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レベルイーター  作者: 亜掛千夜
第三編 神隠し

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第469話 彼の思惑

「転移先は指定している座標からして、恐らくこの施設内の一室。

 そしてもしこれを使って転移した場合、体中の骨や手足、目や鼻、舌なんかが滅茶苦茶な場所に付いた状態で、けれども死ぬことは無いギリギリの状態で送られる事になります。

 体の部位ごとの転移位置を絶妙にずらすことで可能にした、最悪の技術です」

「やっば。何それ。私、普通に使おうとしちゃったよ……」

「俺もだ……なんでもっと警戒しなかったのか不思議な──って、まさか……」

「ええ、そうですよ兄さん。この空間には強力な思考誘導の魔道具が部屋の壁や床、天井に仕込まれています」

「それでか……うかつだったな」



 普段の竜郎なら、いくらレーラの知人だと言ってもこんな所にいる時点でもう少し疑ったはずだ。

 最初から最後まで全く疑わないで話が進んでいた事に、背筋が凍りつく。



「確かに今後はそういった所も対処できるよう、なにがしかを考える必要性は感じましたね。

 今回ほど巧妙に仕込める相手というのが、そうそういるとも思えませんが」

「巧妙? ただ思考誘導の魔道具が置かれていただけではありませんの?」

「細かく説明すると長くなるのでザックリと説明しますが、まずこの部屋に仕込まれた魔道具の位置が完璧で、どの場所に立っていても波の合成の様にいくつも重なった強力な魔力の波動を体に浴びせる事が出来る様になっています。

 ここまで見事に魔道具を組み上げて設置するなんて、私みたいな特殊なスキル持ちか、そこにいる超ド級の天才が何万年も蓄積した知識が無ければ不可能ですね。

 さらにこの思考誘導の内容は、それほど無理を強いる物ではないというのもポイントです」



 本人が拒否したくなるような内容ほど、この手の魔法に対して人は無意識的に抵抗しようとする。

 だが本人が別にやっていいと思わせる内容であったのなら、竜郎達のように魔法抵抗の高い人間に対しても効きやすくなる。

 その証拠に、一度怪しいと少しでも疑念が生まれた瞬間、竜郎たちはその誘導を簡単に断ち切ったのだから。



「さらに私たちはこの男がどんな人物だったのかを、レーラさんに事前に聞かされていました。

 その時、兄さんたちの頭の中には、セテプエンベルケルプという人間は善人だと刷り込まれたはずです。

 そしてそんな人物が殴られたような跡を体中につけ、鎖に繋げられ拘束されている。

 そこに思考誘導が噛み合えば、彼を疑おうなんて思わないでしょうね。普通は。

 特に一番魔法に対して抵抗力の高いレーラさんは、思い入れもある人の様ですし」

「そう……ね。確かに他の同胞よりは思い入れのある人だったから」



 レーラは未だに信じたくないのか、ベルケルプから目を逸らした。



「また急がなくてはいけない状況を作りだし、考える時間を削る事でさらに魔方陣への誘導を強固なものにしていった。

 その為にギヨームなる架空の人間を作り上げたのでしょう。

 即興にしてはリアルな特徴だったので、もしかしたら実在した人物なのかもしれませんが。──さて」



 そこでリアは一旦言葉を切って、ベルケルプに冷たい視線を浴びせかける。



「こんな所でどうでしょうか? まだご自分の無実を主張なさいますか?

 ここまで色々手を尽くして私たちを嵌めようとしておきながら、何も関係なかったじゃ通りませんよ?」

「なぜ……」

「はい?」



 いくらでも論破して見せると意気込んでいた所に、何故という言葉。

 リアは虚を付かれて、素の表情で首を傾げた。

 だが一番首を傾げたいのは、誰あろうベルケルプ本人である。



「何故、お前は思考誘導に嵌らなかった。

 お前もセテプエンリティシェレーラに私の事を聞いていたのだろう?

