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レベルイーター  作者: 亜掛千夜
第三編 神隠し

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第470話 幸福と不幸

 ベルケルプの妻、名をルーシー・ターラントという彼女とは、約5万年前にアドラリム国の首都マロンより離れた田舎町で出会った。

 たまたま町の外で薬草摘みをしている所に魔物が現れ、それをたまたま近くにいたセテプエンベルケルプが助けたのが二人の始まりだ。

 それからルーシーは事あるごとに熱烈な猛アタックを続け、最終的にセテプエンベルケルプは彼女に口説き落とされた。



「アグレッシブな人だったんだな」

「恋に積極的なのは良い事だよ!」

「そうだな。彼女は一度思い立ったら事を成すまで決して止まることの無い性格だったから……」



 それからルーシーと結婚したベルケルプは、田舎町で二人仲良く暮らしていた。

 だが数年たったある日、何処から嗅ぎ付けてきたのか、当時のアドラリム皇帝がお忍びで自らド田舎にある小さな町まで訪ねてきた。


 曰く。元クリアエルフであり、その中でも伝説的に有名な一人であった存在を、ただの田舎町に押し込めておくのは御先祖に申し訳が立たない。

 どうか国賓として都で暮らしてほしい。地位や暮らしも保障し、今よりも快適に過ごせるよう尽力してくれるとの事。


 そろそろ子供も欲しくなってきた二人は、その子の将来を考えた結果、田舎町でのんびり過ごすのもいいが、帝都で色んなものに触れ知識を身に付けた方が、将来の可能性の幅は確実に広がるだろう。

 そんな考えに収まり、さっそく二人はまだ見ぬ子のためにと帝都に用意して貰った、二人で住むにはやや大きめな家に引っ越す事となった。


 本当は大豪邸を用意するつもりだったらしいが、二人はもてはやされたいわけではなく、互いに仲良く暮らし、いずれ出来るであろう我が子を育てたいだけだった。

 なので必要以上の地位も名誉も断り、暮らす土地と生活費だけを貰い過ごす事となった。


 その際にもらってばかりでは居心地が悪いと、ベルケルプは彼の持つ最先端魔道学の一端を、世界に混乱をもたらさない範囲で少しずつこの国に浸透させていく事を皇帝に申し出た。

