 だがそれでもここに至るまでに、彼が無機物から生成する、人を害さない、人の恨みを買わない演算装置の仕組みを思いつけたのなら、結果として彼女は無事に復活を果たす事が出来たのも事実だった。



「そうか──私は最初から間違っていたのか……」



 何度考え直しても、魔方陣に間違いがないと断言できる。

 だとするならば、リアの言い分もストンと心の中でピッタリと嵌ってしまった。

 彼は大きく空気を吸い込むと、長く長く息を吐く。

 それから自分の引き起こした結果を、改めて目に焼き付ける。



「ルーシー……二度も死なせる事になって本当にすまない……」



 肉の泥と化した彼女だったものに、涙が止まった悲しそうな目でそれだけいうと、彼はゆっくりと二本の足で立ち上がった。

 竜郎達も心配そうにしながら、ベルケルプの元へと駆け寄った。

 そんな面々に気丈に振る舞いながら、ベルケルプは薄らと笑みを浮かべて振り返った。

 そこにいたのは、もう何もかも気力を無くした、ただの老エルフだった。



「君たちも、こんなことに付きあわせて申し訳なかったね」

「いや……、それは良いんだが。だいじょ──いや」



 大丈夫かと思わず聞こうとした竜郎だったが、大丈夫なわけがないと直ぐに思い直し口をつぐんだ。

 そんな竜郎の思いやりが伝わったのか、ベルケルプは全てを悟ったように、全てから解放されたような顔をして、今度はリアに振り返る。



「君のフルネームを教えてくれないか?」

「リア・シュライエルマッハーです」

「そうか。ではリア・シュライエルマッハー君。君に私の全てを託そう」



 そう言うや否や、《アイテムボックス》から大量の紙束をうず高く床に出現させた。

 それはまごう事なく彼のこれまで人生を使って研究してきた、全ての研究資料だった。

 その資料は、今のリアですら想像だに出来ない程の叡智に満ち溢れている事だろう。



「い、いいんですか? あなたにとって大事なものでしょう?」

「いいんだ。もう私には必要ない。私にとって本当に大切なものは、もう全てなくなってしまったから。

 それに私のこの有様を見た君ならば、私の研究の全てを知っても悪用はしないだろう。

 そして君ならば、おぞましい復讐心に呑みこまれずに、正しい道を切り開いてくれることと信じている」

「──はい。絶対にベルケルプさんの知識を悪用しないと約束します」

「ああ……そうしてくれ。あとタツロウ君。侘びというわけではないが、君たちにはこれを」



 そういって出してきたのは、竜肉から見たことのない不思議な物質まで、多種多様な珍しい素材だった。



「これももう必要ない。君達の好きなように活用してくれ」

「あなたがそう言うのなら、ありがたく使わせてもらいます。

 これらも、悪用しないと誓いましょう。じゃあ、その……とりあえず移動しよう。

 今すぐにやらなくても、まだ大丈夫だよな? レーラさん」

「え、ええ。さすがに何時間も置いておくとまずいけれど、少しくらいなら放っておいてもいいと思うわ」



 あまり放置しない方がいいのは間違いないが、この状態のベルケルプを放っておいたまま強敵と戦うのは難しい。

 それにいつまでもこの場所に、ルーシーだった肉の泥があるこの場所に、彼を留めておくのは精神衛生上よくないだろう。



「そんじゃあ……とりあえず行こっか、ベルケルプさん」



 愛衣が気遣わしげにベルケルプにそう言って手招きする。

 それにベルケルプは頷きながら、紙束と素材の積まれた場所から離れはじめた。



「ああ、直ぐに逝くよ……ルーシー」

「え? 私はルーシーさんじゃな──」



 愛衣が自分に言ったんだと思い、本当に大丈夫かと振り返ろうとしたとき、ベルケルプのいた場所からボンッという破裂音が響き渡った。



「──え」



 振り返った愛衣の視線の先には、頭と腹が吹き飛んだ状態で死んだ、ベルケルプだったモノが散乱していた。



「なんて……なんてことをっ!」



 リアが直ぐに駆け寄り、何とかできないか体を確かめるが、完全に即死状態。

 脳と心臓という大事な器官の両方を一瞬で破壊して即死されては、もうどんな魔法も意味をなさない。

 それこそまた、ここで復活魔法陣を起動するしかない。



「……この人、体内に魔道具を仕込んでいた様です。

 だからあの時も私たちに気が付かれる事も無く、転移の魔法を起動できたんですね……。

 そしてそれを暴発させて自殺を謀ったようです。

 もっと早くそれに思い至っていれば止められたかもしれないのに……」

「……しかたがないですの。他にもリアは考える事が沢山あったのですから」



 やるせない気持ちで項垂れるリアに、奈々が慰めの言葉をかけていると、ふとレーラの視線の隅で何かが動いたような気がした。



「……なに?」

「どうしたんだ? レーラ」

「あそこ……ルーシーさんの遺体があったカプセルの中で、何かが動いたような……──まさかっ」



 レーラが慌ててカプセルへと走り寄ると、肉の泥を掻き分けるようにして掘っていく。

 するとそこには未成熟で瀕死状態ではあるが、生きたエルフの赤ん坊がちゃんと実体を持ち、泥のように崩れることなくそこに存在していた。



「タツロウ君! ナナちゃん! 生魔法をお願い!!」

「解った!」「はいですのっ!」



 驚き固まっていた竜郎達もすぐさま動きだし、カプセルから運び出して柔らかな布の上に寝かせると、今にも呼吸を止めそうな赤ん坊に生魔法を使って生気を取り戻させていく。



「死なせません!」



 リアはカプセルをひっくり返して中の物を全て出し終えると、魔方陣を刻みながら、早産児状態の赤子の呼吸や循環機能の管理が出来る様な魔道具を作っていく。

 大出力での手厚い生魔法を受け、リアの即興でカプセルを改造して作った魔道具に寝かせると、小さなお腹がゆっくりと規則正しく動くのが確認できた。


 解魔法で検査してみると、容体は安定したと言っていい状態まで回復していた。

 これで直ぐに死ぬということは無いだろう。



「あの時、ベルケルプさんの爆発で驚いて動いたのかもしれないわね。

 それが無かったら、もう数秒気が付くのが遅かったら、この子は誰にも気が付かれずに死んでいたかもしれないわ」

「だがもっと早く気が付いていれば、彼も自殺なんて選ばなかったかもしれない」



 どこでどんな選択をしていれば最善だったのか、今となってしまうとそんな事を考えてもしょうがないのだが、どうしても考えてしまう。

 だが何にしても、ベルケルプとの約束が果たされることは無かったが、それでも今ここに残された命だけは守っていこうと竜郎はその時思ったのであった。

次回、第473話は5月2日(水)更新です。

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