 あのコアの事を知れば、必ず彼女はお前たちに私の話をしたはずだ。

 いくら特別な目を持っていようとも、そもそも調べようとも思わなかったはずだろう」

「ああ、その事ですか」



 ベルケルプから見ても、このメンバーの中では魔法抵抗力が低い方のリアが、何故こうも見事に自分の策を見破れたのか不思議でならなかった。

 だがリアにとっては当然のこと。なんて事も無いと言った風に、その理由を口にした。



「何て言うんでしょうね。技術者としての勘……とでも言えばいいんでしょうか。

 別に何か構造がおかしいとか、変わっているだとかいう事は無かったんですが、あのコアを初めて調べた時に、その作成者が嫌々作らされている様には思えなかったんですよ。

 むしろ嬉々としてやっているような、狂気すら感じました。

 だからでしょうね。私は例えあなたが誰であったとしても、あのコアを作った人間だというだけで信じるに値しないと判断したでしょう」

「勘……だと? そんな不確かなものに、私の悲願が打ち砕かれようとしているというのか……?」



 ベルケルプは自分を凌駕する何か特別な事をしていたに違いないと考えていたのだが、蓋を開けてみれば感情の宿るはずのない作り物を見て、作成者に狂気を感じたからなどと言う根拠のない当てずっぽうだった。


 そんなものに、数万年という時をかけて少しずつ積み上げてきた計画を破たんさせられるなど、信じたくもなかった。


 怒りに拳を握りしめプルプルと震えているベルケルプに、レーラは問いかける。



「ベルケルプさん。貴方は人をこんなに簡単に傷つける様な人間ではなかったはずよ?

 何故、こんなことをしたの?」

「何故? だと……? 未だ神の子である貴様になど解るものかっ!!」



 彼自身は解魔法使い。戦闘には向いていない存在だったこと、レーラを含めベルケルプを圧倒できるだけの戦力が複数こちら側にいた事。

 そんな余裕が、ほんの僅かだが隙を作った。


 ベルケルプの首輪と腕輪がノーモーションで爆発したかと思えば、これまた何の魔力の発動の兆しも無く、その姿が繋がれていた壁の前から消えていたのだ。



「何を──何処に行った!」

「とーさん! あっちっす!」



 アテナの指差す方を見れば、この部屋よりさらに奥へと続く通路の先へと入って行くベルケルプの後ろ姿が見えた。

 どうやら転移の類の魔道具を使ったようだが、竜郎達にもばれないほど挙動無く起動させるには、その距離が限界だったようだ。



「タツロウ、急いで追うぞ!」

「ああ、解ってる! っと、その前にリア」

「何ですか兄さん?」



 一番通路に近かったイシュタルが先陣を切って走りだし、竜郎もリアに二、三話しかけてからそれを追っていった。



「来るなぁあ! そこで止まれ! 上の都市の人間たちを殺してもいいのか!!」



 入った部屋は床一面に巨大な魔方陣が描かれており、その中央には卵型の大きなカプセル。

 そのカプセルの中にはお腹の膨らんだ、恐らく妊娠しているであろう綺麗な20代後半の人種の女性が寝かされていた。


 そしてベルケルプはそんなカプセルの横に立ち、竜郎達が部屋に入るなり、その手にマッチ棒の箱のような形をした何かのスイッチを持って叫んできた。



「上の都市の人間たちを──ってのはどういうことだ」

「そのままの意味だ。もし私がこのスイッチを押せば、この施設もろとも地盤を破壊し、上の都市を崩落させる事が出来る。

 このスイッチ一つで何十万人もの人間が死ぬだろう」

『人質ってやつだね。どーする? たつろー。

 スイッチを押される前にぶん殴って止めさせられるかな?』

『今はまだやめておいた方がいいな。実際にアイツが手に持っているアレが本物だという確証もないんだから』

『それもそっか。それじゃあ、どうすればいいの?』

『そっちは既に手は打ってある。時間稼ぎをするぞ』

『おおう、さっすがー』



 そんな竜郎と愛衣の念話のやり取りを知ってか知らずか、レーラが一歩前に出てベルケルプに語りかけた。



「未だ神の子である貴様になど……って先ほどは言っていたけれど、そこにいる女性が何か関係しているのかしら?」

「そうだ。私は彼女をこの世に甦らせるのだ。その為なら何だってやってやる!」

「……まさかそんな事が本当に出来るとでも?