 それに一も二も無く承知した皇帝は、彼を思いやって出所は明かさずに、それでも魔道学の研究機関に情報を少しずつ流していった。


 そのおかげでこのアドラリム国は、他の国よりも少し先を行く技術によって、より一層の発展を予感させた。



「ここまでは特に問題はないどころか、順風満帆に思えるんだが……」

「ああ、帝都に二人で引っ越して来て、周りの人の生活も少しずつ豊かになっていき、さらに彼女の妊娠が発覚したときなんかは、本当に人生で一番幸せだった。

 これまでこの世界の為に生きてきたのは、この幸せを得る為だったんだと神に感謝すらした。

 そのまま彼女が寿命で死に、その子供や孫たちを見守り、のんびり私もその後を追うという人生を夢を見て、希望に満ち溢れていた。

 だが──この時に至るまで真面まともに接してきたのは同胞の、クリアエルフくらいだった私は知らなかったんだ……。

 どれほど他の人間というものが欲深いのかという事を」



 当時の皇帝には二人の息子がいた。

 元クリアエルフや一部の高位エルフ種を除いた高位エルフ種は、他と比べて子が出来にくい。

 ディープエルフという存在もそれは変わらないのだが、運よく、または運悪くほぼ歳の変わらない兄弟が生まれるという珍しい状況になっていた。


 本来なら歳上の兄、または姉が跡目を継いで皇帝になるのが普通なのだが、それほど能力も変わらず、歳も変わらない二人だったので、どちらを皇帝にするかでもめにもめた。


 長男はそれほど地位には執着はなかったが、人柄も良く慕う人間も多かったので周りが強く推していた。

 次男は皇帝という地位に執着し、自分側に付いた人間を優遇する事で味方を付けて人気の高い兄に拮抗していた。


 その跡目争いは既に泥沼化しており、互いの派閥が相手側の皇子を暗殺すべく、刺客を送る者まで出始めた。

 流石に看過できなかった皇帝は跡目を継がせるまでに、この国の発展により関わった方を次の皇帝とすると発表した。

 そして足のひっぱりあいが起きない様に、厳しく両派閥に睨みを利かせる事で、表面的には争いは終わった。


 兄は争いを好まなかったので安堵し、どちらがこの先帝位に付こうとも、兄弟共に国の発展に貢献できるようにと、これまで以上にコツコツ努力を重ねて尽力しはじめた。

 それがまた無欲がなせるわざと言うべきか、様々な国政で成功を収めていき、皇帝の右腕としての地位を確固たるものにしてしまう。


 だが次男はといえば、欲望が先に出て空回り。

 一歩でも兄よりも前に出ようと焦った挙句、国家事業で大きな損害をもたらしてしまう。


 誰の目から見ても、もう勝負は決まっていた。

 皇帝自身も兄を次代の帝にしようと、秘密裏に動き始めてすらいた。


 その事を皇帝の周りに置いていたスパイに聞かされた弟は焦った。

 皇太弟という地位でも余人からしたら相当であるにもかかわらず、彼は誰もがかしずく、誰も逆らえない存在というものに強くあこがれていた。

 だから諦められなかった。なんとしても皇帝になりたかった。


 その為にはここから一発逆転となる、自分の失敗すら大きく覆すほどの大事業を成しえるという正攻法。

 兄を何とかして抹殺し、王位継承者を自分だけにするという邪道な方策。

 このどちらかを成し得なければならない。


 だが後者はまず間違いなく自分が疑われるだろうし、暗殺などの行為には自分の派閥の人間が先走ってから警戒も強く、証拠を残さずにやるなど不可能に近い。

 となれば前者しかないのだが、そんな方策を思いつけるのなら、そもそもこんな状況には陥っていない。

 まさに八方塞がりである。


 けれどもそんな時、なにかと耳ざとい派閥の人間が、こんなことを次男に進言してきた。


 曰く、この国には凄腕の技術者がいる。

 その者はとあるクリアエルフの弟子で、膨大な研究資料を譲り受けている。

 その研究資料に書かれている全てを実現させれば、国をさらに大きく発展させるのも容易いとか。

 なのにその技術者は、情報を小出しにして国から金を巻き上げている。

 さらにその膨大な研究資料をどこかに隠していて、子子孫孫と皇家にたかって贅沢な暮らしをしようとしている。


 などなど真実と虚偽がごっちゃになって、ハチャメチャな情報と化していたが、確かに最近自国の技術力がじわじわと増してきている事は次男も感じていたのもあり、直ぐにさらに詳しい情報を調べ始めた。


 それに食いついたのは、明らかにもっと高い技術を持っているのに、小出しにしか教えて貰えない事に不満を持っていた一部の研究者たち。

 ベルケルプの情報も規制がされていたにもかかわらず漏れたのは、彼らのせいでもあった。

 そうして彼らの情報もあって、次男はベルケルプの存在と住居を特定してしまう。



「あの時私は国から金を貰っていたし、家も土地も国から融通してもらったものだった。

 だからあの男も、噂を全て信じたらしい」



 もしベルケルプなる人物が隠している研究資料を盗み出す事が出来れば、俺は兄を出し抜ける!