 死んだ人間は生き返らないわ。そして人はいつか、それも人種の人間は私たちの感覚からしたら直ぐに死んでしまうのよ?

 それを解ったうえで彼女と結ばれたのではないの?」



 クリアエルフ同士などのカップルでない限り、ほとんどの種の人間とは死に別れる事になる。

 だからもし人種のように寿命が短い種族と結ばれたいと思うなら、それを最初に呑みこんでおくのはクリアエルフにとって当然のことだった。

 レーラは頭を冷やして欲しくてそれを指摘したのだが、余計に火に油を注ぐこととなった。



「私だって彼女がただ寿命で死んだのなら納得した!

 ただ不治の病で、ただの事故で死んだのなら無理やりにでも納得したさ!

 だが彼女は私が長年守ってきた人間どもに──この国の人間どもに殺されたんだ!」

「この国の人間に殺された……?

 この国というのは上のアドラリム国の事で良いのよね?

 貴方が何年もかけて人を攫っている」

「ああ、そうだ。今ここで寝かされている彼女は凄く綺麗な状態だろう?

 だがな、私が彼女が殺された現場に行った時は、それは悲惨な姿だった!

 殴られ切られ、ボロボロにされて、一瞬誰かもわからない様になるまで拷問されて!

 私との初めて授かった子は、妊娠中の彼女の腹ごと踏み潰されていたんだぞ!!

 これが人間のやる事か!! これが許せることか!! これが納得できるものかっ!!

 人を愛したことのないお前にだって、それくらいの感情は解るだろっ!!」

「ひどい……」

「ああ……」



 愛衣は竜郎との子供を授かった時、同じ目にあったらと想像し顔を青くしお腹を押さえた。

 竜郎は愛衣と我が子をそんな目に遭わされたのならと思うと、怒りで我を忘れそうになる。

 そんな竜郎と愛衣に共感を得たのか、ベルケルプはこちらに目を向けていきた。



「君たちは随分お互いを愛し合っているようだね?

 そんな君たちなら、私の気持ちを少しは解ってくれるだろ?

 取り戻せる可能性があるのなら、私の妻を殺した国の人間どもなど何人殺してでも助けたいと思うだろう?」



 竜郎もこの男の立場だったのなら、間違いなく同じことをしていたと断言できる。

 竜郎にとっては愛衣が一番で、その為ならばいくらでも手を汚しても構わないとすら思えるからだ。


 そして愛衣も、どんな非道な行いだとしても、それで死んだ竜郎が取り戻せるのなら、彼女もまた同じように手を汚しただろう。



「正直、あなたの意見に共感できるところは多い。

 やっている事は人の倫理観から外れているんだろうが、それが本当だったとしたら同情せざるを得ない。

 なあ、さっき拷問がどうのと言っていたが一体何があったんだ?

 普通に仲良く暮らしていただけならば、そんな目には遭わないだろう?

 あなたの罪は消せないが、もし俺達の不都合の無い範囲であったのなら、その彼女の復活だけは手伝ってもいいとすら思う。

 だから話してくれないか、全部。クリアエルフの父とまで呼ばれていた人物が、どうしてこんな事をするようになったのかを」



 竜郎とベルケルプの視線が交じり合う。

 そして彼は長年人を見てきた自分の経験と、解魔法によって調べた竜郎の心拍数などを加味して、その言葉が嘘でないと判断した。



「解った。君になら全てを話そう。

 失った悲しみは知らずとも、心からの愛を知っている君になら」



 先ほどの自暴自棄ともとれる状態から幾分落ち着きを取り戻したベルケルプは、まるで生きているかのように美しい状態で眠る女性の入ったカプセルを左手で撫でる。

 そうして数秒の沈黙が去った後、ポツリポツリ呟くように、彼がクリアエルフからただのエルフになってからの人生について語り始めたのであった。

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