 そんな妄執にかられた次男はベルケルプを捕えようとする。


 だがクリアエルフでなくなったとはいえ、彼が超が付くほどの優秀な解魔法使いであり、技術者であることは変わらない。

 のらりくらりとあしらわれ、いい結果は出なかった。


 また流石にベルケルプも自分の周辺がおかしいと思ったので、皇帝に調査を依頼しに城へと向かった。



「あの時、何故自分でさっさと対処しなかったのか。今でも後悔しているよ……」



 ベルケルプは良くも悪くもクリアエルフ以外とは親交は無かったし、ルーシーと結婚してからも長閑な田舎暮らし。

 住んでいる近所の人達も朴訥でいい人ばかりだった。

 だから勘違いしていたのだ。人は誰もが理性的で、性質的には善なる存在なのだと。


 だが城へと向かうベルケルプの情報を得た次男は、自分がやっている事を感づかれ、父親に告げ口されるのだと焦った。

 これはもうなりふり構っていられないと、強硬手段に出ることにした。


 自分の子飼いの裏の仕事を任せていた部隊に、彼の家へと押し入り、どんな事をしてでも研究資料を持ち出すのだと命令してしまう。


 約5万年前の当時はまだシステムも未発達で、《アイテムボックス》などなかった。

 だから必ず資料があるはずだと思ったらしいが、ベルケルプは既に《アイテムボックス》のひな型になる魔法を開発し、神にシステムに実験的に組み込んでもらっていたので資料は全てその中にある。

 なので何処をどれだけ探したところで出てくるはずもない。


 けれど次男の用意した部隊も、これが失敗すれば自分たちがどうなるか解っていた。

 そんな時に襲撃にあった家の中で、震えながら隠れていたルーシーが見つかってしまう。


 部隊の連中は妻ならば知っているはずだと拷問にかけた。

 ありとあらゆる苦痛を与えて吐かせようとした。

 だが彼女はそんな資料の事など詳しく知らないし、《アイテムボックス》について語っても誰も信じてくれない。

 そうして残虐な行いの果てに、彼女は死んでしまったのだった。



「私が皇帝に話をして家に帰ると、屋敷は荒らされていた。

 ルーシー! と、私は必死に彼女を探した。

 そうして普段彼女が料理をするために使っている調理場に足を踏み入れた時、私は見てしまった。

 あの美しかった彼女の目は無く、爪も剥がされ耳や鼻もそぎ落とされ──」

「──もういいっ。辛い事を思い出させてしまってすまなかった。ベルケルプさん」



 血が出るほどまで爪を自分の腕にくいこませ、震えながら涙を流す彼に竜郎はいたたまれなくなり話を止めた。


 それから彼は一晩中泣きながら彼女の遺体と、彼女の体に本来ついていたモノを出来るだけ細かく拾い集め、持っていた生魔法の魔道具を改造し、彼女の肉体を修復していった。

 潰されていた赤ちゃんに至るまで彼女の子宮ごと綺麗に直し、生魔法の魔道具をさらに改良し、腐らない様にした箱型魔道具を即興で作り上げてアイテムボックス(仮)に収納した。


 そうして全ての工程を終えた彼は、復讐の鬼と化した。

 持ち前の頭脳と解魔法による解析能力、ありとあらゆる知識から生み出された魔道具の数々を駆使して、誰が何故彼女をこんな目に合わせたのか調査を開始した。


 幸い彼は調べる事のスペシャリストだった。

 一日もあれば、その全貌を理解した。彼はすぐさま行動を起こす。


 まずは彼女を直接害した人間たち。

 国外に逃亡していたが、あっさりと発見。

 彼が非道だからと封じていたありとあらゆる人体実験を行い、普通なら味わうことのない苦痛の末に全員漏れなく殺した。


 次に命令を下し、今回の元凶でもある次男。

 じわじわと周りの人間を攫い、その人間の体の一部を毎晩送り届け、精神的にも追い詰めていく。

 当然次男は金にものを言わせて、腕利きの護衛を何人も雇った。


 しかし彼が戦闘に向いていないと言っても、それはクリアエルフ視点での話。

 ここにクリアエルフでも連れてこない限りは、どんな屈強な護衛を付けても意味はなさない。

 最終的には次男本人も攫ってくると、ベルケルプが知る限りの肉体的、精神的に痛みと苦痛を与えては回復させ、痛めつけては回復させを繰り返し、殺してくれと言われても痛めつけ回復させ、廃人になろうとしても正気に無理やり戻させ、きっかり10年かけてジワジワと殺した。


 またその10年の間に、彼は他にも動いていた。


 次男の耳にふざけた情報を垂れ流した派閥の人間を全て殺し、自分の情報をペラペラと喋った研究者たちも殺した。


 さらに次男の遺伝子が残っている事が許せなかった。

 自分の子供を殺し、子孫を残すという誰もが当たり前に持っている権利を奪った連中が、のうのうと繁殖していくなど看過できなかったのだ。


 この男と似た遺伝子が、この世に連綿と残っていくなど耐えられない。

 そんな思いから彼は皇帝を殺し、その父を母を妻を子を殺した。妻の親類も皆殺しだ。

 あと残っているのは分家筋の親戚関係を持つ人間だけという所で、彼の計画の為にも一先ずそちらは放置した。


 皇帝一家惨殺事件は今でも歴史に残っている大事件だった。

 けれどもそれを収める為に分家筋の、皇帝と同じディープエルフの男が帝位を継いで数年後には落ち着きを取り戻した。


 けれども彼は許さない。彼の心は癒えることは無い。

 まだアイツの遺伝子は残されている。


 皇帝一家惨殺事件から1200年ほどが経ち、その事件も埃をかぶりほとんどの者が忘れていた。

 けれど再び事件は起こる。

 また皇帝一家が全員殺され、今度は親類縁者に至るまで皆殺しだ。

 これで皇帝の血筋は完全に断たれた。



「あれ? でも皇帝はまだいたよね? どういうこと?」

「あれは私が別の大陸で見つけてきた、ディープエルフの孤児の子孫だ。

 皇帝にしてやると連れてきて、当時の皇帝に近い血筋の少年に顔を似せるように整形して、唯一生き延びた皇帝の血を引く者として残しておいたのだ」

「じゃあ、俺達が話したあの皇帝は……」

「そうだ。この国を建国したクリアエルフの夫婦とは縁もゆかりもない、赤の他人だ。

 だが周りの奴らは生き残ったのが奇跡だと持てはやし、数日後には孤児で他と違うからと迫害されていた少年が巨大な帝国の皇帝となった。

 これで私の復讐の一つは成就した。赤の他人が皇帝の椅子に座っているのを、奴らに見せたかったよ」



 乾いた笑みを浮かべるベルケルプに、竜郎達は寒気が走った。



「復讐が終わった後は、彼女の復活を成しえないかという研究に本格的に没頭し始めた」



 そうして行きついたのが、新しい魂を錬成し、生前の記憶をそこに焼き付け、死んだ肉体に移植するという方法だった。

 そんな話を聞かされても、誰もが荒唐無稽だと一笑に付す与太話と思うだろう。

 けれど彼の執念は、それを完璧な理論の元に完成させた。



「その為には大量の演算装置が必要だった。

 幸いそのための研究は昔していたから土台は出来ていた。

 だから直ぐにその為の場所と材料の確保へと乗り出した」



 まず材料は、この国の人間にするというのは直ぐに決まった。

 その為にはこの国に近い所が望ましい。

 その結果、地下に巨大な施設を長い年月をかけて作り上げた。

 費用などは後ろ暗い組織に接触して、犯罪に有用な技術を売り渡す事で得ていた。



「もしかして身分証の偽造の魔道具というのも、ベルケルプさん。

 あなたが広めたものなのかしら?」

「ああ、そんなものもあったな。だがそう言った物を押収し解析していったおかげで、複属性の魔方陣に行き着けたのだから礼を言って貰いたいくらいだがね」

「あの技術も元はお前の物だったのか……」



 竜郎達が皇居前で本物かどうか確かめられた時に言っていた、偽造身分証の魔道具。

 今犯罪組織に蔓延している技術を与えたのは、どうやら彼だったらしい。

 その事を知ったイシュタルは感心して良いやら、怒ればいいのやらわからないといった表情で、ため息を吐いたのだった。

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